第五十四話「帰り待つ人々」②
「なるほどな。確かに奴ならば、逃げることに全力を注いだ……そう思ってよいだろう。だが、今回は相手が悪い……よりによってリヴァイアサンに目をつけられるとは……。あれは漁船などではひとたまりもないような海の怪物なのだ。ロキシウス侯爵もいたずらにアレを放置していたのではなく、迂闊に手出しをすると、返り討ちにあったり、港を襲撃される可能性があったから……そう言うことなのだろう?」
「はい。近海でリヴァイアサンが跳梁していると言うのは、複数の目撃証言から明らかでした。ただ、いざ討伐ともなると、相応の犠牲を覚悟の上となりますので、敢えて放置しておいて、漁なども手控えつつ去るのを待つ……消極と言えば確かではありますが。他の多くの漁港でも、そう言う対応がむしろ常識ではあるのですよ」
まぁ、そりゃそうっすよね。
船を簡単に沈めるようなデカキャラモンスター。
そんなのと真正面から戦うとか、相当な無茶。
そんなもん、国としての死活レベルとかそこら辺でもないと気軽にやれねぇっすよ。
「なるほどな。侯爵もある程度の被害は目を瞑って、敢えて自分達からは手を出さないという決断を下した……そう言うことか。討伐艦隊を差し向けた場合と放置した場合で、秤にかけると、放置した方がまだマシという事で手を出さないと決めていた……そう言う訳じゃな。確かにその理屈は解らんでもないな」
「はい、ご明察のとおりです。しかしながら、ここ十日ほどばかり、新たな目撃情報もなく、この海域を去ったと我々も判断して、数日前から本格的に漁も再開していたのですが、特に問題も起こらず……。リヴァイアサンはやはり去ったと言う結論を出していたのです」
「ふむ、十日も音沙汰が無いのでは、通常ならば、そう判断するであろうな。報告についても、各領地にて対応できる程度の話であれば、王都まで報告も上がってこない。事後報告ともなると、連絡官や冒険者の手による不急便にて……そんなものか」
「……アージュさん達と侯爵達とで連絡不備があったり、状況認識が違うのもしゃあねぇっすよ。そう言う認識のすり合わせもこの会合の目的のひとつなんじゃないですかね」
まぁ、チートワープなんて普段から使ってると、この世界本来の情報伝達のスピード感とズレて来るんでしょうね。
なお、こっから王都までは10日コース。
この国、小国でもなんでもありません。
そんな各地を巡ったり、各地の統治者との顔合わせなんかをソッコーで済ませちゃうとか、クロイエ様も普通にチートなんすよ。
「……なるほどな。貴様、なかなかどうして冷静に場を見ているのだな。なんにせよ。ケントゥリ殿も運が悪かった……そう思うしかないであろう。じゃが、状況的にかなり厳しい状況だったのは疑いない。むしろ、これは最悪の可能性を考えるべきではないかと我も思うのだが……」
アージュさんがそう答えると、会議室の誰もが押し黙る。
うーん、この雰囲気は良くねぇっすな!
アージュさん、それは思ってても口にしちゃアカン言葉だったっすよ?
「アージュさん、アージュさん。逆に聞きますけど、ダンナがそう簡単に怪物に食われて死んじまうようなタマだとか思いますかね? あの人、逃げ足も早いし、悪運も強い。おまけにラトリエちゃんが一緒なら、上手く逃げ切った可能性が高いんじゃないですかね。そうなると、何処に逃げたか……そう言う方向で考えるべきでしょうよ」
ちなみに、ラトリエちゃんも……腹黒系だけど、基本的に勝てない戦いとかしないタイプ。
自己犠牲とかやりそうもなさそうだし、むしろ……旦那のほうがそう言うのやりそうっすなぁ。
けどまぁ、ラトリエちゃんにソッコー却下されて、安全な場所に逃げ延びて……。
今頃、ダンナに夜這いとか……やってそうっすなぁ……。
何と言うか、恋愛モノの定番……無人島シチェーションっ!
誰もいない無人島とかで女の子と二人きりとなりゃ、やる事なんてひとつ!
……も、妄想が捗るっすー!
「確かにな……。アヤツがそう簡単にくたばるとはとても思えん。リスティス、貴様はどう思う?」
「そうですね……。閣下はともかく、ラトリエとは付き合いも長いので、彼女の行動パターンも何となく解ります。ラトリエは、常日頃から戦いとは、戦う前に決しているとか、勝つためには手段を選ばないとか、平気で口にするようなヤツですからね。もしも、強大なリヴァイアサンに追われたとしたら、何処か安全な場所を探して、逃げ込む……多分、そうしますね。その上で確実に勝つための策を練る……そんな所ではないかと」
「なるほどな。ケントゥリ殿単独ではなく、ラトリエが同行しているのが不幸中の幸いじゃったな。その気になれば一人で逃げるという選択も出来たはずだろうに……アヤツも戻ってこないということは、一緒にいる可能性が高いな。そして、アヤツは何があってもケントゥリ殿を見捨てるような真似はしない……そう言うことであるな?」
「そこは、保証しますね。例え閣下から逃げろと言われても、最後までお供しているはずです。私が同じ立場だったら、やはり同様の選択をしていたはずです」
「なるほどな……。アヤツはああ見えて、なかなか芯が強いからのう」
「某もそう思うっすよ。つまり、旦那は無事……なんじゃないっすかね。だからこそ、考えるべきは何処に逃げ延びたのか……そこだと思うんすよ」
「なるほどな。そう言えば、モンジロー……先程、干潟がどうのと言っておったな。たしか……ロキサスの東には白砂海床とか言う遠浅の難所があったな。この海図で言うとこの辺りか……地形的に島などがある可能性が高いとも言っておったが……。この地図にはそう言ったものは描かれておらんようだが……。侯爵、何か知らんか?」
某も会議室の机に広げられた海図を見てみる。
海岸沿いの山岳地帯からいきなり海になってるみたいなんスけど、そこから射線が引かれた浅瀬を意味するような地形になってることが伺われるっす。
これは……アレなんすかね。
南米の太平洋沿岸部とかと似たような地形なのかも……。
あの辺ってプレート境界の海溝が陸の傍にあって、陸側はプレートが押しのけられたようになってて、海、いきなり山って感じなんスよ。
まぁ、当然ながら地震多発地帯でもあるんすけどね。
日本と違って、そもそもあんまり人も住んでないから、あんまり騒ぎにもならないってだけだったりするんす。
あの辺って、遠浅の地形だったり、海床なんかもあって、とにかくカオスに入り組んでるんスよね。
ここの場合も、山から一度どーんと深くなって、沖に行くと浅瀬になってて、多分もっと沖に行くと、いきなり海溝がどーんとあるとか、そんな感じだと思うっす。
「白砂海床ですか……確かにあそこは難所ですからね。水深が浅いので潮が引くと広大な干潟になるのです……モンジロー殿が見たというのはそれでしょう。迂闊に入り込むと座礁したり、海が干上がってしまって、難破する危険性が高い危険地帯とされております。ですが、同時に海産資源の宝庫でもあるので、危険を犯して、座礁覚悟で漁を行うものもおります。海図については、それが我々が持つものでも最も新しく詳細なものですが、確かに白砂海床の奥地までは調査の手は入っておりませんからな……。我々の知らない無人島などがある可能性は確かに高いかもしれません」
「某も、この地形ならむしろ島のひとつやふたつあると思うっすよ。なんでまぁ、地元の漁師さんとかだったら、何か知ってるかもしんねぇっすな」
「なるほど、モンジロー殿……さすが、女神の使徒。畏まりました……大至急、港の漁師たちに当たってみるとします。彼らも閣下のことを心配して、いつ戻ってきても港の場所が解るように、港に篝火を焚いて、明日朝一番で出港できるように夜を徹して準備しているはずですから……直ちに部下を送り、聞き込み調査を開始します」
「頼むぞ? しかし、モンジロー……ケントゥリ殿も一応、女神の使徒なのだから、女神ならば居場所が解ったりしないのか? まがりなりにもアレも神であろう……その程度の奇跡、期待しても良いと思うのだがな」
まぁ、普通そう思うっすよね。
ここは変に期待させちゃアカンし、正直に伝えましょうか。
「ああ、某ももう聞いてみたんスけどね。海の方ってのは管轄が違うとかなんとか言ってて、話にならなかったっす。一応、担当の海の女神セレイネースってのに聞いてみるって言ってましたけど、返事戻ってくるのは三年後かなーとか言ってたっす。……要するに神様なんて当てにしちゃアカンってことっすなぁ……」
某の言葉にアージュさんも、愕然とした顔で突っ伏してるっす。
まぁ……ね。
気持ちは解るっすよ……。
神様にまともな時間感覚とか期待しちゃアカンって、薄々解ってたんスけどね。
さすがに、三年後とか年単位の時間が出て来た時は、某も目の前が真っ暗になったような気分だったっす!
こんなんだから、まともな信者も減って、ライトな信者ばっかり増えて、どんどんおもしろ女神になってるんじゃないかって気するっすよ?
けど、イカンねぇ……今ので、なんだかすっかりお通夜ムード。
確かに、世界を統べる女神様のトンチキっぷりと使えなさがまたひとつって感じだろうし……。
某も管轄とかあるとか、そんなお役所仕事みたいな調子だったなんて知らなかったっす。
ここは、某が一念発起して、皆を盛り上げるしかねぇっすな!




