第六話「いらっしゃいませから始まる異世界コンビニ営業スタート!」③
……薄々感じていたけど、キリカさん身内相手だろうが容赦なかった。
血も涙もないクール! クーラー! クーリストッ! お金のためなら、我が身も売る!
「ふむ、そうなると、10人分で小銀貨5枚か……。ちょっと高いが、そこそこ美味い食堂で十人で食えば、そんなもんだしな。まぁ、いいだろう……こんな所で保存食じゃない飯が食えるなら、安いもんだ、その値段でいいぞ……買った!」
……いいのか? そんなんで……むむむ……。
一人頭5,000円……日本だと、焼き肉食べ放題でもそこまで行かないし、軽く10倍近くぼったくってるんだが……。
それだけ出しても、惜しくないほど、この森のど真ん中でお弁当が食べれるってのは、価値があるって事なのか。
とりあえず、適当に見繕った弁当をせっせと電子レンジに入れて、タイマーセット。
「……その箱は? 一体何をしているのだ?」
当然のように、聞いてきた……まぁ、そうなるな。
キリカさんも、電子レンジが動くところは初めてじっくり見るので、興味深げに覗き込む。
「ああ、お弁当は温めたほうがいいですよね? そのままだとご飯硬いし、美味しくないですから」
最近のコンビニ弁当のご飯やカレーソースとかって、輸送中に偏ったりしないように、冷めた状態だと固くなるようになっているんだよなぁ……。
だからこそ、暖めないとあまり美味しくない。
なお、コンビニのレンジは、普通のレンジではなく、一般家庭用の3倍の出力1500Wのハイパワーを誇る業務用電子レンジだ!
これはいいぞ! 家庭用だと2-3分位かかるような弁当も、一分以内にホカホカ!
ハイパワーで一気に暖めるから、家庭用みたいに、冷たいところが残ったりもしない!
一度使ったら、家庭用のショボレンジなんて使えないね!
全部で四台もあるから、10人前でも二セット半……3分程度で終わる……いつもながら、素晴らしいっ! 文明の利器バンザイ!
……30秒タイマーでボタン一個でポンッ!
お知らせタイマー音とかはオフ設定にしてる……ささやかながら、業務用と家庭用の違い。
……と言うか、やっぱ普通に電気来てるんだな……今のだけで、瞬間電力消費は驚きの6000W。
一般家庭で、こんな事したら、普通にブレーカーが落ちるんだが、これですら店舗全部の消費電力からしたら微々たるもの……ちなみに、コンビニの一日あたりの消費電力は480kWhにも及ぶ。
一般家庭の平均消費電力は18.5kWhと言われてるから、その凄まじさがよく解る。
空調や冷蔵設備と照明やらが大半なんだけど、光熱費は結構バカにならない。
屋上にソーラーパネル並べたりしてるけど、まぁ……気持ちくらいには、足しになってる……そんなもんだ。
そんな膨大な電力がどこから来てるの? とか考えても無駄なんだろうな……もうツッコムのは止めよう。
犬耳ダンディーさんもキリカさんもポカーンと、一瞬で湯気があふれるようになった弁当を見ている。
そりゃそうだろう……わずか一分足らずで、火も使わずに、冷たいご飯がホカホカ湯気を立てるなんて、魔法でも見てる思いだろうさ。
飲み物は……麦茶、緑茶、ミネラルウォーターでいいかな。
弁当とセットで、炭酸物や甘いジュースはちょっと微妙……。
ビールとかも喜ばれそうだけど、職務中みたいだしアルコール出すのは考えものだろう。
テンチョーに持ってくるように頼んだら、かごに入れてちゃんと持ってきてくれた。
さすが! 店内を毎日ウロウロしてただけあって、取扱商品の銘柄もちゃんと解ってるみたいだった。
PBの安いやつだけど、メーカー品のラベル変えた奴だからな……これ。
でも、何故かメーカオリジナルのが売れるんだよな……。
弁当は牛丼とカレー弁当、ラーメン、やきうどん、ハンバーグと唐揚げ弁当……この辺を適当に混ぜた。
なにせ、さっき、皆で結構な量をつまみ食いしまったからなぁ……。
更に10人分の弁当が、ごそっと消えたことで、ただでさえスカスカだった弁当棚はすっかり寂しくなってしまった。
売れ筋系は余裕を持って並べてるから、必然的に余ってたんだけど……。
もう、この際だから売り切ってしまってもいいだろう。
それにしても、定価の10倍近くとか、ボッタクってるなぁ……。
この人達、図体デカイし、大食らいっぽいから、せめてもの埋め合わせってことで、おまけでおにぎりを20個くらい付けてあげよう。
どうせおにぎりっても日持ちしないしな……お客さん第一号って事で、サービス、サービス!
お弁当を手際よく温めて、レジ袋に入れていくと隣でテンチョーが手伝ってくれる。
レジ袋を広げて、スプーンやらフォーク、割り箸入れて……笑顔で手渡し、完璧じゃないか!
その様子を見て、キリカさんも見よう見まねで、手伝ってくれる。
うん、君もスジが良いね!
新入り二人は、後ろで興味深そうに見ている。
モモちゃんは、ミミちゃんを盾にするように後ろに隠れてるんだけど……どうも犬耳ダンディーさんにビビってる様子。
尻尾が足の間に巻き込んじゃってる……ヘタレ尻尾だっ!
でもまぁ……とりあえず、最初は見学ってとこだから、今はそれでいいか。
「はい、それでは代金、小銀貨5枚いただきます」
うーむ、弁当10個売って、50000円相当。
さすがに、ちょっと悪いコトしてるような気になってくる。
「あ、ああ……凄いな。まさか、こんな所でこんな大量の熱々の食い物にありつけるとはな……。それだけでも銀貨5枚の価値はあると思うぞ? それにしても、なんとも美味そうな匂いだな。店主、色々種類があるようだが、どれがお薦めだ?」
「まぁ、どれも定番だから美味いよ。そいや君ら、箸って使える? こんなのだけど。無理そうなら、フォークやスプーンでも使うかい?」
そう言って、割り箸を割って見せる。
「……マスターの世界でもハシ使っとるんやな。ロメオ王国では、流行っとるんやで! これ」
「うそ? なんで?」
「なんせ、王室御用達やからな。スープとか掬って飲む以外は、割と万能に使えるってんで、皆こぞって真似しだしたんや」
「しかし、見たところ、木を削っただけとは、ずいぶん粗末なものだな……。洗って返すのは面倒だから、わざわざ付けてくれなくてもいいぞ。俺達なら、手掴みでもいけるぞ?」
「手掴みでラーメンは止めといたほうが良いよ? その箸、使い捨てだから、食べ終わったら容器と一緒に捨てちゃっていいよ」
「ええっ! 使い捨てって……そ、そうなんか? 勿体無いと思うんやけど……容器も柔いけど、見たこと無い材質やで……これも使い捨てにするんか? 勿体無いでっ!」
「そうだな……こんな湯気が出るほど熱いのに、容器を触っていてもほとんど熱くない……なんなんだこれは……?」
そんなもんなのか。
発泡スチロールの容器なんて、使い捨て上等だしなぁ……。
それを勿体無いという君たちの感覚が解らんよ?
だいたいリサイクルって言っても植木鉢とか、野良猫ご飯の配給皿くらいしか使い道も思いつかない。
「そうだなぁ……一回買うごとに、もれなく付いてくるんだけど……それ。どうせ取っといても良いこと無いと思うから、食べ終わったら店の外のゴミ箱にでも放り込んどいてくれよ」
そういや、ゴミ処理はどうするかな?
燃えるゴミは、文字通り燃やしちゃっていいかな……昔はどこでもそうしてたしな。
ちなみに、ビニールを燃やすとダイオキシンがーってのは、あれは実は嘘。
実際は、生ゴミだろうが、枯れ葉だろうが、塩素を含んだ物を燃やせば、ダイオキシンは問答無用で発生する。
発生するんだけど、微々たる量だし、実際言われるほど、ダイオキシンに害があるのか、甚だ疑問と言う研究結果も出てるらしい。
要するに、気にするだけ無駄……そんなもんなんだ。
気にしてたら、焼き肉ですら食えんよ?
昔は、学校なんかでも焼却炉があって、ゴミ捨てついでに、燃える炎を飽きずに眺めてたもんだし、近所の空き地に燃えるゴミを持ち寄って、焚き火で焼き芋とか……冬の風物詩だったな。
……今どきの子供たちは、山奥でキャンプにでも行かない限り、焚き火なんか縁がないらしい。
世知辛い世の中になっちまったよなぁ……でもまぁ、異世界だから、そんなン関係ないっ!
燃えないゴミはリサイクル? 空きペットボトルに水道の水入れて、銅貨一枚とかやっても売れそうだな。
「っと、すまん……店主、小銀貨5枚だったな。うん、妥当な取引だった! ありがとうっ!」
そう言って、小銀貨5枚を手渡してくれる犬耳ダンディーさん。
百円玉5枚くらいの感じなんだけど、どれもピッカピカでキレイな仕上げ。
この天秤のマークは……多分、これが商人ギルドのエンブレムなんだろうな。
キリカさんが首から下げてる鑑札みたいなのにも同じマークが入ってた……なるほど、これがギルドコイン!
……うん、この光沢と手触り。
まごうかたなきシルバー! 日本でも昔は100円玉も銀製だったんだけど……最近のは、ニッケル白銅貨になってしまったから、銀貨に触れるような機会はすっかり無くなってしまった。
それにしても、この商人ギルド発行のギルドコイン! 綺麗に円形だし、きっちりバリ取ってて、側面も滑らかだ……鋳造技術なんてたかが知れてるだろうに、かなりの手間をかけて作ってるのがよく解る……。
異世界最初の商取引の報酬……感慨深いな。
「とりあえず、レジにって……あれ、釣り銭どこ行った?」
レジのドロワーを開けると、そこは空っぽだった。
各種硬貨20枚ずつ、千円札で20枚はいつも入れてるんだけど……。
……そういや、レジも壁にぶつかって、ぶっ壊れてたのに綺麗に直ってるしなぁ……。
その過程で中身を抜かれた? いやいやいや、誰が?
「どうしたんや? あ、解ったで! そこにお金入れるんやろ? でも、受け取ったお金を突っ込むだけなんやろ? それにしては、なんや訳の解らんボタンみたいなの並んどるし、何なんやそれは……」
キリカさんが興味深げに、レジを覗き込む。
この人、好奇心の塊みたいな人だな……。
「これはレジ……商品代金の自動計算機ってとこだね。この引き出しに、本来はお釣りを入れとくんだけど……」
「待ちぃ……うちが答えるで! このボタン……よう見たら数字やないけ! ちゅうことは……このボタンで商品の額を入れると、そこに計算結果が出る……せやろ? そこの数字も合計金額が出とるやないけ! 凄いなぁ……これなら、計算の出来ん奴でも、金勘定出来るってことか!」
おお、さすが……説明しなくても、横から見ただけでこれが何をする機械なのか、理解出来たのか。
キリカさん、素で頭いいな……。
これは育てがいがありそうな人材だな……いい拾い物だったかもしれない!
そうこうしているうちに、犬耳ダンディーさんが部下を呼んで、お弁当を手分けして運んでいった。
「た、隊長! なんですかこれっ! 匂いだけでよだれが止まりませんぜ!」
「ちゃんと人数分あるから、安心しろ! まずは全員せいれーつっ! いいか? これは街でも食えない異界の食べ物らしいぞ? 貴様ら心して食うんだぞ! なんと言ってもこの俺のおごりなんだからな……泣いて感謝しろ!」
「うぉおおおっ! ラドクリフニキ最高っすーッ!」
なんだか、匂いだけでめっちゃテンション上がってるし……この人達、大丈夫かな?
「ラドクリフッ! 買い物終わったんなら、外へ出ろや! 邪魔やろっ!」
……キリカさんが、犬耳ダンディーさんたちを追い出しにかかる。
こんな対応が許される程度には、気心もしれてるらしい。




