第五話「キリカさんの異世界講座、はっじまるーよー!」①
まず、この世界についてだ。
この世界は、一つの大きな大陸が中心となっている。
この辺は、キリカさんが世界地図を持ってたんで、見せてもらった。
「これが世界地図やな! まぁ、実際に端から端まで歩いた……なんてやつはおらんらしいけどな」
世界と言っても、あくまで人々が認識してる範囲。
……海の向こうは、まったくの未知の世界なんだとか。
大陸自体の大きさとしては、おそらく北アメリカ大陸くらいは軽くあると思うのだけど、縮尺や単位が良く解らないので、そんなもんだと思っておこう。
歩いて横断しようとしたら、軽く一年くらいかかる……なんて事を言ってたんで、大体あってると思う。
日本列島もそれなりに広いんだけど、アメリカ大陸並みとなると……さすがに広い……。
形は横に長くて、ひし形をちょっと斜めにして潰したような形をしてる……北の方は、雪原とか雪山とかあるっぽいけど、僕らがいるのは、大陸の中心のやや西よりの南の果て。
峻険な山の麓に広がる広大なジャングル地帯……距離は横幅だけで300kmくらいの範囲。
とんでもなく広い……日本でいうと、東京と諏訪の間がそれくらい。
つまり、関東平野より広大な森って事だ……。
年がら年中同じ時間に、日が昇り沈むという話なので、どうやら赤道直下あたりに位置するらしい。
どおりで、夜にも関わらずクソ暑いわけだ……。
ちなみに、このジャングル地帯を西に抜けて、ちょっと南へ行くとラキソムとか言う街があって、更に南に進むと南海と呼ばれる海に出る。
どこまでも海が広がるだけ……という事なので、完全に外洋……大陸の果てって事だ。
そうなると、この大陸は赤道直下に南端があって、北端は北海道とかそのへんの緯度に差し掛かる感じか。
やっぱ、相当でかいな。
ちなみに、街道を東に進むと、オルメキアと言う隣国の保護領に入り、そこを抜けるとオルメキア本国……そして、その隣は帝国と呼ばれる大国と、その衛星国家がある。
そんな如何にも不穏そうな所の手前に分かれ道があって、一方は衛星国家にはいり、北へ行くと帝国との国境地帯をかすめるように街道につながって、ザルインと言う地下都市にたどり着く。
その地下都市は、商人ギルドが統治する交易拠点とも言える大都市で、この都市を経て、各地との交易が行われているらしい。
……地理的には……こんなものだな。
北の方とか、あちこちがよく解らない空白地もあって、なんとも微妙な代物。
まぁ、世界地図があるだけ、文明としてはまぁまぁのレベルだということは解る。
大陸の情勢としては、二つの人族の大国と、獣人による一大王国とその他大勢的な中小国家……こんな具合だ。
人族の二大国。
ひとつは「帝国」と呼ばれる大帝が治める軍事大国。
リ・デシャス何とかという国名が付いてるらしいけれど、帝国と言えばこの国を指すので、帝国だけで通じる。
もう一方は「法国」と呼ばれる宗教国家……こちらは法皇と称する宗教団体の最高権威者が治めているのだと言う話だった。
神聖グルア=マハ法国とかそんな名前らしいけど、宗教が国を動かしちゃってる時点でお察し。
人族の国々は、この二大勢力とそれぞれの衛星国家、どちらにも属さないいくつかの独立国家により構成されていて、大陸の多数派を占めながらも、イデオロギーや微妙な人種の違いから、人族同士長く不毛な争いを続けている。
大雑把に大陸の東半分の南側が帝国、北側が法国の勢力範囲となっているようだった。
そして、大陸の残り西半分……人族の国全てを足しても足りないほどの超広大な国土と、多種多様な獣人、亜人と呼ばれる人外達による膨大な人口を抱える、獣人王に率いられた獣人王国ヴァランティア。
この大陸はこの三大勢力により統治されていた。
なるほど、三国志みたいなもんだな。
帝国と法国、ヴァランティアの三大勢力は、長年三すくみと言える拮抗状態で、ある意味バランスが取れていたのだけど、三大勢力の一角だったヴァランティアは、現時点では滅亡している。
その国王だった獣人王と呼ばれる英雄が、帝国の策略で騙し討ちされて、バラバラになってしまった所を周辺国や二大国が寄ってたかって攻め込んで、獣人達の虐殺や国土の略奪を行った……その結果だった。
ヴァランティアは、個人武勇で並び立つものなしと言われた最強の英雄王に率いられ、人族側の二大国を同時に相手取れるほどに強大な軍勢を有していたのだけど……。
元々は100以上にも及ぶ、多種多様な各種族を獣人王の強大な武勇と、絶大なるカリスマで束ねていた事もあって、その英雄が倒れたら、いとも簡単に崩れ去ってしまったのだ。
特に、帝国は獣人に何の恨みがあるのか知らないのだけど、獣人の撲滅を国是として掲げていて、かなり徹底的に侵略と虐殺を繰り広げたらしい。
もっとも、元々馬鹿みたいに広大な国土を持つヴァランティア。
その全土を占領するのは、如何に軍事大国の帝国とはいえ、さすがに無理があったらしく、獣人達は深い森や峻険な山岳地帯へ逃げ込むことで生き延び……そして、帝国相手に泥沼のような戦いを、現在進行形で繰り広げているのだと言う。
もっとも獣人を地上から根絶とか、無茶言ってたのは帝国だけで、他の国は相応に美味い汁が吸えれば、それで良いと考えていたらしく、同じ人族の国でもその対応は、かなりの温度差があった。
大国のひとつ、法国などはこの戦いからは、早々に手を引いて、聖戦と称して手薄となった帝国や周辺国家へ侵略戦争を始めて、帝国も獣人達を追い詰めたつもりが、最後の最後でしくじって、ドラゴンだかなんだかと出くわして、主力部隊が壊滅、帝王本人も戦死しかけると言う大ポカをやらかして、総撤退に追い込まれていた。
その後は帝国と法国のグダグダな戦いが続き、今は一応休戦に持ち込んだものの、犬猿の仲が続いている。
ヴァランティアも完全な滅亡こそ免れたものの、まとまりのない群雄割拠状態となり、その住民たちも奴隷になったり、各地に離散してしまった事で、大陸最大最強と謳われ、獣人や亜人の楽園とも言われたヴァランティアは、かつての面影もなくなっていた。
その広大な国土は、すっかり荒れ果てたり、無法地帯化しており、酷い有様だと言う話だった。
キリカさんも、そんな戦乱の中、奴隷として人族に売られた一人らしかった。
もっともキリカさんの場合、割と善良な商人に買われたらしく、ご主人様に逆らったりもせず、コツコツと大人しく真面目に働くうちに、ご主人様からも気に入られ……。
十分な教育を受けさせてもらった上で、暖簾分けのような形で、危険な無法地帯の仕入れ商人として独立を果たせたと言う話だった……。
もっとも、これはかなり恵まれたケースらしいのだけど……。
獣人達の誰も彼もが不幸な目にあった訳でもないと言うのは、救いと言えるだろう。
ちなみに、キリカさんはロメオ王国と言う小国ながら、割と穏健派として知られる人族の王国の商人ギルドに所属してる。
この王国自体は元々ヴァランティアに隣接していたのだけど、二大国とは接しておらず、位置的には西半分の南側に位置している。
僕らにいるジャングルからだと、ジャングルの西と南の海岸地帯一帯は、ロメオ王国の領土ということになっている。
ジャングルの東には、帝国とその属国があるのだけど……その間に人族のオルメキアという強兵で知られる山岳国家があり、その国と峻険な山岳地帯が帝国の侵攻をさまたげる防壁となっている。
その上ロメオ王国自体が、ヴァランティアとも良好な関係を築いていた関係もあり、大陸の中でもこの近隣は、比較的落ち着いている部類に入る。
ロメオ王国も、獣人王国に対する大国の侵略祭りには積極的には加担せず、隣接していたこの広大なジャングル一帯の半分を保護領とする程度に留めたのだと言う。
……もっとも、保護領と言っても、山岳地帯を迂回し、このジャングル地帯を横断して、隣国オルメキアへと続く街道を確保することが目的で、ジャングルの住民達は、ほぼほったらかし。
悪徳奴隷商人の横行や、盗賊団による略奪、魔物の出現と言った住民や旅人達の脅威への対策は、おざなり……それが現実だった。
もっとも、獣人たちにとっての一番の敵とも言える、帝国の手が及ばない地であるのも事実であって、なによりロメオ王国は、帝国と違って獣人や亜人の差別や弾圧をする訳でもなかった。
それ故に、このジャングル地帯には、ヴァランティアの元住民が勝手に住み着いたり、反帝国ゲリラの拠点があったりと……なかなか混沌とした土地ではあるようだった。
うーむ、なんと言うか……実に複雑な情勢下……グッダグダじゃないか。
獣人王国の成れの果て……サダム・フセイン亡き後のイラクみたいなもんなんだろう。
いずれにせよ、日本みたいな治安は望めないのは確実。
自分の身は自分で守れと……まさに時は世紀末……物騒だね。
もっとも、キリカさんの戦闘力も相当高いし、テンチョーはチート持ち。
盗賊団とか魔物だの、物騒な単語も聞こえたけど、その辺はなんとでもなりそうだった。
そして、このコンビニは、思い切りその街道沿いに建っていた。
この辺もある程度、予想通りだった。
限りなく、幅広な獣道みたいな道だけど、それなりに整備はしてるようだったからねぇ……。
キリカさんの話だと、街道の各所に水場があったり、商人ギルドが雇った街道警備隊みたいなのが組織されてたりして、国レベルではほったらかしに近いものの、利用者側でコツコツと整備している物流の要と言えるような街道らしかった。
今は夜だから、ジャングルも夜行性の動物や、この辺りをテリトリーにしているミャウ族、魔獣のたぐいしかいないのだけど。
昼間ともなれば、人族の商人や旅人、この近くにあると言うダンジョン目当ての冒険者などが、割と頻繁に行き来するようになるのだと言う。
「……つまり、無法地帯だけど、ここは流通経路としては割と重要って事かい?」
「せやな、王国が保護領として確保して、帝国と戦うことも辞さない……なんてやる程度には重要なんやで! でも、うちもびっくりしたで! 先月来た時はこんなもんなかったんやけど、いきなりこんな建物があるんやもん! なんや照明とかもあるみたいやし、途中で食料や飲み物が確保できるとなれば、この街道を進む旅人達の野営の拠点になると思うで!」
……例えてみれば、徒歩でしか進めない富士の樹海とか、深い山の中に唐突にコンビニが出来たようなもんか。
24時間いつでも、水や食料を補給できて、夜になっても、明かりがある……。
僕らにとっては、当たり前なんだけど……こんな世界で、そんなものがあるなんて、どれほど便利になるか……想像に難くなかった。
ジャングルを横断するのに、歩きだと軽く二週間から一ヶ月くらいかかるそうなのだけど、ここはほぼ中間地点に位置するらしい。
ロメオ王国の国境の街は、ラキソムとかいう名前の街らしいのだけど……。
その街からここまでは、一週間ほどの距離。
更に、ここから一週間をかけて、お隣のオルメキアにたどり着ける。
もっとも、その行程はとにかく、過酷の一言に尽きる……暑さによる人馬の消耗、雑草だらけの劣悪な道。
なにより、熱帯雨林気候の例に漏れず、滝のような豪雨が頻繁に降る事による高温多湿。
道もすぐ泥濘化してまともに進めるようなものではなくなってしまう。
それでも、山越えでオルメキアへ向かうよりは、よほど安全で楽なので、多くの旅人、行商人がこのジャングルを抜ける街道を利用するらしい。
そんな中に、食料などの補給ができて、一息つける拠点が出来るというのは、普通に考えて商売人にとっては、素晴らしくありがたい話だろう。




