閑話休題「メシマズエルフの食料改革」⑥
「ランシア……「傀儡の法」なんてタチの悪い魔法……オーナーはんにかけたらアカンで!」
キリカさんが割引チケットを配りながら、そんな事を言う。
な、なんだってーっ! い、いつのまに……。
って言うか、何そのヤバそうな魔法。
「うふふ……何のことかしら? はい、オーナーさん、今度は私のことをお姫様抱っこしてください!」
自分の意志に反して、身体が動いて、両手を広げてウェルカムカモン状態のランシアさんへ一歩一歩確実に歩みを進めていく!
いや、ランシアさんをってのは、別にいいんだけどー!
そう言うのを自分の意志に反してってのはいやーっ!
「こらぁ……魔法の悪用は、駄目ですよぉ……ランシアちゃん、めーっですぅ! はーい、オーナーさんこの指、とーまれっ! 「解呪」ーッ!」
リーシアさんが僕の眼の前に人差し指をかざして、指をぱちんと鳴らしながらのコマンドワードの一言で、急に体の自由が戻ってきた。
けど、魔法に逆らおうと要らない所に力を入れてたみたいで、弾かれたように目の前のリーシアさんに抱き着くような形で思いっきり密着っ!
おおお、こ、この顔に当たるヤワッヤワなマシュマロのような感触はっ!
リーシアさんの豊満なお胸様に挟み込まれながら、上目遣いで目線を送ると、リーシアさんと目が合う。
「ご、ごめん……これは事故なんです……」
言い訳をしようとしたら、むしろ嬉しそうにニッコリと微笑まれると、その両腕でぎゅーっとされる。
こ、これが世に言う、おっぱいハグって奴かぁーっ!
「ちょっ! 姉さんっ! オーナーさんに何やってんのよっ!」
ランシアさんがすかさず、僕の頭をその平坦な胸で抱き込みながら、リーシアさんから引き剥がす。
ランシアさんの場合……肋のゴツゴツした感触しかしない……なんて……残念なんだ。
……姉妹なのに、この格差はあんまりだろう。
ランシアさんは、泣いていい!
「あらあらぁ……。ランシアちゃんも、オーナーさん大事、大事なのねぇ……。いいなぁ、私もそんな素敵な人が欲しいなぁ……。オーナーさんって、とっても可愛い方なんですね……なんでしたら、もうちょっとギュッとさせてもらっていいですかぁ?」
マジですか! リーシアさん……ああ、でも、今のおっぱいハグは良かった。
あのまま、昇天しても本望ってくらいのギガ級包容力……最高だった。
「ね、姉さんなら、この里の男衆、選り取り見取りでしょうが……まったく、そうやってすぐ、人の物を欲しがるのって、姉さんの悪い癖っ! オーナーさんも、人の身内にデレデレしないでください!」
「せやで、いったい何人の女をコマしたら、気が済むんや……まぁ、うちは男が甲斐性あった方がええ……そう思う事にしたんやけどな……」
なんか、色々人聞き悪くない?
これじゃ、まるで僕が女好きのスケコマシ野郎みたいじゃないか。
「キ、キリカさん……そんな人聞きの悪い事いわないでよ。リーシアさんもありがとう! 助かったよ。ランシアさんも、今みたいにいきなり、人の身体の自由乗っ取るとか酷くない?」
「あ、あはは……えっと。ごめんなさいっ!」
うん、ランシアさん。
すぐにごめんなさいが出来るのはきっと美徳だと思うんだ。
けど……一瞬、リーシアさんと目が合って、まるで獲物を見つけた肉食獣のような目をしてたのは……きっと何かの見間違いだと思う。
リーシアさんは、天使のように純情でとっても優しいお姉さん属性!
改めて、もう一度目が合う……ニコっと微笑まれる。
まさに、天使の笑顔……まったく、僕も疲れてるんだな。
サントスさんもランシアさんの案内で、ランシアさん一家の自宅の下に、いつもの巨大鍋をセッティング。
リファナお母さんとリーシアさん、それにソクラン君も手伝う気満々な様子で、そっちへと向かっている。
うん、レシピや手順を覚えとけば、いつでも美味しいものが食べられる……やっぱり、ランシアさん以外の人達も、食生活はめっちゃ不満だったんだろうね。
素材もうちに来れば手に入るし……、結構この世界にも日本と同じようなお野菜とか、調味料があるって事も解ってきた……この人達、良客になってくれそうな予感!
他の若い人達も何か手伝わせてーと来るので、どんどん言いつけていく。
けど、そんなことをやっていると、唐突に杖をついたいかにも気難しそうな年寄り風のエルフがやって来ると、全員動きをピタッと止める。
「えっと……初めまして……」
ペコリと頭を下げようとすると、杖で地面をバシンと叩きながら一喝ッ!
「……いったい何の騒ぎだっ! 貴様は何者だっ! 余所者が勝手に里に入って来るとは、見張りは何をやっていたんだ!」
「ああ、どうも……えと、長老の方でしょうか?」
「いかにも、ワシがこのルキメルグハワルファリア族の最長老、イルハドじゃ」
……ごめん、さすがの僕も覚えきれなかった。
ルキ……なんだって?
つか、ちゃんと族称とかあったんだ。
誰もその辺、言わないし、皆して森エルフって言ってたから、それが通称とばかり思ってたよ。
「イルハド様、彼らは表敬訪問……つまり、我らと友誼を結びたいと言うことで来てくださった客人です。あれからタラス様から許可もいただきましたし、歓迎するように命を受けております。反対するのは勝手ですが、あなた一人のわがままで、客人への無礼……許されるものではありませんぞ」
「タラスの許可だと? そんなもん知るかっ! 奴は、外の世界に染まりすぎて、我が一族の伝統を蔑ろにしておる! ワシはこの里の最長老じゃぞ……このわしの言葉が聞けんと言うのか、この若造共がっ! 貴様も何をしているのだ! さっさと出ていくが良い! 何度も同じことを言わせるな」
……うーん、こりゃ典型的な老害って奴だな。
でもまぁ、だからと言って、喧嘩してもしょうがない……ひとつ、ここは僕が宥めるとするかな。
と言うか、怒ってる人を宥めるのって、僕にとっては手慣れたもんだからね!
「まぁまぁ、御老体……落ち着いてください。ひとまず、お近づきの印にこれをどうぞ」
言いながら、予めこんなこともあろうかと思って用意していた日本酒の大吟醸……黒桜のボトルを開けて、紙コップに注ぐとイルハド老に差し出す。
「な、なんじゃ……これは? 酒……か」
言いながら、思わずと言った感じで受け取ってしまうイルハド老。
ふっ……これは、勝ったな。
「ええ、お酒ですね。一本で小金貨一枚はするような高級酒なんですよ? 毒味という訳じゃありませんが、私も一杯ご相伴致しますよ。……かぁーっ! やっぱ、美味いなっ!」
言いながら、自分の分を注いで、一気に飲み干す。
フルーティーでなめらか、それでいてコクがある……うーん、やはり日本酒も大吟醸ともなると別格だ。
高級酒とかの味の違いは良く解らないけど、日本酒はとっても解りやすい。
大吟醸ともなると、雑味も無くアルコールって感じもほとんど感じなくなる……甘く上品なワインのような味になるのだよ……うーん、これは当りだったなぁ。
マジでうめぇ!
「こ、こんなものでワシの機嫌を取ろうなどと……」
言いながら、イルハドさんの喉がゴクリと鳴る。
もうひと押しだな……我慢なんてしなくていいのに……。
「あ、あの……私にも一杯いただけませんか?」
ウダロイさんが遠慮がちに言ってくるので、紙コップに注いで手渡すと、恐る恐るといった様子で口をつける。
「こ、これは……なんて、美味いんだ! さっきのウィスキーも美味かったが、これも抜群に美味いっ! まったく、これを目の前にして、飲まないなんて、どうかしているな……」
「ですよね……ささっと、もう一杯どうぞ」
「ありがとう……。うん、こりゃ美味いっ! まさに至高の美酒としか言いようがない……長老、飲まないなら、それ……私が頂きましょうか?」
言いながら、チラッと長老の手の中の紙コップに視線を送るウダロイさん。
いいね……ナイスアシスト。
「う……な、何を言う。きゃ、客人の心遣い……それを無にするほど、ワシとて無粋ではないわいっ! こんな水のような酒、どうせ大した事なかろう……」
同族のウダロイさんが如何にも美味そうに飲んているのを見て、いよいよ我慢できなくなったらしくイルハド老も、手元の紙コップの黒桜を一口ゴクリ! その表情がパァッと明るくなる!
「むぅっ! はうわっ! こ、これはっ……!」
一口飲んで、それだけ言うと、あとは一気飲み!
……もう言葉も出ないと言った様子で、名残惜しそうに空になった紙コップの底を見つめてる。
「……おお、長老さん、良い飲みっぷりじゃないですか! どうぞ、もう一杯!」
そう言って、黒桜の瓶を差し出すと引ったくるように瓶ごと持っていって、更にもう一杯。
……ソクラン君から聞いた話だと、この集落で飲まれているのは、どうも草とどんぐりを発酵させて作った雑草酒みたいな代物で……ぶっちゃけ、罰ゲーム級の激マズ酒。
あく抜きしてないどんぐりと雑草なんて、どう考えても美味い訳がない……伝統らしいけど、修行か何かで考案したんじゃないの? それ。
そんなのと比較したら、この大吟醸の中でも最高峰と謳われる銘酒黒桜……もはや世界が違うよ、世界がっ!
今度は、半分くらいまで一息に飲んで、美味そうにため息を吐く。
その顔からはさっきまでの険がすっかり取れて、赤ら顔の気の良さそうなお爺ちゃんがいるだけだった。
「……う、美味いな。この世のものとは思えぬほどに美味い。き、貴様もなかなか気が利くではないか……人族の癖に……。ん? その姿、その尻尾に纏う青き魔力の光……貴様、もしやあの……魔猫族の者か? まさか、まだ生き残っていたのか……」
「お気に召していただいたようで幸いです。おや、僕の種族についてご存知で?」
「知っておるわ。獣人の中で最も気高く、そして誇り高く、勇敢なる獣と言われた勇者の種族……魔猫族は古代種族であるからな。古代種の者達は、我々亜人にとっても敬意を払うべき存在であるのだ。すまぬな……先程の非礼を詫びさせてもらおう。それにこの酒も……まさに美酒。かつて、アージュ様より頂いた神代の時代の神酒にも匹敵する物であった。よし、貴様らの訪問は、ワシの名において許そうではないか。と、ところで……この酒はこれだけなのかね?」
「ありがとうございます。いえいえ、これだけなんて事はありませんよ。実はここにもう一本ありますので、どうぞ、これをお納めください」
言いながら、もう一本の黒桜の瓶をうやうやしく差し出すと、イルハドさんも大事そうに受け取って両手で抱える。
その顔はもう、ニッコニコ。
……よし、最長老の買収成功である!
「な、何をする気かは知らんが……貴様の好きにするがいい。あと他にも手土産があるなら、受け取ってやらなくもないぞ? だが、貴様らと我らルキメルグハワルファリア族の友誼は、今、この時点でなったと言うことにしようではないか! うむ、心より歓迎する……そう言わせてもらおう!」
嬉しそうに酒瓶を抱えながら、手を差し出すイルハド老。
僕もその手をガッチリと握り返す。
「ありがとうございます。いやぁ、話がわかる人で良かった……さすが、長生きしている人は違いますね」
「お、煽てるなっ! こんなものを貰っても、嬉しくもなんともないわっ! ワ、ワシも一応、一通り話は聞いているからな。……異界よりの旅人という話であったが。貴様は古代種族、魔猫族の一員でもあるし、何かと見どころがある好漢であると言わざるをえん……まぁ、歓迎してやらんでもないな。それと、今宵は泊まって行くといい。後ほど我が家でこの酒の礼として、歓待の宴のひとつも開かねばな。……ふん、まったく! これだからよそ者は……」
嬉しそうに怒るとか器用な真似をしながら、立ち去っていくイルハドさん。
……一種のツンデレのようなもんかな?
けれど、イルハドさんのOKが出たことで、それまで遠巻きに様子を見てたエルフさん達も一斉に駆け寄ってきて、口々に挨拶や握手を求められる。
なんか、タレントにでもなった気分だ。
まぁ、僕の種族がそんなレアで権威ある種族だなんて知らなかったけど、そう言う事なら、今後、フルに活用するとしよう!
うんうん……まさに、理想の話し合い。
向こうもニコニコ、僕もニコニコ……まったくもって、良い話し合いだった。




