第四十三話「出撃! 親衛第一小隊!」③
セルマちゃんを見送ると……ようやっと部屋は静かになる。
なんと言うか、嵐のようだった。
とりあえず、僕も、この日のために用意していた親衛隊長の正装に着替えて、日課とも言える店の様子を見に行くことにした。
なんだかんだで、今や一国一城の主……大出世って感じだけど、この世界における僕のスタートラインはこのコンビニだし、ここのオーナーって立場には変わりない。
だからこそ、僕は何があっても、このコンビニを続けるつもりだった。
「高倉オーナーじゃないですか! おはようございますっ! 正装なんかしてる様子からして、今日は例の親衛隊の初公務ってとこですかね」
手慣れた感じで、お弁当の品出しをしてたバイトリーダーのサトルくんが気軽そうに声をかけてきた。
今日も我がコンビニは、朝から大繁盛のようだった。
そう結局、サトルくんはうちで働いてもらうことになったんだ。
なにげに、彼……学生時代は、コンビニバイトで生計を立てていたとかで、コンビニの仕事に深い理解があったんだ。
試しにコンビニの仕事やらせたら、往年の和歌子さん顔負けの働きぶりで、こりゃ使えるってんで、名札に星3つのバイトリーダーの称号を与えたら、ものすごーくやる気になって、あっという間に店長代理くらいの仕事をしてくれるようになった。
一人だと迷走しがちなんだけど、誰かに使われたり、頼られる事で、その能力を発揮する。
どうも、サトルくんはそう言うタイプだったらしい。
体力も超人的だし、なんと言ってもこのイケメンフェイス。
女子ウケもとっても良くって、サトルくんを店に出すと女性客が露骨に増えるくらいだった。
イケメンでかつ仕事も出来る……地味に、こいつも完璧超人だった。
さすが、女神の使徒様だねぇ……。
もっとも、キリッとしてるのは昼の間の仕事中だけで、夜になると打ち上げと称して、ビールかっくらって酔っ払ってるのが常なんだがね。
毎回、僕に飲み比べを挑んでくるんだけど、連戦連敗を喫してる。
と言うか、元々アルコールにそんなに強くないみたいなんだよね。
でも、酒は大好き、酒グセ微妙によろしくないけど、普段は真面目でイケメンだから、女性陣に下ネタかましたり、軽いボディタッチのセクハラも、ギャップ萌えつって、多目に見られてるらしい。
意外とムッツリって評判……なんだけど、それがいいなんて、言われて普通に受け入れてもらってるんだから、イケメンってのは……以下略。
なんと言うか……人間味あふれる話だった。
完璧超人なようで、このどこか残念っぷり……とても嫌いにはなれそうもなかった。
「おつかれ! そうか、今日は朝からサトルくんが店長代理で入ってくれてたんだっけ。テンチョーは?」
「テンチョーさん、今日はオフの日なんで、お気に入りの場所で日向ぼっこするとか言って、朝からでかけちゃいました。まぁ、何かあっても自分がなんとかするんで、オーナーやテンチョーさんのお手をわずらわせるような事はありえません。安心して、公務に邁進してください……と言うか、それ! なんかマジ、カッコいいすね!」
まぁ、サトルくんの戦闘モードとか、あれ……どこぞの変身ヒーローみたいだったからねぇ。
この親衛隊長服のセンスも、どストライク……なんだろう。
ちなみに、蘇芳色と呼ばれる暗めの赤の派手な制服で肩にショルダーガードが付いてたり、なんと言うか悪役っぽい感じがしないでもない。
「まったく、すっかり頼もしいね。じゃあ、店のことは任せたから、よろしく頼むよ。レインちゃんも、サトルくん……仕事中にたまに景気づけとか言って、一杯やってたりするから、あんまり飲ませちゃ駄目だよ?」
「あ、ハイ……。なんて言うか、そんなカッコいい制服着てると、なんだかホントに偉い人に見えますね……その、ちょっと……カッコいいです」
サトルくんの品出しを手伝いながら、なんか、ボンヤリしながら見てるなぁと思ったら、僕に見惚れてたっぽい。
最後の方は、小声だったけど……褒めてくれるようになっただけ進歩だよな。
ちなみに、この子はテンチョーに一晩預けたら、何があったのか良く解らないけど、すっかり従順になって、「今後はテンチョー様の下僕として、誠心誠意お仕えさせていただきます」とか言い出して、僕らの仲間入りを果たしてしまった。
根は、割とイイ子で、暴走さえしなきゃ問題児ってほどでもない。
イザリオ司教達からも、保護観察処分って事で、目につく所で大人しくしてるなら、諸々水に流して、大目に見るって言質はもらってる……。
実際問題、イザリオ司教達もこの子にまとめて、ぶっ飛ばされて逃げられてるから、あまり強くも出れないみたいだった。
サトルくん共々コンビニバイト店員として、仕事してもらってるし、治癒術士としての腕前や医療知識は超一級なので、コンビニ村のお医者様、みたいな感じで、急病人や怪我人が出たら、真っ先に動いてもらってる。
他の子達とも仲良くやってるみたいだし、コンビニの常連客からも評判も良くて、何も言うことはないって感じだった。
もっとも、ズロースは卒業して、日本製パンツを愛用するようになったらしい。
なんで知ってるかって?
……キリカさんとかすでに愛用してた女性陣に勧められて、履き心地の良さに感動したとかで、もう同じ手は食いませんからねー! とか言って、目の前でスカートたくし上げーしつつ、ガッツリ見せてくれたから。
だからさ、おパンツは嬉々として見せちゃ駄目だと思うんだ。
やっぱ、レインちゃん、ぽんこつ。
「こう見えて、僕は偉い人なんだよ? まぁ、サトルくんも仕事中に飲むなとは言わないけど、ほどほどにするようにっ!」
「す、すんません……。あちゃあ、やっぱバレてたのかー! ええ、ほどほどにします、ほどほどに! はいーっ!」
……まぁ、こう言うやつなんだよなぁ。
もうすっかり、レインちゃんも仲間って感じだし……雨降って地固まった。
そんな感じだった。
「タ、タカクラ親衛隊長殿! 第一小隊セルマイル隊、総員十名、全員出頭いたしましたぁー!」
コンビニを出ると、セルマちゃんと愉快な仲間達って感じで、おそろいの赤基調のメイド服を着た同じくらいの年の若い女の子たちがずらりと整列して、待ち構えてた。
おそろいの白いベレー帽もキマってて、なんともド派手な集団だった。
セルマちゃんのメイド服は、真紅と白のド派手なカラーリングで金色の縁取りとか入ってるのに、他の子はくすんだ朱色みたいなカラーと白のツートンで、若干地味なデザインで統一されている。
これは隊長は、この一際派手な人って解りやすくしてるのかなぁ……そこら辺もお任せにしちゃったから、なんとも言えないんだけど。
駆け足でもしてきたのか、まだまだ息が整ってない子もいるんだけど、僕の姿を見て、全員バラバラな感じながらも敬礼で迎えてくれる。
でも、やっぱ……この制服かわいいなっ! 貴族の子達なんて、見た目も皆、可愛いから、なんかアイドル集団に囲まれてるみたいっ!
「ああ、皆、ご苦労。セルマイルくんも任務ご苦労だった、皆も楽にしていいよ」
「は、はいっ! ありがとうございます! 総員、楽にしろとの仰せですぅ! やすめーっ!」
セルマちゃんがそう言うと、直立不動の姿勢だったのに、なんだかへにゃって感じで、いきなり、全員だらしない感じになる。
休めって……そう言う意味じゃないんだけどなぁ……。
キリッとしてたら、アイドル集団みたいだったけど、こうなると女子高生のコスプレ集団みたいな感じで一気に野暮ったくなった。
まぁ、学生あがりなんて、こんなもんか……思わず苦笑する。
くちぐちに「セルマお嬢様、一点先取だね!」だの「昨夜はうまく行った?」だの。
女子高生のおしゃべりみたいなノリで、一気に騒々しくなる。
それに、「あれが親衛隊長にして、宰相タカクラ閣下……イケメンじゃない?」とか「猫耳可愛いっ! 触りたいっ!」なんて言われると怒る気もなくなるなぁ。
ついつい、尻尾とかフリフリしちゃうよ。
けど、そんなリアクションにもかわいーとか言われるとちょっと照れるな。
メンバーリストを見ると、どの子も北方貴族の娘さん達ばかり。
どうやらこの第一小隊……セルマイルちゃんの学院での取り巻き親衛隊みたいなのがそのまんま、部下になったってそんな感じらしかった。
思いっきり作為的だけど、編成とかには一切口出ししなかったし、貴族達の要望で出来た部隊だから、そんなもんだろ。
この分だと、他の小隊も大貴族の娘さんが隊長格で、その取り巻きがそのまま隊員とかそんな調子なんだろうな。
小隊同志で妙に張り合ったりとか、喧嘩とか起きなきゃ良いんだけど……。
その辺、調整するの……多分、僕の役目なんだろうな……辛いな。
一人おかっぱ頭の赤い髪の子が前に出ると、セルマちゃんの髪の毛を櫛で梳かし始めて、他の子達も、セルマちゃんの近くに寄って、髪の毛を整えるのを手伝ったり、服装なんかもあちこち整えてくれてる……。
セルマちゃん本人も大人しくされるがままって感じ。
やっぱ、こんなんだったのか……。
家では侍女、学校ではお友達が甲斐甲斐しくお世話するっのが基本……。
甘やかして……と思うのだけど、本人任せだと酷い事になるから、周りがフォロー……なるほど、解る。
おかっぱの子と、目が合うと、大変ご迷惑おかけしましたとでも言いたげに、ペコリと頭を下げられる。
丹念に櫛を通してる感じからして、僕がやった程度では、全然足りてなかったらしい……。
やっぱ、こんな野郎が女の子の髪なんて、下手につつくもんじゃないねぇ。
このまま、出発って思ってたけど、セルマちゃんのお色直しが入ったような感じなので、そのまま僕は所在なさげに突っ立ってる。
どうでもいいけど、このコンビニ前……普通に人が集まるから、僕らも結構注目を浴びてしまってる。
けど、ちょっと離れた所にたむろしてる厳ついオジサンやお兄さん達はなんなんだろ?
めっちゃこっち見てるし……20人くらいは軽くいるし、全然見覚えない顔ばかり。
けど、只者じゃない……平服を着て、武器なんかも持たずに、一般人のフリをしてるみたいだけど、強い奴ら特有の雰囲気、なんとも言えない凄みのある奴らだった。
でも、リーダー格っぽい壮年のスキンヘッドと目が合うと、ペコっと会釈して、にこやかな笑みを浮かべて、荒くれ者達を引き連れて、ズコズコ角へと消えていった。
あれかな……この子達のボディーガードチームとか、そんなかも。
まぁ、そうだよな……剣なんて持ったこと無いような貴族のお嬢様方。
それを曲がりなりにも、軍に差し出すなんてやる以上、保険として護衛を雇うなり、私兵やらを送り込むわな。
こりゃ、あの人達とも話し合いの席を設けないとな。
親衛隊の子達に怪我とかさせたくないって意味では、利害は一致してると言える。
親衛隊の子達を影でガードする秘匿護衛部隊、実はそんなのを配備しようと思って、密かに人選なんかを進めているのだよ……結構、腕は立ちそうな感じだったから、連中にも是非、協力してもらいところだった。
そんな事をやってる間に、どうやらセルマちゃんのお色直しも、一応完了したらしい。
髪の毛も頭の後ろで二本の三つ編みが束ねられたような可愛らしい感じで仕上げてくれたようだった。
うーん、これをリクエストされてたのか……確かに可愛いけど、僕には無茶振りだった。
おカッパ頭の子がこっちみて、頷くとビシッと敬礼。
どうやら、準備完了らしい……僕も蘇芳色の制服に、バサッと黒い金の縁取り入りのマントを羽織る。
ショルダーガードの部分に、留め金があるので、そこにパチンパチンとマントを止めて、同じ蘇芳色の軍人さんみたいな制帽をあみだに崩して被る。
鏡の前で、試着した感じだと、これが一番サマになってた……猫耳や尻尾も隠れるから、むしろ凄みが出るんだよな。
思わず、ニヤリと不敵な笑みが溢れる。
実はこれ……わざわざ、親衛隊長用として紋次郎先生にデザインしてもらった制服なのだ。
野郎のコスデザなんて萌えなーいとか言いつつ、出来てきたのは、なんともサイコクラッシャーでも放ちそうな感じだったのだけど。
意外とかっこいい感じに仕上がった……つか、ちょーカッコいいんだ。これが!
バサッとマントを翻して、皆に背を向けると、親衛隊の子達が感嘆の声を上げ、道行く人々も立ち止まって、注目してる。
セルマちゃんがこそーと手を伸ばして、マントの端っこを軽くつまんで、満足そうに笑みを浮かべてる。
……なんとも奥ゆかしい子だな、一生懸命飼い主の後を追いかける子犬とか連想させる。
「……総員、気をつけッ! 前にィーすすめェッ! 目的地はクロイエ様、御寝処であーるっ! 我に……続けーっ!」
かくして、親衛隊第一小隊の初出撃の号令が下されるのだった!




