第三十四話「ロメオ王国宰相高倉健太郎」⑤
「はっはっは! そんなモノ、我はとっくに気付いていたぞ! クロイエ、そう言う事ならば、早速日本へ飛ぶぞ!」
「う、上手くいくだろうか……私も流石に異世界へ飛んだ事はないぞ……。私もおぼろげながら、日本でのことは覚えているが……どこをどう歩いたのかとかは、さっぱり覚えていないし、そもそも勝手が違うと思うのだが……どうなのだろう? はっきり言って、上手く出来る自信はないぞ」
「なぁに、何事もチャレンジじゃ! ここはひとつ、早速試してみればいい……飛べるかどうかも事前にある程度、解るのだろう?」
「うーむ……。だが、異世界への転移であろう? 父上は向こう側の出自だったから、問題なかったようだが、私は生まれも育ちもこちらの世界……いつものアージュのイメージで飛ぶのとは訳が違うだろう」
「……なぁに、我も貴様もここぞと言うところの悪運の強さには定評がある。貴様も我が起こした奇跡のひとつやふたつくらい、間近で見ておるだろう……今回も遭難して、ケントゥリ殿に救出されるなどと言う奇跡に等しい確率をクリアして、まんまと生き延びれたのだぞ?」
「そ、そうよね……。アージュって、どんなヤバい状況や絶望的な確率でも、乗り越えてきたんだものね! うん、そう言う事なら、アージュの強運に賭けてみるのも悪くない!」
ぶっぶー! 悪いです。
……また、幼女共が無謀な事やらかそうとしてるし……。
おぅ……宰相閣下とか引き受けたけど、引き受けて正解だったかもしれない。
うん、解った……この子達、本気で思い立ったが吉日で動くんだ……。
アージュさんもそんな感じなんだけど、そんな大人が身近にいて、悪い意味でのお手本だったから、クロイエ様も……。
でも、超危ない……良くこんな調子で、これまで無事だったなぁ……。
アージュさんは、その激ラックで運良く生き延びてたんだろうけど。
人をそんな豪運に巻き込むのとか良くない……堅実にって言葉、僕はむしろ大好きです。
ギャンブルってのは、8割、9割の勝率でもない限り、挑むべきじゃない。
マーフィーの法則……失敗する余地がある限り、必ずいつか失敗する。
世の中、そんなものなのだ。
マジで、この娘……保護者必須じゃないか……。
つか、アージュさん……アンタ、1200年も生きてるのに、何かと軽はずみ過ぎるだろう!
「ああ、そこの幼女共、落ち着け。そんないきなりやって、高速道路のど真ん中とか、空の上に出たらどうするんだよ。無事に済む見込みの方が少ないとか、そんなのチャレンジじゃないし、自殺行為って言うのっ! まったく……そもそも、どのくらいの精度なんだい? その転移魔法って」
「そ、そうだな……まず、高さについては、転移先が山の上だろうが、谷底だろうが、ちゃんと地面と同じ高さに転移するようになっているようなのだが……普通に飛ぶと、大体いつも思った場所から10mくらいはズレるな。アージュの記憶頼みだと、もっと派手にズレる。父上は正確に思い描いた場所に飛んでいたようだが、私はいかんせん見よう見まねだからな……多少、劣るのはやむを得ないだろう」
見よう見まねの劣化コピー……うーむ、失敗する余地がありすぎて困る。
つか、転移魔法のリスク……その辺はちゃんと考えてるのだろうか?
「なるほど……けど、転移先に何か物があったらどうなるの?」
まぁ、空間転移なんて出来たとして、一番怖いのはそれだよなぁ……。
かの有名なレトロゲーマーのトラウマ……「いしのなかにいる」って奴だ。
何もない場所なら、問題ないだろうけど……地面の中や岩、木や人……そんなものと重なってしまったら?
「……お父様の話だと、壁や木のあるような場所に転移してしまうと、それらと身体が一体化して、死ぬと言っていた。だから、転移する時は、なるべく広い場所、出来るだけ人もいない場所へ転移するのが基本だと、そう聞いているから、一応、その辺りはちゃんと守っている……私もこの若さで死にたくはないからな」
「…………」
さすがに、思わず絶句。
……おいおい、めっちゃハイリスクじゃないか。
まじで「いしのなかにいる」と隣合わせじゃん!
そんなもんを気軽にホイホイ使っちゃ駄目だろう……。
「……アージュさん、日本で覚えているところってどんな場所? 電車のホームとかスーパー銭湯とかは論外。なるべく開けた場所で強く印象に残っている場所ってない?」
まぁ、ムチャは今に始まったことじゃないみたいだから、それをグダグダ指摘しても始まらない……建設的にー建設的にーだね。
アージュさんのイメージを転写出来るとして、それが正確である必要があるだろう。
「うむ! 新宿の駅前や、秋葉原の歩行者天国とか言う所なら、行った覚えがあるぞ。開けた場所と言っても、日本という国は、なんとも狭っ苦しい国であったからなぁ……。その辺りは、広かった覚えがあるのだが、人も多かったからのう……」
「うーん、具体的に何か覚えてないかな? 目立つ看板とか……」
「そうじゃなぁ……秋葉原のやたら人がごちゃごちゃといる中で、青と白の看板の建物があって、目を引いたのは覚えているぞ」
秋葉原の青と白……となるとソフトマップ? けど、話によると5年以上は前っぽいからなぁ……。
それに歩行者天国とか……いっつも大賑わいじゃん、あそこ。
うん……駄目だコレ。
無茶を承知で断行しても、失敗して、いしのなかにいる未来しか見えない。
なんかないかな? 転移の精度を高める何かが……。
「あのさ……何か、転移の精度上げられるような方法って無い? つか、10m単位でズレるなんて、そんなんはっきり言って、危なっかしすぎるでしょ!」
「うむ、そりゃもちろんあるぞ。リョウスケ殿も転移誤差は問題にしとったからな。ちゃんと対策を用意していたのじゃよ。それなりに準備に時間が掛かるが、出発地点と、到着予定地点に専用の魔法陣を描いておけば、それを目印にすることで、誤差が殆ど出ないピンポイントで往復出来るようになる。クロイエも拠点間の移動は、主にそれで飛んでおる。さすがに、それなしではリスクが大きいのでな」
「アージュさん……そう言う事は先に言おうな。けど、そうなると、異世界間ジャンプでも、向こう側に魔法陣を描いておいてもらえば、成功率も高いと言うことかな?」
「そうなるな……試したこともないので、保証はせんがな」
保証しないなんて……そんなムチャを平然とやろうとしたのは、貴女ですよ……アージュさん?
「なら、その線で行くか……無策チャレンジよりは、いくぶんかマシだろ。そうなると鹿島さん達のご協力が不可欠だ。これはちょっとお願いしてみようか」
とりあえず、相談タイムだったんで、ミュートにしてたマイクをオンにする。
「えっと、お話はまとまりましたか? 何か妙案はありましたかね……。いやぁ、申し訳ない……なかなかハードな交渉でしたので、ちょっとひと息のつもりが、すっかり寛いでました」
向こうは長考だと思ってたらしく、おせんべまで用意して、お茶も二杯目だったらしい。
さっきから、微動だにしていない笹崎さんや戸塚さんとは対象的だ。
「はい。まず、クロイエ陛下は、自前の異世界転移能力をお持ちです」
それだけ言うと、モニターの向こうの鹿島さんが慌てて、ハンカチで口元を抑えながら、フェイドアウト。
相当衝撃的だったらしい……危うく、飲みかけたお茶を吹き出す所だったのだろうと想像出来るけど、そこはツッコまない。
「……そ、それは……こちらの想定の斜め上のお答えですね……。すみません、続けてください」
ガタガタと椅子に座り直しながら、ずれた眼鏡を直す鹿島さん。
この人もなかなか、オーバーリアクションな人だな。




