第五十五話「海の女神様」②
「テンチョーさん、押さえて押さえて……。まずは話し合いが基本って、ダンナもいつも言ってるでしょ? とりあえず、ひとつ質問っす!」
「うんうん、何かなー?」
「リヴァイアサン……あれは、セレイネースさんの眷属とかそんなんなんすか?」
今回の話をややこしくしてるのは、間違いなくリヴァイアサン。
海の女神って言うからには、絶対関係あると思うんスよね。
「あれは、要するに野生動物? あんな無駄にデカくて、頭の悪い生き物……眷属なわけ無いじゃない。けど、その行動をコントロールするくらいは出来るわよ。実際、このロキサスには、私の加護で海の怪異共は近づけなくなってるのよ。これで、君が望む答えになってるかしら?」
……なるほど、リヴァイアサン騒ぎには、直接は関与してないんすね。
多分、リヴァイアサン自体はリベンジに来てたんだけど、女神さんの加護で近づけなくて周囲をウロウロしてた。
そこで、たまたまダンナが見つかって追われる羽目になってたと。
状況からすると、そんな裏事情が垣間見えるっす。
と言うか、この女神さん……割と聡いっすなぁ。
最小限の情報から最大限の理解をしないと、あっさりはぐらかされるっす。
どっかの駄女神とは大違いっすなぁ。
「解ったっす。女神さんがリヴァイアサンを操って悪巧みとか、そう言うんじゃないんすね?」
「野生動物のやることなんて、どうにか出来るもんじゃないでしょ? まぁ、私の加護の領域から出ちゃった人が居て、追い回されて遭難したってのは、いわば不幸な事故よね……悪巧みとか心外だわ」
「んじゃ、次の質問……。その不幸な事故にあった人……タカクラの旦那をどうするつもりなんすか? 無事かどうかって点なら、女神さんの言葉で無事だって解ったっす。となると、問題は女神さん……あなたが無事に返す気があるかどうかっすよ?」
「あらあら、君……なかなか頭キレるのね。そこまで推論だけで理解できちゃうなんて」
「某、これでもIQ180の男っすからね! 頭脳戦なら負けねっすよ!」
一応、これはホントの話。
某、小学校くらいまでは神童とか言われてたっす。
けど、某って、自分の興味あるものにしか熱意が向けられないタイプだったんすよね。
中学の頃、勉強の合間に描いてうっかり投稿した漫画が評価されて以来、漫画描いてりゃ自分もハッピー、その上お金になるって気付いてからは、もうひたすら漫画描きだけに全てを注いだんス!
まぁ、その結果、神童とも言われたスーパー勉学少年は、意味不明の漫画を日々増産しては自己満足する一種の変態となって、ご近所様の評判は、神童から引きこもりへとクラスチェンジ!
おまけに、警察に連行されるとかも、日常になって親にも縁切られて……。
ん? 某って結構、不幸なんでは?
いやいや、好き放題やって生きてきたんだから、不幸だとは思わねぇっすな!
「……私には解るわよ。あなた、割と壮絶な生き方してきたんじゃない? 何と言うか、何者にも屈しない意思の強さ。魂の強さを感じるわ。なるほどね。ラーテルムのお気に入りの理由が解ったわ」
「某は、国家権力だろうが、女神だろうが屈しなかった男っすからね! それよりも、タカクラのダンナっす! あなたがダンナの身柄を抑えてる……某はそう見てるっす! けど、ダンナはこの国や某含むいろんな人が必要としてる重要人物なんす! すんなり返してもらえると、誰にとってもハッピーだと思うっすよ?」
「……そうね。君の反応や彼のやった事での大陸情勢の変化。そして、君と同じく魂の格ってもんが違う。君達が彼の無事を心配して、執着するのも解る。大丈夫、彼は君達のところに戻すわ……そのうちにね」
「そのうちにって……。すぐには帰す気がないってことっすか?」
「物理的にすぐには帰せないってのが実情かしら? 要するに、そのうち帰ってくるから、余計なことをせずに大人しく待ってればいいのよ」
「物理的に帰せないって……セレイネースさんの力なら、その気になればすぐに帰せると思うんすけど。どっちかと言うと女神さんの都合って話なんじゃないっすかね? ダンナをさらって一体何をするつもりなんすか? そこら辺をはっきりさせてもらわないと、こっちも引けねぇっすよ?」
某がそう突っ込むと、セレイネースの分体さんがピクッと表情を変えたのが解ったっす。
「……な、何の話かなー? って言うか、まるで私がタカクラさんを計画的にさらったみたいな言いぐさなんですけどー! 全部偶然だしー! 無人島に上陸しちゃったのも偶然! うん、ラッキーな人よね! ただ安全に帰すには月に一度の大干上がりの夜にするべきなのよ。安全上の理由? まぁ、軽く二週間後なんだけどさ!」
……なんて言い訳っぽいことをシレッとヌカすので、某、セレイネースさんの目をガン見するっす!
ちなみに、女子高生とかにこれやったら即通報された程度には、某の眼力には定評あるっす!
「……で?」
……なお、この女神さんのスリーサイズは103、68、98……?
馬鹿なB三桁とか化け物!
いかがわしい雑念すら乗った某の目力……。
食らうが良いっ
「…………」
セレネースさんも負けじと某の目を見つめ返すのだけど、ちょっと目が泳ぎ始めたっす。
畳み掛けるっす!
「…………」
セレイネースさん、思わず目線そらしたっす。
カンカンカーン! 勝負ありっす!
某、ついに神の分体のガン付合戦すら制してしまうなんて……恐ろしいっ!
「なーんで、某の目を真っ直ぐ見れないんスかぁ? なんかやましいことありそうっすねぇ……」
「そ、そんな熱い瞳で見ないで……。って言うか、ちょっと怖いんだけど、キモっ! って言うんだっけ?」
戯言には返さず、ため息を吐いてから、一歩前に出てガン見続行!
「あのですねー。女神さん、適当にはぐらかそうとしても無駄っすよ? なんか隠してるっすよね? 正直に言うっす! 某、誰が相手だろうが退かぬ!! 媚びぬ!! 省みぬ!! を地で行って来たんスよ?」
某、負けねっす!
つか、普通の人ならこの神々しいオーラだけで、ひれ伏しちゃってるでしょうなぁ。
けど、神様とか普段から駄女神様と接してるから、慣れてるし。
何より、某、国家権力にすら怯まず戦いを挑んだ男! 長いものには巻かれないっす!
「はぁ……。アンタ、見かけの割に鋭いし、この私の神力にすらこれっぽっちも怯まないとか……。まいっちゃうわー。と言うか、ラーテルムから何も聞いてないの?」
「……なんか、セレイネースさんとは関わりたくないみたいな感じっしたね。遠回しに手出しは無用とも言われたっすけど。そこら辺、どうにもよく解らなかったっすけど、今回のタカクラの旦那の遭難……セレイネースさんが関わってる……そう言う事っすね?」
まぁ、今度新作書くからつって、某の介入を認めさせたんスけどね。
無理しちゃ駄目よーとか、含みのある言い方はされてたんすよね……。
「やれやれねー。解った解った! もう全部ぶっちゃけるから、そんないじめないでよ!」
「やれやれ、やっとその気になりましたか。ええですよ。まずはそこに座りなさい。某、喧嘩腰とか嫌いなんスよ」
「……はいはい。ああ、ラーテルムが勝手に介入しようとする使徒がいるかも知れないけど、自分では止められないとかなんとか言ってたけど、アンタのことだったのね」
女神さんも案外素直に言う事聞いて、地べたに座り込んだ某と向かい合わせにぺたんと女の子座りで座り込む。
某もだらしなく胡座かいてたけど、一応敬意を示すために正座シュタッと。
テンチョーさんは、立ったままだったんで、某も目線で座るよう促すといわゆるにゃんこお座り態勢で待機。
なお、テンチョーさんは口を挟める状況じゃないと悟ったらしく、黙ってるつもりのようっす。
「某を止められるのは某だけっすからね。ここじゃ某もただの凡人っすけど、そこは何があっても譲る気はないっす。けど、争いごとは良くないっすから、だからこうやってお話し合いをするんすよ」
そう言って、某も女神さんに微笑んで見る。
まぁ、相手が生身の女子だったら多少は怯んでたかも知んねぇっすけど、目の前にいるのは、人型水まんじゅうみたいなもん。
見た目さえクリアしちゃえば、某道の前に敵はなしっす!
「……やれやれ、私の負けよ。負け……けど、例のタカクラさんだっけ? 実は、ラーテルムと話し合って、前々からもしも、海に出ることがあったら、私の使徒として貰い受けるって話になってたのよ。……知ってた?」
……はい?
今度は某達が唖然とする番だったっす!
「ちょっと待つっす! そんな話聞いてないっす!」
「そりゃそーよ。これは神同士の話し合いの上での決定事項なんだからね。使徒のあんた達に伝えたり、お伺いを立てる必要なんてある訳ないでしょ? って言うか、君……私達女神を何だと思ってるの?」
「た、確かにそう言われちゃ、某達には何も言えませんがね……。でも、そんな猫の子でもやり取りする調子で勝手なことを決めて欲しくねぇっす!」
「そうは言われても、向こうが目障りだから、要らないとか言ってたんだけどね……。って言うか、そこのニャンコちゃんと言い、モンジローくんと言いラーテルムの使徒でも有数の実力者の二人が心酔してるって時点で、ラーテルムとしては面白くないに決まってるじゃない。おまけに使徒ですら無い? そんなの、今まで消されなかっただけマシだと思うわよ! そこら辺、少しくらい考えたほうが良かったんじゃない?」
確かに、某に与えられた力を考えると、ラーテルムさんがその気になれば、ダンナくらいなら瞬殺でしょうなぁ。
ダンナもダンナで、ラーテルムとかこれっぽっちも手助けしてくれなかったんで、崇める気なんてサラサラ無いみたいだし……。
「……ご、ごもっともっすな。そうなると、セレイネースさんはダンナを自分の使徒として、迎え入れる……そう言うつもりだったんすな?」
「だって、要らなきゃ引き取っても良いとか言われたしー! モノ自体は優良も優良……英雄になれる位には、逸材中の逸材なんだから、ラーテルムの気が知れないわ。ラキソムの人々の噂になってるくらいだったし、君達の反応からすると、私の人を見る目はあったって確信したわ!」
……なんせ、ダンナの今の立場って、将来的には大陸を制覇しても不思議じゃない世界一の経済大国、ロメオの女王の婿殿っすからねぇ。
要するに、将来的には王様同然の立場になることが決まってるようなもの。
セレイネースさん的には、そんなのを使徒にした日には、一気に信者も増えて神としての格も上がる。
そりゃあ、欲しがるに決まってますわなー。




