第四十五話「令嬢達の語らい(肉体言語)」①
「なるほど、公爵閣下も少しは興味持ってくれてるって事かな?」
「実現可能なのは解ったが、もう少し実現性がないと駄目だし、便利になるのは解るが、これがどれほど有用なのか見えてこないな……とか言ってましたね。父上は堅実な人なので、例えばその鉄道も動いてる実物を見せたり、何ができるのかとか、そう言う解りやすい方向で説得すれば或いは……。私なりの見解だと、兵員輸送に用いれば、有事の際の戦略機動が劇的な速さでの展開が可能となりますから、非常に有用だと思いますし、軽く流通革命くらい起きる……商人ギルドのセールストークそのままですから、この辺りは閣下にとっては、言わずもがな……だと思いますけど」
まったく、こっちが感心するくらいには、良く考えてるな。
実は、マルステラ公爵って他の二人と違って、商売人思考をしてなくて、僕としては一番相性の悪い相手だったのだ。
けど、彼女を通じて、公爵の考えやら、その攻略法が解れば、一気にやりやすくなる。
何より、この子……意外と理系の頭してる。
理路整然と考えて、きっちり考察して……実現可能性や有用性なんかもしっかり自分なりに考えてる。
セールストークをそのまま信じるんじゃなくて、自分で考えて、検証し、そのメリットやデメリットも理解した上で……これが出来るやつは意外といそうでいないんだよなぁ。
武人系のように見えて、実はかなり理知的。
何気にこう言うのって、参謀とかに向いてるんだよなぁ……。
その上、努力家タイプの文武両道のエリート。
イイじゃん、イイじゃん! 部下として、欲しい人材のテンプレって感じじゃないか!
思わず、彼女の手を両手で握りしめる。
「ありがとうっ! 凄く参考になったよ! これからもよろしくっ!」
「っ! 近いですっ! は、はっきりと言っときますけど、私は、当家の利益、打算に基づいて、この場にいるんですからね! あまり馴れ馴れしくしないでくださいっ! まったくもうっ!」
そう言って、手を振りほどかれると、プイッと顔を逸らされてしまう。
ありゃ、デレ引っ込んじゃった。
でも、このツンケンした態度とポロポロ出る純朴さ、理知的なところなんかは、実にポイント高い。
それによく見ると頬の赤さはそのまま……もしかして、照れてるのかな?
リスティスちゃん、良いぞっ!
と思ったら、横からセルマちゃんが割り込んで来て、そのでっかいお尻を使ってニコニコ笑顔でグイグイとリスティスちゃんを脇へと押しやっていく。
ラトリエちゃんがお説教してたんじゃ……と思ったら、アンナさんと何やら口論中。
なんだか、ギャースカ小声でやりあってるみたいだけど……セルマちゃんへの矛先を自分に向ける事に成功してるって思えば、むしろ、囮役を買って出たとかそんな感じ?
「あ、あのぉ……タカクラ閣下……私も握手……いいですかぁ?」
おずおずと言った感じで、セルマちゃんが手を差し出していた。
い、意外と……と言うかこの子、なにげにアグレッシブ。
さっきから、ホント容赦も遠慮もない。
リスティスちゃんもいきなりケツドンで追いやられたせいで、お冠気味で、ギンって感じで、睨み付けてるんだけど、怯む様子もない。
夜這いの件ですっかり、忘れてたけど、そういやちゃんと挨拶してなかったな。
「ははは、セルマちゃんも……改めて、よろしく」
そう言って手を握ると、ニコッといい笑顔で笑うので、空いた右手で頭をポンポンとしてやると嬉しそうに目を細める。
この人懐っこさがこの子の魅力だなぁ……子犬系?
まぁ、この子も若干、暴走癖があるのかもしれないけど、裏表のない子だってのは解ってきた。
大貴族の箱入り娘にしては、傲慢さなんかもこれっぽちもないってのもイイ。
「セルマイルッ! アンタいきなり、人を尻で押しのけるとか、なにしてくれてるのよっ! タカクラ閣下と、まだお話中だったのに……つか、聞いてるのっ!」
ガン無視されてたリスティスちゃんがキレたみたいで、セルマちゃんの肩を掴む。
けど、無言でセルマちゃんは、その手を振り払うと、そのままその手を掴んで、さらにもう片方の手で、リスティスちゃんのもう一方の手を掴むと、ガッツリ四つに組み合った状態に持ち込む。
「ウフフ、コレってぇ……高倉閣下と陛下へのアピールタイムじゃないんですかぁ? そんなんで、遠慮なんてする訳ないじゃないですか。では、続きまして、私の密かな自慢……力自慢をアピールしますねっ!」
「な、なに言ってんの? いきなり、横から割り込んで来て! そんなの普通に、マナー違反でしょっ! それに力自慢って……貴女が私に敵うとでも思ってるの?」
「そ、そうですよ、セルマちゃん……私達は確かにライバル同士ですけど、一応、暗黙のルールと言うものが……さっきも言いましたけど、せめて他人のアピール妨害はやめましょうよ!」
まんまとデコイに引っかかってたラトリエちゃんも戻ってきて、抗議し始める。
「二人共、お船に鉄道? なんだか話が難しくて、訳わかんないでーす! と言うか、リスティスさん、割と見掛け倒しで非力なんですね。騎士志望じゃなかったんですかぁ? 学院では、何もかもが平凡な凡才……「平凡姫」なんて陰口叩かれてた私に軽く力負けとか、ちょっとみっともないですよねー?」
にこやかにそう言いながら、セルマちゃん、軽々と言った様子でリスティスちゃんを押し込んでいく。
「いやいやいや、なんで、子供の頃から身体鍛えてる私より、そんな細腕でちっちゃいアンタの方がチカラあるのよっ! ぐぬぬーっ! うそっ! ビクともしないって……」
「か、加勢しますよ! 体力判定Dのわたくし、腕力勝負ならこの三人で最弱の自信ありますけど、アピールするなら、リスティスさんに加勢するのが、ポイント高いと判断しました! 勝てれば、勝敗を見抜く判断力を評価……負けても義に厚い子だって評価される……どう転んでも悪くないですからね。何より、セルマさん、貴女、さっきもわたくしと閣下のお話の途中なのに割り込んで……わたくしもちょっと怒ってるんですからね!! 出る杭は打たれる! リョウスケ様語録のお言葉の意味、思い知らせてさしあげますわっ!」
そう言って、ラトリエちゃんがリスティスちゃんの後ろに回り込んで、背中合わせになって、壁を足を付いて踏ん張りながら、その背中を支える。
なんとも可愛いらしい加勢だけど、打算づくしとか、なんかあざといなぁ……。
と言うかラトリエちゃん、体力判定Dって……学院から送られてた評価資料には、学力とか魔術はAが並んでるのに、体力Dに始まり、運動系は全滅と言うものすごい極端な評価を受けてる。
どうも徹底したインドア派らしい……アージュさんに通じるモノがあるね。
「……こ、こんな嬉しくない加勢初めてよ……。でも、これなら少しは余力が……! 悪いけど、セルマイル! 貴女がシャッテルンの娘として、この私に挑戦するって事なら、私もマルステラ家の者として、簡単に負けてやるつもりはないっ! ここは容赦なく、勝たせてもらうわ! 強化魔術発動っ! 『剛力』!」
「あら、ここで迷わず、強化魔法ですか……実に良いですねっ! では、わたくしも! 『魔術増強』! 助太刀いたしますわっ! リスティスさん、ナイス判断! むしろ、こっちならわたくし、本領発揮なのですわーっ!」
こらこら、二人がかりで、マジになって、一人相手ってのもどうかと思うよ?
しかも、仮にも三人とも貴族令嬢だってのに、パワーとパワーの肉体言語ってそれ、どうなの?
リスティスちゃん、素での力比べの不利を悟るなり、迷わず強化魔法でパワーアップ……。
しかも、魔力器官の励起魔力も結構なレベル、これ子供の頃から魔力器官鍛えまくってたとか、そんな感じだな……人族にしては、かなり強力な部類に入ると思うよ。
パーラムさんの言ってた枯渇寸止めヌル方式じゃなくて、僕同様のぶっ倒れるまで魔力器官を酷使するハード式で鍛えたっぽいぞ……なんだか、その苦労が解りすぎる。
学院の評価だと……リスティスちゃん、魔術評価AAAとかトップクラスの評価付いてるな。
本職魔術師じゃないのに、この評価はスゴい……比率にして上位1%以内の優秀者に付くのが、このAAAと言う評価……つまり、百人に一人レベルって事だ。
天才剣士とかそんな風にも言われてるらしいけど、多分、この子は愚直に努力を重ねた努力家タイプだと思う。
純粋に幼い頃から努力を重ね続けたってそんな感じが伺える。
率直に言って、尊敬に値する!
ラトリエちゃんも、強化魔法の効果倍増の支援魔術で助太刀……。
『魔術増強』って、シンプルに、他者の魔法の効果を増強させるって、支援魔術なんだけど、支援を受ける側は、自前の強化に更に上乗せってなるから、結構強い。
もっとも、『魔術増強』って、自分には使えないって欠点があるから、あんまり使い手がいない玄人好みの魔術だってランシアさんも言ってたけど、そんなのを迷わず使ってる辺り、支援系魔術師……それも割と玄人系なんだな。
なんとなく、アージュさんやランシアさんと共通する匂いがする……あの人達って、正面火力よりも搦め手で、外堀を埋めるように追い込んでくるから、タチが悪いんだよなぁ……。
なんて言うか、気がついたら選択肢がなくなって詰んでるってそんな感じ。
実際、僕は二人相手の魔術戦だと、全く勝負にならない……。
一方、セルマちゃんは二人よりあきらかに小柄なんだけど……。
二人がかり相手にも関わらず、ジリジリと押してってる……なんかシュールだ。
「バカな……ありえないっ! なんなの、この馬鹿力っ! こっちも強化魔法使ってるのに、それでも押し負けるなんて! 今の私なら、大人と力比べやって余裕で勝てるはず! それなのにっ!」
「『剛力』に『魔術増強』重ねがけなんて、子供でも片手で大岩転がせるくらいになるはずなんですけどね。解りました! これ、特質系ナチュラルエンチャンター。マナを直に吸収して、魔力に変換し、魔力を纏ってパワー強化するタイプの強化魔法ですよ。むしろ、亜人や獣人系の能力……シャッテルンの家の者なら不思議ではありませんが……。何より、この魔力量……どうなってるんでしょう。尋常な魔力じゃないですよ!」
特質系ナチュラルエンチャンター。
要するに、マナをダイレクトに魔力に変換することで、息をするように魔力による身体強化や様々な魔術を使いこなす連中のことを指す。
ドワーフとかエルフなんかが代表例で、ドワーフだと気合い入れるだけで「剛力」とか発動できるし、デフォルトで「耐火」の加護がかかってるから、火達磨になってもケロッとしてたりする。
エルフなんかだと、そもそも「魔術抵抗」が常時発動してるから、魔術自体が効きにくいとか、色々インチキ臭い特性を持ってる。
その上、両種族とも魔力器官を多く備えてるから、マナの変換効率がやたらと高いと言う特性もある。
あの連中が魔術適正において、人間以上と言われる由縁だ。
むしろ、純粋な人族の欠点がこれで、人族の魔術師って、魔力容量や最大出力なんかは悪くないんだけど、自然環境に偏在するマナを取り込み、魔力へ変換する効率があまり良くないのだよ。
要は、魔力の回復に時間がかかる……魔力を使い切って虚脱まで行ってしまうと、軽く三日くらいは戦線離脱ってなるんだとか。
そりゃ確かに、寸止めが推奨されるわな。
その代わり、魔力器官の成長率が著しく高く、エルフやドワーフに比べると短時間で高いレベルにまで成長し、ある程度まで上がると横ばいになって、じわじわと上がっていく感じになる。
要するに、早熟タイプって訳だ。
それに、人族ってのは色んな種族の特性を吸収したり、突然変異みたいな感じで、チートじみたのがひょっこり生まれてくると言う種族特性みたいなのがある。
そう言う突然変異みたいな特殊な魔術を使えるのを特質系と呼んでる訳なのだよ。
獣人なんかは、基本的に魔術は使えないのだけど、このナチュラルエンチャントを無意識に使うことで、やたらとパワフルだったりする……身近な例だと、キリカさんなんかはこれがあるから、やったらとハイパワー。
僕の『鋼の如く我が豪腕』も原理的には同じだから、その辺は詳しいぞ。
あれの強みって、魔力を物質化させ、疑似筋肉と言うべきものを作り出し、筋肉そのものを増強することでハイパワーと高い防御力を実現してるのだけど、とにかく省燃費で、持続力が高いって利点があるのだ……おまけに自前の身体だから、レスポンスも良好、まさに筋肉最強っ!
実は、身体もムキムキにせずとも、それなりのパワーも出せるんだけど……セルマちゃんが使ってるのも多分似たような奴だ……。
魔猫の眼で魔力の展開状況を見る限りだと、魔力自体を全身に纏って、腕力や脚力を大幅強化するパワードスーツみたいな使い方をしてるっぽいな……と言うか、僕のヤツみたいに魔力を物質化してないから、パワー効率はそこまで高くないと思うけど、セルマちゃんが腹筋バキバキとかちょっとヤダから、これでいいんだろうな。
ちなみに、僕の扱う魔術は、マナから物質を作り出す、ナチュラルクリエイターとか呼ばれる、やっぱり特質系のかなり特殊な魔術なんだとか……。
なんだか、すっかり解説役っぽいけど……。
以前は魔術戦なんて、何やってるか全然解かんなかったけど、魔力を見通せるようになって、魔術知識を色々叩き込まれた今の僕なら、解説役だって、ラクラクなんだぜ?
そんな訳で、突如始まった三大貴族令嬢達による魔術戦の解説、この高倉健太郎が行わせていただきます!




