第五十六話「だが、断る」④
「ふむ、当然の答えであるな。では、今後とも我がセレイネースの使徒として尽力するが良い」
……話聞いてたのかな? なんかもう引き受けるって前提みたいな感じで話進めてるけど。
「いや、だから謹んでお断りって言ったんだけどさ。人の話聞いてる?」
少しキレ気味にそう告げると、予想外だったのか、ガビーンって感じになってがっくりと項垂れる。
「なんでそうなるの? 期待なんてこれっぽっちもさせたつもり無かったんだけど」
容赦ないけど、本当にこれ。
うん、だから人をテンプレにハメ込もうとするなっての。
チートや加護で無条件で喜んで釣られるような奴は、ただの馬鹿だろ。
与えられた借り物の力なんて何の意味もない。
持て余すだけだ。
必要に応じて、自らの手で鍛え掴んだ力こそ、本当の力なんだ。
モンジローくんとか、いっぱいチート持ってるらしいけど。
調子に乗ってないのは、そこら辺ちゃんと解ってるフシがあるんだよなぁ。
そう言う意味では彼は、聡明なんだよなぁ……。
「ば、馬鹿な……即答で断るだと? 海神の使徒だぞ? お前達、異世界人が欲してやまぬチート能力やご都合加護ももれなく与えられる上に、セレスディアの国丸ごと手に入れるチャンスなのだぞ? こんな美味しい話、そうあるまい? それを、そんな即答で断るなど……。貴様、一体何を考えている?」
……僕が異世界人だって事も知ってるのか。
こっちは良く知らないのに、向こうはこっちを熟知してるってやりにくいな。
「あのさ。チート能力とかご都合加護? そんな異世界ラノベ主人公みたいなの……僕は別に欲してないんだよ。僕はこれまでチートなしで自前の貧弱な身体や能力を、地道な努力や地獄のようなハードな特訓を積み重ね、鍛え上げて今のレベルにまで成長させてきたんだ。今更、そんなチートだの加護の欲しくないし、そんなのをもらっちゃったら、今度はセレイネースさんの為に何かしなきゃいけなくなるんだろ? タダより高いものはない……仮にも商売人がそんな都合のいい話を真に受ける訳がない」
要するに、そう言う話なんだよな。
強大なチートや加護と引き換えに、神様なんかの思惑に沿って、異世界に介入する。
異世界ラノベでよくあるパターンなんだけどさ。
そんな異世界の異物が妙な力に頼って介入なんて、本来は絶対いい方向になんて向かない。
スローライフ主人公とか言って、非介入を決め込んだって、強大に過ぎる力はバランスを崩すんだ。
強くてニューゲームとか、あんなの普通に害悪にしかならないし、英雄なんて……本当は要らない。
世界の危機に立ち向かうのは、一人の英雄じゃなくて、多くの名も無き人々であるべき……僕はそう思う。
「そうですわね。うまい話には裏がある……よく解ってらっしゃる。と言うか、セレスディアの名前が出た時点で、問答無用で却下すべき……わたくしはそう助言するつもりでしたわ」
……うん、ラトリエちゃんも全肯定くらいの勢いで援護射撃してくれる。
やっぱ、僕の考えは正解だったっぽいな。
「そうだね……国の面倒を見るとか、そんなのロメオだけで十分だよ。と言うか、僕の今の立場って……ロメオ王国宰相閣下なのよ? 国なんて間に合ってるんだ。はっきり言って、こんなところで遭難してる場合じゃないんだよなぁ……」
「お、おぅ……宰相と言うのは……なるほど、貴様は事実上のロメオの最高権力者に近い存在なのか。そこまでの立場の者だったとは……ラーテルムめ、話が違うではないか。これのどこが、取るに足らない小物なのだ? つくづく、人を見る目がない駄女神であるな。……これでは、なびけという方が無茶ではないか……」
……うん。
悪くない反応だな。
向こうが自分で納得して非を認めてくれると言うのは、交渉では悪くない展開だと言える。
要するに、この交渉の目的は、セレスディアの復興の為の人材スカウトって事なんだろう。
まぁ、僕としては、すでにロメオの宰相なんだから、問答無用却下に決まってる。
どんな条件を積み上げられたって、答えは絶対に変えないだろう。
まぁ、抜け道としては、セレスディアが国を上げてロメオの傘下に下ることなんだけど。
そんなの納得する人もいないし、誰も得しない。
国ってのは、価値観が違うからこそ出来た境界線なんだからさ。
それを無理やり、経済やら、領土拡張とか言って無理に統合しようとしたら、面倒くさいことになるに決まってる。
「そう言うことだよ。僕はすでに責任ある立場で、大勢の人々の期待と希望を背負って立ってるんだ。それを裏切るような真似なんて出来るはずがない。悪いね……どれだけ、チートやら加護とかうまい話をしてもらっても、僕の意思は微塵たりとも揺るぎない。もし、そう言うチート主人公みたいなのが必要なら、自力で異世界召喚とかやった方が早いんじゃないかな? それか傘下の国や街で現地人をスカウトするとか」
「……うーむ、だが……その者達が貴様ほど、優秀である保証もあるまい。正直に言って私は貴様がこの世界に来て為した業績を相応に評価しているのだ。にも関わらず、ラーテルムは貴様をただの無能者と断じて、これまで不当な扱いをしてきたのだ。挙げ句に目障りだから、大陸から追放するなどと言い出しているのだぞ?」
……なんだそれ。
女神に一個人を追放とか、そんな真似なんて出来るのか?
……いや、出来ないだろ。
出来たら、スライム大帝とかとっくに放逐してるはずだ。
大方、一切の加護も幸運も与えないとかそんなところか?
まぁ、それなら問題ないな。
今まで、そんなのひとつも実感したこと無いし、今のこの僕の力はあくまで自前のものだ。
それは、このラーテルムの影響力が一切及ばないこの無人島でも問題なく能力が使えている事が証明してくれている。
つまり……神様に見捨てられても、僕は一切困らない。
神様に見捨てられたからって、別に拾う神なんて要らない。
「今まで何もなかったからね。元々ゼロだったのに、それをゼロにするとか言われても……って感じかな。もちろん、今更プラスに……なんてのも要らないね。無いならないで納得はできるし、下手に加護とか頼るようになったら、むしろ早死しそうな気がするよ」
「……神に見捨てられたと告げられて、それが感想とは恐れ入ったな。だが、その神を神とも思わぬ不遜な態度。私はそう嫌いではないぞ? どうかな? 別に使徒になれとは言わないから、少しばかり願いを聞いてやらなくもないぞ? それなりに困っているのだろう?」
……うーん、これは。
すんなり諦めてくれてはいるんだけど。
ひとつくらい借りを作っていけ。
たぶん、そう言いたいんだろう。
向こうとしても、こちらとはそれなりの繋がりが欲しいんだろうな。
けど、瞬時にこちらが譲らないラインを見定めた上で、譲歩案を出してくる辺り、抜け目ないと言える。
このセレイネースさん……相当な切れ者だな。やっぱり。
うーん、実際……困ってるのも確かだから、ちょっと打診してみるか。
「お願いか……。そうだね。僕らをこの無人島から無事に帰らせてくれるなら、それは相応の借りと言えなくもないから、多少の譲歩なら聞かなくもないよ。ああ、ラトリエちゃん……セレスディアについて、説明お願い出来るかな? 残念ながら、セレスディアについては僕は何も知らないんだ」
「あ、はい。セレスディアは法国傘下の商業国家のひとつで、大陸の北沖合の諸島群を支配する海洋国家でもあります。その商船団の規模はロメオ以上の規模を誇る世界最大の商船団と言われており、我がロメオの商売敵と言ったところですわ」
「なるほどね……。海洋国家……日本に通じる国だね。まぁ、法国も今はグダグダだからねぇ……。絶賛内戦中だから、属国に独立運動のひとつも起きても不思議じゃないか」
「そうですね。法国の侵略を受けて、無血開城……戦わずして、降伏したのですが……。やはり、それは些か問題があったようで、いくつも独立運動グループが林立して、事実上の内戦状態に入っているという話も聞きますね」
「なるほど、政府側はそれらをコントロールできていないのか。大方あれかな? 軍事力軽視の結果、大国の侵略にまったく備えていなかった……だから、戦わずして降伏……か。現状認識と想定の甘さでの自業自得ってとこかな」
「そうですね。セレスディアは、軍備を軽視しており、その軍事力の弱さには定評ありますね。経済的には相応の規模を持っていたので、侵略なんて誰も考えないなんてうそぶいていたらしいんですが。実際は呆気なく侵略され、属国の立場に屈してしまった。現在の指導者も先代王が病に臥して、我が国同様、女王が即位したものの、指導力不足で、国外からはまともに相手にされず、国内のまとまりも欠け、我がロメオと比較すると、国としては弱小……そう言わざるを得ませんね」
なるほどねぇ……。
指導者が力不足で、軍事力もヘボい。
女王陛下が舐められるのも、クロイエ陛下の例を出すまでもなく、この世界の常識故に……だからな。
さぞ苦しい立場なんだということも、まるで我が事のように理解できる。
その上で、お金持ちの商売の国ともなれば、大国から見たら美味しい搾取相手に他ならない。
法国とは、経済的にも結びつきが強かっただろうから、簡単には攻めて来ないだろうとか思ってたんだろうけど。
今の法国は10人くらいの自称法王が少しでも注目を浴びるべく、群雄割拠してるから、その手の対外侵略行動も派手にやってるって話も聞いてる。
なるほど、そのセレスディアのテコ入れ要員として、僕をスカウトしたいと……そう言うことか。
ただ、法国の混乱と弱体化は、現状として避けて欲しいし、法国の混乱の原因となると……あのサトルくんなんだよなぁ。
これは、心情的には助け舟のひとつも出してやりたいんだけど……。
セレスディアに肩入れした結果、法国を敵に回すのは得策じゃないし、ライバル国に塩を送る事になるから、ちょっと気が進まない。
……知らなきゃ良かった。
「ふむ、その様子からして、多少なりとも同情もするし、助け舟の一つも出したいと……そう思っているのだな? 貴様、いささか人が良すぎるのではないかな?」
「お人好しで悪いかい? まぁ、心情的には、同情を禁じえないってところかな。けど、立場上……僕は外国相手に必要以上に肩入れは出来ないんだよ。もしも、僕の力を借りたいってのなら、代償にロメオの属国になってもらうとか、莫大な金品の要求とか、そんな交換条件を出さざるを得ないよ」
困ってる国や人々がいるからって、無条件に助けられるほど、僕の手は大きくない。
国を助けるともなると、同じ国という立場でとなるし、そうなると影響も多大なものとなる。
まぁ、どう考えても傍観一択だよな。




