第五十一話「遭難ですか? そうなんですよ!」③
とかなんとかやってるうちに、やがて島が見えてきた。
あまり大きくはないけど、ちゃんと植物とか生えてて、それなりの大きさらしい。
周囲は水平線しか見えないのだけど、この辺りは遠浅のようで白い砂が底一面に見えていた。
水深も1mもなさそうだけど、かなり広い範囲で海の色が白っぽくなってる。
「ここらはかなり浅いね……座礁しないように気をつけないと」
「…………」
良く解らないけど、ラトリエちゃんの返事がない。
なんか息も荒いんだけど……大丈夫かな?
とにかく、今は進むのみーっ!
「ラ、ラトリエちゃん……大丈夫?」
……真っ赤な顔して、ぐったりと横たわってるラトリエちゃん。
とりあえず、あれからちょっと進んだら、いよいよ膝くらいまでの浅瀬になってしまったので、水船も解除して歩くことにしたのだけど。
どういう訳か、ラトリエちゃんがクタクタになっちゃって、一度休ませてから島へ向かうことにしたんだ。
ひとまず、しばらく歩いたら浅瀬から干潟になって、足場も良くなったので、一度地面に寝かせて、そこら辺に落ちてたデカイわかめみたいなのを、団扇みたいして、仰いでみたりしてるところ……。
うーむ、日差しもそれなりに強いから、熱中症かな?
水シャワーとかしてあげた方がいいのだろうか。
「はぁはぁ……すみません。思わず、三回ほどばかり……その……」
なんだか良く解らないけど、えらく消耗してしまったような感じで……。
何が三回ほど……なんだろう。
その言葉も最後まで、聞き取れないくらいの小さな声だった。
割と大技ぶっ放したから、魔力枯渇とかなってしまった可能性もある。
ちょっと無理をさせすぎてしまったかも知れない。
「とりあえず、リヴァイアサンも大人しくなったし……焦らなくてもいいとは思うけど」
リヴァイアサンは……。
あれから更に、僕らをしぶとく追いかけて来たのはいいものの……。
浅瀬だったのにも関わらず無理やり、追いかけようとした結果。
思いっきり、全身で上陸してしまって、それでもニョロニョロと蛇のように這いまわって、しぶとく追いかけて来た!
もっとも、こんな巨体で浮力の助けも借りられない地面を長いこと動けるはずもなく、そのうち干潟の砂に埋まって身動きも取れなくなって、完全に座礁状態に……。
さっきまで、ジタバタともがいてたんだけど。
ちょうど引き潮のタイミングだったらしく、もがいてる間にあっという間に海が遠ざかっていってしまって、干潟もどんどん、干上がっていってしまって、もはや完全に丘に上がった魚状態に……。
とりあえず、ほっといたらそのうち力尽きたようで、にょろーんとぐったりしてたけど、そのうち、とぐろを巻いて動かなくなってしまった。
鰓呼吸とかそんな感じでもないみたいなんだけど、この巨体で陸上を自由に動くのはさすがに無理があるらしい。
……一応手足みたいなのも付いてるけど、短くて小さいから、何の役にも立たない。
良く解らんけど、諦めてくれた……のかな?
いやはや……この世界。
月がやたら近いし、二個もあるから、潮汐とか地球より激しいんじゃって思ってたんだけど。
案の定……干満差がとんでもなかった。
ここに来る前にもロキサスの街とか遠目で見たけど、建物とか皆、海に浮かんだような感じになってて、なにこれって思ってたけど、どうも干満差が数十メートル単位とかそんな感じで、ああでもしないと港町なんて成り立たないかららしい。
うーむ、さすが異世界。
ちょっと沖に出て、陸を見た時、どこまでも延々断崖絶壁……みたいになってるのはなんで? とか浜辺があっても、誰も小屋ひとつ建てたりしないのはなんでって思ってけど、それなりの理由があったのだ。
要するに、この世界の沿岸部って、半端じゃない勢いで潮が満ち引きするのだ。
海岸線が延々断崖絶壁なのも、長い年月そんな激しく満ち引きを繰り返すうちに波で地面が削れてしまったからなんだろう。
この分だと、川なんかも盛大に逆流とかしてそうだよなー。
浜辺に居た時も、波打ち際からやたら離れた高台みたいになってる場所をくつろぎ場所にしてくれたのもそう言うことだった。
異世界の大自然……パネェッ!
「ラトリエちゃん……大丈夫? そろそろ立てる?」
まぁ、日干しになりつつあるリヴァイアサンも、異世界ワンダフルも今はどうでもいい!
僕が心配するべきは、ラトリエちゃんなのだ!
手を差し伸べると、ゆっくりと握り返される。
よかった、元気そうだ。
「……申し訳ありません。これは参りましたわ……。旦那様に激しく魔力を吸い上げられた上に、敏感な所が擦れてしまって、思わず……ぜっ……い、いえ、なんでもありません!」
……おい。
なんつった? いま?
熱病にでもかかったかのような上気した肌。
その胸の頂点は、心なしか盛り上がってるように……見える。
これはもしかするともしかして……。
……僕、やっちゃいましたかね?
言われてみれば、ビクビクとかしてたし、声とかもそんな感じではあった……。
って言うか、僕、なんもしてません! これってば事故です! 事故っ!
「はっはっは! ラトリエちゃんのおかげで助かったよ! ここって、延々干潟みたいになってるけど、潮が満ちてきたら海の底って感じだよね……。あっちに緑が見えるから、なんとかそこまで歩こうっ! とりあえず頑張って立って!」
まぁ、あれですね! そんな事やってる場合じゃないんだっつのー!
だからこそ、敢えて空気が読めない感じで乗り切るのだ!
「そ、そうですわね。さすがは旦那様ですわ……。すでにお解りかも知れませんが、この海の水と言うのは、一日の間に何度も増えたり、減ったりするのです。今は、水が減る時間帯ですから、ご覧の通り一面の陸地みたいになってますが、引ききったら、すぐに今度は水かさが一気に増していきますから、もたもたしてるとここも海の底になってしまいますわ」
そう言いながら、ラトリエちゃんもひとまず上体を起こしてくれるので、黙ってお姫様抱っこで抱きかかえる。
「だ、旦那様っ! わたくしなら、もう歩けますわっ!」
「気にしなくていいよ。まったく、ラトリエちゃん軽いねー。ちなみに、僕がいた世界もこんな風に一日の間に海の水の高さが変わってたもんだけど、こっちほどじゃなかったよ。僕のいた世界だと、多くて僕の背丈くらいか、大きくても二倍程度の差だったんだけど……こっちのはどんなもの?」
「そうですわね……。水かさの差は……この辺りは比較的、差が少ない方ではありますけど、旦那様10人分くらいですかね。ロキシスに限らず港町はどこも激しい海面の上昇下降に対応出来るように、港湾部は、海の上に浮かぶ土台を作って、その上に建物を建てるようにするのですわ」
僕の身長の約10倍……干満差、凡そ17mかよ……。
17mなんて、軽く津波レベルじゃないか……波も結構、荒いみたいだし、そりゃ沿岸航法で陸から付かず離れずって感じにもなるわな。
そう考えると、こんな環境で外界航海を可能にするケントゥリ号って、何気に結構すごい船なんじゃなかろうか。
こりゃ、進水式楽しみだなぁ……。
っても、向こうは大騒ぎだろうから、それどころじゃないかも知れないけど。
「なるほど……。そうなるとこの島も広くなったり、狭くなったりするような感じなのかな。けど、あの緑の部分は常に海の上。あそこに行けばひとまず安全……そう思っていいかな」
今はどうやら潮が引きつつあるようだった。
見渡す限り延々湿った砂浜……みたいな感じになってる。
この分だと、水平線の彼方まで干潟状態なのかもしれない……なんと言うかスケールが半端ないな。
「その通りです。緑があるという事は、そこが潮をかぶらずに済んでいるということですからね……。とにかく、ここにいてもしょうがないので、あの緑を目指しましょう!」
「それとリヴァイアサン……どうしよう。アレ、なんか観念したみたいに動かなくなったけど、まだ生きてるよね? いっそ、トドメ刺さない? 復活されたらまた襲ってくるんじゃ……」
言いながら、とぐろを巻くような形になって、頭もしまい込んでゴロリと転がってるリヴァイアサンを顎で示すと、ラトリエちゃんも頷く。
「多分、休眠状態になったのでしょうね……。あの生き物はあんな風に陸上に取り残された場合、仮死状態になって潮が満ちるのをじっと待つのです。あの状態になると、頭をしまい込んで口も目も閉じてしまう上に、あんな風に硬い部分だけを外に向けて丸まる事で、弱点がほぼなくなります。もしも、あれを倒すとなると、取り付いた上であの硬い鱗を無理やり剥がしていくようになります。さすがにそれは手間ですし、素手では無理ですね。相応の武器がないと文字通り刃が立ちません。ここはもう無視するのが一番でしょう」
……なるほど、こいつらもこう言うふうに浅瀬に取り残されるのは、日常茶飯事だから対策もちゃんと持ってるってことか。
あの体型だと、陸の上だと為す術ないと思ってたけど、確かにあの状態だと倒すのはかなり難儀しそうだった。
「そうだね……どうせ島までは追ってこないだろうし。しっかし、カニや貝とか、いちいちデカイな」
濡れた砂の上でラトリエちゃんを抱えながら、周囲を見渡すと、地面に空いた大きな穴からピューと水が吹き出していたり、握りこぶしサイズのカニらしき生き物の目玉だけが覗いてたりする。
目玉があの大きさとなると、軽く1mくらいはあると見た。
人の背丈くらいある巨大巻き貝がドーンと転がってたり、びろーんと畳六畳分くらいありそうな、デカいクラゲ風の生き物が日干しになりかけてたり、なかなかどうしてシュールだった。
岩かと思ったら、思いっきりナマコ系の生き物だったし……。
ところどころ、水たまりみたいなところがあって、覗き込むと沢山の魚が取り残されていたりもする。
うーむ、お魚取り放題だ。
「わたくしには、普通の大きさだと思うのですが……旦那様の故郷だと、海の生き物はもっと小さいのですか?」
これが普通なのか……すげぇな異世界。
「そうだね。カニなんて大きくてもアレの半分以下だね。まぁ、森で巨大カタツムリとか出食わしたことがあるから、あんまり驚かないけどね」
ちなみに、巨大カタツムリは煮ても焼いても食えなかった……。
なんと言うか、風味ゼロなのだ。
考えてみれば、草食系のうさぎなんかですら、なにげに柴犬サイズだったりするからなぁ……この世界の野生動物、なんかサイズがデカイとは思ってたけど、海の生き物はもっとデカかった。
「あ、もう大丈夫ですわ……。そろそろ、一人で歩けますわ。ごめんなさい、つい甘えちゃって……」
そう言ってラトリエちゃんも一人で立つと言うので、降ろしてあげる。
けど、なんだか当たり前のように腕を組まれる。
お互い水着だから、当然ながら武器も装備も何もない。
こうなって来ると、お互いだけが頼り……なんだよな。
そう思ったら、急にラトリエちゃんがすごく大事な人に思えてきた。
と言うか、この子……普通に可愛いし!
一連のリヴァイアサンとの戦いでも、この子をアタッカーに切り替えたら、大活躍だったし、なんか普通に長年連れ添ったパートナーみたいな感じで、ばっちり阿吽の呼吸で乗り切ることが出来た。
そんなの好感度上がるに決まってるよ!




