第三十四話「ロメオ王国宰相高倉健太郎」②
「やれやれ、やっとあたしの出番って訳ね。うん、換金の件だよね……まったく、日本に戻るつもりないくせに、あんな大金、何に使うつもりって思ってたけど、こう言う時のためだったのね! さっすがーっ! ちゃんと依頼どおり闇で換金して、例の海外口座に振り込んどいたよ。額は驚き! こんなになったよ……。よっぽど持ち逃げしようかと思ったくらいよ。まったく、この悪徳成金野郎めっ!」
笑顔でそんな事を言いながら、和歌子さんが指を二本立てる。
うん、軽く億は超えると思ったけど、二億まで行ったか……思った以上だったな。
和歌子さん、いい仕事してくれたな……謝礼は弾まないといけないな。
まぁ、とにかく……スマホを操作して、アプリ経由で銀行振込依頼っと……。
なんだかんだで、50万くらいまで目減りしてた僕の店舗名義口座の預金額が9桁……億単位になった。
預金金額は、二億飛んで58万7630円。
サラリーマンの生涯平均収入がワンタップで、ポーンとなんて、ちょっと変な笑みが浮かぶなぁ。
「和歌子さん、ありがとう。手数料はいつもの和歌子さんの口座に振り込んどいたよ。ちょっと色つけといた……僕の気持ちだから、とっといてよ」
そう言って、指を二本立てて、左手で丸を二回作る。
手数料200万円とか、破格の報酬だけど……それ位にはいい仕事をしてくれた。
実は、和歌子さんにこの世界で入手した宝石や金塊をこっそり託して、日本円への換金を依頼しといたんだ。
当然、表向きなんかじゃなくて、裏の換金ルートでだ。
普通の古物商とか銀行相手だと、出処とか鑑定書だのなんだの煩いし、なんだかんだで足も付く。
その点、闇ルートなら、多少は足元見られるけど、四の五の言わず、黙って換金してくれる。
鑑定や査定も向こうがやってくれるから、出処がなんだろうが、向こうが価値があると認めてくれれば相応の値が付いちゃうのだ。
なんせ、目玉商品として、地球上では滅多に産出しないブルーダイヤなんて、超レアな宝石を流したからね。
ブルーダイヤのレアっぷりは半端じゃなく、通常の無色透明なダイヤとの採掘比率は10万分の1と言われるほど。
「Fancy Vivid Blue」と呼ばれる最高品質のものなら、1カラットで軽く1-2億の値段が付くような代物なんだけど……。
そんなブルーダイヤなんて代物を、とあるドワーフ商人が、酒代代わりにって置いていったのだから、もう驚き! ……だったんだけど、パーラムさんの鑑定の結果、現地価格小金貨二枚相当……何それ、安すぎィッ!
ドランさん達の話だと、この世界ではダイヤモンドって、割とあちこちでボロボロ採掘されて、装飾品に使うこともあるけれど、いかんせん硬すぎて加工が面倒くさいからって、基本的に砕いて研粉にしたり、魔力を蓄える性質があるとかで、魔術触媒や魔石として使ったりしてるとか。
なお、その場合はどれも使い捨て……あばばばばばッ!
混じりっけなしで透明なのは、それなりに価値があると認められるんだけど、不純物の入った色付きダイアは本当に安く買い叩かれるので、こっちの世界じゃ、もはや宝石扱いすらされてないと言う……。
地球では、そう言ったカラーダイヤは希少性から、相応の値段が付くんだけど……こっちじゃ、ダイヤ自体がありふれてるからって、完全にクズ石扱い……。
……地球の宝石商が聞いたら、発狂するような話だけど、僕が手に入れたそのブルーダイアは、1カラットは優にあって、ドワーフ職人が頑張って磨き上げたようで、宝石としてはそれなりの代物っぽく見えた。
そのドワーフ商人も割と自信作だったのらしいのだけど。
ブルーダイヤを売りつけようとした商人ギルドからは、とっても残念な鑑定結果が出てしまい、やけっぱちでうちの酒代にした……らしい。
僕的には、こんなもん、酒代どころか、もらいすぎって思ったんで、お土産に日本酒やウイスキーやらを山程持たせた上で、サントス食堂の飲み放題、食べ放題も付けたんだけど、向こうは詐欺にかけたような気分だったらしくて、妙に遠慮がちだったのが印象的だった。
まぁ、いくらこの世界で二束三文にしかならないと言っても、僕の目で見ても、相応のクオリティの代物だったんで、試しに闇ルートに流したら、案の定、それだけで億近い値段が付いた。
裏オークションで異世界産ブルーダイヤを手に入れた宝石商からは「またのご利用、心からお待ちしております」と言う丁寧な礼状が送られてきたらしい……闇の世界じゃ、こう言うのは珍しいんだけどね。
ドワーフクオリティ……やっぱ、半端ねぇ。
けど、その元手が一晩の酒代代わりだったなんて、ちょっと人には言えないよなぁ……。
どんなわらしべ長者だよ。
それに、地下銀行の隠し資産からも、いくらかお金を引き出してもらった……結果、僕の口座には、合計二億円もの大金が転がり込んできたって訳だ。
振込先はスイスの地方銀行だけど、顧客の秘密はしっかり守ってくれる事に定評がある銀行さんだから、政府筋がお金の動きを追おうとしても、そっから先はもう闇の中……国税局もお手上げだろうさ。
億単位のお金を託すとか、とても他人にゃ任せられないけど……和歌子さんは、裏の世界にも通じてるし、お互い付き合いも長いから、もう家族同然の信頼を置いている。
手数料もホントは10万とか言われてたけど、これまでの色々な働き……20倍くらい払ってもお釣りが来るくらいには、いい仕事をこなしてくれている。
今後もよろしくって意味じゃ、安い投資だ。
「あら、お気遣いありがとう。てか、200ってまじですか? もうっ! オーナー君、愛してるわっ! もう、何でも言ってよねっ! おねーさん、喜んでお手伝いしちゃうわ!」
和歌子さんが抱きついた挙げ句、ほっぺにキスなんかするもんだから、女の子たちの視線が痛い……。
おっぱい押し付けてるのは、絶対わざとだろうけど……。
挙げ句に、そのまま、肩にしなだれかかってくる……なんか、めっちゃ愛されてるように見えるだろうなぁ……ホントは、至って現金な関係なんだけど。
まぁ、これはこれで、和歌子さんと言う異世界急便のドライバーと深い関係があるってアピールにもなる。
大いに誤解していただいて結構っ!
何より、これは、その気になれば日本側の協力が無くともやっていけると言うメッセージでもある。
和歌子さんの協力と、裏の世界やコネを駆使すれば、コンビニを経営する程度の物資を独自にかき集めるくらいの事は不可能じゃない。
発電機や浄水器なんてのをわざわざ購入したのも、日本からのライフラインを失ってもやっていけるようにって考えもあってのこと。
……ミャウ族やウォルフ族からの情報で、ジャングルの中に油の浮く湿地帯みたいなのがあると言う話も聞いている。
話を聞く限りでは、天然アスファルトのようで、間違いなく油田がある……。
今の僕の立場なら、遠慮なく採掘だって出来るし、ドランさん達は、電気配線工事も出来るほどだから、電気の概念なんて、とっくに理解してるし、発電機の仕組みすら理解している。
まぁ、それはさておき、強力な武器を手に入れたところで、早速交渉再開だな……キリッと真面目な表情を作る。
「あのさぁ、鹿島さん……僕の口座を確認してもらえれば、解るだろうけど。今の時点で、軽く二億はあるはずだ。それ位あれば僕の負債なんて、軽く帳消しになるでしょ? ゼロワンとか武器のたぐいは、勝手に押し付けたんだから、その代金まで請求するってのは違うよね……。けど、その話をするって事は、君たちは、手切れ金が欲しいって、そう思って良いのかな?」
「……ば、馬鹿な……に、二億だと? き、君の財産は100万にも満たない状態で、自分の店の経営すら危うかったのでは? そもそも、いつのまに、どうやって、それだけの多額の資金を集めたのだ? ……日本に戻ってきたような形跡などなかったはずでは……」
「まぁ、蛇の道は蛇ってね。僕は政府でも追えない秘密口座をいくつも持ってるし、裏の世界にコネもある。こちらの世界で随分儲けさせてもらってるからね。個人的なルートを使って、手始めに宝石とか金塊をそっちでこっそり換金してたって訳さ」
言いながら、しなだれかかっている和歌子さんに視線を送って、その腰に手を回す。
……クロイエ様も、キリカさんも、お芝居なんだから、そんな冷めた目で見ないで欲しいな。
「まぁ、それでも足りないって言うなら、もっと用意できるよ。商人ギルドやロメオ王国から資金を借りて、そっちの世界に金やら宝石やらを流せば済む話だからね。金も宝石も正真正銘本物だから、買い手なんていくらでも付くよ。君たち、日本政府相手に借金してるよりは、遥かにマシだろう? まぁ、裏の世界とは言え、出所不明の金やら宝石が大量に流れると、相場が荒れて、ちょっとした金融パニックになるかも知れないけど、そこまでは責任持てないよ」
「ふむ……高倉宰相閣下へお貸しするのであれば、我々はいくらでもお貸し致しますよ! むしろ、お金の相談なら、いくらでもしてください! と言うか、我々も日本がこちらに口座を作っているのを見習って、日本に我々名義の口座の一つくらいは欲しいと思っていましてね……。高倉閣下、後ほどで結構ですので、その話ちょっと詳しく……」
「我が国もそう言う事ならば、資金は惜しまぬぞ! なにせ、我が国の国庫は、予算の使いみちに困るほど、潤沢であるからな! と言うか、余剰金の使いみちなぞ、宰相の自由にしてもらって構わない! なにせ、我が国の宰相なのだからな、その程度の権限ないはずがなかろう!」
おお、支援射撃がポンポン飛んでくるよ。
そっか、何気に僕はそんな立場なのか……まぁ、資金面での脅しは効かないって、解れば十分だろ。
……大金ってのは持ってるだけで、強力な武器になる。
お金ってやつは、剣よりも、銃よりも強い……お金がないと戦争も出来ない。
お次は、もっと大量の資金を用意して、日本の国債でも買い漁って見せてやっても、良いかも知れないな。
まさに、僕の本領発揮ってとこだ。
笹崎さんも、もう完全に目が泳いでる、額や頬に汗ダラダラ。
こうなると、恫喝なんて無理だろう……実際、笹崎さん……話が違うって感じで、完全にテンパってる。
きっちりと固めてたオールバックの髪から、一房バサリと額にかかってるのだけど、それすらも気付いていない様子。
この場の本命の交渉相手の鹿島さんをじっと見つめる。
向こうも、困ったように苦笑い。
……うん、さすがに鹿島さんも完全にお手上げらしい……この場は、僕の勝ちだな。




