第五十四話「帰り待つ人々」①
……一方その頃。
ロキサス市の政庁舎の特別会議室では、深夜にも関わらず明かりが灯り、多くの人々が集まり、緊張した雰囲気に包まれていた。
「諸君、夜更けにも関わらず、この場に集まって頂き、大変恐縮である。皆も心配であろうが、我等もただ無為に待つのみと言うわけにも行くまい。ひとまず、現在状況の確認と情報の整理をさせていただきたい。ではまず、マクシムス・ロキシウス侯爵……現地責任者でもあるそなたから、現時点におけるケントゥリ殿の安否確認の報告をお願いしてよろしいか?」
目の下にすっかりクマの出来た古エルフのアージュ・フロレンシアが厳しい顔でそう告げると、向かいに座っていた中年の痩せた男が起立する。
彼もまた当事者であり、このロキサス市のみならず、周辺海域の責任を担う立場と言うこともあり、すっかり憔悴しきっており、その心労も相当なものだと伺えた。
「はっ! アージュ殿! 現在の状況をまとめますと、まずタカクラ宰相閣下の行方は未だに知れぬままです。解っていることとしては、リヴァイアサンに追われていたと言うことと、我が娘ラトリエが同行していると言うことだけです。リヴァイアサンに追われている二人を沖合に出ていた漁船が目撃したと言うのが、今のところ、二人の最後の目撃情報となっております」
「ふむ、夕方過ぎに受けた話では、そう言う話を聞いたと言う噂話レベルだったようだが、目撃者から直接話を聞けたということか?」
「そうです。もっとも、真偽確認が取れた程度の話ですが……。二人が向かった方向としては、東の沖の方を目指していたらしいのですが、その者達も後を追うのではなく、そのまま港へ逃げ帰ってしまったとかで、その後どうなったかは、誰も……」
「そうか……。状況的に、それは見捨てたも同然と言えるが……。リヴァイアサンに襲われる危険を犯して、救出に向かうなど、それはもう勇者の所業であるからな……。ところで、捜索隊もすでに港に戻ってきているようだが、そちらはどうか? 何か有用な報告はなかったか? 少しでもいい。手がかりが欲しいのだが……」
「はい、閣下の行方については、夕刻日が落ちるギリギリまで出せる船をすべて動員し、懸命に捜索しておりましたが、日が落ちてしまい捜索を断念せざるを得ない状況となり、現在何ら手がかりすら掴めていないのが実情でございます。明朝より、捜索隊の規模を増強し、捜索範囲も広げる予定ではありますが……ご期待に添えず、申し訳ありません」
「いや、謝る必要など無い。そなた達が危険を犯して、沖合まで捜索範囲を広げてくれているのは、知っておるからな。目下の幸いはケントゥリ殿単独ではなく、ラトリエも共にという点であるな。だが、リヴァイアサンに追われていたとなると……無事であればよいのだが。お主も親として、さぞ心配であろう。あまり無理をするな。少し休むが良い」
「アージュ様、ありがたきお言葉ですが、私とてこのロキサスを統べる者……休んでいる暇などありませんよ。何より、今回の閣下のご歓待については、閣下の安全も含めて、私が全責任を担っております故。閣下に万が一があれば、私の首を差し出す覚悟です。なにぶん、近隣でのリヴァイアサンの目撃情報は、私も存じておりましたが、刺激をしなければ問題ないと判断して、放置してしまっていたのです……。今となっては痛恨の極みでございます」
「ふむ、そうなるとリヴァイアサンは、突如、出現したのではなく、少し前から目撃されていて、居るのが解っておったと言うことか。じゃが、何故それを我らに伝えなんだ? 知っていれば、我もこの様に後手に回るような事もなかった。むしろ、事前に我自らの手で討伐も考えんでもなかったのだぞ?」
「……そ、それは……。報告が遅れましたこと。大変、申し訳が……」
アージュに痛い所を疲れたのか、ロキシウス侯爵も思わず言葉を失う。
当然ながら、彼にも言い分があるのだろうが。
ちゃんと報告していれば、こんな事にはならなかったとアージュは、暗に問うていた。
「我等もこの地は安全だと思っていたからこそ、気を抜いていたのだぞ? 間違った情報の上では間違った判断をしてしまう……そういうものだ。違うか?」
「お、おっしゃるとおりです……返す言葉もありません……。大変、申し訳ありませんでした……」
「まぁまぁ、ロキシウス侯爵。そんな思いつめたら駄目っすよ。アージュさんもそんな侯爵を責めたらあきまへんよ。そもそも、リヴァイアサンなんて、怪物……まともに相手にしないのが一番なんて誰でも解るっすよ。何でもかんでも討伐したり、戦ってとか、それこそ野蛮人のすることっすよ。それにそんな誰かのせいにして、ガン責めした所で、何か意味があるんスかね?」
責任を感じて悲痛な様子のロキシウス侯爵と、無言の圧力をかけるアージュの二人に割って入るように、それまで会議室の椅子の隅っこに座っていたこの場にそぐわぬ、アフロ頭にメガネという珍妙な姿の青年が唐突に口を挟んできた。
……と言うか、他ならぬ某っすな!
あい、すんません。
……これまでの三人称っぽいナレーション、某の脳内語りでござった!
せっかくなんで、今回は真面目っぽくやりたかったけど……。
某、この深刻でギスギスなムードにそろそろ耐えられなくなったっす!
と言うか、アージュさんも、まいどまいど生真面目過ぎるんスよね……。
まぁ、国の重鎮って言うエライ立場だからってのも解るんスけどね。
「……モ、モンジロー殿? ど、どうしたのだ……いつになく……。いや、だ……だが、まずは責任の所在をはっきりさせた上でだな……」
アージュさん、まだ話し続けるんスか?
もう、これははっきり言わないと駄目っすね!
「だーかーらっ! この場で誰が悪いとか、どう責任をーとかそんな議論はどうでもいいっす! 今、話し合ってるのは、ダンナが行方不明になった事と、それについて、某達がどうするかって、そう言う話じゃねぇんすか? 責任者のつるし上げとか、今やるような話じゃねぇと思いません?」
いやはや、高倉のダンナが遭難したと言う知らせを聞きつけて、某もはるばるロキシスまでかっ飛んできたんスよ。
まぁ、なんだかんだで結構な距離があって、着いたのはほんの一時間ほど前。
一応、女神様にも聞いてみたりとかしたんすけどね。
あの駄女神……海の上は管轄外とかしれっと言い切ったんスよ!
相変わらず、使えねぇっすなぁ……。
なんでまぁ、今回は某も文字通り神に代わって、推参しちゃったりなんかしてみた訳っすよ!
とにかく! この場は某が仕切るっす! こうなったらね! 某も本気出すっす!
「……た、確かにそなたの言う通りであるな……。責任者の責任を問うたところで、なんら意味はない……か。ロキシウス侯爵も現状、出来る精一杯の努力をしている……そう言うことだな?」
「はっ! 我々も出来る精一杯のことをしているつもりですが……。神ならぬ我が身では、出来ることにも限界があります故……。神代の世から今に至るまで存命されている伝説の賢者アージュ様と女神の使徒モンジロー殿のお二方がこの場におられたのは、僥倖と感じ入っております故……是非、お二方のご意見を拝聴させていただきたいと存じ上げております」
アージュさん攻略法。
シンプルに正論! ……もう、これに限るんスよ。
まぁ、その後は持ち上げて、いい気分にさせてご機嫌とっとく。
要するに普通。
じいちゃん、ばあちゃんを煽ててお小遣いでも貰うような感覚でオッケーっ!
老獪な賢者だからとか、萎縮したら負けるッス!
だから、貫禄負けしない事、これ大事!
ロキシウス侯爵も、某の援護射撃に気付いたようで、すかさずヨイショ攻勢に出る。
その上で、むしろご指導くださいとへりくだる……上手いっすなぁ!
この人も伊達に侯爵様とかやってないって感じっすな。
侯爵が壁際でお茶の入ったポットを持って待機してたメイドさんに向かって目配せを送ると、その場の全員にお茶が配られるっす。
「ふむ、のどが渇いていたところだったのだ。気が利くな……」
アージュさんも甘くした紅茶を一口飲むと、ほっこり笑顔。
某も、メイド紅茶を飲む……うん、いいっすね! そこはとこなく、メイド風味!
それは甘く優しい味。
自分が特別な存在なのだと、感じるその味は、まさにメイド味!
ええですのー。
ロキシウス侯爵と目があったので、ビシッと親指立てとくと通じたらしく、ペコリと頭を下げられる。
うん、某、グッジョブ!
まぁ、なんにせよね。
どうでもいいことに、時間と労力を取られて話が進まないってのが、一番ダメだと思うんスよ。
アージュさんも、メイド紅茶で一息つけたようで、ほっとため息を付く。
「……そうだな。この場は責任問題を追求する場ではない……か。お主の意見、もっともだ。その様子だと、なにか他にも言いたい事でもあるのではないか? せっかくだ、我が陛下に代わって、話を聞こうではないか」
ちなみに、クロイエ様もこの会議室で先程まで頑張って起きてらっしゃったのだけど、さすがに日付が変わりそうな時間帯となっては、おネムタイム……。
もはや、すっかりお眠りになられていて、肩に毛布をかけられてスヤァと寝息をたててらっしゃる。
まぁ、某は見てないんスけど、大泣きしたりで色々大変だったらしいっす。
テンチョーさんも似たようなもので、泳いで探しに行くとか言ってたらしいんっすけどね。
さすがに、それは無謀だし、テンチョーさん空飛んだりも出来るはずなんスけど、夜間海の上を飛んだりとか、危ないっすからねぇ……。
空飛ぶのはいいけど、あれって燃費悪いっすからね。
魔力が切れたら、地上に落ちるしか無いんで、海上を当てどもなく飛び回るとか、推奨しねぇっす。
そんな調子で、皆が必死に止めて、じゃあ、出来ること何も無いじゃないかー! ってなって、ふて寝しちゃったんス。
今のテンチョーさんは、部屋の片隅で手足を丸めてゴロンと転がってる状態……。
まぁ、その辺はしゃあないっす。
一人が先走ってもしょうがないし、実際、どうするかも決まってない以上、やれるような事なんてなにもないっす。
いざ方針が固まって、その時になってから、眠くて動けないーとか本末転倒なんで、今は寝ててもらった方が後々のためっす。
「そう言えば、モンジロー様は、高倉閣下と同郷の方であり、女神の使徒なのですよね? こう言うときに閣下ならどう動くとか、同じ世界の人間だけに、色々とお解りになったりする……のでしょうか?」
リスティスちゃんが、期待を込めた目で見つめてくれる。
おう、思わず注目の的っ! 皆、某を見てるっすー!
ちなみに、セルマちゃんもお休み中。
会議室の隅っこでミミモモに囲まれて、気持ちよさそうに寝てるっす。
お気楽でいいっすなぁ……。
話した感じだと、これっぽっちもダンナの無事を信じて疑ってない感じだったっす。
まぁ、心配しても始まらないっすからねぇ……。
しっかし、全長20mの巨大モンスターに追われるとか、ダンナも何やらかしたのやら。
今回、お気楽ご気楽の水着回じゃなかったんすかねぇ……。
「ダ、ダンナがどう動くかまでは解らねぇっすけど。ダンナがこういう時にどうするかは解りますよ」
「なんだと? ならば、教えてくれ……少しでもいいから手がかりが欲しいのだ!」
「いえね、某、コンビニ村から空飛んできたんすけど、こっち来る時、デカイ干潟っぽいのが広がってるのが、上空から見えたんすよ。なら、ダンナもそう言うところに逃げた可能性高いと思うんすけど、どうなんしょ?」
「干潟……だが、ああ言ったものは潮が満ちると沈むぞ? 普通に考えてそんな所に逃げるなぞ、自殺行為であろう」
「そうですね。例え船が沈みそうな状況でも干潟に上陸というのは、誰もが避けます。それもあって、干潟部分の捜索は行わなかったのですが……」
なるほど……確かに、常識的にはそうなんざんしょね。
けど、ダンナ達は聞いた話だと、水で作った船みたいなので海上を自由に動いてたらしいし、巨大モンスターに追われて、陸地を見つけたら、干潟だろうがとりあえず、上陸ってなると思うっす。
「いやいや、むしろそう言うところなら、島とかもあるんじゃないっすかね。そもそも、干潟に上がれば、リヴァイアサンからは逃げれると思うんスよね。リヴァイアサンってこの資料見る限りだと陸には上がれないっしょ?」
なんか、日本にもそう言うところあったっすよ。
「確かにアヤツのやりそうなことではあるのう……。確かにリヴァイアサンは陸に上がると最後というほどではないが、ほぼ動けんからな。それに奴らには水船もある……なるほど、なるほど」
「そう言う事なら、一度干潟に上がって、リヴァイアサンを罠に嵌めるとかで、振り切った上でそこら辺の無人島とか、もしくは近くの浜辺とかに上陸した可能性が高いんじゃないっすかね」
あのダンナは、基本逃げるが勝ちの勇猛果敢の正反対にいる人っすからね。
ずるっこかろうが卑怯だろうが、あの人はしぶとく生き延びてると思うっす。
全力で逃げて、逃げて、逃げ回って……。
一度、どこかに隠れてるとか、そんな感じだと思うんスよね。
そう考えると、どこか無人島とかに逃げ込んで、夜になって帰るに帰れなくなってる……そんな感じじゃないかって、某は思うっす。
うーん、見事なまでの無人島シチェーション!




