第五十六話「だが、断る」①
空が白み始めていた。
満天の星空だったのが、小さな星から順に消えていき、大きな明るい星ばかりになり、瞬かない星が輝き出す。
明けの明星みたいなものだと思うけど、良く解らん。
夜に仕事してる人達は、あの星を見ると仕事を終える準備をしたり、油断しないでもうひと踏ん張りとか言ってる。
朝を告げる星とかなんとか呼ばれてるらしい。
……そんな訳で、無人島での一夜が終わった。
森の近くに作った木の幹を支柱にして、木の葉っぱと木の枝で作った簡易テント。
なんでまぁ、隙間だらけで夜空の星もよく見える。
なお、ラトリエちゃんがパパーッと作ってくれたので、僕は見てただけ。
手際良すぎて、手出しするまでもなかったと言う。
幸い蚊が出て、ウザくて寝れないとか、目が覚めたら、潮が満ちてきてて、文字通り寝耳に水……なんてことにもならずに、普通に夜明け近くになって目を覚ました。
蚊がいないのは……単純にここまで飛んでこれなかったとか、繁殖するには環境が悪いとかそんなだろうな。
確か、海水でも普通に繁殖するボウフラとか居たと思ったけど、この世界にはいないのかなぁ……。
まぁ、あれだけ激しく潮が満ち引きするんじゃ、蚊にも厳しいんだろ。
コンビニの辺りとか、本来、蚊とか虫、凄まじいからなぁ……。
アージュさんが虫よけの結界で村全部を覆ってくれたから、もう誰も気にならなくなったけど、その前は昼夜を問わず、あちこちで虫よけの草を焚いてて、煙い上に臭いしで色々大変だったもんだ。
うん、この島での生活……キツいかと思ったけど、そうでもなさそうだった。
これなら、少しくらい長丁場になっても、大丈夫!
……とまぁ、そんな風に益体もない事を考えつつ、二度寝しようかと思ったけど、空も白み始めてて、程よく涼しい海風が素肌を撫でる。
ちょっと、寒いくらい……まぁ、海パンいっちょだしな。
タオルケットやら毛布くらい欲しいけど……ちょっと昼間の間に島を回って、漂着物とか植物とか使って、かわりになるようなものを考えないとな。。
けど、なんか微妙に生暖かくて、身体が重たいと思ったら、ラトリエちゃん……思いっきり腕枕状態で抱きつきながら寝てるし……。
腕の感覚が無いような感じがしてたんだけど、こう言うことだった。
女の子に腕枕しつつ寝ると、こうなるのは必然とも言える。
まさに、朝チュンと言うやつだな。
「…………」
ひとまず、身体を起こそうかと思ったけど、ラトリエちゃんを起こしちゃ悪いと思ったので、そのままで起きてることにした。
まぁ、朝チュンとか言っても、何もなかったんだけどなっ!
てっきりエロエロな感じになるかもって思ってたけど、こっちも思いっきり爆睡しちゃって、そんな感じじゃなかったし……。
ラトリエちゃんももしかしたら、期待してたのかも知んないけど……。
この娘、なにげに奥手だから、僕の寝顔だけ見て満足したとかそんなだったっぽい。
まぁ、それはそれで可愛いよな。
うん、そう言えばほっぺにチュッとかされてたような……。
寝たフリして、ヘイカモン続きは? って感じで待ってたんだけど。
結局、なにもせず……側でじっと見つめてたような感じだったんだけど、結局、こっちが睡魔に負けた。
まったく、奥手なんだね! 君は。
普段、エロいこととかシモネタとかバンバン飛ばすくせに、イザとなったら奥手とか。
なんとも可愛らしい話じゃないか。
腕の感覚も少しズラしたことで戻ってきたので、軽くその背中をツイッと指先でなぞってみる。
「あんっ……」
なんとも色っぽい声を出されてしまう。
お、起きてないよね……? これ。
ごろりと身体を横に向けて、ラトリエちゃんと向かい合ってみる。
こうしてみると、やっぱり美少女だ。
軽く水浴びしただけだけど、なんとも甘ったるい女の子特有の体臭が香る。
10代のスベスベのお肌、ちゃんと手入れもしてるみたいで、ムダ毛も無い。
はっきり言って、綺麗……。
(おう、み、水着の上が……ちょっとずり上がってるし……)
やっべぇっ! この子、胸はあんまりないのに、ビキニなんて着ちゃって、身体横向きにしてるもんだから、上がズレかけてるよっ!
微妙なところはギリギリ隠れてるんだけど、ほんの1cmずれただけで、コンニチワしちゃう!
……柄にもなく、これはドキドキする。
その……なんて言うか、丸見えよりもエロいよ! もう一声のこのギリギリ感!
ど、どうしよう。
この調子だとぐっすり寝てるっぽいから、ちょっとくらいぽろりしても気付かない?
けど、そんな事になっちゃったら……今度は僕自身が歯止めが効かなさそう。
見ちゃったら、次はお触りしたくなるし、触っちゃったら、今度は……ってなりそうだし。
そもそも、邪魔も入らないし、やる事やったところで誰からも文句なんて言わせない……。
「す、据え膳食わぬは男の恥?」
駄目だ……ちょっとこれは、たまらんよ! もう我慢できないっ!
僕の中のケダモノが暴れだしそうになってる!
「……ふひひ、さーせん。ラトリエちゃん、まずはその可愛らしいソレ……じっくり鑑賞させてもらうよ」
思わずゲスいセリフとともに、指を伸ばそうとしてると……。
なんだか、視界の端っこにしゃがみこんでこっちみてる人影が目に入ってきた。
「…………」
目線をそっちに移すと、何と言うか……水人間?
そんな感じのヤツ。
けど、背丈は120cmくらいのお子様サイズ。
ワンピースみたいなのを着たウサギ耳の生えた……くず餅ちっくな質感の……。
どう見ても人外です。
なんだこれ。
無言で、するするとラトリエちゃんを起こさないように、ゆっくりと腕を抜く。
続いて、身体を起こして、ウサギ耳くず餅ロリっ子をじっと見つめる。
感じとしては、いつぞやかのスライム人間を彷彿させるんだけど、コイツはあれとは別口の気がする。
スライムと言うよりもくず餅だな、くず餅。
スライムは液体でトロトロって感じなんだけど、くず餅は固体だからプルプル……この違いが解るかなぁ?
「……どうも、おはようございます」
……思いっきり、口聞いてるし。
しかも、ご丁寧に挨拶付きでペコリと頭を下げられる。
出歯亀の類にしては、自分の存在を隠そうともしてない……。
「いや、君……なに?」
思わずジト目でツッコミを入れる。
うさ耳は顎に指を当てながら、上目遣いに空を見上げる。
「……うん? 私? 私は海の女神セレイネースの分体のひとつだ。君がその娘に何をしようとしていたのか大変興味があったので、観察させていただいていた次第。私のことは単なる置物とでも思って、どうか気にしないで続けて欲しい」
……この説明で解るわけがないわなぁ。
置物にしちゃ自己主張が激しすぎるし……なんなの?
「……普通に気にするよ。と言うか、女神の分体って? え? どう言うこと?」
「言葉の通りだよ。私は女神の言わば端末だよ。本体なら、こう言う時はこう応える、何を伝えるか……それらをシュミレートして、大雑把な意思を人々に伝える。女神の代理人とでも思うが良い」
……良く解らんけど。
こんな無人島に無造作にやって来てる上に、どうみても人外。
それに魔力もなんだか桁違い。
見た目はくず餅だけど、なんだかとんでもないのがやってきたってのは魔眼を使うまでもなく解る。
思わず、姿勢を正して、正座待機!
「……なるほど、格が違うのは解った。よく解んないけど、この島……君の本体セレイネース様の領域とかだったりする? だとしたら、勝手に上陸して、無断で一夜を明かしてごめんなさい。島の植物とかも勝手に伐採したりしちゃったんだけど、マズかったよね……」
そのまま、深々と土下座。
うん、ここは最大級の敬意と謝意を見せる他ない。
先に謝って正解も正解だと思う。
なんせ、こいつの推定魔力値は……もう桁外れ。
どれくらいかと言うとあのアージュさんを遥かに上回るくらい。
仮にアージュさんが10万パワーくらいだとしたら、こいつは軽く50万パワーとかそんな感じ。
いや、これで単なる端末なんて言ってるんだから、本体込だと億とかそんな感じだと思う。
ソレくらいには桁外れの存在。
ちなみに、僕は精々5000パワーくらいかな?
我ながら雑魚いけど、アージュさんの魔力ってそんくらいには桁違い……大陸広しと言えども、アージュさんに匹敵するほどの大容量魔力器官を持ってるような人類は存在しない。
まぁ、ドラゴンとか人外は別格らしいけど。
テンチョーは……アージュさんほどじゃなくて、パワー値換算だと5万くらいらしい。
もっとも、モンジローくんの話だと、使徒の魔力は外部供給式なんだとか。
個人の魔力許容量という限界値はあるものの、いくらでも補充が効くので、その気になれば割と天井知らずなんで、比較するだけ無駄らしい……まぁ、あの二人はチート枠だからねっ!
なお、数値は適当だ……アージュさん辺りに言わせれば、もっと厳密に多角的に計測の上で算出……とか言い出して、面倒くさいことになるから、僕の胸のうちにしまっておくつもりだ。
なんにせよ、神様の代理とか言ってるけど、一発で納得した。
……こんなの怒らせたら、マジで洒落にならん。
これはもう細心の注意を払った上での、土下座対応が基本だな。
「……海神セレイネース、それも分御霊? だ、旦那様……その対応は恐らく正解です。セレイネース様、大変申し訳ありませんでした。この島……セレイネース様の神域だったのですね。大変、失礼しました。ですが、我々も故あってこの島に逃げ込み、簡単には出られない状況なのです。無礼は承知なのですが、どうかこの地に留まることをお許しください」
……ラトリエちゃん。
寝てたと思ってたのに、起き上がってシュタッと隣に正座して同じ様にひれ伏してる。
……あっぶね! 思いっきり狸寝入りで誘惑してた?
あのポロリ寸前もわざとやってた可能性も……。
うぉおおおっ! 危うく思惑通りって感じになるところだった。
「あーうん? そんな畏まらないでくれ。私はあくまでメッセンジャーであるし、この島は神域でもなんでも無い。長いこと誰も立ち寄らず、誰も住まない……ただの孤島であるのだから、勝手に上陸したからと言って追い出すような狭量な真似はしない。それよりも、何をしようとしていたのかが気になった。もしかして、あれかな? 子作りでも始める気だったのかな?」
……ブホッて思わず吹いた。
ラトリエちゃんも真っ赤になって、視線を泳がせてるし。
あと、ひれ伏したどさくさで水着の胸がちょっとカパって見えちゃったし。
うん、やっぱ貧乳も悪くないね!
「……あーうん。まぁ、ラトリエちゃんの寝顔を見てるだけで、僕的には満足でね! そんな子作りとかさー。まだ早いっしょ? ねぇ、ラトリエちゃん」
「あ、はい? そ、そうですね……こ、子作り? うぇっ! そうですね……旦那様には当然、その権利がありますし、私も望むところですわっ! けど、順番! 順番がありますし、やっぱりシチェーションが大事だと思いますからね! そこはちゃんと守ってください」
……と言うか、こんな風に外野にガン見されてちゃ、出来るわけがない。
「だねっ! まぁ、そこら辺はゆっくり焦らずに……と言うか、要するに、君は神様みたいなもんなんだね。一応、ラーテルム様って言う神様がいて、テンチョーやモンジローくんは会ったことあるって話だから、神様の存在は信じてたけど。僕は会ったこと無いんだよね。なんだ、こんな風に代理体みたいなのを作って、僕らみたいな普通の人間ともコミュニケーション出来るんだね」
「うむ、この身は限定的なもので、端末……君が持つ概念の中ではそれが一番近いな。つまり、私が見聞きした情報は神の座にいる本体のもとに送られる。その上で本体の指示通りに動くが、具体的な支持が降りることはそうそうないな。イコールに近いがイコールでもない。そう言うものだ。もちろん、力も限定的なものであり、神々の協定に基づき、その力はセレイネースの領域でのみ発揮されるし、むやみに使うものではないと弁えている」
……そういや普通に言葉とか通じてるしな。
僕の頭の中を覗き見て、概念を共有とかそんな事をやってるのかもしれない。
これは嘘も付けないし、ハッタリなんか通じないと思っていいな。
うーむ、これはとんでもない厄ネタだぞ。




