第三十七話「エクストリーム主人公対決!」⑧
「高倉殿! ちょっと待ってくれ! 食糧支援の打ち切りなんて……そんな事になったら、我が国は帝国との戦いどころか、餓死者すら出かねない! 国が滅んでしまう! こ、今回の件はこちらに全面的に非がある……要求があるなら聞くから、考え直して欲しい!」
「……ミリアさん。悪いけど、そこの馬鹿が手を上げようとした時点で、交渉は決裂だよ……。そもそも、こんな馬鹿をなんで、こんな重要な外交の席とも言える場で好きにさせたんだ? こんな底抜けの気狂い野郎、はっきり言って論外だよ。おまけに、この馬鹿のワガママに振り回されて、こっちを小馬鹿にしたような対応。何もかも零点だ。もうこれ以上、語るべきこともない、君たちオルメキアとの交渉はもはや決裂だ。いいから、もうさっさとお引取りいただけないかな? こちらとしても、手荒な真似はできれば、避けたい」
「ミリア……だから、言ったんだ。こんな悪徳商人みたいな奴等と、交渉なんてするまでもないって。ロメオと商人ギルドは表裏一体だ……あの悪徳商人共は、帝国に物や金を流して、肥え太らせた張本人だ。オルメキアと帝国の争いを出来るだけ長引かせる……こいつらは、どうせそんな事しか考えてない。大方、オルメキアが優勢だから、力を削ぐべきだとかそんな所なんだろう……」
「……心底、悪どいですね。軽蔑に値しますね……地獄に落ちろって感じです!」
「ああ、レイン……そのとおりだよ。結局、こうなる運命だったんだよ……。なんなのだ、貴様は? 犬猫どもだけでなく、エルフ共まで手なづけて……亜人の王でも気取っているつもりなのかもしれんが、その実、商人ギルドの使い走り程度ではないか……笑わせるな」
ランシアさんとキリカさんが露骨に殺気を纏うのが解った。
すかさず、手を上げて二人を抑える……むしろ、二人が爆発寸前だった。
こいつら……いいから、とっとと帰って欲しい。
つか、話は終わりだって言ってんだから、もう口を開くな……馬鹿か?
ああ、ホント……殴りたい。
ボッコボコにしてやったら、最高にスカッとしそうだ。
イカンイカン、僕も暗黒面に目覚めそうだ……ここは抑えないと。
「サトル殿、レイン……すまないが、二人共もう黙っていてくれ。タカクラ殿は本気だ。彼はクロイエ陛下のようなヌルい相手じゃない……。制裁措置を決行して、オルメキアの民が大勢死ぬことになったとしても、彼は平然としているだろう……実際、そうなんだろう?」
「……当たり前だよ。自国の民も食べさせられないとか、そんなのこっちの責任じゃないからね。餓死者が出る? そんな事知るもんか。そうなったら、君らの国の舵取りが間違ってたって事だ……食料の自給が満足に出来ないのならば、対外政策が重要だなんて、馬鹿でも解ることだ。その対外政策にそんな馬鹿にお伺いを立てて絡ませる……正気を疑う話だ」
「……だ、だがしかし……サトル殿は……」
「だから、そんなヤツ、どうでもいいって言ってるだろ? いずれにせよ、こうなった事への責任は、君達の軽率な言動にあると言えるだろう。改めて、忠告させてもらうけど、もう、そんな馬鹿切り捨てちまえばいい……それとも、馬鹿と心中するつもりなのかい? まぁ、それも一つの選択ではあるけどね……僕にいわせれば、愚の骨頂の選択だがね」
「ロメオからの食料供給を打ち切るなんて……。そんな事したら、どれだけオルメキアの無辜の民が死ぬと思ってるんですか! あなた、正気なんですか……そんな外道な行い! 女神様が許さないと思います! それにもしも、オルメキアが滅んだら、次は、あなた方ロメオ王国が直接帝国と相対する番なんですよ?」
まぁ、実際問題……ロメオ王国が帝国の脅威を受けていないのは、その間にオルメキアがあるからってのは、あるだろう。
けど、そんなの関係なく、帝国はスライムの大軍を平然と送り込んできた。
要するに、緩衝国として、オルメキアはもはや、役目を果たしていないと言うのも事実なのだ。
そのクセ、帝国との和平を蹴って、まともな展望もなく無意味に戦乱を広げようとしている……もはや、オルメキアは害悪以外の何物でもない。
「別に許しなんて要らないよ。そもそも、帝国は、僕らとの戦争回避に全力を挙げるつもりのようだし、君らオルメキアとの争いからも、手を引きたがってるんだ……君らもそこは同じじゃないのかい? まともな攻勢にも出れないほどに疲弊して、もはや不毛な小競り合い程度しか出来ない……それが実情なんだろう?」
実際、オルメキアの隣国ルメリアとの戦いも相手は主力が壊滅して、駐留していた帝国軍も順次撤退と言う事実上の衛星国の放棄に近いような戦略を取っているのに、オルメキアは一気呵成にルメリア首都攻略……とまでは出来てない。
要するに、攻勢限界をとっくに迎えていて、身動きが取れなくなっているのだ。
その癖、帝国を滅ぼすまで、戦を止めるつもりはないと言い張ってて、泥沼化……もはや、何のために戦争やってたかも解らなくなってるような情勢だった。
まぁ、大方……まともな戦略目標も定めずに、場当たり的に戦争して……引っ込みがつかなくなってとか、そんな調子なんだろ……良くある話ではある。
オルメキアは、古来から、強兵揃いの軍事強国って話ではあるんだけど、国内戦や守勢にめっぽう強いフィンランドとかスイスみたいなドクトリンの国なんじゃないかって、僕も思ってる。
そう言う国は、いざ自分達が攻める側になると、途端にグズグズになる。
元々の軍組織が防衛戦向けドクトリンで組織されている上に、そもそも食料物資などの自給率が致命的に低い以上、積極的な攻勢や侵略行動に出れるようなお国柄じゃないのだ。
である以上、侵略軍を撃退して、国境線を回復したならば、そこで満足して停戦すべきだったのだ。
それを蹴って、まだやるなんて言ってる以上、決着なんて付くはずがない。
こうなってくると、第三国が間に入って仲介するとか、そうでもしないと止められない。
帝国からは非公式ながらも、その役目をお願い出来ないかと言ってきており、クロイエ様もまさに正義の行いではないか……とか言って、乗り気ではあるのだ。
僕自身、今後の帝国との関係を考えると、貸しを作るのは、悪い手だとは思ってない。
何より、クロイエ様の名を国外に知らしめる外交デビュー戦として、泥沼の戦争の調停者と言うのは実に華々しい役柄と言えた。
クロイエ様は、世界にとっての大正義となるべくお方なのだ……むしろ、これは第一歩として相応しい。
僕もそんな訳で、前向きに検討すると返答してある。
とにかく、様々な偶然に導かれたとはいえ、ミリアさんを捕まえられたのは、僥倖だった。
こちらとしても、オルメキアを停戦交渉のテーブルに付かせる……そこが一番の懸念点だったのだ。
条理に従うなら、こんな戦とっくに終わって然るべき。
ルメリアの方も逃亡したルメリア大公達、大貴族達が帝国に打ち立てて、亡命政権なんて言って徹底抗戦とか吠えてるけど、帝国と共謀して、ルメリアサイドを交渉のテーブルに付かせるお膳立ては整いつつある。
あとは、オルメキアを交渉のテーブルに座らせた上で、余計な要求なども引っ込めて、こっちの描いたシナリオ通りに、その演目を演じてもらうだけなのだ。
こんなサトルとか言う使徒や、聖光教会の過激派なんぞ、心底どうでも良かったし、もはや害悪だろう。
もういっそ、消してしまうのが早いんじゃないか……そんな風にも思う。
「そうだな……。戦略的には、それが妥当だと私達も解ってるんだ。ルメリアを併合した所で、今の我々には占領も、それを維持する事もとても出来ない……それは紛れもない事実だ」
ミリアさん、やっぱり解ってる。
なんだかんだで、この人が一番有能だ。
まぁ、そんなもんなんだよな……。
戦争で長年敵対してた敵国を武力併合とかしても、結局禍根とか残りまくりで、100年単位での同化政策か、反抗的住民の徹底的な粛清……民族浄化でも行わない限り、内乱やらテロやらで大抵エラいことになる。
そもそも、その同化政策や民族浄化の過程でも、馬鹿みたいな無関係の民間人の犠牲と泥沼の抵抗ってのが待ってる。
戦争に勝って、領土が増えて、住民を併合して、単純に、勝った勝ったと喜ぶのは、馬鹿のすることだった。
「なんだ、ミリアさん、ちゃんと解ってるじゃないか。なんなら、僕らが帝国との停戦の仲介をしてやらないこともないよ……実際、帝国からも内々にそんな話が来てるからね。ただし、その為にはひとつだけ条件がある」
「……一応、その条件とやらを聞こう。タカクラ宰相殿は、我々に何を求めてるのだ?」
「そうだね……。オルメキアと帝国の戦いが泥沼化してるのは、言われるまでもなく知ってる。国力も高くないオルメキアが、なんでそこまで帝国との戦いに拘るのか、その原因が何なのか良く解らなかったけど、やっと得心がいった。そこのサトルとか言う馬鹿と、そこの狂信者じみた司教が全ての元凶なんだろ? なら、その馬鹿共を即刻切り捨てる事、それが僕らの要求だ。と言うか、そいつらの事……対外的には伏せてたんだよね? こんなつまらないことでボロを出して……全く脇が甘いね。まぁ、要するに国の滅びを避けるか、馬鹿と心中するかの二択って訳だよ……。どちらを選ぶかなんて、言うまでもないはずだろうけどね」
「……貴様、言うに事欠いてなんだそれは! ……オルメキアが帝国との戦いを止めたら、貴様らの所に帝国軍がなだれ込んでくるのだぞ? そうなってから後悔しても遅いぞ? 僕がどれだけ帝国のスライム共を狩ったのか、知らないのか? ……貴様らの国にも人知れず、奴等は入り込んでいるのだぞ? 貴様は全く解っていない!」
「そうです! いくらなんでも横暴がすぎます! サトル様へのここまでの暴言……挙げ句に追放しろなんて! それに狂信者って私のことですか! そこまで言われたら、聖光教会だって、黙ってないですよ! 奴等は人知れず、国の中枢にまで入り込むんです……法国の教皇ですら奴等と入れ替わって、大変だったんですからね!」
「人に擬態するスライムだっけ? 悪いけど、それを見破る術を僕らが持ってないと思ってるのかい? そもそも、ロメオは奴等の浸透を一切受け付けていない。すべて水際で食い止めているし、侵入者対策もかなり力を入れているからね。帝国は、僕らにとってはさしたる脅威じゃないし、商人ギルドを通じて商取引を行うようなお得意様でもあるんだ……。法国の件だって、君らのやり方は最低だったと言わざるを得ない……解るかい? 君らは世界にとっての害悪なんだ……その事をまず、自覚するべきだ」
なにせ、ロメオの国民の多くを占める獣人ってのは、鼻が利く。
それ故に、人間に擬態するスライムも容易に識別できる……実際、これまでも何度かその擬態スライムがロメオに入り込もうとして、その尽くを国境警備の獣人兵が捕捉して、駆逐してきたらしい。
大帝が獣人を嫌うのも、どうもその辺りに原因がありそうだった。
何より、ロメオは海が近い上に台風とかで海の水が巻き上げられて、塩水の雨が降ったりする関係で、塩害に悩まされている国なのだ。
土自体にも大量の塩分が含まれていて、それ故に、スライム系モンスターは全くと言っていいほど見かけない。
なにせ、スライムの弱点のひとつが塩……まぁ、軟体動物みたいなもんだしね。
帝国製の擬態スライム共も、国境の獣人兵をかいくぐったとして、今度はロメオの土地ではあまり長生きできないらしく、もれなく早死する。
その辺がこれまで、帝国の侵略を受けていない理由の一つになっているのだ。
平行線交渉ってのを描こうとして、冗長すぎてますよね。
すんません。
そのうち、スカッとする展開が待ってますんで、もうちょっとだけ続くんじゃぞ。




