第五十六話「だが、断る」③
「なるほど。セレイネースさんは、悪い神様じゃなさそうだね……。まぁ、僕の場合……ラーテルム様のイメージが微妙なのもあるかもしれないけど。本来、人に積極的に関わるような神様って感じもしないんだけどな……」
鹿島さんなんかからも、神性存在ってのは総じて訳が解らない価値基準を持つ……なんて話も聞いたことある。
雑談ついでに聞いた感じだと、神様と称する何かとかそんな話もしていた。
どうも、僕に興味を持ってる様子なんだけど、そもそも僕って、そんな神様に目をつけられるような事したっけなぁ……。
別に、災害級のドラゴンとか倒したりしてないし、魔王と戦ったりなんかしてない。
「そうですね。セレイネース信仰は海を神として崇めると言うのがその由来ですからね。自然というものは本来、そこにあるだけですから、人と積極的に関わってくるような神ではないのですわ」
「……うん。モンジローくんの話だと、この世界の神様って人々の思いが神様はそうあるべきと願い、思うことで生まれてくるらしい。そうなると、セレイネースさんは海に生きる人達の願いから生まれたんだと思う」
「……それは面白い解釈ですわね。けど、使徒の方の話となれば、納得もできますね。ラーテルムの教えは、少しばかり押し付けがましい所がありますけど、最近聖光教会もなんだか緩くなってしまってますからね。」
「まぁ、そうだね。本来は聖光協会も、もっと厳格な宗教団体だったらしいんだけどね。最近はコンビニの女神様とか変な方向になってる感じだからねぇ……」
……僕は別に悪くない。
モンジローくんとかは、むしろいい方向に向かってるっすーとか言ってたし。
サトルくんとか見てると、以前のラーテルム様はほんと無軌道な行きあたりばったりなはた迷惑な思いつきで、世界を混沌に導いてるとかそんな調子だったからな。
要らないことをしなくなって、人々が自分なりにこの世界を良くしようと考えて、行動し始めてるのは事実なんだから……それを黙って見守ってくれる……それが本来の神様の有り様だと思うんだよな……。
「ああ、そうだ。セレイネース様って具体的にどんな神様とされてるのかな?」
「セレイネース信仰は、地域によって様々な祀られ方をされていますね。良く聞くのは、海の怪異や魔物を駆逐したり、遭難した人を安全な場所に導いたりしてくれたりと、海の安全を司る守り神として信仰されていますね。もちろん、豊漁祈願とかで漁師などはもれなく、信仰してますわね」
なんか、そんな感じの神様いたなぁ……住吉様だっけ。
「なんだか、住吉様みたいだねぇ……ああ、住吉様ってのは、日本の神様の一柱で漁師や海人の守り神の定番なんだ。けど、山の中にも住吉様の神社があったりもするから、そこら辺は何と言うかアバウトなんだよな」
「スミヨシ様ですか……異世界にも似たような神様がいるんですか……。なんとも興味深い話ですわね」
「まぁ、そんなもんだ。海を神格化するってのは、どこにでもある話なんだよ。けどそうなると……? もしかして、テンチョーやモンジローくんとかだと、海の上とかだと力を失ったりとかするのかな?」
なんか、領域がどうのと言ってたし……。
ラーテルムの事を駄女神呼ばわりとか、仲悪そうな感じだったからなぁ。
うまく、テンチョー辺りをここまで誘導できたら、話が早いって思ったんだけど……。
そうなると、テンチョーを頼れないって事でもある。
「ええ、多分そうなります。あの方々はラーテルム様の使徒ですからね。使徒はその神々の領域でしか力を発揮できない……そう言う制約があるんですよ。けど、旦那様は海の上でも普通に魔術を使ってましたよね? 旦那様も使徒だと言う話も聞いていたのですが……」
……案の定か。
でも、僕が使徒って……そんな話どこから出たんだろ?
ぶっちゃけ僕はラーテルム様なんて、会ったこともないし、その実在だって色んな人からの又聞きで、そんなのがいるって認識してる程度だ。
まぁ、この猫耳の身体は日本にいる時と明らかに別物ではあるんだけど……。
いわゆる神様チートには程遠い。
もののついで、せっかくだから、コイツもおソロにしといたって、そんな投げやりな配慮って感じもするんだよな。
それでも、この身体……日本に居た頃よりも、健康で頑健だし……。
色んな意味で若返ってるし……。
これが神様の奇跡って言うのなら、感謝のひとつもしたいところではある。
けど、テンチョーも居なくて、普通の人間のまま僕一人で身体ひとつスタートとかだったら……。
まぁ、軽く死んでたね。
それくらいには帰らずの森ってのは、本来は過酷な土地なのだよ。
けど、ラーテルム様のサービスっても、ついでとかおまけみたいな感じだったし、何度もあった危機やピンチだって、別に何か手助けとかあった訳じゃない。
テンチョーの助けは何度も借りたから、間接的にお世話になっているとも言えるのだけど。
あくまで間接的にだしなぁ……。
……うーむ、本気でむしろ相手にされてないって気がする。
その程度には、全く恩恵ってもんが無い。
僕は……困難を自分の力で乗り越えてきたって自負がある。
結論……神様チートなんて、なくてもなんとかなった!
つまり、今後もノーセンキューッ!
「……僕の魔術は、あくまで自力で身につけた自前の能力なんだよ。この筋肉だってそうだし、魔術だってそう。そんなテンチョーみたいにチート能力でとかそんなんじゃないよ」
これについては、むしろ自慢していいと思うな。
異世界転移して、チートなんて貰えなかったんで、自前の力で成り上がりました!
それが僕なのだ。
そもそも、お声掛けのひとつもなし。
周囲に使徒はいっぱいいるのに……僕については、まるっきり空気扱いされてるような調子。
……そう言う扱いに、ちょっと面白くなかったのも事実だからね。
そもそも、僕は無神論者に近い。
今後、もし神様チート欲しい? って聞かれても、僕は要らないって答える!
……そんなモノ、別になくたっていいんだ。
重要なのは、力じゃない……何を為すか……なんだよっ!
これまで何も出来なかったような奴がチートもらったからって、成り上がれるとか馬鹿言ってんじゃねぇっ!
まぁ、そう言う意味では僕はいわゆる異世界ラノベ主人公とか否定的なのだよ。
カスはどこまで行ってもカス。
チートや加護があっても、変わんないんだよ。
「……つまり、旦那様は使徒ではないということですか?」
「そうだね。僕はそのラーテルム様とかには会ったこともないし、その意思を伝えられるような事もただの一度も無かった。全部、僕は自分がしたいようにやって、今の立場を築き上げたんだ。僕は自前の力と皆の力でここまで来た。神様の力なんて他力本願で、今の僕があるなんて思われてたなら、さすがにそれは心外だよ」
うん、言い切っていいだろうさ。
僕は、色んな人達の助けは借りたかもしれないけど、あくまで自前の力だけでがんばってきたんだからな。
神様なんかに頼らなかったからこそ、僕は皆に認められたようなものなんだ。
そう言い切ると、ラトリエちゃんが尊敬の眼差しで見つめていた。
「……それは、素晴らしいことだと思いますわ。やはり、旦那様は私の生涯の夫として、相応しい……ですわ」
ラトリエちゃんが感激したような面持ちで、ゆっくりと手を伸ばしてきて、手と手が触れ合い……思わず、どちらも無言で見つめ合ってしまう。
「う、うん、そう言ってもらえると嬉しい。と言うか、昨夜はごめんね……先に一人で寝ちゃって」
「そうですわね。昨日は星空が綺麗で、色々語り合いたかったのに……けど、寝顔可愛かったですわ」
そう言って、微笑むラトリエちゃん。
思わず、お前もな……とか言いそうになって、慌てて周囲を見渡す。
まぁ、このまま勢いで押し倒してーってのもありな雰囲気じゃあるんだけど。
あのくず餅女神端末……絶対、近くで聞き耳立ててると思うんだよなぁ……。
……案の定。
砂の上に目から上を出して、うさ耳を生やしてたくず餅発見。
「……どんな出歯亀だよ。あのさぁ……セレイネースの分体さん。なんで、そこまで興味津々なの?」
そう突っ込むと、観念したようにニョキニョキと再び生えてくる。
何と言うかシュールだ。
「失礼した。一応、見えないようにしていたつもりだったのだが。なるほど、魔眼使いでもあったのか……それでは、隠形など意味をなさぬな」
……そういや、魔眼ってそう言う効果もあったんだっけ。
神様の分体の隠形すらも見破るって、これもなにげにチートなんだな。
地味なんだけどな!
「まぁ、いいよ。とりあえず、ラトリエちゃんの説明で、セレイネース様の概要は解ったし、凄い神様ってのも理解できた。で、そのセレイネース様が僕に何の用?」
うん、こればっかりは二人で考えてても解んない。
神様の考えることなんて、解らないし、解ろうとか思っちゃいけない気がするよ。
「ふむ、端的に言うと、我が使徒になって、我が信徒達の国セレスディアの再興と独立に協力して欲しいのだ」
……なにそれ?
こちとら、ロメオの宰相に任ぜられて、女王陛下の将来の婿殿内定って立場なんすけど。
なんで、僕がそんな訳の解らない異国の独立だの再興に協力せにゃならんのだ?
思わず、ラトリエちゃんを見返すと、全力で首を横に振られる。
……うん、ラトリエちゃんもこの話……間違っても引き受けちゃいけないって思ってるらしい。
多分、セレスディアの事も知ってるっぽいけど、知った上で絶対ダメって事か。
うん、ここは断固拒否だね。
軽く目を瞑って、解ってると意思を伝えて、セレイネースの分体さんに向き直る。
「なるほど解った……。その話だけど、謹んでお断りする。悪いけど、それが僕の答えだ」
それだけ告げる。




