第四十四話「三大貴族令嬢達の対決!」⑤
なんと言うか……二人しての故郷営業トークが炸裂中。
どっちも売り込み上手いなー! 僕もすっかり行きたくなってて、スケジュールをどうやって調整するかとか、考えてたよ……。
でも、なんか二人の間でバチバチ火花が飛び交ってる……。
考えてみれば、どっちも商人系貴族……あっちこっちで商売敵になったりで、激突してそう。
完全にどっちもお互いライバル認識してるって感じ……仲良くしてねー。
まぁ、アレだよね。
上司に初めて会うなら、最初から全力で媚びを売るくらいで丁度いいと思う。
リスティスちゃんもようやっと、この二人が売り込みバトルをやってる事に気付いたらしく、ちょっと気まずそうな感じでこっち見てる。
こりゃ、フォローしてやらないとなぁ……。
マルステラ公爵家はこの二人と違って、思いっ切り軍人系だし。
明らかに、このノリに付いて行けてない……なんだけど、このまま、この子だけをハブる訳にも行かない。
つか、きっちり攻略して、三人まとめて嫁にもらう。
もしくは、全員まとめて諦めてもらう。
このオールオアナッシング! それが僕の取るべき道なのだよ。
とりあえず、二人が肩とお尻でドンドンと押し合いへし合いの末、無言でにらみ合いを始めたので、その前からスルッと抜け出る。
「ああ、すっかり忘れてたよ。リスティス君、君とはこれやってなかったね! いやぁ、改めてよろしく!」
リスティスちゃんの目の前に回って、スッと左手を差し出すと、一瞬あっけにとられたような顔をされる。
けど、ぎこちない感じで、もじもじと照れくさそうに手を握り返してくれる。
その上で、やっぱりぎこちない感じながらも笑顔、ひとつ。
「よ、よろしく……お願い……します」
まぁ、政略結婚って事で送り込まれてきたんだから、本人にとっては色々不本意なのかもしれない。
親衛隊に志願した件も、本人としては、近衛騎士団志望だったのを無理やり諦めさせられたのかもしれないし……そこら辺は、汲んであげるべきだろう。
色々、無理して作った笑顔なのはもろ解りだけど、少しでも歩み寄りの姿勢を見せてくれたなら、それは買ってやらないとだね。
最初から打ち解けられるなんて思ってないけど、この子とだってちゃんと仲良くしないといけない……。
僕には、選択の余地なんて無いとは言え、彼女達にとって、僕は誰よりも信頼できる理解者にならないといけないのだ。
ちらっとクロイエ様の方を見ると、満足げな様子で頷いてる。
うんうん、解っておりますよ……以心伝心、主君の考えくらい、もはや何も言われずとも解りますから。
僕があのまま二人の営業トークを黙って聞いてるようだったら、リスティスちゃんに声掛けするなり、なにかフォローを考えてたっぽい。
要するに、この三人を味方に付けられれば、自動的に三大貴族も味方になってくれるってのは、明白なんだ。
そうなれば、僕自身、ひいてはクロイエ様の政治基盤も盤石のものとなる……クロイエ様もそこはよく解っているのだ。
とにかく、もう三人平等に扱い、全員と仲良くして、全員嫁として迎え入れる……そうしろと言うことなのだ。
まぁ、言葉を交わさずとも、クロイエ陛下の考えは大体わかった。
セルマイル嬢一人だけだったら、間違いなく反対だっただろうけど、三人纏めて平等にって事なら、それはまさに理想的な展開と言える。
ロメオ最大の貴族、三大貴族と何らかの形で深い結びつきが欲しいってのは、こっちも一緒なのだ。
さすがに、クロイエ陛下だけでは、こうはいかなかっただろうけど、僕なら別に嫁さんがいっぱいになっても問題ない。
有力貴族なんかで、嫁さん一人って方が少数派だったりするし、むしろ、嫁さんが多ければ多いほど、そして、格式高い家の者が増えれば増えるほど、タカクラ家自体の格が上がる事になり、最上位ナンバーの嫁さんともなると、女性社会でも問答無用の心からの敬意を捧げられることとなる。
クロイエ様も若い女性層からは支持を受けてるんだけど、女性当主とか女商人とかと言った年配層からの支持に関しては、いまいちだったりするのだ。
その辺は、割と現実的なので、若い年端も行かない小娘が女王陛下とかホントに大丈夫なのか? ってのが本音なので、表向きは忠義を誓うと言っておきながら、実際は何を考えているか解ったものではないのだ。
けれど、クロイエ様が一夫多妻の家のトップナンバーで、その下に名門中の名門三大貴族の妻が入るとなれば、話は別だ。
貴族の女性社会では、問答無用でそりゃ凄いっ! って評価となるのだ。
つまり、これはギャルゲーなんかでありがちなハーレムシチェーションながらも、政治に他ならないのだ。
僕は、別に好き好んでハーレムみたいなコトやってる訳じゃないんだよ。
これは、政治。
高度な政治的判断に基づき、国内の安定化、僕自身の政治基盤の確立のために避けては通れないのだよ。
もっとも、意中の一人だけ攻略とかじゃなく、全員まとめて攻略、バットエンドは許されない……なんともハードなクリア条件なんだが、やるしかねぇだろ!
「リスティスくん、どこに行っても挨拶は基本、大事な事じゃないかな。まぁ、今後ともよろしくってやつだ! 老婆心ながら、君は、ちょっと肩の力を抜いたほうが良いかな? 言いたいことは解るね?」
そう言いながら、ポンと肩に手を置く。
「はっ! あの……えっと、その……先程は……申し訳、ありませんでした……」
色々反省でもしたのか、うつむき加減で小さく謝罪しつつ、肩に載せた僕の手を軽く指先で握って来る。
嫌がってると言うより、照れ隠しかな? これ。
剣ダコの出来た武張った指先……けど、これは毎日欠かさず、鍛錬を繰り返した努力家の手だ。
僕の指にも同じ素振りダコが出来てるのに気付いたらしく、意外そうな様子で、顔を上げると僕の指先を撫で回してくれる。
そうなんだよなぁ……僕も少しでも強くなりたいって一心で、寝る前に棒切れ持って、素振りくらいはやってるんだよ。
そんな仕草を見つめていたら、目が合って、頬を赤く染められる。
おお、少しはデレた? 確かに普段ツンツンで、たまにこんな調子だと、砂漠のオアシスみたいでグッと来るね。
なるほど、これがツンデレのよさか……悪くないじゃん!
「……剣の素振りなんて毎日やってると、指がカチカチになるんだよね……。まぁ、軽い運動程度の感覚でやってるだけだから、君には遠く及ばないんだけどね」
「す、すみません……。女性らしからぬ手先だとよく言われます……」
「いや、それは努力家の指先だ。むしろ、誇るべきだと思う」
そう言って、微笑むと、パッと手を離されて、目線を逸らされる。
けど、ラトリエちゃんを見習ったのか、腰の前で両手を揃えて、深々と頭を下げられる。
「私は……閣下のことを少し誤解していたかもしれません……改めて、謝罪いたします」
そう言って、顔を上げると微笑んでくれる。
さっきと違って、無理に作ったって感じがしない……自然な笑顔。
声のケンも取れたし、ツンケンしてた表情が少し和らいだのが解る……。
年相応の可愛らしさってのが、伺える……いいな、こう言うの。
「気にしなくていいよ。他人を理解するってのは難しいんだ。ましてや僕らは男と女だ。会ってすぐに、簡単に理解し合えるとは、僕も思ってないよ。あ、そうそう……公爵閣下から、国営鉄道の話とか聞いてる?」
「鉄道……? そ、そうですね……。荷馬車なんて比較にならない、高速大量輸送手段……蒸気の圧力を使った蒸気機関を動力とする車両で鉄の道を走る……でしたよね? 以前、父上から実現可能かどうか聞かれ、学院の仲間達と研究課題として、研究したので覚えてます」
鉄道網の整備については、パーラムさんやヨームさんに相談して、商人ギルドとしては、全面的に乗っていきたい……そんな風に回答をもらってたからねぇ。
なるほど、この様子だとかなり早い段階で、マルステラ公爵にも話が行って、向こうは向こうで技術検証してた……そう言うことか。
「あ、そうなんだ……まぁ、ドワーフの技術者からは、金に糸目付けなけりゃ、余裕で作れるって回答だったよ」
ちなみに、蒸気機関車の設計図は日本から取り寄せた。
さすがにデゴイチみたいな化け物は、日本でも半ばロストテクノロジー化してて無茶だったんだけど、五、六年ほど前に新規製造されたって言うテーマパーク向けの6tクラスのミニ蒸気機関車の設計図を回してもらって、ドワーフ達に見てもらった。
連中たちまち機構を理解して、これなら十分行ける! って回答をもらってる。
なんでも連中もブンちゃんズを見て、蒸気自動車みたいなのを作ったのは良いものの、デカく重くなりすぎたせいで、地面に車輪がめり込んでしまい、かと言って小型軽量化したら、ボイラーが吹っ飛んでおしまい……そんな調子だったらしい。
次の段階として、多少車重が重くても問題にしない無限軌道の機構を真似しようとしてたんだけど、機構自体は真似できたんだけど、耐久性に問題があって、技術的な壁にぶち当たってたらしい。
確かに、無限軌道の技術って原型自体は割と早い段階、十八世紀くらいには出てきてたんだけど、そこから実用レベルの物として完成するまでは、軽く百年くらいは必要だったらしい……それくらいは試行錯誤しないと、難しい技術ではあるのだ。
なにより、現代でも、重量級無限軌道車両なんてものは、長距離を長々と走れるものじゃない。
戦車や重機なんかも長距離を動かす時は、専用の大型キャリアに乗せて運ぶのが一般的だ。
そこで、この鉄道と言う発想が生きてくる。
無理に地面の上を走らせるのではなく、頑丈な鉄のレールの道を作って、その上を走らせるってのは、発想自体がちょっとなかったってドランさん達もしきりに感心してたけど、鉄道ってのはそれがミソなんだよな。
「はい、私達も蒸気機関の存在は知ってましたし、人族独自の技術で実用化にもこぎつけているんですが、そんな使い方が……って思いましたね。机上での検証結果は仰る通り、ドワーフが北方鉱山などで使ってる採掘用蒸気機関を応用すれば、十分可能。鉄の道を敷かないといけないって話だったので、予算は相応にかかるとは思いますが、費用対効果で考えると、十分元は取れるかと。もっとも人族のみの技術だと、ちょっと厳しいので、ドワーフ族の協力が不可欠なのですが……」
そう言って、ちらりとセルマちゃんの方へ視線を送る。
ちなみに、二人は隅っこの方で、ラトリエちゃんがセルマちゃんになんかお説教みたいなのを始めてて、アンナさんがまぁまぁって感じで間に入って仲裁してる……。
なるほど、リスティスちゃんは、暗にシャッテルン公爵との協力が必要って言いたいみたい。
確かに、ロメオのドワーフの住処でもある北方山岳地帯は思いっきりシャッテルン公爵の縄張りだし……。
ドランさん達も、ロメオ北方のドワーフ氏族は、世界最高の製鉄技術と機械技術を持つ先進エンジニア集団だって話をしてた。
つまり、二大公爵が手を組むなら、一気にこの国内鉄道網の話も現実味を帯びてくる……。
リスティスちゃんは、有用性も理解した上で、僕に助言してくれているのだ。
うーん、この子……15歳とは思えないくらい、頭も回るし、気も使える。
ちょっと、ツンケンしてるものの、ツンデレって思えば、全然イイッ!




