第五話「キリカさんの異世界講座、はっじまるーよー!」②
何より、第一に、街を出る時点で積み込む、自分達や馬の食料や水を減らせる……このメリットは大きい。
馬一頭、小さな荷馬車一台で、馬の消耗などを考慮すると、大体荷物は200kg-300kg程度しか積めない。
二週間の旅ともなると、その積載量の半分近くを馬と人間のご飯と水やらで占められてしまう。
リアカーなんかも、あれはなにげに、1トンくらいの荷物が積めるらしいのだけど。
それは、金属フレーム、ゴムタイヤ付きと言う現代版リアカーの話で、それも舗装道路上で……と言う条件がつく。
草ぼうぼうの未舗装、木枠の車輪、馬と言ってもポニーサイズともなれば……まぁ、そんなもん。
無理に大量の荷物を積んでも、一日、二日程度の行程ならまだしも、二週間の長旅ともなると、馬もバテるし、馬車もどこかで壊れるのが関の山。
キリカさんの話だと、この世界の馬車は、オール木製のかなーりショボい代物らしい。
案の定、しょっちゅうどこか壊れるので、予備の車輪とか補修資材が必須で、それもやっぱり余計な荷物になってしまうらしい。
ちなみに、キリカさんの場合は馬車とか用意せずに、自分でリアカー曳いてここまで来たらしい。
元々、馬車馬代わりの荷役なんかもさせられてたとかで、下手に馬とか使うよりも自分で曳けばいいじゃないってのが、獣人の常識なんだとか。
凄いな獣人……。
まぁ、ファンタジー世界の流通網は、案外ショボいのではないかと、常々思っていたのだけど。
キリカさんの話でも、その辺は裏付けられた。
ロジスティクスとも言う概念。
……元々は軍事用語で日本語では「兵站」って奴なんだけど、流通業界ってのは、基本的にこの概念のもとに動いている。
物を作って、かき集めて、運んで最終消費者へ届ける過程の事を言う。
それだけ聞くと簡単のように聞こえるけれど、効率的な運用が確立されたのは、ほんの百年、二百年程度の事。
大本をたどると、かのナポレオンの大陸軍の名前などが出てくるから、軍事的な概念なのは間違いない。
要するに、軍隊の補給の概念が、そのまま一般社会生活の物流へと応用されたと言う訳だ。
ちなみに、コンビニのような販売拠点は、最後の最後の消費者へ直接物を手渡す行程……ラストワンマイルとも言われる過程にあたる。
商売をやる以上、ロジスティクスってのは、多かれ少なかれ関わってくる概念と言えるのだ。
まぁ、はっきり言って商売人にとっては、商品流通の流れなんてのは、知ってて当然の常識なんだがね。
……だからこそ、むしろこの世界の流通形態とか、そっちの話が気になってしまう。
問題は……そのロジスティクスの観点で見ると、この世界は広大な割に、輸送網がショボいように思える。
鉄道とかあっても良さそうだけど、キリカさんからは「なんやそれー?」の一言が返って来た……内燃機関の実用化は、まだまだ遠いようだった。
どうやら、河川を使った海運網とか、その辺がせいぜいらしい。
ヴァランティアの戦乱も、軍隊のその行動範囲は、河川中心とならざるを得ず……。
帝国の執拗な獣人狩りにもかかわらず、それが中途半端な結果に終わったのは、獣人王国の奥地は山や森ばかりで、河川輸送が出来なくなって、軍隊も大軍がまとも行動できなくなり、小部隊で分割行動せざるを得なくなったのも大きいらしい。
小部隊に分かれた所を、執拗な夜襲、届かない補給、現地調達もままならず……そんな調子で、膨大な数の帝国兵が、ヴァランティアの奥深い森や山に消えていったのだと言う。
それはまぁ、余談なのだけど。
とにかく、この街道は……物流網としてみると、大いに問題がある。
そんな過酷な行程に、途中で糧秣や資材の補給の当てがあって、安全に野営が出来る……となれば、かなり画期的な話だろう。
なるほど、悪くない……物流の拠点にして、安全保障の警備員とか常駐させて……なんてやったら、流行りそうだな……。
ここ、競争相手もいないし、一等地なんじゃないのか?
ただそうなると、やっぱり商品の仕入れの問題が出てくるな……。
今ある商品なんて、いずれなくなったり、賞味期限が切れるからアテになんて出来ない。
町で仕入れると行っても、ショボい輸送手段しか無いとなると、本末転倒だ。
ジャングルで手に入るものを使って……それも微妙だしなぁ。
なんか上手い手はないかな……問題はいっぱいあるけど、色々考えるのは悪くない。
ちょっと楽しくなってきたな。
「まぁ、この街道は色々と問題あるってことは解ったよ……。確かに、懸念点は少なからずあるけど、ここで商売をするってのは意外と悪くないみたいだね……」
僕なりに、情報を吟味した上での結論がそれだった。
「せやろ? ……実を言うと、ギルドの方でも、ここらへんに宿場町を作るって計画を立ててたんやけどな。ここらは獣人のテリトリーやし、うちらウォルフ族主体で、街道整備したり、少しづつ形にしていこうとしとったんや」
「なるほど、そこへこのコンビニが建ったってことか。そうなると、君らとしては願ったり叶ったりって感じ?」
「せやな! 地味に街道の草むしりしたり、岩をどけたり、木を切り倒したりして、道幅を広げたり、水場の整備とかしとったんやけどな。どのみち、建物なんてそうそう動かせんやろ? なら、有効活用するってのはどうや? 悪かないとおもうでーっ! それにウォルフ族も、うちは族長の親族やから、顔が利くからな……うちがいる以上、よそもん扱いどころか、身内同然の扱いを受けれると思うで!」
キリカさんがそう締めくくる。
まぁ、確かにそうだな……どのみち、この建物を動かすなんて無理な相談だしな。
ここに居座って、商売……となると、旅人相手に物資の補給拠点にするってのはありだな。
ウォルフ族ってのも、キリカさんの話だとかなりの有力種族みたいだし、そんな人達とキリカさんを通じて、友誼を図れるなら、全く問題ない。
と言うか、族長の親族って……キリカさん、何気に身分高かったのか……そんなのを奴隷にとか、そこら辺だいじょうぶなのかな?
でも、そうなると自然にこのコンビニの周りに人や物が集まっていきそうだな。
電車の駅が出来るだけで、何もなかった所に家や店がポンポン建っていくのと同じように、人が集まる理由があれば、街ってのは自然に形作られていくのだ。
なんか、こんなゲームあったなぁ……「街を作ろう」って奴?
「しかし、そうなるとそのロメオ王国から、怒られたりしないかな?」
まぁ、普通に考えて懸念点はそれだよなぁ……。
コンビニの商品は食料品が中心とはいえ、ファンタジー世界から見たら、軽くオーバーテクノロジーの山。
レトルト食品とか、缶詰とか……地味にこの辺も軍事由来なんだけど、こんな技術が流入したら軽く軍事革命くらい起きそうだ。
それに交易ルートに、勝手に交易所なんて作ったら、ロメオ王国がほっとくとは思えない。
まがりなりにも、保護領としてるくらいだしねぇ……。
「そこら辺は大丈夫だと思うで! 元々ここらは無法地帯みたいなもんなんや……行商人が勝手にその辺で商売やってても、ライセンス持ちやったら、誰も文句も言わん。税金なんかも商人ギルドに加入して、規定の上納金収めとけば、代わりに払ってくれるんやで! ギルド様々やな!」
「なるほど、商人ギルドを味方につければいいのか……」
ちなみに、上納金の額は儲けの三割程度を納めれば良いらしい。
税金は大体儲けの二割くらい……戦国時代の年貢とか六公四民とかそんな調子だから、それを考えると、えらく安い。
ギルドは一割の儲けを得て、税金を代わりに支払ってくれる……国としては、取りっぱぐれもないから、文句なしだろう。
なお、ロメオ王国は、商人を優遇している国らしく……商売にかかる税金が安いので有名なんだとか。
商人ってのは国にとっては、税金を取りやすいドル箱みたいなもんだから、どこに行っても税金、税金と狙い撃ちにされるもんなんだ。
他の国は通行税とか、商業税、物品税と……何かと商人に税金をかけてくると言う話。
ロメオ王国は……ギルド経由で儲けの二割分収めるだけで、通行税とかはギルド会員なら免除されるらしい……実に良心的だ。
そんな調子だから、割と商売人が世界中から集まって来てるし、海運なんかにも力を入れていて、貿易国家として、結構栄えてるらしい……。
なんか、不穏な情勢って印象を抱いてたんだけど、そんな中でも割とまともな……いい国だという印象を受ける。
上納金にしても、定額じゃなくて割合分だから、儲かってない商人からはそんなに取らず、儲けてる商売人からは多めにもらう。
ある意味平等……悪くないシステムだな。
と言うか、これ考えた奴……絶対商売人だろ……。
ロメオ王国の王様って、元商売人とかそんなのかもしれない。
当然、儲かれば儲かるほど、ギルドへの上納金の額が増えるのだけど、ギルドに納めた額に応じて、ライセンスのランクが上がって、待遇も良くなる……経験値みたいな感じ?
余計に収めるのもありありで、むしろ大歓迎なんだとか……さもありなん。
ランクが上がると優遇され、様々な付加サービスを受けられるようになるし、社会的な信用度も上がって、大きな取引が飛び込んできたり、特別な商売の許可が降りたりするようになる。
低いランクだと、国外に出るのもままならないけど、高いランクだとあっさり通れるようになるし、国際商人枠ってのもあるらしく、そう言う特別扱いされた商人は、国外でも通行税とかが免除されるようになるし、国際条約で保護されるようになるらしい。
それに、従業員や傭兵の斡旋、融資、出張買取、必要物資の配達なんかもやってくれる。
人材派遣と銀行、流通がセットになってるとか……そりゃ、凄いな。
いいな……イレブンマートの本部より、よほど良心的だ。
ちなみに、コンビニ業界では、本部は基本的に流通を牛耳ってるってだけに近い。
融資もしてくれないこともないけれど、銀行のほうがよほど良心的で金利も低い。
人材も派遣してくれるけど、くっそ高いから、選択の余地があるなら、まず使わない。
商品についても、独自商品とかブランドとか色々工夫を凝らしてくれてはいるけど、基本的に仕入れ価格の時点でくっそ高い。
つまり、本部はかなりの暴利を貪っている……。
コンビニの商品は定価だから、高い……それが常識なんだけど。
末端の店が儲かっている訳では決して無いのだ。
例えば、120円販売のミネラルウォーターの場合、本部からの仕入れ価格は100円くらいになる。
ドラッグストアとかに行くと、70円とか80円で売ってるのに、仕入れ価格の方が高いと言う……。
ドラッグストアや、スーパーへの卸を行っている問屋経由での卸価格となると、安ければ4-50円位で調達できるから、こう言う事が起きてしまう。
いくら定価でも売れるからと言って、この差はなかなかの暴利だ……。
もっとも、この辺は飲料メーカー自体が、スーパーやドラッグストアへは原価ギリギリで卸して、自販機やコンビニ販売では、定価販売をして儲けると言う販売方針を取ってる関係もあるんだけどね。
本部がいくらメーカーからもらってるかは知らないが、それなりの話し合いの末の協定があるのだろう……なんとも、アコギだなぁ。
一応、建前上、販売価格については、店側で自由に決めていいと言う話にはなってるんだけど……。
配送料、人件費、水道光熱費などの各種コストを足していくと、定価で売らないと商売にならないどころか、損をする……そんな風になっているのだ。
そんな訳で、コンビニの商品価格は、いつもニコニコ定価販売……となる訳なのだよ。
弁当などは、廃棄分なども考慮して出来る限り、店側へ還元すると言うことで、仕入れ値50%くらいと安めの原価設定しているけれど、それでも本来の原価は定価の1ー2割程度だろうから、なかなかのボッタクリだ。
なお、廃棄分は、全額店持ち……なので、廃棄=丸損と言うことになるのだけど。
売り切れてしまう方がむしろSVから怒られるので、基本余るように発注する……。
売り切れた方が無駄もなくっていいじゃん……って、思うんだけど、機会損失がどうのと言って、絶対に廃棄が出るような数字での発注を強要される。
まぁ、消費者目線だとお目当ての商品が売り切れってのは、悲しい事でそれが続くと……もう行かないってなる。
その理屈も解らなくもないのだけど……食べ物屋なんかでも極力売れ残りを避けるように、閉店前には品切れ多数ってのが理想とされているのだから、商売という観点でいうと、どう考えても間違ってるんだけど。
本部の意向ってのは、逆らえないのよね……。
とにかく、コンビニって商売は……なかなかに、理不尽だらけのアコギな商売なんである。
加筆してたら、長くなりすぎたので分割。
ストックにも余裕があり、半端だったから、アップ済み分に少し追加しました。




