第五十四話「帰り待つ人々」③
「はいはいーっ! 皆さん、そんな暗くならないっ! あのダンナは、悪運の強さにも定評あるじゃないっすか。今回も無事に戻ってくる……。と言うか、今頃ラトリエちゃんと無人島シチェーションとか言ってイチャコラやってんじゃないっすかねー」
「そ、そう言えばそうでした! くっ、抜け駆け禁止と言っていたのに……このままでは先を越されてしまうっ! くっ、せめて私も同行していれば……リヴァイアサンごとき、我が剣で一蹴だったのに……」
リスティスちゃんが乗ってきてくれたっす。
なんか……心底悔しそうにしてるっす。
旦那が言うには、ツンデレのツン8割とかそんな調子だったらしいんスけどね。
本気で心配してる辺り、少しはデレたんスねぇ。
でも、あの子って口だけの耳年増って感じだったッスからねぇ。
ダンナも案外ヘタれた所があるから……どうせ、何もなしのような気もするんスよね。
けど、リヴァイアサンを一蹴ってのは、大きく出たっすなぁ……。
まぁ、若いんスなぁ……。
とにかく、ダンナが仮に無人島に上陸したと仮定して……。
食べ物はなんとかなるだろうし、水もダンナは出し放題っすからな。
そう考えると、遭難した挙げ句に干からびてるとか、そんな心配は要らなさそうっす。
下手に脱出とか考えられると、リヴァイアサンがウロウロしてる以上、相応の危険が伴うっすからね。
こりゃ、捜索隊もあまり派手に動きすぎない方がいいっすね。
「まぁ、それはともかく……。ダンナも無人島辺りに上陸して、サバイバル中って思うべきっすな。けど、あのダンナ……そう言うサバイバル知識とかあるんスかね」
ダンナもこっちに来て大分、体鍛えたりしてたみたいっすけど。
最初の頃はメタボ体型の中年猫耳とか、微妙なおっさんでしたからなぁ……。
まぁ、某も人のことなど言えはしませんがね。
サバイバルキャンプとかそんな趣味も無さそうだし……そこら辺はちょっと心配っす。
「その辺りは、ラトリエがいるから大丈夫でしょう。我々も無人島や秘境でのサバイバル訓練程度は受けています。無人島となると水の問題がありますが、閣下ならその辺の心配もないので、そうなるとやはり、何処かの無人島に避難している……そう思っていいでしょう」
なるほどっす! ラトリエちゃんもリスティスちゃんもお嬢様育ちのように見えて存外逞しいんすな!
優秀な嫁さん達に囲まれて、ダンナも幸せ者っすねぇ。
「じゃが、そうなると……やはり、リヴァイアサンが問題になるであろうな。ロキシウス侯爵、海兵達はリヴァイアサンとの戦闘経験はあるのか?」
「そうですな……。このロキサス港も以前、アレに襲撃されておりますからな。その時はつがいで二匹いて、一匹は我が海兵たちの奮戦で仕留めております。ですが、もう一匹には逃げられておりまして……。その時の個体の可能性が高いのでは……と言われてはいました」
「ふむ、つがいの敵討ちと言ったところか。化け物にも化け物なりの理由はあると言うことか」
「まぁ、某達ならそんなジャンボウミヘビ程度、容易く仕留められるでしょうな!」
むっふっふ。
魔物相手なら、某も情けも容赦も無用!
であるならば、アージュさんとタッグ組めば……まさに鎧袖一触、への河童っ!
「いや、あれはそんな楽な相手ではないぞ? 自在に海に潜り、凄まじい速さで泳ぎ回り、その巨体は軍船ですら沈めるような相手じゃ……ロキシウス侯爵よ。そのリヴァイアサン討伐の際の被害状況はどの程度だったかな?」
「そうですなぁ……30隻の艦隊と2000の海兵で挑みましたが、船の半数が沈み、兵も1/3近くが犠牲となりました。帝国海軍もアレを討伐しようとして、甚大な被害を受けたと聞いていますし、戦いを挑むとなると相応の覚悟の上で……となりますな。ですが、閣下の為ならば、みな喜んで討伐に赴くでしょう」
……思ったより、半端なかったっす!
けどまぁ、この世界……大砲とか実用化されてないし、弩とか投石機でってなると。
突っ込まれて、大破した船の上で決死の白兵戦とかそんな調子だっただろうし……。
キッツい戦いだったのは、想像に難くないっす。
けど、某なら……女神シュートで一発のような気もするっす。
ここは、某の本気……見せちゃおうっかなー。
「……なるほどな。討伐を躊躇するのも当然であるな」
「お、思った以上にヤバい魔物なんですね……。そこまでの被害ともなると、ワイバーン以上と言えますね。何が原因でそこまでの被害が……」
勇猛で鳴るリスティスちゃんも、そこまでの相手と思ってなかったようで、顔が引き攣ってるっす。
実際問題、海の上と言うのがまたキツいっすなぁ……。
人間、海に落ちたら、時間の問題で死んじゃいますからなぁ。
泳げると言っても、自由自在には程遠いし……エラ呼吸が出来るわけでもないっす。
早いか遅いかの違いで、死んじゃうことには変わりないっす。
あ、某……まるっきり泳げんのです。
世の中には、水に浮かばない人間というのもいるのですよ。
海上適応D-のいわば、ゲッターで言う所の3っすな。
得意技は大雪山おろしっすー!
「いかんせん、図体が大きい上に恐ろしく素早いのですよ。こちらの取れる戦術としては、とにかく数頼みで包囲しつつ、氷結魔法で徐々に動きを鈍らせていって、衝角での体当たり……。もしくは、体当たりを食らって、沈みそうになりながら、決死の白兵戦を挑むと言った調子で……。あの戦いでは二匹いて、連携してきたのも苦戦の理由でしたね」
「そうか、ロキサスの海兵はつわ者揃いと聞いていましたが……。それでもそこまで苦戦するとは……聞きしに勝りますね」
「あの戦いの教訓をもとに、ケントゥリ号は対大型魔獣戦も想定した装備を搭載しているのですが……。残念ながら未完成なので……」
「確か、重魔導砲……だったかな? そう言えば報告書で見たな。大勢の魔術師の魔力を束ねて放つ高指向性の魔導砲。山を穿つほどの威力だと言う話だが。あんなもの一体、何と戦うのを想定しているのかと疑問だったが、リヴァイアサンと戦うことを想定していたと言うことか」
某の述懐を無視して、三人で難しい話続けてるっす。
まぁ、戦いに関しちゃ某はド素人! まーかせてっ!
とりあえず、良く解らんけど、ケントゥリ号には、リヴァイアサンも一撃で仕留めるような波動砲みたいな化け物砲を積んでるらしいっす。
「はい。ですが……完成には程遠いものではあるのですが。艦首から撃ち出す関係で搭載だけは済んでいますが、陸上で試射したところ、狙いが逸れて山に大穴を開けてしまいましたよ……魔力の凝縮率が高まりすぎて、暴発しやすいという問題点がありまして……。アージュ様にも意見を聞きたいと思っていたのですが……。それどころではなくなってしまいましたな」
「いや、ひょっとすると案外使えるかもしれんな。後で見せてもらうとしよう。それにしても、一匹とは言えリヴァイアサンを仕留めると言うのは、お主らもなかなかやりよるのう……」
「……いやはや、正直侮っていたのは否めませんでしたね。あそこまで甚大な被害を受けるとは……。それに結局、あの時取り逃してしまったのが、今に響いてしまっていますからね……」
「まぁ、やるだけやっての結果なんすから。健闘したんじゃないっすかね。アージュさんなら、どないします? 正直、リヴァイアサンとやりあって、勝てます?」
シンプルにデカくて強いって話みたいなんすけどね。
デカイってのは、それだけで十分すぎるほどの脅威なんスよね……。
「我ならば……そうじゃのう。戦略魔法一択のような気もするな。あれほどの巨大な怪物ともなると、半端な攻撃魔術など、さしたる痛痒も与えられんだろう。海ごとまとめて凍らせると言うのが一番早そうじゃ。ラトリエもエクスターナがあれば、遅れは取らんかっただろうが……置いていってしまっていたのは痛恨じゃな」
……そう言うレベルの魔物っすか。
確かに重力魔法なら、海の魔物もそこまでの驚異じゃないでしょうな。
如何にリヴァイアサンでも、あのダークボールの山を被ったら、為すすべなく沈むか、自重で潰れるかってとこでしょうからね。
それか、某の「月に届け、衝撃の我が指パッチン」なら一撃?
けど、海に潜られると割と無理ゲーっすな。
どんなに威力があっても、相手が何処にいるのか解らないと意味なんて無いっすからね。
「うむむ……いっそ、戦わないと言う選択肢はどうですかね……?」
「それが出来れば苦労はしないであろうな。あれは、縄張り意識のようなものが非常に強いのだ。それに半端に知性もあるからのう。やられたことも執念深く覚えておるらしくてな。案外、このロキシス一帯の人間を滅ぼすくらいのつもりなのかもしれん」
「そうですね。こんな風に居なくなったように見せかけて、潜伏していて忘れた頃に襲来なんて……小賢しい話です。ですが、小賢しいが故に、姿を隠して奇襲……と言うのもあり得るでしょう」
リスティスちゃんの言う通りかもしれねぇっすな。
畜生のくせに、何かと言うと小賢しい真似をしてくるって感じっすからねぇ。
「推測だが、リヴァイアサンも魔術師を目の敵にしていた可能性もあるかもしれんな。それがケントゥリ殿が追われていた理由かもしれん」
「確かにそれは一理あるかもしれませんな。つがいの片割れを仕留めたのは、ロキサスの戦闘魔術師の最高峰のロスター師ですが。彼はラトリエの魔術の師でもあるのですよ」
「ロスターか、知っておるぞ……アヤツも我の弟子の一人であるからな。なんじゃ、アヤツ……そんな武勲をたてておったのか」
「……参考になるかもしれませんので、出頭要請を致しますか? ただ、彼も年で、すで引退しているので、どこまでお役に立てるやら」
「経験者の意見を聞きたい所ではあるが……まぁ、夜が明けてからでよいだろう。さすがに深夜に年寄りを叩き起こすのは忍びない」
「アージュさんは、年寄りじゃないんスか?」
「我の何処が年寄りなんじゃ? モンジロー……」
アージュさんが仏頂面で応える。
まぁ、笑ってごまかすっす!
「はっはっは! アージュさんはピチピチののじゃロリじゃないっすか! 十代余裕っすよ!」
「そ、そうか? まぁ、この千年見た目だけは一向に変わらんからなぁ……。我も相応に立派な身体に憧れるのだが……。それにしてもお主は元気じゃのう……我はさっきから眠くてかなわん」
「あんまり無理しちゃいかんですぞ? ちなみに、某は夜行性だし、72時間の徹夜とかもやっとりましたから、全然余裕っす」
三作品の締め切りとコミケ原稿締め切りが重なって、さすがの某も死ぬかと思った修羅場。
ちなみに、この72時間が人間の限界だと思ったっす。
この辺になると、もう幻覚とか見え始めるんで、パフォーマンスもだだ下がり。
大人しく2-3時間位仮眠でもした方がまだマシっす。
「まったく、貴様も元気だのう。他はリスティスくらいか。あとの者は全滅……呑気なもんじゃな」
会議室を見渡すと、起きてるのはリスティスちゃんとアージュさんくらいっす。
「私は、夜を徹する程度どうと言うこともありません。とは言え、現時点ではあまり役には立てそうもないですね……。どうでしょう、この場は一旦解散として、アージュ様もお休みされては?」
「まぁ、そうだな。いずれにせよ、現時点では何も出来そうもないからな。侯爵、情報収集と海図の作成は任せてよいか?」
「はい、お任せください。っと、失礼……部下から報告が来たようです。しばしお待ちを……」
そう言って、ロキシウス侯爵が会議室に入ってきた兵隊さんからの報告を受け始める。
メイドさんが静かに笑顔で温かい紅茶のお代わりを淹れてくれる。
「なかなか、いい味ですなぁ……。まさにメイド紅茶……ちょっとメイドさん、笑顔でこのポーズお願いしてもいいっすか?」
そう言って、某胸の前でハートマークのポーズを見せるっす!
「は、はい……。こ、こうですか? し、使徒様?」
困惑しつつも、照れながら笑顔でモエモエキュンのポーズを決めてくれるメイドさん。
これは……かなりイイッ!




