第五十六話「だが、断る」⑥
「……なるほど、セレスディアがどう言う国なのか、良く解ったよ。まぁ、ロメオと似たりよったりの国、同じ商業国だから、利害が被りがちで仲が悪いのも当然と言えば当然だと思う……要するにお互い様ってところなんだろうな」
商売敵ってのはそんなもんだ。
実弾の代わりに現ナマで撃ち合う日常。
お金ってのは、なくなったら死んでしまう。
そう言う意味では、生命となんら変わりない。
要するに、命懸けでの仁義なき凌ぎ合い。
やってることはそれと同じ……仲良くしろとか、理解し合えとか、そりゃ無理な相談だな。
「……旦那様は、こちらにも非があると? 我々がセレスディアにされた事をもっと事細かに説明したほうがよろしいですか?」
ラトリエちゃん……どうも、僕のお互い様という表現が引っかかったらしい。
確かに、僕の立場でどっちもどっちなんて言い草はないだろう。
「ラトリエちゃん、それには及ばないよ。商売敵ともなれば、どんな関係だったかも解るし、積年の恨みつらみとかあるのは当然だろう。そこは僕だって、商売人の端くれだから、言われずともよく解る。まぁ、そう言うのを脇に置いといても、この話を受けるような余地は一切ないから、安心していいよ」
そう告げると、ラトリエちゃんも露骨に安心したように笑みを浮かべる。
「……むぅ、やはり貴様の立場では、我が使徒として、セレスディアの助勢を……と言うのは、難しいという事か?」
「すまない……セレイネースさん、僕個人もだけど、ロメオの宰相としても、セレスディアには一切の手助けも、肩入れも出来ない……むしろ、やっちゃいけないと思う。これは、双方にとって禍根を残すだけだと思うよ」
「禍根であるか? むしろ、双方が手を取り合うきっかけにもなると思うのだが……ことはそう単純ではないと……そう言うことか?」
「そう言うことだね。はっきり言って、時期が悪いし、僕の立場は貴女が思っている以上にロメオにとっては重要な立場だからね……。貴女の言うようにセレスディアの助勢なんてやったら、その立場を失うことになる……それは僕としては極めて不本意だ。つまり、僕としては、傍観と言う立場を取らせてもらうしか無いんだよ。これは逆の立場……僕がセレスディアの宰相で、ロメオを助けて欲しいと言う話だったとしても同様だと思うよ」
結局、立ち位置の問題なんだよな。
相手の事情や窮状を知ったとしても、僕には僕の立場があるのだから、何も出来ない。
そこは、情や気分で流されちゃいけないことだし、場合によっては、命をかけてでもその一線は守るべきなのだ。
何もしがらみや関わりもなかったら、話は別だけど。
僕はもう、ロメオにあまりにも多く関わり過ぎてしまった。
だからこそ、僕は何を言われても、絶対に譲る気はなかった。
「……さすが、旦那様です! そうですね……にっくきセレスディアに旦那様が赴くだけでも、断固拒否ですからね。その上、助勢? 論外に決まってますわ!」
「ま、待て……。ラトリエだったな? お主は我がセレイネースの加護を受けた者ではないのか? 何故、同じセレイネースの民をそこまで嫌うのだ? 仇敵や海賊呼ばわり、あげくに助太刀すらも論外となど、それはいくらなんでもあんまりな言い草ではないか……タカクラもそう結論を急ぐな。まだまだ話し合いの途中であるぞ」
まぁ、ちょっと言い過ぎって気もするよな。
もっとも、セレスディアがどんな国なのかは、なんとも言えない。
ラトリエちゃんの話だけ聞いてると、悪徳商人の国みたいに聞こえるけど、それはしょうがない。
この世界の国々で外交官をロメオに派遣してるような国とは、一通り対外折衝役の人達と話はしてるし、その国についても相応の知識を得てはいるんだけど……セレスディアの名前は聞いたことがなかった。
法国や帝国の属国って、基本的に外交権ってもんがないから、多分そのせいだろう。
扱いとしては、地方自治体みたいなもんで、日本でも県や都なんかが勝手に外国と交渉とかは出来ないのと同じ事。
まぁ、この時点で国と国と言う視点だと、同じ土俵にすら立ってないとも言える。
本来だったら、相手にする必要すらない。
宗主国にまずお伺いを立て給えと門前払い……その程度の相手と言える。
……外交の世界ってのは、そんなものなのだ。
「そうですわね……。セレスディアとこのロキサスの確執は、ロキサスがロメオに迎合する前……独立都市国家だった頃から続く因縁ですからね。いわゆる先祖代々の恨みや因縁……そう言ったものが積み重なっているのですわ。だから、簡単に忘れろとか水に流せと言われても、それは無理な相談ではないかと」
「……我がセレイネースの名に於いて、過去の因縁はすべて水に流せと命じたとしても、それは無理なのか?」
「無理に決まってますわ。逆に聞きますけど、今の御時世、神の権威がそこまで及ぶとお思いですか?」
「ふむ……。かつてと違い、人の心にまで我が権威は及ばぬ……そう言うことか? だが、貴様らには神への信仰心というものはないのか? 海に生きる民として、貴様らも生活の一部として、感謝の祈りくらい捧げておろう」
「そうですね……。ロキサスの民にもそう言う信心深いものもおりますが。大半の者はすでに神以上の権威と言うものをすでに見出しているので、神に祈ると言う風習は廃れつつありますわ」
そう言って、ラトリエちゃんは僕のことを見つめる。
「……ひょっとして、僕の事? そ、そんな神様以上の権威とか……持ち上げすぎでしょ?」
「我がロキサスが帝国艦隊に包囲されたり、リヴァイアサンに襲撃された時も、我らにはセレイネース様の助勢はなにひとつありませんでした。その割に、セレスディアには必要以上に肩入れをし、挙げ句に我らの指導者すら奪い去ろうとしている……。そのような神など、信じるに値しませんわ」
「まぁ、待て……奪い去るなど人聞きが悪いぞ。それに肩入れと言うが、私もセレスディアにそこまで露骨に肩入れはしておらんぞ。確かに近年セレスディアは、法国の属国という立場から、抜け出そうとしているが、それは相対的なものであろう。浮かぶものがあれば、沈むものもある……法国が内乱の末沈み、その結果、セレスディアが躍進した……そう言うことではないのか?」
まぁ、法国が落ち目になってるのは、どっかの誰かさんのせいなんだがね。
けど、その事でサトルくんを責める気にはとてもなれない……。
彼は、ラーテルムの被害者のようなもの。
うーん、やっぱり、あの女神様って諸悪の根源のような。
「……わたくしも、色々調べてみたのですよ? その上で、セレスディアの躍進は不自然なほどの幸運や女王の起こした数々の奇跡……そうとしか言いようがないものばかりでしたわ。セレイネース様の加護いえ、贔屓と言い換えてもいいでしょう……そう言うことではないのですか?」
「……我が加護は、真摯なる祈りに応えるものだからな。セレスディアの女王の祈りは、我が加護を引き寄せるほどのものだったのだ。貴様らも我が助力が欲しかったと言いたいようだが、ここ数十年巫女も立てず、人々も真摯なる祈りも捧げず、陸の小国連合国家ロメオの結成を持ちかけられると即座にその一角となってしまったなど……。そのような浅い信仰心しか持てぬようであれば、とても肩入れなど出来ぬよ。神に見捨てられるというのはそう言うことなのだぞ? すべては自業自得と知れ」
「……確かにそうかも知れませんね。わたくし達ロキサスの民にとって、セレイネース様はもはや、ただそこにいて見守ってくれているだけの神となってしまっています。何も与えてくれないのでは、心の支えにする程度になってしまうのも当然ですわ」
「なんと嘆かわしいことか……。ロメオ自体は、ラーテルムとの関係が深い国だからな。そのロメオの一員となってしまっては、加護が薄れるのも当然であろう。それに今更文句を言われてもな……」
「そうですね。ですので、我々はもうセレイネース様の加護も必要としなくなっているのですわ。その点タカクラ閣下は、長々と海上封鎖を仕掛けていた帝国艦隊を戦わずして撤退に追い込んだり、法国に抑留された商船団を札束でブン殴って解放してくれたりと、数々の実績を打ち立てておられ、ロキサスの民は大変な恩義を感じております。つまり、何もしてくれない女神より、現実的な国の指導者と言う立場で、為すべきことを為した閣下こそが我らが感謝の祈りを捧げるべき対象であると、我らは評価しているのですよ!」
なんだか、持ち上げ過ぎなような気が……。
結果的に、法国や帝国の牽制として、色々立ち回った結果、ロキサスや商船団に多大なる支援ができたのは事実なんだけど。
そこまで感謝されてたって聞くと悪い気分じゃないんだけど、なんともくすぐったいな。
「ふむ、人の身で神に匹敵する偉業を為したと……なるほどな。これはますます興味が湧いてきたな。だが、セレスディアとロメオは別に戦争をやっている訳ではあるまい。憎しみや恨みの連鎖は、何処かで誰かが絶つべきだと思うがな……」
「それはそうですけどね……。近年、セレスディアが我が国の力を削ぐために色々と暗躍していたのはとっくに調べがついております。帝国艦隊を物資面で支援していたのは、セレスディアの商船団でしたし、法国の無法な商船抑留にしてもまた……。セレスディアは経済面からロメオと真っ向から対立していますからね。セレスディアが狙うは、大陸の海上流通を一手に担うこと。我々ロメオは必然的にセレスディアと衝突するでしょう。それを止めたいというのなら、むしろセレスディアを止めるべきではないですか? はっきり言って、誰もが目に余ると思ってますよ」
なるほどねぇ……帝国艦隊の補給船団とか言って、あっさり買収出来ちゃったのは、そう言うことか。
金に汚い連中だとは思ってたけど、アレがセレスディアの商船団と言うことなら、ラトリエちゃん達が蛇蝎のように嫌ってるのも納得だ。
こうなってくると、僕が色々とロメオの勢力拡大の為に、外交の舞台や札束攻勢で知らない間にセレスディアともやりあってたのかも知れないな。
「……た、確かに、セレスディアには荒くれ者の船長や商人達が数多くいて、色々好き勝手やってはいるのだが……。確かに手段を問わず、利己主義的に勢力拡大を図る輩もいるのも事実ではあるな。だが、セレスディアの女王はそれらを止めようとしているのだ。彼女が目指すのは争いのない平和な世界……私もその願いの一助になればと……」
……なるほどね。
要するに、その女王様は、セレスディアの商売人共を制御できなくなってるんだろうな。
自由経済なんて、聞こえはいいけど、要するに無法の商売って事でもあるからな。
向こうの世界でいうと中国なんかのやり方とかと一緒。
価格破壊とか言って、安くて良いものをばら撒けば、競合はバタバタ潰れていく。
やがて訪れるのは、独占。
市場を独占されてしまえば、価格なんて好き放題。
自国産業も次々乗っ取られて、事実上の経済侵略って寸法だ。
そう言う真似をさせない為に、独占禁止法なんて法があるし、交易だって自国産業を守るためのセーフガード……要は関税なんてものがある。
セレスディアは、たぶん女王の支配力が薄いことを良いことに、そう言う無茶な商売や商売敵への攻撃とかも平気でやってるんだろう。
まぁ、そんな商売人達のコントロールなんて、温室育ちの女王様には荷が勝ちすぎてるんだろうってのは、容易に想像できる。
そう言う意味では、セレイネースさんの人選は、あながち間違っちゃいないんだよな。
むしろ、強権をバックに乗り込んでいって、セレスディアを食っちまうって手もあるなぁ……なんて邪悪な考えも頭をもたげる。
「はっきりと申しましょう! 神の身で特定個人や特定の国家に肩入れをする……その時点で間違っているのですわ!」
……すげぇなラトリエちゃん。
セレイネースの分体相手に一歩も退かずに、追い込んでるよ。




