閑話休題「メシマズエルフの食料改革」⑩
「そう言うものですか……。ただ、節制ばかりだと、それはそれで味気ないし、つまらないと思いますけどね」
「まぁ、そうじゃな……だが、欲望と言うものは、キリがないからのう。それに、ワシらは長寿故に何かと言うと守りに入ってしまいがちなのだよ。アージュ様からも度々忠言は頂いていたのだがな……。こう言う機会でもないとなかなか、切り替えなんぞ出来ん……そう言うもんじゃ」
うーむ。
僕がコンビニと言う異世界の物品を持ち込んだことでの影響。
こんな風に、ひとつの部族の生活そのものを変えるきっかけになるってのは、誇らしい気もするけど、怖い気もする。
けど、この世界の仕組みに切り込んで、既得権益の枠組みに食い込んでいく以上、既存の枠組みや秩序……そう言うのを壊していくのは、避けられない事なんだよな。
「色々……考えさせられますね。僕は自分が正しいことをしているのか、良く解らなくなりますよ」
「まぁ、世の中に絶対に正しいもんなんぞありゃせんからな。しかし、貴様は一体全体何を企んでおるのじゃ? 戦闘民族のウォルフ族やこの森の到るところを踏破しておるミャウ族を従え、ドワーフ共を迎え入れ、次はワシらを従える……この森に亜人の王国でも建国する気なのかな?」
「亜人の王国……ですか。確かに僕は獣人ですが、別に王様とか目指したりは……ないな」
「そうか、野心はない……ということか、良いことか悪いことかはなんとも言えんなぁ。だが、英雄ヴァラスイやリョウスケ王が生きておった頃は、決して悪くなかったからな。ヴァラスイが死に、ヴァランティアがバラバラになって、リョウスケ王もいなくなってからは、この世の中も実に詰まらん事ばかり、あの忌々しい帝国ばかりが我が物顔でのさばっておる……貴様は、少しは世の中を面白くしてくれそうじゃな」
「そうですね……僕としてはとにかく、色んな人と楽しくやりたいんですよ。こんな風に美味いものを分け合って、美味い酒でも飲み交わしながらね」
まぁ、これは間違いなく僕の本心だった。
人々の上に立って、あれやこれやと仕切るよりも、こんな風に誰かと酒を酌み交わして、笑いあいたい。
生き方としては、そう悪くはないと思う。
「なんとも野心のない奴であるのう……だがまぁ、それも一興。ここだけの話、若い頃のヴァラスイは貴様と同じような事を言っておったよ。盃を交わせる友を一人づつ増やしていく……そんな戯言を言いながら、奴は大陸の半分を手に入れよった」
「そりゃまた、すごい話ですね。獣人王ヴァラスイ……強くて、カリスマがあって。まぁ、僕とは正反対ですね」
「そうか? そう大差ないとワシは思うのじゃが……。じゃが、心せよ。奴もだが、似たような事を言っていたリョウスケとか言う異世界人、どちらもすでに墓の下じゃ……この世界では、良いやつほど早死にする。まぁ、貴様は良いやつだが、強かなところもあるからな。同じ轍は踏まんとは思うが、覚えておくと良いぞ」
イルハドさんもどこか遠い目線で過去を語りながらも、僕を評してくれる。
まぁ、お人好しほど早死するってのは、よく聞く話だ。
どうしょうもない悪人……外道。
世の中には、救いようのない奴だっているからね……そう言うのと相対した時は……。
躊躇うなってのは、昔付き合いのあったやくざ屋さんも言ってた事だ。
逃げられそうなら、迷わず逃げるべきだし、戦わざるを得ないときは、容赦はしない。
迷って、どっちつかずってのが一番ダメなんだそうだ。
「……僕は、死にたくもないし、あまり敵は作りたくないですね。戦争なんかも冗談じゃない」
「そうだな、今はそれで良いだろう。まぁ、いざと言うときは迷ってはいかんぞ。このことだけでも覚えておくがいい。いずれにせよ貴様は良き隣人になりそうだ……今宵は飲むが良い友よ」
そう言って、イルハドさんがヤシ酒のお替りを注いでくれる。
異世界で飲む酒が無性に美味く感じられた。
……そんな調子で、宴は続き。
それは夜の遅くまで続いたのだった。
「オーナーさん、大丈夫ですかぁ? 頑張って、もうすぐお布団のあるところですからぁ」
……なんだか、気がつくと誰かにに支えられながら、どこかの家の中にいるところだった。
まっすぐ歩こうと、背筋を伸ばそうとすると思いっきりヨタついて、隣の誰かに抱き着くようになってしまう。
ほぼ目が開いてなかったから、良く解らなかったけど……ふよふよと柔らかい感触。
やけに豊満な身体……僕一人を平然と支えてるパワフルさ。
キリカさんかな?
むぅ……イルハドさんの振る舞ってくれたヤシ酒が妙に美味くて、パカパカ飲んでた事までは覚えてるんだけど……。
「キリカさん、悪いね。まったく、不覚にも記憶が飛ぶまで飲んでしまうとは……」
「あらあら、大丈夫ですかぁ?」
あれ? てっきり、キリカさんだと思ってたのに、意外や意外その声の主は、リーシアさんだった。
「あ、あれ? リーシアさん……なんで?」
やっと目を開けてみると、ゆるふわヘアのリーシアさんが、僕の肩を支えてくれているところだった。
「あれから、皆、酔っ払っちゃって……お外で寝ちゃって……。私、オーナーさんをお外で寝かせるのってどうかと思って、お部屋に運んできたんですぅ」
……うーむ。
酔っ払って、地べたで雑魚寝くらいいつもの事だから、ほっといてくれても良かったのだけど。
僕に肩を貸してるような感じではあるんだけど、ここまで連れてきてくれるなんて、リーシアさん、意外とパワフル。
と言うか、歩いてる感じが全然しなかったんだけど……僕もフラフラながらもここまで歩いてきてたようだった。
ボフッと藁にシーツをかけたような感じのベッドに横たわる。
……干した藁の匂いとなんとなく、甘ったるい、いい匂いがするような感じがする。
「……そっか、ありがとう。ところでここ……どこ?」
部屋の中には、薄緑色の上着や綺麗な布飾りとか、乾燥した葉っぱの入った瓶、乾燥中と思わしき葉っぱや花やらが釣り下げられている。
色とりどりの液体の詰まった小瓶に、蒸留器なんかもある。
なんだか、化学実験室……みたいな感じもしないでもない。
「えっとぉ……私のお部屋ですよ。藁のベッドとか粗末かも知れませんけど……こないだ変えたばかりだから、綺麗なはずですよぉ」
なるほど、この甘ったるい香りはリーシアさんの匂いなんだ。
っていうか、あの怪しげな化学実験機材みたいなのは……うーん、製油とかに使ってるのだろうか?
リーシアさんって、こんな薬剤調合とかもやってるんだね。
……って、なんで問答無用で僕はこんな所に?
でも、頭がガンガンしてまともに考えがまとまらない。
リーシアさんがニコニコ笑顔で、ベッドの上に腰掛ける。
「うふふ……やっと、オーナーさんと二人っきりぃ……」
なんだか知らないけど、超ご機嫌。
「リーシアさん、ご機嫌だね……ちょっと、酔ってる?」
「はい、ランシアちゃんとワインいっぱい飲んで、私もとってもいい気分なんですぅ……。なので、お隣で横になって良いですよね? ここは私のベッドでもあるのでぇ、構いませんよね?」
言いながら、リーシアさんが僕の隣にボフッと横たわる。
その豊満な胸がたゆんたゆんと揺れる。
うん、リーシアさんのベッドなんだから、仕方ないよね。
と言うか、これどうなんだ?
……外で雑魚寝してた僕をわざわざ、自分の部屋に連れ込むって……。
なんか、これの逆パターンなら聞いたことあるなぁ。
酔った女の子にウチ来る? ってやる奴。
お持ち帰りーってアレ。
リーシアさんもいい感じにご機嫌らしく、僕の手をそっと握ると嬉しそうに抱きかかえるようにしている。
目もとろ~んとしてて、今にも寝てしまいそうな感じ。
まぁ、同じベッドで一夜を……とか、いかにもいかがわしいけど、単なる添い寝くらいなら、構わないんじゃないかなぁ。
ほら、世の中には女子高生と添い寝してもらうだけ……なんて、風俗もあるんだし。
一線を越える超えないは、結局僕が理性的に振る舞えば、何の問題もないのだよ。
さすがに、これは冷静に考えるとドキドキ物のシチェーションだけど。
大丈夫……僕はしっかり腰が引けている! きっちり、守るべき線引きってもんは出来てるんだ!
……部屋の中は、明かりも無くて真っ暗。
微かな木の匂いと、花のような香りがする。
カーテンの隙間から差し込む月明かりだけが、暗闇を静かに照らしていた。
まぁ、僕の猫の目はこの程度の暗闇、昼間同然に見通せるのだけどね。
と言うか、この部屋……よく見ると植木鉢みたいなのがいっぱい並んでる。
生えているのは、葉っぱの付いてない太めの針金の塊みたいな奇妙な植物だったり、トゲだらけの茨みたいな植物だったり……訳が解らない。
キノコがいっぱい付いた丸太みたいなのが立てかけてあったり、乙女の部屋って感じがあんまりしない。
……なんて思ってたら、リーシアさんが起きがって、何やらゴソゴソやってると思ったら、パサッと布切れが目の前に置かれる。
リーシアさんの着てた薄手のワンピースみたいな奴。
あれ? これがここにって事は?
目線を上げてみると、そこには一糸纏わぬリーシアさんの姿がっ!
R18は付かないと思うよ?




