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第一話「プロローグ」②

「ああ、今日も暇だったぁっ! んじゃ、オーナー! うち、もう上がるね……テンチョーも中に入れたげれば? もうドアの前で待ってるし! ごめんねーっ! 締め出しちゃってて!」


 ぼんやりと考え事をしていたら、賑やかな声に現実に引き戻される。

 帰り支度を済ませたバイトJKのエリカ君……つい先程、業務終了となり、解放したところだった。


 もう帰り支度も済ませて、クチャクチャとガムを噛みながら、我がコンビニの名物ネコ店長を店内へ招き入れるところだった。

 

 そう、ネコ店長……名前もそのまんま「テンチョー」!!

 黄色い目の黒一色の黒猫。


 まぁ、要するに、典型的なテンプレ黒猫って感じなんだが、黒猫はイイッ!

 人懐っこくて、大人しくて……何よりも可愛い!

 そして、その滑らかで黒光りする毛皮の美しさ……もう、これは芸術作品って気がする。

 

 彼女は、我がコンビニのアイドルにして、僕の飼い猫……もう家族と言ってもいい。

 

 客の多い時間帯だと、衛生上問題ある……とか、うるさ方に騒がれたりするのだけど。

 夜の9時を過ぎると、車通りも閑散とするし、客なんてほとんど来やしない。

 その辺りから従業員も大抵、僕一人になってるんでで、テンチョーも夜間はもっぱら暖かな店内で、好きなように過ごしてもらってる。


 なんと言っても、僕の家族なんだからな。


 ちなみに、名前の由来は最初の頃、ネコ店長とか呼ばれてたから。

 ちゃんとウチのコンビニの制服でもある赤エプロンを模したベストみたいな服を着てるし、背中に「テンチョー」と書かれた名札が付いてる。


 ストコンにも、名誉店長として顔写真付きで従業員登録してあるのだ。

 待遇は……毎日のカリカリとおやつ支給、昼寝付き。


 元々、バイトの履歴書の内容を書き移しておいたり、給料やら税金計算とかに使うシステムだから、お遊びデータの一つくらい入ってても、別に問題ないのだ。


「エリカくん、今日も一日ご苦労様っ! それと……バイト辞めるのって、考え直してもらう事は出来ないかな? 今、辞められるとホント、店が回らなくなるんだ……時給だって、上げるからさ。この通り頼むよ」


 そう言って、自分の年齢の半分以下の女子高生相手に拝み倒してみる。

 なんともみっともない光景なのだけど、拝み倒して思いとどまってくれるなら安いもの!

 実際問題、かなりキツイ事になるんだよなぁ……。


「オーナー……マジで、ごめん! 大変なのはわかっけど、うちもそろそろ受験とかあるし……。そうだね……もし、大学落ちたら、また雇ってよ! それまでは……ごめんねっ!」


 そう言って申し訳なさそうにするぶん、まだエリカくんは可愛い方だ。

 突然来なくなって「もう辞めます」……なんて、メール送ってるような奴だっているからな。


 それに理由も、十分納得行くものだ……大学受験か。

 文字通り、人生を左右する……学生にとっては、一大イベント。

 

 無理は言えない……言っちゃいけないよなぁ。


「そうか、君も受験生なんだよな。確かに無理言って悪かった! そう言う事なら、今月いっぱいって事でもうちょっとだけ、頼むよ。……んじゃ、夜も遅いから、帰り道は気をつけて……またね!」


「ごめんねーっ! オーナーッ! テンチョーもおやすみっ! 二人共また明日ねっ!」


 お詫びのつもりなのか、投げキッスなんてしながら、自転車で夜道を帰っていくエリカくんを見送ると、僕はふかーいため息を吐く。

 

「ふぉおおおおお……」


 こうなると、もう来月から一人欠けることが、ほぼ確定だった。

 本人はああ言ってるけど、大学に受かったらもう、この土地にも戻ってこないだろう。

 

 昼間は、近所のバイトおばちゃん達が細切れで入ってくれてるから、何とか回ってるんだけど……。

 おばちゃん連中は日が暮れる辺りからは、自分の家のことがあるので、まず入ってくれない。

 

 今まで、夕方の6時から9時までをエリカくんがほとんど毎日バイトで入っててくれたから、何とかなってたけど……。


 エリカくんが居なくなると、この時間帯は、もうひとりのフリーターの吉田君しかいなくなる。

 吉田君は週3-4日程度だから、こうなると、僕が毎日夕方6時から翌朝6時まで入らないと、もうどうしょうもない……。

 

 毎日12時間労働か……それも休み無し……労働基準法? 何それ状態……。

 

 けど、フランチャイズの個人事業主にそんなものは適用されない……。

 

 僕の労働時間は、他の誰でもない僕が決める……。

 僕の努力で人手が埋められなかったら、僕が泥をかぶるしか無い。


 ……そう言うもんなのだ。


 そう言うもんなのだけど……せめて、営業時間くらいは選びたいもんだよ。

 なんで、24時間営業に拘るんだよ……0時から6時の間とか、客なんてロクに来ないんだから、ちょっとくらい店閉めたって、別にいいじゃないかって思う。


 昔は、コンビニだって夜中は閉めてたのに、いつからこんな事になったのやら。

 

 思えば、親父もこんな調子で毎日のように無茶な仕事をして、無理がたたったのだろう。

 親父はある日、頭の血管が詰まって……脳梗塞で病院送りになった。

 

 幸い一命はとりとめたものの、発見が遅れたのもあって、身体のあちこちに麻痺が残って歩くのもままならなくなってしまった。

 

 ここらは、病院と言っても、隣の市にまで行かないと大きいのも無く、再発の可能性もあって、予断は許されない。

 

 むしろ、僕が買っていた東京都心のタワマンの方が、知り合いの医者がいる病院も近いし、何かと都合が良いということで、親父達は僕の代わりに東京で生活している。

 お袋も親父につきっきりなんで、頼ることは出来ない。

 

 僕も今はまだ30代後半になったばかりで、体力もそれなりにあるけれど、最近明らかに体力の衰えを感じるようになった。

 二十代の頃は文字通り、丸々二日位起きていられたけど、今はもう無理だ。

 

 年々無理が効かなくなっていくのを実感している……市から健康診断の案内も届いているのだけど、病院へ行く時間も無い。

 

 ……事業を行うにおいて、金もだけど、人は基本と言える。


 人が足りないってのは、ホントどうしょうもない……。

 

 入口横に貼ったバイト募集の広告が剥がれかけていたので、セロテープで貼り直す……時給も深夜帯は都内レベルの1500円にしてるんだが、それでも応募は全く無い。

 

 バイト募集を依頼した求人サイトから、応募の通知くらい来てないかと期待して、スマホを操作するのだけど、いつもどおり応募ゼロ件。

 

 普段は、レジカウンターの下に置いてある丸椅子を引っ張り出すと、どっかりと腰を下ろして、脱力しながら天井を見る。

 

 客がいる前で、バイト店員がこんな態度でいたら、説教の一つでもするところだけど、僕はこの店のオーナー様だ。

 

 客が居ないなら、好き勝手に過ごさせてもらう……そうでもしないと体が持たないし、気持ちだって続かない。

 

 昔は、地方なんかじゃどこでも雑貨を扱う商店があって、そういうとこでは、テレビ見て、お茶飲みながら、客相手に世間話をしながら物を売るとか、なんとものんびりとした雰囲気だった。

 

 このコンビニも前身は、そんな感じのおばあちゃんが店番をする田舎の小売雑貨店だったんだよな……。

 

 親父の代で、コンビニが流行り始めたからって、店舗も広くして地方チェーンに加入した……まぁ、そんな感じで、我が家のコンビニ稼業が始まったのだ。

 

 防犯カメラにも僕の姿はしっかり写ってるのだけど、それをチェックするのも僕の仕事。

 つまり、誰も咎めるものはいない。

 

 ……そもそも、ぶっちゃけやることがない。

 

 明日の朝分の発注は、夕方のうちに済ませてしまったし、店内の陳列棚も、さっき商品を補充したばかりなので、開いてる隙間は一つもない。

 

 トイレ掃除もエリカがやっていってくれて、それっきり誰も使ってないので、しばらくはやらなくていい。

 ゴミ箱も空っぽ……床もピカピカ。

 最近はワックスの質が上がって、昔のように頻繁にワックスがけする必要も無くなっている。

 

 と言うか……客足が減ったので、あんまり汚れなくなっただけのような気もする……。

 

 フライヤーやおでんも10時を過ぎたら、閉じるようにしてるので、もう撤収済み。

 ここらは、朝までそのまんまだ。

 

 なるほど……やっぱり、やることがないぞっ! 

 

「暇だねぇ……テンチョー。おやつでも食べるかい?」


 そう言いながら、ペースト状キャットフードの定番人気商品「チュルッと」の中身を小皿に出すと、ホットドリンクコーナーの前に陣取って、暖を取っていたテンチョーが、喜々として走ってくる!

 

 最近、話題の猫まっしぐら「チュルッと」! 謳い文句にたがわず、テンチョーももう夢中言った様子で、ジャビジャビと音を立てて、食べ始める。

 

 そっとその背中を撫でる。

 サラサラなシルクのような感触。

 

 テンチョーは長毛種の血も入っている雑種猫なんだけど、そのふわふわな毛皮の触り心地は、まるで高級タオルのような質感だ。

 

 テンチョーは半分野良で、半分我が家の飼い猫である。


 5年ほど前、ヨレヨレで店の駐車場に迷い込んできたところで、バイトの子やお客さんが餌をあげるようになって、すっかり居着いてしまって、ちょっとしたことをきっかけに部屋に上げるようになってからは、もう100%飼い猫状態になっている。

 

 なかなか節度ある奴で、招き入れない限り、勝手に店内に入ってくるような事もなく、昼間はいつも店の裏とかで日向ぼっこして過ごしているか、僕と一緒に寝てるってのが常。


 夕方から22時過ぎまでは、店の軒下に作ってやった猫小屋……通称テンチョーハウスでのんびり寝て過ごす。

 活動範囲と言っても、店の駐車場の周りまで。

 遠出しているのなんて、見たことない。

 

 冬の寒い日や雨の日は、日中はこっそり店内に入れてやって、バックヤードの休憩室で過ごさせてやっている。

 俺が寝るときも、名前を呼べばやってくるから、一緒に寝てるのが基本になってる。


 深夜なんかだと、人目も無いので、好きに店内を闊歩させるのが常。

 常連さんにとっては、いつもの光景でテンチョーファンだって、少なからずいる。


 ネズミやゴッキー、駐車場に蛇が出たとかそんな時は、ハンターとして本領を発揮し、見事なまでの手腕で、軽く狩って見せてくれる。


 SNSで猫と触れ合えるコンビニとして紹介されて、客寄せに一役買ってくれたことだってあるし、テンチョー目当てのバイトだっていた。

 

 うむ、テンチョーへのなでなでが、やめられない。


 猫って、食事中にタッチすると普通怒るんだけど、テンチョーは温厚な気質のメス猫なので、気にもとめない。

 うにゃうにゃうにゃ……なんて言いながら「チュルッと」に夢中。

 

 やはり、猫は良い……やっぱ、この猫耳と毛皮の感触がいいよなぁ。

 

 暖かくてふわふわで……癒やされる。 

 撫で回す手を休めると、もっと撫でてと言いたげな感じで、頭を手に擦り付けてくる。


 ……かわいいなぁ! もうっ!


 もっとも油断していると、いきなり背中を登ってこられたりもするので、僕の背中や肩はひっかき傷だらけなんだけどな。


 むしろ、ご褒美だと思っている! 


 まぁ、猫飼いにとっては、引っかき傷なんぞ日常茶飯事なのだから、気にするほうが間違ってるわな。

 

「おっと、今日は「ケモコミ」の再放送だっけ……お客さんも居ないし、たまにはリアルタイムで見るかっ!」


 独り言を言いながら、レジ台の上にスマホをスタンドに立てて、ワンセグのチャンネルを合わせると、「ケモコミ」こと「ケモミミ・コミニュケーション」のオープニングが始まる。

 

 一言で言うと、登場人物ほぼ全員が獣と人間のミックス……所謂ケモミミしか出て来ないと言うアニメなのだけど。


 なんとも緩く、ほのぼのとした作風とやたら可愛らしいケモミミ娘達のキャラデザが妙に受けて、覇権アニメと呼ばれるようになった大ヒット作だ。

 

 ごく普通の女子高生だった主人公が、ケモミミだらけのファンタジー異世界のジャングルに転移して、最初に知り合った猫耳少女と一緒に、いろんなケモミミと友だちになりながら、彼女達の抱える色んな問題を現代知識や猫耳少女との友情や勇気で解決しつつ、野外生活を送りながら、日本に帰るために大冒険をするってのが大まかなストーリー。


 ぶっちゃけ、このアニメで世の中にケモミミ好きが一気に増えたと言うのが定説だった。

 

 主人公は割と地味子風だったんで、相方役の猫耳少女の方が人気だったんだけど。

 昨今流行りの鬱展開もないし、血みどろで戦ったりもしない。

 

 毎回、ジャングルでキャンプみたいなことしたり、異世界特有の不思議ご飯を作って美味しそうに食べたり……。

 基本コメディタッチで、ストーリーらしきものもほぼ無くて、毎回ケモミミ達とのどたばた騒ぎに終止する異色の作品なのだけど……。


 尊いアニメ……心からそう思う。

 このアニメ以降、ファンタジー物なんかではケモミミが定番になったし、ソシャゲーなんかでもケモミミが増えた。

 

 僕は30代後半の所謂おっさんだけど……アニメや漫画は好きだし、ソシャゲーだってやるぞ?


 一番好きな女の子のタイプは、やっぱケモミミだよなぁ……ああいうのって、推しキャラみたいなのって自然に出来るじゃない?


 最近、どうにもその推しキャラのケモミミ率が高いんだよね。

 ケモミミが無くても美少女キャラは可愛いんだけど……やっぱ、ケモミミは良い!


 いわゆるマイブームってやつ? まぁ、現実には居ないんだけどさ。

 

 はぁ……いっそ、僕もこんな風に異世界転移でもしないかな……それもこんなケモミミばっかりの世界とか……。

 そして、ケモミミハーレムとか……いいな、それっ!


 現実がなかなか厳しいからか、時々そんな逃避と言える妄想に浸ったりする今日このごろだった。

 良いじゃないか……せめて、妄想の世界でくらい幸せな夢を見たいんだ。


 ふと、視線を感じると「チュルッと」を食べ終わったテンチョーと目が合うので、手招きすると膝の上に飛び乗ってくる。


「そうだね……僕にはテンチョーがいるからね!」


 そう言って、テンチョーをナデナデしながら、アニメを見る……まぁ、いつものことだった。


とりあえず、ストックは5万くらいありますし、最初はプロローグなんで地味な展開です。

皆さんのご近所のコンビニ……深夜に行くと疲れた顔したおっちゃんが一人で店番してるのって見ませんか?


そんなコンビニオーナーの悲哀ってとこです。

新聞屋もなかなかブラックだけど、コンビニもヒデェもんです……。



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