第四十二話「クロイエ陛下の婿取り騒動」①
それは先月の事だった。
キリカさんとランシアさん、二人揃って、おめでたの報告を受けて、僕はもう観念して、クロイエ様にもその旨、報告に伺ったのだよ。
「……と言う訳で、僕もこの度、めでたく父親になると言う事で。当然ながら、この二人も我が妻として娶る事にいたしました。陛下への報告が遅れてしまったこと、お詫びいたしますが、ひいては祝福のお言葉をいただきたいと存じ上げます」
そう言うなり、クロイエ様はペンを片手に、笑顔のまま、固まって動かなくなってしまった。
なに、このリアクション?
思わず、後ろのキリカさんとランシアさんを振り返るのだけど、二人共困ったように首を傾げるだけだった。
「ああ、すまなかったな。な、なるほど……キリカにランシア、お前たちはタカクラの子を授かった。そう言うこと……なの……だな……」
きっちり30秒ほど、固まってたんだけど。
唐突に、動き出すと、ぎこちない感じながら、にこやかな笑顔と共に問い返してきた……よかった、ちょっとびっくりして、色々考え事モードになってたのかな?
そんな風に思いながら、見た所、問題も無さそうだったんで、そのまま話を続けることにしたんだ。
「そ、そう言うことなんや。姫様、すまんっ! うちらもつい盛り上がってしもうてな……堪忍やで……」
「ご、ごめんなさい。陛下! 身勝手な真似をして、反省してます……けど、お腹の子に罪はないと思います。どうか寛大な措置を……」
……なんだか、大げさな二人。
今にも土下座の一つでも始めそうなくらいの勢いで、平謝りに謝りだして……なんだか悪いことでもしたみたいな態度だった。
この二人もこうなる事を一族郎党共々、前々から望んでたみたいだし、僕も満更じゃない……悪びれるような事じゃないって、その時は思ってた。
クロイエ様にとっては、言わば家臣が嫁を取る……その程度の話なんだから、軽く流してくれる。
「そうか! 良かったな……おめでとう!」当然のように、そんな言葉が返ってくる……僕もそんな風に思ってたんだけど……この時のクロイエ様は、明らかに様子が変だった。
「クロイエ陛下? どうかしました? まぁ、二人共、気が早いんですが、子供が生まれたら、真っ先にクロイエ様に抱かせてあげたいって言っててね。その時は是非、頼みますよー!」
そう軽い調子で、言って笑いかけたんだけど、もうワタワタって感じで目が泳いでて、書きかけの書類がインクでドロドロになってるのにも、気付かない様子で、もう傍目にも様子がおかしかった。
「あ、ああ……そ、そうであるな。そうであるよな? うむっ! そ、そうか、タカクラの子……そうか、そうであるな……。うん、それは実に楽しみだ。すまない……二人には、真っ先にこの言葉を言うべきだったが、すっかり忘れていたな。二人共、おめでとうっ! 身重となった以上、その身体、もはや自分一人の物ではないのだ……せいぜい大切にするのだぞ? タカクラよ……この二人にも色々公務に付いてもらっているが、なるべく二人の負担を軽くするように配慮するのだ。貴様も父親となったからには、その辺り自覚をし、妻子を気遣い大切にするのだ……良いな! 頼んだぞ?」
「はっ! お気遣い……それにご祝福の言葉、ありがたく頂戴いたします!」
とまぁ、こんな感じでクロイエ様も至ってご機嫌な様子で、お祝いのお言葉を頂戴し、この場は和やかに終わった。
けど、なんだか凄く寂しそうな目をしてて、その事がちょっとは気にかかってはいたんだよ。
そしたら、その日の深夜遅く。
日付が変わる頃に、アージュさん、ウルスラさん、パーラムさんとラナさんの四人がうちにやって来て、割と問答無用って感じで、食堂へ強制連行された。
座卓や座布団なんかも片付けられて、ガラーンと広くなった食堂の真ん中にポツンと置かれた丸椅子に、まぁ、そこに座れって感じで座らされた。
照明も僕の頭上だけポツンと付いてて、他は真っ暗……なんとも異様な雰囲気な上に、アージュさん達も深刻な様子で、僕の前に立っているだけで、一言もしゃべらない。
一体、何が始まるのか……と思ってるうちに、うちに常駐するようになったお役人さん達やら、爵位持ちの貴族さんやらが続々と食堂に入ってきて、まるで取り囲むような感じで座り込んで、なんとも物々しい雰囲気となった。
まるで魔女裁判でも始まりそうな雰囲気の中。
集まった皆さんから、唐突にクロイエ様ご本人の婿取りの話が始まったのだ。
とにかく、クロイエ様の婿取り……それは、他国の先を行く先進経済大国ロメオにとって、その成り立ちからして、半ば必然的に発生した問題が絡んでくる、極めて複雑かつデリケートな問題だった。
まず、国王や女王様が一生独身とか、そんなもん世襲制が蔓延るこの世界では許されないと思っていい。
跡取りが居ないなんてなったら、時間の問題で後継者問題が発生する。
法国が直面してる問題がまさにそれで、後継者問題でこじれまくってるところで、スライム人間に成り変わられてた法王猊下をサトルくんがぶっ殺しっちゃったせいで、後継者問題が解決するどころか、自称法王が乱立しちゃって、対立しまくった挙げ句に、完全に内戦状態になってしまっている……。
この自称法王……これが一人二人どころか、もう17人くらいとか多すぎィ! って感じで、まさに法国は神の国どころか、絶賛修羅の国状態で、自称法王達が、真・法王の称号を賭けて、地獄のバトルロワイヤルを国中で繰り広げてる有様で……。
さすがに、ああはなりたくないのだけど。
我が国もクロイエ様の後継者が、決まってないのが実情で、全く保って他人事ではなかった。
御年十歳でもう後継者の話なんて、早すぎる……それは当然なのだけど、せめて婚約者を発表するなど、筋道くらいは立てておかないと、外聞上よろしくない……そんな話が各方面から持ち上がっているとは、言われてはいた。
その上で、これまで、クロイエ様の後ろ盾みたいな感じで、貴族達を抑え込んでた親衛隊が消えたことで、一気にその話が再燃していたのだ。
なら、誰か適当な婿養子でも……と言っても、これがまた容易ではないそうで……。
なにせ、国内で誰か……なんてやろうもんなら、婿入りした時点で、そいつが事実上の国王扱いとなって、その一族郎党とかも王族入りして、デカイ顔して引っ掻き回したりとか起きかねない。
かと言って、国外から婿殿募集……なんてなると、確実に王族クラスが出て来る……そうなると、今度はロメオ王国が乗っ取られかねないと言う、別の問題が起きる。
平民から……とかも身分差を考えると、これもまた論外。
最低限貴族、出来れば伯爵以上の上級貴族から……伝統と格式に乗っ取ると、そんな感じになるのだけど、それはそれで別の問題が出て来る。
これが大人の男だったら、どこから嫁さんもらおうが、問題なかったんだけど……。
クロイエ様は十歳のお子様女王陛下。
政治手腕の巧みさや、先王リョウスケさんの築き上げた数々の実績による国民からの圧倒的支持で、確固たる地位を築いているのだけど。
その政治的基盤となると、割と薄っぺらで、あくまで建国の王、リョウスケさんの血を引く正式な跡取り娘だからとか、その程度のもので、正式に即位したとは言え、薄氷の上の最高権力者であることには変わりなかった。
そこら辺の弱みを察されているのか、国内外あちこちから、婿養子候補の話が早くも大量に舞い込んできていて、クロイエ様もいい加減うんざりしてたらしい。
なんだかんだで、政治的基盤が薄いって弱点も自覚していたようで、無難に国内からってのも考えたらしいのだけど、割とロメオの有力貴族達はその力関係が拮抗してて、絶妙なバランスで問題が起きないようになっていたのだよ……三大貴族なんてのもいい例。
アレ、三人ってのがミソで、一人が突出したら、残りの二人が手を組む事で抑え込める……ハブられたら確実に死ぬ。
そういう力関係だから、三人三様ライバルって感じでバチバチと、テーブルの下で足を蹴っ飛ばし合いながらも、表面ではニコニコ笑顔で仲良くするしかない。
そう言う図式なんだわ。
あんな感じで、ロメオ国内各所で、お互い裏切れない、うかつに出し抜けないようになってるってんだから、恐れ入る。
と言うか、リョウスケさんが意図的に、有力者達にバランス良く利益や権益を分配することで、突出するものが出ないように調整してた……そんなきらいがあるんだよね……。
なんせ、議会の議長なんかも同格の人が三人いて、半年ごとに交代とかやってるし、軍関係もマルステラ公が強いけど、北の守りはシャッテルン公、海軍はロキシウス侯と、きっちり三すくみが成立してる。
とは言え、いくらリョウスケさんの先進的な思想に染められたロメオでも、一人の女性が複数の旦那を持つ、一妻多夫なんてのは認められず、クロイエ陛下の旦那は誰か一人だけを選ばないといけない……。
そうなってくると、クロイエ様も迂闊に特定の貴族に肩入れするような真似は出来ない……。
順当に言えば、三大貴族のどれかから、婿さんを迎えるってのが一番、無難なんだけど……じゃあ、どれかってなると、どれを選んでも角が立つので、選べない……。
かと言って、生涯独身宣言なんてしたら、クロイエ様の代でロメオは、お家断絶が確定する。
そもそも、後継者選びと言う観点でも、全く解決にならない……。
いっそクロイエ様の代で、王政を廃止して、完全な議会民主制にするって手もあるけど、他国とのバランスを考えるとそれは明らかに早過ぎると言えた。
貴族も王様も、この世界ではそれが当たり前なんだから、一国だけ突っ走ってもロクな事にならない。
僕の「辺境伯」の称号だって、そうしないと相手にされないからって理由で付けられた……実際、この称号があるからこそ、他国の王侯貴族達からも馬鹿にされずに済んでいる。
そう言う世界なんで、平民の代表なんて出てきても、国と国の交渉ともなると、軽く鼻で笑い飛ばされておしまい。
ロメオの貴族は、平民だからとかそんな事言ってたら、色々困った事になるって知ってるから、平民だからと馬鹿にしたり、差別したりとかはあんまりしないけど。
国外では、貴族以外は人間扱いされないとか、そんな国だってある。
政治形態として、ロメオはすでに王権制の先の段階、立憲君主制に到達しかけてるんだけど、民衆から国の代表を選ぶ、議会民主制が一般的になるには、もう少し未来の話なのは、確実と言えた。
この辺は、人族最大勢力の帝国辺りが帝政廃止とかやらない限りは、なかなか難しいだろう。
……もっとも、あの国も実質、国を動かしてるのは、宰相フランネル卿が率いる帝国議会と軍部が中心なので、大帝なんて居なくなってもあんまり、困らないような気もするんだけどなぁ……。
なんせ、僕の立場ですら、あの大帝様には謁見させてもらう事はもちろん、遠話での会談すら実現出来てない。
向こうも色々訳ありっぽいんだけど、なんか帝城に引き篭もってて、誰も会えないとかそんな感じらしい……マジで、何やってんだかね。
いずれにせよ、現状クロイエ陛下体制の元、その後継者というものを一日でも早く見いださなければならない。
最低でも婚約者を用意して、将来は安泰ってやりたいんだけど……そうも行かない。
まさにジレンマ……たった一人に国の命運が預けられる王権制、それも歴史の浅い王家、女性君主ならではの大問題。
はっきり言って、いつどこでどんな形で爆発するかもわからない、大問題であり、実は僕もその事を深く懸念していたのだ。




