第五十二話「無人島ライフ始まる」③
「だ、旦那様? いきなり数字数えだしてどうかされました?」
ラトリエちゃんが心配そうな様子で声をかけてくる。
「ああ、落ち着くためと邪念を払うために素数を数えていたんだ。うん! いつもながらこれをやると落ち着くな……31、37……39……違うっ!」
「よ、良く解りませんけど……。とりあえず、これからどうしたものか。せめて、現在地が解ればいいんですが……わたくしもこの辺りの海図は頭に入っていますが、こんな無人島があったなんて知りませんでした……」
「あっちに太陽が見えてるよね? ちょっと傾いて来てるけど、要するに向こうが南って事だよね? 反対側が北。ロキサスって南岸部の都市だから、北に向かっていけばなんとかなるんじゃないかな?」
そう言って、太陽の方向の反対側を指差す……方向的には、僕たちが登って来た所が南側みたいな感じ。
どうも、リヴァイアサンに追われるうちにどんどん沖にいってしまっていたみたいなんだよなぁ……。
風向きとかも、沖に向かって吹いてて向かい風を避けてたら、自然とそうなってたんだけど。
二人乗りモードになってからは、ラトリエちゃんが方向指示してくれるようになって、大陸側に近づけて、島にも上陸出来た……多分、そんな感じなんだろうな。
ここは、ラトリエちゃんが言うように、ちょっとした山みたいな地形になってて、ここもそれなりの高さだと思うんだけど……やっぱり水平線と干潟しか見えない。
でも、そこまで陸から遠くまでは来てないはずだから、とにかく、北を目指せば陸に着くと思うんだけど……どうなんだろう?
「確かに日の向きで、大雑把な方向は解るんですけど、現在地の特定もせずに陸を目指すのは無謀です。もしも、ロキサスより東側に行ってしまったら、先程も申し上げた通り、今度は上陸できるような場所が無いので、そうなるとかなり危険を伴います。夜まで待って、星空を見れば、北旗星と水平線の距離と2つの月の位置関係から、正確な方位と凡その現在地が解るはずです。その上でなるべく西寄りに向かって行くと言うのはどうでしょう?」
……ラトリエちゃん凄いな。
冷静に状況判断が出来てるな。
この様子からすると、天測航法の計算式とか頭に入ってるっぽいな。
いかんせん、僕はこの世界の星空の星の並びとか、全く判らんからな。
星空を見る機会はあったけど、違う場所で天測をして、距離や位置関係を計算とかそこまで考えてなかったよ。
そう言えば、この子……たまに夜中に星空見上げて、指先で角度測ったりとかやってたもんな。
つい習慣で……とか言ってたけど、多分自分の現在地を常に地図上で把握してないとかそんななのもかも……。
僕なんか、単純に北に行けば陸地って思ってたけど、この大陸の沿岸部って、基本的に断崖絶壁なんだった。
水船の魔術があれば、沿岸までは帰れるだろうけど、道具も何もなしに断崖絶壁をよじ登るとか無理がある。
何より、ロキサスより、東側は割と延々と山岳地帯が続くらしいし、その一帯の沿岸部は、真っ当な船でも難儀するような難所でもあるらしい。
帝国海軍も、海図なしでその難所を超えるのは不可能だったらしく、その辺りもあってロキサスは帝国海軍がすぐ近くまで迫りながらも、戦火に巻き込まれることもなかった……そんな逸話もあるんだとか。
となると、戻る場合はロキサスへかなりピンポイントで正確に向かうと言うのが無事に帰還する条件になる。
現在地も誤差とか考えると、数日はかけないと正確な位置は解らないだろうし……。
それになにより、リヴァイアサンの存在……。
こいつとの決着を付けないと、海に出れないと思っていい。
ラトリエちゃんの方が地元だけに、この辺りの地理や気候も良く解ってる……。
この子、状況判断力も知識もあるし、冷静に物事を考えるから、きっと色々考えてるはず。
そう考えると、少しは安心できる……と言うか、ホント頼もしい子だなぁ。
この子がずっと付き添ってくれたのって、不幸中の幸いって奴だね。
「なるほどね。まぁ……最低でも数日はここで過ごすことになる……そう言うことか」
そう言ってあたりを見渡す。
「どうやら、細かい説明は不要のようですね……さすが、旦那様ですわ」
僕なりの結論だったのだけど、それだけでラトリエちゃんも僕が何を考えて、そう言う結論に至ったか理解できたらしい。
何と言うか、我が意を得たりと言った様子だった。
なんだか、試されてるみたいだね!
小高い丘みたいになってるてっぺん付近には、ちょっとしたジャングルみたいなのがあるけど、全体的に低い灌木や蔦系の植物や雑草だらけ。
植生はコンビニ村付近とそう大差はなさそう……シダ系が多いのも一緒。
そう言う事なら、食べられるものや食べれるものくらいなら、区別できるな。
この辺は、ミミモモやミャウ族の子達が詳しいので、色々教えてもらってから、なんとかなりそうだ。
砂浜も干潟になってるところから、五百メートルくらいの緩やかな坂になってて、高くなるにつれて、だんだん草とか生えていってるような感じになってる。
標高差は……干潮時で濡れてるところまで、30mくらいはあるかな?
目測だから、何とも言えないけど。
結構な落差があるけど……植物の生え方からすると、多分、砂浜地帯の半分くらいは波をかぶると思って、よさそうだった。
多分、地球と同じ様に大潮とか小潮があったりするだろうし、台風とかで高潮なんかもあるだろうから、この緑が生えてるラインまで行って、始めて安全地帯……そう思うべきだろう。
と言うか、月が二つあると重力バランスとか、地球以上に派手に変わりそうだから、スーパー大潮とかそんなのもあるんだろう。
広さとしては、緑の部分は1km四方とかそんなもん。
多分1-2時間もあれば周り一周できちゃうと思う。
ただ、海底だった所を含めると……なんかもう、水平線の彼方まで干潟になってる。
「これ、どれだけ広いんだ? さすがにここまでのは僕も見たこと無いな……。まったく、この世界の海は初めてづくしだよ……。ラトリエちゃんが一緒にいてくれて助かった……」
「はい。けど、こんな事を言うのもなんですけど、旦那様のお側にいれてよかったって思ってますわ。もし、旦那様が一人だけ行方不明……なんてなってたら、きっと心配で眠れない夜を過ごしていたでしょうからね。こうして、お側に居られれば、少なくとも旦那様をお守り出来ますし、様々なアドバイスも出来ますからね」
そう言って、ラトリエちゃんが微笑んでくれる。
……ええ子や。
自分も思いっきり巻き込まれてて、無事に帰れるかどうかすら解らないのに、その事に文句の一つも言わないなんて……。
思わず、すっと肩に手を回して、抱き寄せると為すがままって感じで、僕の肩に頭を預けてくれる。
「…………」
「…………」
思わずお互い無言……。
えっと……コレ、どうすれば?
超ナチュラルに抱き寄せちゃったけど……もうゼロ距離ですがな。
ちらっとラトリエちゃんを見ると、笑顔で返してくれながら、そっと僕の手を握ると、改めて肩に重みがかかる。
な、なんか、いい雰囲気だよなぁ……。
公園とか散歩してて、こんな感じで二人の世界入ってるアベックとか見て、リア充爆発しろって思ったりとかしてたけど。
ああ、まさに恋人たちの街角って感じだよ。
いつまでだって、こうしてたい……なんてことも思う。
考えてみれば、ラトリエちゃんとこんな風に二人きりとかなかったしなぁ。
夜這いなんかも三人揃って牽制し合ってて、初日のセルマちゃん以来、誰一人来る気配もなかったからな。
いかんせん、夜のお相手をしてくれてたランシアさんも、キリカさんも身の安全って事もあって、当面戻らないほうが良いって話になってるから、色々ご無沙汰。
リーシアさんとかも、当分賢者モードらしいし……。
実のところ、一人くらい抜け駆けしたっていいんだよ? とか内心で思ってました!
でも、ラトリエちゃんも、割と計算高くていつもキリッとしてる感じだったのに……。
二人きりになると、こんな露骨に甘えてくるってのは意外な一面……。
やっぱり、誰も見てないからって、こんなになってるのかな?
それに、やっぱり年相応に不安だったりするんだろう。
いっそ、このまま押し倒したりとかも……あり? いやいやいや!
こんな時に不謹慎な! とにかく、今はどう見ても遭難してるんだからさ!
って言うか、何回目だ! これっ!
「……あのさ、こんな盛大に干潟になるなら、それなりに目立つと思うんだけど、この干潟って有名だったりしない?」
いやいや、現実逃避でイチャラブとかやってる場合じゃないし!
つか、これ……干潮時限定とは言え、水平線の彼方まで干潟が広がるって尋常じゃないぞ?
確か水平線までの距離って、海岸線で大人の目線で見た時に見える範囲って、4-5kmとかそんなだったはずだけど。
ここは、標高30mくらいだから、それよりは遠くまで見える。
確か、このくらいの高さになると、見えてる範囲は多分20kmとかそれくらいのはず。
もちろん、地球上での計算式での話だから、この世界のこの惑星がどのくらいの大きさかにもよるから、正確な数値は解らないんだけど。
うーむ、そこら辺の数値も水平線の湾曲率とかから導き出せると思うんだけど……数式とか覚えてねーし! 地球科学系の学問とかも齧っとけば良かったな!
とにかく、最低でも直径数十キロもの巨大な干潟が海の沖合に出現する……ともなれば、陸の山の上とかから見た時に、干潟になってるのが見えるかも知れないし、船乗りの間では有名なんじゃないかな?
その辺、どうなんだろう……ラトリエ先生、お願いします!
「そうですわね……どちらかと言うと、危険地帯と言う事で、東向けの沿岸航路の一角に白砂海床と呼ばれる遠浅になっている難所がありますね。わたくしも見たことありますが、その海床の砂とここの砂は同じに見えます……なるほど、旦那様、ナイスです! これで、おおよその現在地は見えてきましたね」
おおおっ! さっすが! 現在地が良く解らないってのが問題だったけど、ヒントくらいにはなったみたいだった。
「なるほど。そうなるとこの干潟を北に向かっていけば、沿岸部にたどり着けたりしない?」
……干潟を歩いていけば、リヴァイアサンを相手にしないで済むし、遠浅の難所ともなると船なんかも、水深のある所で、潮が満ちるまで待機とかやってる可能性があるから、運良くそう言うのと鉢合わせたら、無事に帰れる可能性が高くなる。
「そうですね……行けるかも知れませんが……。もし、この島が白砂海床の一部だったとしても、歩いて陸までいくのは難しいかと。実際、ここまで歩くの結構、大変だったじゃないですか……。それに、潮が引いてる間でも海床を抜けれる海が深い抜け道があるんです。座礁しない為にも船乗りは、潮の高さに関係なく必ずそこを通るので……そこで通り掛かる船を待つと言う手もありますが……。そうなると、今度はリヴァイアサンが追ってくる可能性がありますので……」
……うーむ。
方向性としては悪くないけど、結局、リヴァイアサンをなんとかしないとこの島からの脱出は難しそうだった。
それに救助の可能性も……タダでさえ難所で、こんな風に一面が干潟になってしまうのでは、普通の船はまともに近づけないだろう。
この島が知られていないのも当然だ。
なにせ、30mのそれなりの高さまで上がってるのに、海が見えないほどなのだから。
これは、思ったより厳しい状況だ……まいったな。
「なるほど……こうなってくると、船で助けが来てくれる……なんて甘い考えじゃ駄目だな。水船で陸を目指すにしても、ワンチャン……となると、脱出の条件が結構シビアかもしれないね」
うーむ、無人島シチェーションと言っても、僕らには魔法もあるし、水の上だって水船で自在に動ける以上、その気になればいつでも帰れるとか思ってたけど……。
ラトリエちゃんと、こうやって色々考察を重ねれば重ねるほど、結構シビアな状況の気がしてきた。
考えてみれば、水船の魔術だって、万が一方向を間違えてしまったら……陸も島もなにもない所を延々と走って魔力が尽きたら、そこまで……。
迂闊に偵察と称して島から離れたりしたら、戻れない可能性もある。
それに潮が満ちてきたら、さっきのリヴァイアサンが復活するだろうから、もういないと思って海に出るなり襲われるとかなったら、今度こそ食われるかも知れない。
どのみち、あれだけ重傷を負っていたにも関わらず、自らの座礁の危険も顧みずに、執念深く追ってきたよう奴だけに、あのリヴァイアサンは、僕らの手で倒さないと無事にここから脱出出来ないとおもっていいだろう。
かくなる上は、念入りに作戦を練った上で、ラトリエちゃんと僕でリヴァイアサンを倒す!
そして、邪魔者を排除した上で北を目指して、脱出する!
そうなると、潮の満ち引きとかも記録して最適なタイミングを割り出す必要もある。
水船もあくまで非常用と考えて、自前で船を作るのも手だろう……。
どうやら、これは長期戦を覚悟しないと……だな。
とにかく、まず今やるべき事は……食べ物と最低限の風雨をしのげるねぐらを確保する……だね。
ラトリエちゃんも、様々な可能性を考えて、一番リスクなく帰れる方法を考えてくれている。
幸いなのは、ラトリエちゃんが怖がったり、パニックになったりで思考停止状態になったりしてないこと……。
僕自身も、そこまで悲観的にはなっていない。
こう言う状況で、一番の敵は……諦めてしまうことだと思う。
諦めちゃったら、ゲームオーバーなんだぜ?




