第四十六話「まとめの時間」①
「……さて、陛下。ひとまず隊長の三人からの挨拶も済んだようなので、第一小隊の面々のご挨拶に移らせていただきたいのですか、よろしいでしょうか?」
とりあえず、勝者のラトリエちゃんには氷水ぶち撒いたみたいになった床の掃除を命じて、敗者の二人も陛下の執務室で暴れるとか、ちょっとは後先考えろ……喧嘩両成敗って言って、部屋の隅っこで仲良く正座させて、反省中。
このまま何事もなかったかのように、第一小隊のメンバー紹介に移ることにした。
「うむ、よしなに。仮にも我が側仕えとなる者達であるからな。私もせめて顔と名前が一致するように務めねばならぬ、早速紹介してくれ」
さすが、クロイエ様……動じてない。
臨時の隊長代理って事にしたアンナさんに向かって、頷くとそれで通じたみたいで、ビシッと背筋を伸ばす。
「はっ! 第一小隊……総員入室ーっ!」
ハリのある見事な掛け声……そこで正座してる隊長さんより、よほど隊長らしいね……この子。
整然と……とはいかないながらも、ぞろぞろと第一小隊のメンバーが入って来て、二列に整列する。
なんか綺麗に並んでないんだけど、広くもない部屋にこれだけの人数がいると、さすがに狭っ苦しいし、ある程度は目をつぶるしか無い。
モップ持って、床磨きやってるラトリエちゃんと、正座反省中の二人を見て、隊員たちが目を丸くしてるけど、状況は察したらしく、皆敢えて目をそらしてくれたようだった。
端から順番に、次々と隊員の挨拶と自己紹介が続く。
基本的に名前と家名を告げて、30秒くらいの自己紹介タイムって感じ。
この子達は……男爵、子爵、騎士爵あたりの下級貴族。
平民の商家出身の子も混ざってたけど、平民でも成績優秀だったり、お金持ちの家ならお金積めば、裏口から入れるから、そこら辺は不思議に思わない。
全員、地の魔力適正持ちで、魔術の心得もある……剣術なんかは、揃いも揃ってパッとしないみたいだけど。
魔術が使える時点で、戦力的には十分過ぎる。
なるほど、要するにセルマちゃんのバックアップ要員って感じらしい。
団結力の強さは、見てるだけでもよく解る……チームとしては、悪くないと思う。
ちなみに、アンナさんは、むしろ商人ギルドの関係者だった。
アンナ・オルスワッド・リギティアルド伯爵令嬢。
思いっきり上級貴族。
でも、メンバーの中で一番背が低くて、それでいてスマートな体系なのが印象的。
リギティアルドってのは、本来もっと長ったらしくて、ドワーフ系氏族に付く名前らしい。
よく見ると、耳も若干尖ってる……。
純血に近いドワーフ系の家系にも関わらず、伯爵の称号が付く辺り、このロメオって国には人種差別ってもんが、全然ないんだよなぁ……。
なにせ、獣人の宰相だって、それで何か問題が? って返しちゃうような国なんだもんな。
オルスワッド商会なら良く知ってる……主に北方と王都の物流を取り仕切るロメオでも大手の流通業者。
Aクラスの免許持ちの国際商人の一人。
なにせ、ラキソムとコンビニ村の流通にも食い込んでるから、うちの関係者でもある。
厳冬期の北方といい勝負なくらいの厳しい土地……とか言ってたけど、初回からノントラブルで期日通りに、荷運びしてくれて使える業者ってんで、割と便利使いしてた。
グリフィン便も扱ってるから、今回の親衛隊の件でも制服デザイン送ったり、資料送ってもらったりとかしてたんで、色々お世話になったんだよな。
さすがに、商売関係なら僕だって、それなりに強いぞ。
となると、アンナさんとも仲良くしないとな……お歳暮くらい送っとくかな……?
けど、アンナさん……。
なんでか知らないけど、妙に制服の布があちこち余ってて、サイズ合ってない感じなんだけど……採寸ミスか何かなんだろうか。
一応、余った部分は紐とかで絞ってるから、ずり落ちたりはしないみたいなんだけど……あとで、確認しとこうかな?
第一小隊の面々は、北方の貴族の娘さん達なんだけど、さすがクロイエ様、家名から男爵クラスでも当主の名前とかも解るようで、しばらく顔を見ていないから、旅費くらい補助するから、たまには王都に顔を出すように伝えてくれとか、個別にちゃんとリアクションを返してる。
すげぇな……ロメオ王国も何気に500人くらいの領主がいるんだけど、僕は未だに名前すら覚えきれてない。
帝国なんかだと、一桁違うみたいなのだけど、伊達に帝国、法国に次ぐ第三勢力筆頭なんてやってない。
それに加えて、広大なタルカシアス辺境伯領まで加わったことで、もはや帝国も法国も、ロメオのことは軽視出来なくなったのも当然と言えよう。
「ふむ、皆のもの……ご苦労だったな。タカクラ、せっかくだからこの者達に、食事でも振る舞って、労ってやるが良い。聞けば王都からはるばる一月もの長旅の末らしいではないか。道中、色々と苦労したであろう?」
全員の自己紹介が終わり、クロイエ様のお言葉が始まる。
「そうですね。私達は全員北方出身者なので、とにかく暑さに参りました……。うちのキャラバンもここらに進出してて、色々と事前に話は聞いてたんですけど、聞きしに勝る……でした」
アンナさんが苦笑すると、隊員たちも同感らしく、同じ様に苦笑してる。
正座中の二人も同様らしく、顔見合わせて暑かったよねーとかやってる。
バトった割には、二人共そこまで険悪じゃないみたいだった……。
まぁ、セルマちゃんもとっさに庇ってもらって、悪く思えるわけもないか。
何より、この子ってとにかく人懐っこいからなぁ……まぁ、押しの強さも尋常じゃないんだけど。
リスティスちゃんも、ツンデレのテンプレみたいな子だけど、いい子じゃないか。
けどまぁ、案の定、皆暑さがヤバいってのは共通してるみたいだった。
どうも、ジャングルの最東端オルメキアとの境の山脈で、フェーン現象か何かでも起きてるみたいで、このジャングル地帯に関しては、割と年中こんな調子らしい。
山の向こうは砂漠地帯に近いような所らしく、砂漠で熱された空気が山を登って冷やされて、山を超えて降りてくるときに今度は一気に熱くなって、元の山向うの空気より熱くなる。
日本でも夏場、良くこのフェーン現象が起こってて、富山とか新潟みたいな、むしろ寒そうなイメージのあるところで40度近くを記録したり、標高もあって山が近い群馬がやたら暑いのも、同じ様な理由で山から熱風が吹き下ろしてくるから。
だから、オルメキア保護領の山近く辺りに行くと、ここよりも気温は更に高くて、くっそ暑いんだけど、空気はカラッと乾燥気味って感じになる。
もっとも、僕らのいる辺りは、昔は大河川だか巨大湖でもあったらしく、広大な湿地帯になってる上に、南の海側から湿った風が吹くようになると、今度はコレでもかってくらい雨が降る。
なもんで、湿度が半端なく高くて、不快指数に拍車をかけている……ゼロワン達もレンズの結露対策が大変で、装甲にカビが生えたり、なかなか困った土地ですとかボヤいてるくらいなんで、機械にも優しくないらしい。
他の地域での冬がその雨季に該当するんだとか……むちゃくちゃだよな。
ロメオでも最東端に位置するラキソム辺りは、ここまで暑くないし、北方の山岳地帯ともなると冬は海風の影響で、むしろ豪雪地帯みたいになるんだとか……。
アージュさんの話だと、マナのバランスとかそう言うのも影響してるとかで、気候に関してはこのロメオって国は、なんともめっちゃくちゃでもあるのだよ。
その辺考慮すると、皆、よく頑張った方だと思う。
旅商人や冒険者達も、慣れてる連中はズンズン進んでいくけど、初見の場合、まず最初の野営地あたりで一週間ほど身体を蒸し暑さに慣らしてから、本格的な行軍に移るってのが普通らしいからねぇ。
幸い親衛隊の子達の服装は、紋次郎先生もこの辺で着るなら、風通し良くないとねーとか言って、基本半袖で、脇の部分が大きく空いてたり、あちこちスリット入ってたり、色々考えてデザインしてくれたから、あまり問題にならなかったらしい。
必然的にちょっと肌色多めなんだけど……不思議とそこら辺は一切、苦情も出なかった。
王都でも有名な服飾商にデザイン画を送った上で、『強靭』やら『冷涼』『浄化』『虫避け』やらと、いくつかのエンチャントオプションもつけて仕上げてもらったから、一着辺り結構なお値段がするんだけど、十分な支度金をもらってたので、そこら辺は惜しまず、フルオーダーメイドと言う贅沢極まりない制服になったんだけどね。
第一小隊の子達の話だと、割と好評でデザインも皆、斬新かつ可愛いいのばかりで、ものすごく迷ったらしい。
こりゃ、全員集まって、閲兵式を開くときには、紋次郎くんも呼んであげないとな。
大方、どっか茂みの影にでも隠れて、ガン見するだけで満足しそうだけど……。
リアルの女の子も大好きだけど、注目されるのは、気が引けるとかなんとか……ヘタレだなぁ。
「ふむ、我もよく解るぞ……我もついこないだまで、北方山脈グラウル山の山エルフの集落に居候しておったのでなぁ。こっちに来るなり、暑さのあまり熱病で死にかける始末じゃったよ」
「私も熱病にやられて結構危うかったんですけどね。ミャウ族でしたっけ? あの可愛らしいにゃんこさん達。その子達が気付いてくれて、どうするのかと思ったら、浅い川にドボンと放り込まれて、それでおしまいでした。でも、あれですっかり良くなったんですよ」
アンナさんが楽しそうに告げる。
ミャウ族流熱中症対策川ドボン……まぁ、間違っちゃいないんだよなぁ……。
「……ふはは、お主もやられたのか……。我もそこのタカクラ卿に同じ様にやられて、命拾いしたのじゃ。あれはキツイからのう……今日も朝から蒸し暑いから、我もここから動けそうもないのじゃよ。まったく年は取りたくないもんじゃのう……」
そう言って、アージュさんも執務室の壁際にあったビーズクッションにもたれかかって、ふぅーっと気持ちよさそうにため息を吐く。
通称「人をダメにするソファ」……アージュさん、執務室に陛下が居ないと、そこで夕方になるまで埋まってるのが常だったりする。
なお、そこがアージュさんの本来の定位置。
頑張って気取って、クロイエ陛下の副官みたいな事やってたけど、そろそろ立ちっぱも限界だったらしい。
なんと言うか、相変わらず、軟弱ですこと。
アージュさん、身体は幼女並だし、とにかく体力全然ないから、力技とか縁がない。
まぁ、エルフで力技って発想が本来おかしいんだけどねぇ……。
「そう言えば、不思議とこの執務室はやたらと涼しいですよね? アージュ様は氷雪魔術のエキスパートでありますから、何か術式を使っているのでしょうか? 私も身体を冷気で覆うタイプの耐熱結界くらい使えるんですけど、こんな建物一つをまるごと冷やすとなると、さすがに……」
おお、ラトリエちゃん……気付いたね。
さすが、さすが。




