第五話「キリカさんの異世界講座、はっじまるーよー!」④
「えっと、そっちの君はミミちゃんだっけ?」
僕とモモちゃんのやり取りを、緊張した面持ちでみつめていた、もうひとりのチビ猫耳ガール。
さっきも自分より大きなキリカさん相手に、果敢に取っ組み合いを挑んでいったくらいには勇敢。
自らの危険も顧みず、モモちゃんを助けに戻って来るとか、その気質は買ってあげるべきだろう。
「そうだよ……ボクはミミ。モモを泣かせるような奴は許さないよっ! でも、二人はボクらの同族なの? それにしてはなんか、おっきくない? ボクらこう見えても大人だから、これ以上大きくなんて、ならないんだけど……」
「ど、同族なのかな? 良く解らないけど、お互いネコミミ同士だし、仲良くしようじゃないか!」
子供だとばかり思ってたら、まさかの大人宣言……。
ネコミミ族って、ミミとモモくらいで、ちっこいのが普通なのかな?
そうなると、テンチョーや僕は……なんなんだろ?
「そ、そうだね……。うん、同族って事ならキリカみたいに、いきなり襲いかかってきたりしないだろうし……。モモの事もアイツから守ってくれてたよね。ありがとう! まったく、犬耳共はなんでこうも、どいつもこいつも乱暴なんだろうね」
「あ? いつも寝とるばっかの怠けモンのクソネコ共に、言われとうないで? もう一発かまさんとわからんか?」
……立ち上がって、拳をゴキゴキと鳴らすキリカさん。
対するように、ミミも拳法の構えみたいなので、受けて立つ構え。
なんでこうも、揃いも揃って、バイオレンスな方向に走るのかねー。
「まぁまぁ……キリカさん、一応仲間なんだし暴力はやめようっ! なっ!」
「マ、マスターがそう言うなら……。しゃ、しゃあない、今回は堪忍しといたるわ!」
「な、なんだよっ! 怖気づいたのか! こんにゃろーっ!」
「ンダコラァッ! なんなら、この場で決着付けるか? ああん?」
売り言葉に買い言葉……なんとも一触即発の様相を呈してくる。
「えっと……その……二人共ね、仲良く、仲良くだねー」
ちょっと強めに笑顔で言ってみる。
笑顔で静かにキレる男……なかなか、迫力あると言われたもんだ。
僕の静かな怒りに勘付いたのか、キリカさんも困ったように頭をボリボリと掻きながら、ミミの方をちらっと見ると、ミミちゃんも、ちょっと考えるような素振りを見せて、構えを解く。
もう一度、キリカさんへと視線を移すとニコリと微笑んで見せる。
スマイルは接客業の基本スキルだよ? フーフーフ、フフッ!
「ん、その……なんや……。ミミもモモも、さっきは手荒に扱って悪かったな。せやな、うちとお前らは一応、これから一緒に仕事する仲間やからな……。仲良うしよう……よろしゅうなっ!」
そう言って、ペコリとミミに向かって頭を下げると、すっと手を差し出すキリカさん。
なんと言うか……素直に間違いを認めて、謝れるような奴に悪いやつはいないって、僕は思うんだ。
キリカさん、乱暴だけど、根はええ子や……奴隷とか抜きにして、うん……いい子だね。
差し出された手を邪険にするわけにはいかなかったんだろう。
ミミもおずおずとその手を取るとギュッと握りしめる。
「ボクの方こそ……。キリカ達ウォルフ族の勇気と強さは、ボク達だって良く知ってるよ。それに、時々お腹を空かせた仲間達に食べ物を恵んでくれたりしてたよね? ……ホントはちょっと尊敬してた。悪く言って、ごめんね」
キリカさん、持ち上げられて、なんか気まずくなったのか、そっぽを向いて誤魔化してる。
もしかして、ツンデレの素質あり?
それにしても、お腹を空かせたミャウ族の子達に、食べ物を恵んであげたりとか……やっぱ、ええ子や。
「まぁ、とにかく、喧嘩はしないで、皆仲良くやって欲しいな。ねっ!」
「そうだね……解ったよ! でも、あのキリカがおとなしく言うこと聞くなんて……凄いよっ! マスター! なんか、モモもすぐ懐いたみたいだし、とっても美味しいご飯を食べさせてくれたし、そう言う事なら、ボクも頑張ってお手伝いするよっ! マスターさん、よろしくねっ!」
うん、生意気っぽかったけど、ミミも根は良いコみたいだ。
ボクっ娘なのもポイント高いね。
君も、正式採用決定だ!
でも、この子達……これで大人なのか。
まさに、合法ロリ……? いや、違うっ! 一人前の従業員として扱っても、支障はないってことであってだなーっ!
「えへへへ……皆、お揃いネコ耳だねっ! えいっ! なっかまーっ!」
テンチョーが待ってましたとばかりに、ミミとモモを、まとめて抱きしめると、そのほっぺたをペロペロと舐める。
「うひゃあっ! くすぐったい! ……お返しっ!」
「わっ! わっ! さっきはありがとうございました! えいっ!」
お返しなのか、ミミとモモもテンチョーに頬すりすると、ペロペロと舐める……。
なんと言うか……尊い光景だった。
合法ロリとか不健全な単語を真っ先に思い浮かんだ自分、爆発しろっ!
もしかして、僕も同族相手なら、女の子のほっぺをペロペロしていいのかな?
猫同士の挨拶って、お互いペロペロするってのが、基本みたいだし、ネコ耳同士ならペロペロしても許される?
ここは……男だったら、どーんとっ! いや、ペロッと……!
「うちは、誇りあるウォルフ族の族長の娘なんやでー! ウチらの一族は、この森に昔から住んでて、神狼フェンラルドを祖とする由緒正しい種族なんや! まぁ、うちのことはさっき色々説明したし、ミミモモは顔見知りやし、これでええやろ?」
危険な妄想で、危うくそれを実行しかけていた僕を、キリカさんの言葉が現実に引き戻した。
危うし危うし……ロリっ子ペロペロとか、許されるかもしれないけど、絵面的には完全にアウトだ。
セフセフ……! セーフです!
それにしても、キリカさん……犬娘かと思ってたら、狼娘だったんだ。
どおりで好戦的な訳だ……。
神狼って……あれかな、フェンリルとか、スコルとハティみたいなヤツかな?
さすが、SRだ!
そして、三人の視線がテンチョーに集まる。
「私? 私はテンチョーだよ! このコンビニの店長さんなのだっ! ご主人様とはペットと飼い主様の関係だにゃ! 私が子猫のときからずーっと、ずーっと一緒にいたんだにゃー!」
まぁ、間違っちゃいないよね……でも、店長って……そうだったの?
確かに、ストコンには名誉店長とか言って、従業員登録したりしてたけどな。
名前も猫店長ってお客さんが呼んでて、それが僕も含めて、定着したってだけなんだよな……。
もしかして、その神様だかなんだかは、テンチョーをこのコンビニの店長として認識しちゃったのではあるまいか?
そうなると、僕ってなんなんだろ? 店長とオーナーでは、オーナーの方が偉いはずんだけど。
神様がそんな常識とか解ってるのだろうか?
……いや、絶対わかってない。
僕の立場は……多分、テンチョーのおまけとかそんなのだ。
まぁ、そうなってるなら、それはそれで仕方がない……。
そう言うことで良いんじゃないかな。
「人間万事塞翁が馬」って言葉もある。
これは、運命というものは、表面的な損得では計り知れないものだから、目先の禍福で一喜一憂するものではない……そんな戒めの意味を込めた言葉だ。
例えば、大怪我をして、海外旅行を延期したら、乗るはずだった飛行機が墜落した。
大金を拾ってネコババしたら、犯罪に巻き込まれて、命を落とした。
前者は大怪我という不幸にあったけれど、結果的にそれが命拾いにつながった。
後者は、大金を拾うという幸運の代償として、命を落としてしまった。
これは、極端なケースだけど……禍が、結果的に幸運に働いたり、逆に幸運が不幸を呼び込むような事、こう言うのって、世の中ままあることだと思う。
ギャンブルに大勝して、調子乗って豪遊して、スッテンテンになるとかね。
運命ってのは、得てしてそう言うもので、回り回って、どこかでプラマイゼロになるものなのだ。
僕もこれまで過ごしてきた人生経験で、その言葉には頷けるものがあると感じていた。
だからこそ、良しにつけ、悪しきにつけ、あるがままを受け入れる。
まずはそこから……意外と皆、解っちゃいない世の真理。
だから、僕は今のこの状況を受け入れる。
そして、そこで出来る最善を希求する……それで良いんだと思う。
新しい世界……新しい土地で、新しい仲間と……。
テンチョーと言う家族もいるんだから……目的は、皆で幸せになろう!
そんなでもいいんじゃないかな?
色々物騒な世界みたいだけど……世界を救うとかそんな大それた事なんかしないでいい。
手に届く……知り合った色んな人達と仲良くして、幸せの輪を広げていく……。
うん、悪くない展望だよな……。




