閑話休題「テンチョー密着24時!」⑭
「……するってぇと、お前らは俺を死なせたくないから、協力すると? なんでまた……」
盗聴続行っす! 会話の中から解決のヒントを……探るっす!
「あなた……このままだと、確実に死にますからね。あまりに迂闊な上に計画性も無く杜撰。そもそも、無事に要求が通って、お金を手に入れて、ここから逃げて、逃げ延びる当てはありますか? 退路の確保は基本です。当然、それくらい考えてますよね?」
レインちゃんの冷静なツッコミ。
うん、そこ重要……むしろ、その観点が抜けたまま、立てこもり強盗とか。
もう、その時点で、アホっす……むしろ、手の込んだ自殺って感じっすけど、多分このドワーフ、そんな事すら考えてないっす。
「……も、森に潜伏して、ロメオの方に逃げ延びれば……或いはオルメキアなり、帝国に逃げるとか……。とにかく、金さえ手に入れば、いくらでもやりようが……」
「ありません! あなた、どれだけ見通しが甘いんですかっ! いいですか? 森の中に逃げたところで、エルフの特戦隊が戻ってきたら、どんなに巧妙に潜伏しようが見つけられて、追い立てられて、ハリネズミみたいになって終わりです。あの森の殺し屋共を舐めちゃいけません!」
うん、緩めのランシアさんが隊長で女の子中心だから、割とゆるーい印象があるエルフ隊だけど。
何気に、あの子達ってめっちゃガチ勢……不法侵入者への容赦無さに定評あり……。
「……マジかよ? エルフなんて、あんな偏屈な連中がここの兵として雇われてるってのか……」
「ええ、索敵能力なら獣人でもトップクラスのミャウ族、森林戦闘のエキスパート、ウォルフ族……挙句の果てに最強の亜人オーガ族すらも……。ここの警備隊の戦力は半端じゃない……。うちの武装神父も精鋭だったのに、あいつらに一人づつ追い立てられて、無残にも皆殺しに……。思い出すだけでも、暴れたくなります! うがーっ! なんで、この私がこんなところで毎日毎日、いらっしゃいませーとかやってないといけないのよーっ!」
「レインちゃん、エキサイトし過ぎにゃー。そんなにコンビニのお仕事、不満だったのかにゃー?」
「あっ! ハイッ! すみません、思わず興奮して……。いえ、全然不満なんて無いです。テンチョーさん大好きですから! と、とにかくですね! よしんば、逃げ切って、ロメオを目指したとしても、途中で遭難するのが関の山。何より、ラキソムの城壁を突破できないでしょう。オルメキア側も保護領内は杜撰ですが、本国側の警備は厳重です……帝国方面なんて論外。つまり、貴方の運命は八方塞がり、デッドオアデス! テンチョーさんどう思いますか?」
「うにゃー、テンチョーもそう思うのだにゃー。犯人さん、この調子じゃ確実に死んじゃうにゃー。それじゃ、可哀想なんだにゃー。何とかしてあげたいのだにゃー」
「ですね。あの親衛隊の連中、思った以上に殺る気に満ちてますし、練度も悪くない。特に指揮官のリスティスは脳筋だから、デスオアダイって調子だし、ラトリエも、生かして返す気は毛頭ないって感じですからね。せめて、タカクラさんかクロイエ様がいれば、押さえてくれるんでしょうけど……。あの人達、手柄を立てるチャンス到来って感じで、めっちゃ張り切ってるんで、自分達だけで解決する……そんな所なんでしょうね」
まぁ、この辺はおっしゃる通り。
こんなソロ立て籠もり強盗なんて、経験値稼ぎのスライム感覚って感じっすからねぇ。
無事に解決すればハクも付くし、今回の出動も体の良い実戦演習のようなもの。
どう転んでも死人なんて出そうもない……そりゃ、そうなるっすなぁ。
「……ははは……そうかい、どう転んでも俺は殺される……か。自爆しても俺だけ犬死……。レイン司教さんだっけ? あんたの噂は俺でも知ってるよ……相手が悪いとしか言いようがねぇ。へっ、すまねぇな……。ヤケっぱちで一発逆転狙ったけど、ざまぁねぇ……。もういいさ……二人共、ありがとうよ。お前らの優しさに免じて、俺はこのまま投降する……この調子だと、外に出た瞬間、奴らに殺されるかもしれんがな……因果応報ってやつだ」
「はぁ? 何、ヘタレてんですか! こんな騒ぎやらかしたんだから、最後まで責任取りなさいよ! ここで死なれたら、こっちの寝覚めが悪いっ! せめて、私の役に立って死になさい!」
「そうだにゃ! 死んじゃったら、ご飯も食べられないにゃー!」
「ご、ご飯? そ、そうですね……。テンチョー様の言うとおりです! さすが慈悲深い……この様なゲスすら許すなんて……。とにかく、いい? アンタは死んじゃ駄目! 生きるのよ!」
「お腹へってるから、そう言う悲観的な考えになるにゃー。ここは皆で、ご飯でも食べるにゃー」
「……お、お前ら……こんな俺に、生きろと言うのか……なんて、なんて……いい奴らなんだ! お前らこそ、女神の化身……そうなのかっ!」
「ふふ……では、「レイン司教を崇める教」への入信を誓うのですよ! さすれば、この私が全力で貴方の運命を切り開いて見せるッ! とにかく、こちらの勝利条件はタカクラさんをこの場に引っ張り出す事。あの人が出てくれば、きっとなんとかなる! テンチョーさんもそう思いますよね?」
「うにゃ、御主人様が出てきたら、なんとなかるにゃ! おっちゃん、おにぎりでも食べるにゃー!」
「……ううっ! う、ウメェっ! くそっ……涙が……止まんねぇっ!」
「ふふ……まだ、死にたいとか言いますか? いい? 無駄死にとかしたら、この私が許さない……貴方の魂を死霊としてこの世に留めて、未来永劫こき使ってやるわ! どう、これで楽に死ねなくなったんじゃない?」
「あ、ああ、俺は……まだ……死にたくない。司教様、解った! こうなったら、俺の命はアンタに捧げる! ここを無事に乗り切ったら、俺をアンタの下僕にしてくれ!」
「いいでしょう……その言葉、偽りなしの本心からの言葉と認めます。これにて入信は成立しました。ふふっ、あの親衛隊とかいう奴ら、いきなりやってきて、この私に挨拶の一つもないとか、調子乗ってましたからね。ここらでギャフンと言わせてやるわ。テンチョー様もこの方を救いたいとおっしゃってましたよね? ……その崇高なる願い、この私が承りました!」
「レインちゃん、いい子だにゃー! でも、お客さん達も巻き込んじゃって、ごめんだにゃー!」
「いいってことよ! オジサン、そのおっさん可哀想になっちまってな……」
「そうだな……。そういや、俺達、そろそろ腹減ったんだが……弁当買わせてもらっていいかな?」
「私も……お腹へったんですけど。けど、良かった……レイン司教様がいるなら、無事に帰れそうですね」
「うにゃ! こうなったら、大サービスするにゃ! ミミモモ、皆にお弁当配るにゃー! この調子だと売れ残りそうだから、大盤振る舞いするにゃー!」
なんとも、和んだ雰囲気の店内。
なんだっけこれ……ストックホルム症候群でしたっけ?
テンチョーさんは、慈悲の心の塊みたいな人だから、解らなくもないんスけど……。
その空気が皆に感染した? でも、これは、むしろ面倒なことになってるっすよー!
「クククッ、これで仕込みは完璧……この場にタカクラを引き出せば、ヤツもこの私の要求を聞かざるを得ない。このレインちゃん雌伏の時は、その時、終りを迎えるのですよ!」
ボソッと呟くレインちゃんの言葉!
……真実はひとつ!
諸悪の元凶、レインちゃんだったっす!
この子、何気にタカクラのダンナを恨んでたみたいで、逆襲の機会を狙ってたと。
テンチョーもレインちゃんに適当に言いくるめられた……。
てか、君って聖光教会の下僕となって、しばらく大人しくしてるんじゃなかったのー?
と言うか、ラトリエちゃん達にこの事実を告げるべきか、とっても迷う。
人質と犯人が結託……ストックホルム症候群状態のその他大勢の人質達。
ミミモモちゃんも、テンチョーさんに絶対服従だから、もう自動的にあっち側。
こりゃ、本格的にタカクラのダンナの出番……と思うんスけど。
レインちゃんが良からぬことを企んでるとなると、ここでその要求は絶対に飲めないっす!
「使徒様……あなた、その様子だと中の会話とか聞こえてるんですよね? 一体何がどうなってるんです? 中途半端に説明してダンマリとかちょっと、それはいただけませんよ? ねぇ、なんとか言ってくださる?」
ラトリエちゃんが胸ぐら掴みながら、グイグイ迫るっ!
相変わらず、可愛らしく笑ってるんだけど、目は笑ってないっす!
この子……マジ、怖いっすー!
「まぁまぁ、ストップ、ストップ! お嬢ちゃん、そんなモンちゃん脅かしちゃダメよー。この子、シャイなんだから……」
まさに、救世主……この混沌とした状況を軽く蹴散らす最終兵器、和歌子姐さんがついに動いたっす!
「わ、和歌子姐さんっ! 助かったっす!」
某、瞬時に和歌子姐さんの背中に隠れるっす! もうね……この背中、頼もしすぎるっす!
「あたしも結構耳いいからさ、中でどうなってるかはちゃんと解ってるよ。まず、テンチョーちゃんやレインちゃん達は犯人と結託しちゃったらしくてねー。ほら、早速始まったみたいよ……」
屋上の方で何やらわーわーやってる声が聞こえてくるっす!
「ごめんなさい! ごめんなさーいっ! テンチョーさんの命令なんですー! ここから出てってくださいー!」
「悪いね……屋上にまで居座られると、こっちも落ち着かないからさ! 親衛隊の人達! ここの屋上は、僕らが制圧した! 怪我しないうちにさっさと逃げてっ!」
……屋上の上でミミモモちゃん達が青服の親衛隊の子達を軽く蹴散らしてるっす。
「ううっ! この子達……強いっ! リスティス隊長! 地の利もこちらにあらず、おまけに彼女達は民間人です! 反撃の許可、或いは撤収の指示を!」
「……撤収! 急げっ!」
リスティスちゃんが慌てて、指示を出すとたちまち、ロープを伝って、軽々と第二小隊の子達が降りてくる……普通にレンジャー部隊並の練度だと思うんスけど……なんなの、この子達。
「あら、君等、意外と手際が良いのね。どう? ひとまずお姉さんと約束しない? まず、犯人は殺さない……殺しちゃったら、テンチョーちゃん達に恨まれるわよ?」
「……それは、困りますわね。ところで、貴女は何者ですので? オバサマ」
……ひぃいいいいっ! ラトリエちゃん! 知らないとは言え、いい度胸してるっす!
「オ、オバ……。ふふっ、いいわ。あたしは、時羽和歌子……。タカクラオーナーの10年来の旧知、いわゆる愛人? まぁ、新参者らしいから知らないんでしょうけどね……お嬢ちゃん」
「ふーん、こんなオバサン相手にするなんて、旦那様も変わった趣味してらっしゃるわね。で、なんですの……和歌子オバサマ」
二回目行ったっすー! ラトリエちゃん、某はもう知らんよ? どうなっても。
「あら、いい度胸してるわね……このあたしをオバサン呼ばわりとか」
「わたくしから見たら、オバサン以外の何者でもないですわぁ。年増は引っ込んでたほうがよろしいのではなくて?」
ラトリエちゃん、露骨に喧嘩売ってるっす!
……和歌子姐さんVSラトリエちゃん!
なんだか無言で睨み合って、バチバチ火花を散らしてるっす。
なんつーか、メンチ切り合戦でしたっけ?
どっちも怖い顔して、顔寄せ合ってのにらみ合い……。
しばし、無言の殺気の交わし合いみたいなのをやってるうちに、ラトリエちゃんがどんどん下がっていって、唐突にがっくりと両膝をつく。
「……す、すみません。わたくしの負けです……すみません、マジ勘弁してください」
そう言いながら、ラトリエちゃんがガクガクと震えると、足元に見る間に水たまりが広がっていくっす!
これはいわゆる「O・MO・RA・SHI」……?
そ、某、気づかないふりしてるっす!
「あら? もうギブアップ? 少しは出来ると思ったのに……。って言うか大丈夫?」
「わ、和歌子でしたっけ? こ、このわたくしを殺気だけで……な、なかなかやりますわね! 言っときますけど、これは汗、汗ですわっ!」
「そうね……そう言うことにしとくわ。けど、年上をさん付けで呼ぶって常識も知らないのかしら? 今後は、和歌子さんって呼びなさい。リピートアフターミー」
「……はい、すみません。わたくしが悪かったです……だから、それ止めてっ! ひぎぃっ! 和歌子様、お許しをーっ!」
和歌子姐さんがぎろっと睨むたびに、ラトリエちゃんがビクンビクンとして、そのたびにジョビジョバと水たまりが広がっていくっす……。
だ、大惨事っすー!




