第四十五話「令嬢達の語らい(肉体言語)」②
リスティスちゃんも強化魔法で筋力強化してるみたいだけど、彼女が使ってるのは、自分の魔力をジリジリ消費して、純粋に自前の筋力を強化上乗せする……言わば、ドーピングタイプだから、長時間は持たないし、魔力属性は……緑だから風の魔力かな?
あれって、『加速』とか『跳躍』、『減速』とか……機動力強化系向けだから、筋力強化とか防御強化に使うと効率悪いってランシアさんも言ってた……。
その辺もあるから、ランシアさんはあんまり力技とか使ってこないんだ。
その代わり、いきなり早回ししてるような感じで猛スピードで連撃とかやってくるから、油断してるとボッコボコのサンドバック状態にされる……可変速攻撃とか、地味にヤバい。
ラトリエちゃんも、強化魔法の強化とかやってるけど、見た感じ魔力の色は青、水の魔力っぽいから、風の魔力と相性悪くて、効率落ちてるんじゃないかなーと。
ちなみに、水の魔力は割とバランス系で攻防速のいずれも得手不得手がない代わりに、尖ったところもないって属性だったりする。
火は攻撃魔法向けで、地は強化魔法や防御向け。
まぁ、こんな知識、魔術の基礎って所なんだがね。ドヤァあああっ!
けど、セルマちゃん……やっぱ尋常じゃない。
ニコニコ笑顔のまま、二人を壁際まで押しやってる。
この様子だと、僕が『鋼の如く我が豪腕』使ってても、同じ様に押されて行ってたかも。
ソレくらいには、ハイパワー……ホント、どうなってんだかなぁ。
この子、耳トンガリでもないし、今朝見た感じだと、普通の人間の女の子に見えたんだがなぁ。
魔猫の目で見ると、地面から黄色いオーブみたいなのが次々とセルマちゃんに集まっていって、オーバーフロー状態になってて、全身黄色のオーラに包まれてる……。
黄色は地の魔力なんだけど……。
大地からマナ吸収してる割には、その魔力のオーラはトンデモなく濃い。
文字通り、身体に収まりきらなくて、溢れてるようになってる。
これ……普通の土地から湧いてくるような量じゃないよ? この土地って、そこまでの土地じゃないし……。
いやいやいや、どうなってんの? これ……。
一人でこんな高効率でのマナ変換出来るなら、アージュさんとまではいかないけど、リーシアさんとかに匹敵するくらいだよ?
常人の10倍くらいの魔力容量でもないと、こんなにならない……なんだこれ?
「ふふっ、セルマ様……シャッテルン家はドワーフ族の血を引いてるのですよ。おまけに、セルマ様は大地の加護をお持ちなのですよー。その莫大な魔力をすべて、身体強化につぎ込んでるんですからね。普通の人間が、少しくらい強化したからって、真っ向からの力勝負で勝てる訳がありません」
隣でアンナさんがドヤってる。
加護持ちか……人族にたまにいる魔力容量がぶっ飛んでる連中が持ってる、大容量高効率魔力器官の事だったかな。
最大MPがぶっ飛んでるっていや解りやすい……身近な例だと、レインちゃんが持ってる……それも女神の力を司る「天」なんて激レア属性。
あの子、天才治癒術士なんて言われてるけど、伊達じゃないんだよなぁ……。
もっとも、戦闘技術は平凡だから、戦っても余裕だったんだけど……。
それでも、あの必殺技……ギロチンセイバーとかって、あの一撃で人殺せるくらいにはハイパーなんだけどね。
むしろ、あれを軽く受けきった僕が凄いのだよ。ムフフンっ!
けど、このセルマちゃん……あそこまで、魔力底抜けにあるような感じじゃなかったんだけどなぁ。
学院での成績資料によると魔力判定結果もBクラス、悪くないけど、上の下くらい……加護持ちの判定数値じゃないぞ、これ?
と言うか、この子……学力評価もCクラス、剣術とか運動系はDだのEだの目を覆いたくなるような評価が並んでる。
つまり、めっちゃ普通……。
ラトリエちゃんは、インドア派だからアウトドア系は端から捨ててる感じだったけど、この子の場合、頑張って普通とかそんな感じ。
公爵令嬢って万能ハイスペックお嬢様ってイメージあるけど、思いっきり平凡なんだ……この子。
ただ、補足として「学院においては、概ね平凡な成績であるが、体力と根性は人一倍」とか書いてある。
「何より、その鋼のような精神力と誰からも愛されるカリスマ性は高く評価すべきだろう……さすが、公爵閣下の令嬢である」
……なんか、公正さに欠けてるな……この資料。
思いっきり、忖度した形跡が見受けられる……まぁ、相手が相手だけにそうなるか。
でも、逆を言うと、贔屓目に見てもパッとしないって事でもある……。
僕の目でも見ても、セルマちゃん……身体能力や戦闘力は、リスティスちゃん辺りと比べると、明らかに見劣りするとしか思えないんだけどなぁ……。
ラトリエちゃんも身体能力評価とかは、総じて割と微妙で、魔力もAクラス止まりだけど、Aクラス評価の時点で、上位一割くらいに付く評価だから、十分高い。
ちなみに、学力も平均がAA評価……まさに頭脳派秀才タイプ。
セルマちゃんのB評価だって、上位三割には入れるんだから……全然、悪くないんだけど。
ラトリエちゃんもリスティスちゃんも、魔術師としての実力は、もはや学院でもトップエリートクラスとも言える。
十人に一人……その領域に到達するには、才能だけではなく、絶え間ぬ努力があってこそ。
だからこそ、彼らはエリートと呼ばれるのだよ。
要するに、凄腕エリート魔術師二人と並レベル一人の対決。
純粋な腕力勝負ならともかく、魔力という物量が物を言う魔術戦ともなれば、本来、こんなの勝負にもならないくらいの差があると思う。
なにげに、学院では三味線弾いてた? まぁ、ありがちっちゃありがちだけど……。
何かタネがあるっぽいな……これはむしろ、実に面白いな。
ちなみに、今気づいたけど、このアンナさん……ドワーフ系、それも魔術師っぽい。
魔猫の目で見ると、魔力器官の活性化パターンが、ドワーフの炎術師フロドアさんとかに通じるものがある。
人間だと、魔力器官って心臓のぼぼ同位置と両手にあって、魔術を使うと心臓と手の辺りとかで魔力の活性化が起きるんだけど、獣人や亜人はちょっと違う感じになるんだよなぁ。
ちなみに、魔力器官は目に見えないし、実体もない架空器官と呼ばれる臓器の一種。
身体の特定箇所に魔力を溜め込んだり、マナを魔力に変換と言った作用が起きる事から、そんな風に呼ばれているのだけど、その正体はよく解っていない。
エルフさんは、胸の真ん中と両肩あたりと両手両足……なんと魔力器官が7つもある。
もちろん、両手足のは副次的なもので、小さいものだから、総合的には人間の魔術師とそこまでの差はないのだけど、これだけあるとマナ変換効率は人間の倍以上になる。
結局、この魔力器官の数も才能のようなもので、総合的な魔力数値は本人がどれだけ努力したかにかかってくるのだけどね。
アージュさんの場合、魔力器官のある場所に魔石を埋め込み、それらを結ぶ紋様を身体に直接書き込むことで自分の体を魔法陣化することで、直接魔力器官自体を強化してるらしく、この辺が彼女のアホみたいな魔力容量に繋がってるんだけどね。
ランシアさんは、そこまでやっちゃいないけど、魔力器官がやたら数がある時点で、エルフさんの魔力ってのは、総じて高いレベルになる。
ドワーフは、鳩尾の辺りと腰の両脇辺りと両手……こっちも5つもあるから、ドワーフって脳筋に見えて、実は人間より魔術適正が高かったりする。
ちなみに、僕はかなり特殊で、身体側に一切の魔力器官がない代わりに、尻尾全部がまるごと魔力器官となっている。
身体に一切の魔力器官を持たないってのは、逆に珍しいんだけど……それが獣人にして、魔術を自在に使いこなす魔猫族の秘密でもあるんだ。
とにかく、単一の魔力器官としては、出力も魔力容量もやたらある上にマナ変換効率も高いから、実は今の僕ですら、一般的な人間の魔術師の軽く5倍位の魔力容量がある。
僕も最初の頃は、微妙だったけど、ランシアさんにイジメ倒され……じゃなくて、鍛えられていくうちにこんなになった。
あの地獄の特訓……意味がありました。
ランシア先生、さすがです! おかげで、魔猫族の本領ってもんに目覚めつつあります。
この魔力の塊みたいな尻尾の魔力を使って、無から有を生み出し、放つ放出系魔術。
そして、僕の独自魔術でもある筋肉増強魔術の組み合わせ。
はっきり言って、かなり強い。
もう誰も僕を守られ系の雑魚なんて、言えない理由のひとつなのだよ!
このアンナさんは……鳩尾の辺りと腰回りと両手の魔力が活性化してて、典型的なドワーフパターン。
しかも、魔力器官がえらい勢いで活性化してる……出力も大したもんだけど、これ絶対なんかやってるなぁ。
アンナ・オルスワッド……伯爵令嬢。
ロメオの上級貴族の一人。
学院での魔術評価はAAクラス……地味な雰囲気なのに、思いっきりトップエリート魔術師じゃないか!
と言うか、よく見ると、アンナさん、セルマちゃんに床の下経由で、ぐいぐい魔力送ってるのが解る。
あーこれかっ! セルマちゃん、地面からマナを吸収してるように見えて、この子がこっそり、セルマちゃんをバックアップしてたんだ。
いや、この膨大な魔力支援……こんなの、この子ひとりの量じゃない……よく見ると壁の向こうからも、魔力のラインが幾重にもアンナさんに伸びていってる。
うん、タネが解ったぞっ!
これ、壁の向こうで待機してる第一小隊、総掛かりでセルマちゃんをバックアップしてるんだ。
アンナさんも壁際でこそこそ、なんかやってたけど、多分壁叩いて、隊員に符丁でも送って、小隊総員でのバックアップ体制を構築……。
たった一人で二人相手に、やりあってるように見せかけて、実質、小隊全員10人がかりとか意外とやることがエグい。
魔術戦ってのは、端的に言ってしまえば、物量が物を言う世界……こんなもん、僕ですら、圧倒されるっての!
下手すりゃ、アージュさんあたりとも渡り合える……ソレくらいにはアホみたいな魔力注ぎ込んでる……。
相手の二人は、アンナさん達のバックアップに気付いてない辺り、このアンナさん、結構なやり手のようだった……こりゃ、思わぬ伏兵だったな。
恐らくこの第一小隊……多分、自分達は黒子に徹して、能力的には微妙なセルマちゃんを徹底的にアシストして、華を添える……そう言うチーム戦略なんだ。
普通、こんな魔力器官から溢れるほどの魔力集中かけて、それを無理に制御しようとすると、魔力暴走の危険があるんだけど。
多分、セルマちゃん……溢れた魔力を制御できる特質系能力の持ち主なんじゃないかな。
加護系って呼ばれる能力にも色々あるからなぁ……。
解りやすく言うと、バケツの下にビニール張って、ある程度ならバケツから溢れた分を回収できる……そんな仕組みかな?
地味そうな能力だけど、普通は溢れた魔力なんて、あっという間にマナへと戻ってしまうから、あんな風に魔力だけが周りに漂ってるってのは、そうそう見れるもんじゃない。
要するに、最大MPを超えてガンガン上乗せできる……そんな感じなんだ。
さすがに、そんな長時間維持できるとは思えないけど、そうする事で、膨大な魔力集中を受けても暴発させずに、制御できる……その長所をフルに生かした物量戦略。
そう考えると、かなり考えられてる。
ずっこい……と言いたいところだけど、打ち合わせもしないで、無言でここまでの連携をこなす事といい、総掛かりのバックアップを即座に実行する事といい、むしろ、そのチームワークと団結力を褒めてやりたいな。
そいや、北方山岳地域はドワーフもそれなりにいるのに、人間と妙に上手くやってると思ってたけど、公爵家も過去に政略結婚か何かでドワーフの血を取り込んだんだろうな。
おまけに、北方貴族連合はこの国の貴族達の中でも最大勢力であり、鉄の団結を誇る一大勢力でもある……。
公爵家が率先して、そんな事をやってるなら、他の貴族も習うのは当然の流れ……なるほど、北方ではドワーフが当たり前のように人族の社会に溶け込んでるって話を聞いてるけど、そうもなるわな。
北方の盟主シャッテルン家……やっぱ侮れないな。
うん、改めてご挨拶行かなきゃだねー! ついでに、温泉でしっぽり! こたつとみかんでヌックヌク!
向こうはもうすぐ、冬だって言うからね……こんなクソ暑いところにいると、寒いのが恋しくなる……。




