第三十三話「誠、正しき義によって」③
とりあえず、クロイエちゃんを見つめながら、全力で首を横に振る。
だ、駄目っ! それ、絶対ダメーっ!
「そ、そうだな……魅力的な提案だが、私一人でこの場で決断できるような話ではないな。本件については、本国に持ち帰り検討課題とさせてもらいたい。今はそれで構わぬな?」
うん、それでいい……この場は、お茶を濁して、先送りが正解。
即断即決は、こんな交渉の場じゃ、害しかないんだけど、その辺は言わずものがだったようだ……。
「確かに、それが賢明というものですな。ですが、我が国の無人兵器の力をご覧になられたのであれば解りますでしょうが。あの力を持ってすれば、帝国軍など物の数ではありません。先の戦闘も味方の損害はゼロ、敵は文字通りの全滅……。擬態生物による尖兵をああも容易く屠ったのであれば、もはや帝国の正規軍だろうが、敵ではありますまい」
「笹崎とやら、貴様……さすがに、物言いが過ぎるぞ……。貴様らの国、日本は随分な大国のようだが……思い上がるのも大概にするがよいぞ。力に奢るものはいずれ、より強き力によって、蹂躙される……これは世の摂理である。我はそんな例をこの1000年何度と無く見てきた……貴様らの国はそれこそ数千年の長きに渡り栄えてきたと聞く、その歴史の中で、そのような例……いくつもあるのではないか?」
アージュさんが静かな怒りを湛えながら、笹崎さんを真っ直ぐに睨み返す。
けれど、まったく怯んだ様子もなしに、涼しい顔。
まぁ、実際……日本の歴史も、徳川幕府の300年の治世と、ここ50年位以外の期間は年がら年中どこかで戦争ってそんな調子だもんなぁ……。
勝って、我が世の春を謳歌しても、時が過ぎれば衰退し、蹂躙される……その繰り返し。
この世界も、同様だったのだろう……アージュさんは、その辺り良く解っているのだろう。
「よくご存知で……おっしゃる事は解ります。ですが、どうでしょう? 聞けば、そちらの世界は、随分と不穏な国家情勢のようではないですか。自国民を虐殺したり、他国への侵略……やりたい放題の帝国。宗教……神の名に於いて聖戦と称する終わりなき戦いを挑む法国。まさに、戦が戦を呼ぶ無間地獄の如き巷。であればこそ……正義と呼ぶべきものが必要とされている……違いますかな?」
「ならば、問おう。お主らの言う正義とはなんだ? 正義とは我ら……とでも言うつもりなのか?」
「滅相もございません。しかしながら、我が国としては、貴国への助勢は疑いなき正義……そうも考えています。あなた方はとても正しい。弱小国と小馬鹿にされながらも、独自の道を歩み、戦乱ばかりの世界の中で、数少ないまともな国……我々はそう評価しています。もしも、そちらの世界にも正義と言うものがあるとすれば、あなた方はそれに一番近い場所にいるのではないでしょうか」
「まぁ、そうだな……実際、他の国々は戦ばかり……。無意味に人が死に、無駄に物や金が消えていく。それで困るのはいつも貧しいもの、弱き者ばかりじゃ。我が国が正しく見えるのであれば、それは我らのせいではないな……このクロイエの父、リョウスケ殿が正しかった故にであろう。であるからこそ、我らは戦乱が広がることは潔しとせぬのだ。それに、必要以上の武力は我が身をも滅ぼす、これもまた道理であるぞ? ……つまり、余計な気遣いなぞ、無用である。話はこれで終わりじゃな」
さすが、アージュさん……。
上手く、躱したねぇ……色々実際に見てきたんだろうから、説得力が違う。
「そう、道理ですな……だがしかしッ! 帝国は間違いなく、同じ過ちを繰り返すッ! あなた方が如何に正しかろうが、そんなものは関係ないっ! 弱き者は、蹂躙され、奪われる! ……それもまた、道理ではありませんかな?」
うぉ……いきなり豹変しやがったな。
この慇懃無礼な静かな態度から、烈火の如き怒声……これ、ヤクザ屋さんの手口まんまじゃん。
「そ、そうだな……確かに、それもまた事実だな……。力なき正義ほど、虚しいものはない……」
この不意打ちに、あれだけ頼もしかったアージュさんも目を泳がせている。
まぁ、アージュさんも女の子だしねぇ……いきなり、怒鳴られたら、そりゃ怖いだろ……流石に露骨に怯んだ様子が見て取れる。
けど、これも交渉術のひとつではあるからなぁ……。
帝国への怒りのアピールにもなり、相手への脅しと牽制……やってくれるなぁ……。
「そうです。だからこそ、我が国の軍事力を背景に一気に勢力範囲を広げ、帝国に恫喝外交を行い徹底的に締め上げるのも手ではないでしょうか? 我々はそう考えています。それこそ、大帝が二度と軽はずみな真似をする気が起きなくなるほど、徹底的に。ここは帝国の正面戦力……正規軍を壊滅させた上で、多額の賠償金請求のみならず、領土の割譲要求も行って然るべきでしょう。軍事的勝利の上で、相手に譲歩を迫るのは、常識ですからな。いっそ帝国の首都を包囲して、大帝を引きずり出せと要求するという手も悪くないでしょうな」
……この外務省の笹崎さん。
やっぱ、相当なやり手だなぁ……一気にゴリ押してきたか……。
けど、鹿島さんも自衛隊の人も、なんかうんざりしたような顔をしてる。
なんでも、外務省にちょっと協力要請をしたら、外交事案なら任せろとばかりに介入してきて、本来お呼びでないのに割り込んできたんだとか。
しかし……正義が必要とされている……か。
僕も正義の味方なんて、当てにしてるほど馬鹿じゃないけど……この世界には救いが必要って事は同意できる。
この世界は、何処か歪んでいる……それもまた事実。
揺るぎない正義……それを体現する何か……。
あればいいんだけどな……そんな都合の良いもの無いってのが現実なんだがね。
だからこそ、それをクロイエ様達が担い、自分達はそれを支援する役柄となる……まぁ、リスクもなく大義名分も立つ……理想的な展開でもあるわな。
こちらの都合とかお構いなしってこと以外は。
まぁ、結局……外交なんて、笑顔で握手しながら、テーブルの下では足の蹴っ飛ばし合いってのが、当たり前って世界なんだ。
いずれにせよ、クロイエ様が首を縦に振ろうものなら、ここぞとばかりに無人兵器の駐留基地とか作ったり、一気に影響力を拡大するつもりなんだろう。
その目的も帝国を徹底的に叩き潰して、異世界側に影響力を確保するとか……。
二度と手出ししないような体制を作る……そんなところか?
どうも、帝国も異世界転移の技術を持ってる様子ではあるんで、その技術の奪取も目的の一つなのかもしれない。
それに、すでに日本は僕のコンビニという小規模とは言え、相応の流通経路を確保している。
僕のコンビニが異世界と日本の交易のモデルケースにされているのは、とっくに感づいてはいるんだけど……。
今の所、一方的に美味しいだけで、実害もなく、そこまで無茶も言ってきてないのも事実。
日本としては、この世界での商売のデータってもんは、値千金の価値があると踏んでいるのだろう。
最近は、売るだけでなく、何の価値があるのか良く解らないような壺だの食器、この世界独自の食料品なんかを商人ギルドを経由して、買い付けて、和歌子さん達の帰りの便に便乗させて持ち帰らせてたりもする。
さすがに、パーラムさん達も売るものは厳選してるみたいじゃあるんだけど、ちゃっかりパーラムさん達と交渉して、日本政府名義の銀行口座すら作ってたりもする……イマイチ意図が良く解らないんだけど、色々企んでるのは確かだった。
次なる一手は、多分流通経路の拡大……こちらの世界は、手付かずの資源も豊富だろうし、巨大市場でもある。
少子化による市場の先細りが目に見えている日本にとっては、この異世界は素晴らしく魅力的に映っているに違いない……目障りなちょっかいを出してくる帝国を潰して、この地を半植民地化する。
そんなシナリオが見え隠れしているようだった……やれやれ。
うーむ、自分も含めて、完全に見えない流れに否応なしに取り込まれてるってのは、嫌な気分だ。
出来れば、流れを変えたいところだけど……。
自分で望んだとは言え、僕の存在はこの流れに抗うには、あまりに小さい……。
「……すみません。クロイエ陛下。今の者の言葉は、我々の本位ではありませんので、聞き流していただいて結構です。我々としては、そのような強行策を取るのは、下策と良く理解しておりますので……。異世界の国同士で、軍事同盟というのも、さすがに無茶ですよね……常識的に考えて」
どうも、オフレコモードにでもしてるらしく、笑顔で鹿島さんがぶっちゃける。
この人、顔を見るのは、始めてなんだけど、長い髪を後ろで大きな白いリボンで縛っただけの地味目のフレームレス眼鏡をかけたキャリアウーマン風の若い人。
まぁ、想像通りの人だった。
いかつい顔をした戸塚さんも同様の意見らしく、苦笑している。
「陸上自衛隊特別地域対策技術開発研究室」とか言う長ったらしい部署の代表なんだとか。
要するに、技術屋さんでゼロワン達の親分みたいなもんだけど、ゼロワン達は書類上は存在しない兵器らしく、作るだけ作って、何処でどんな使われ方してるか知ーらないって、立場なんだとか。
……もう、何がなんだかよく判らんね。
「なんじゃ、お主らも一枚岩ではないということか? 鹿島とやら、お前たちはどうしたいのじゃ? 我らを利用して、この世界の戦に介入したいと言うのは解るが。我らもいたずらに戦乱を広げたいとは思っていない……。確かに帝国のやらかしは糾弾して然るべきだろうが、当面はこの街道の安全保障を含めたいくつかの安全保障条約でも結ばせて、いくらかの詫び金でも、せしめれば十分であろう」
「そうですね。我々商人ギルドにとっては、帝国も顧客であり、商売相手でもあります。あなた方日本は、経済力、軍事力、技術力いずれも、我々とは桁違いの極めて強大な力をお持ちだ……。それこそ、あの機械仕掛けの兵器をもってすれば、帝国軍を完膚なきまでに打ち負かす事も不可能ではないでしょう。ですが、帝国が弱体化すれば、間違いなく大戦乱が起こりますよ。帝国と法国のバランスが取れているからこそ、まだマシな状況なのですから。あなた方との商売は我々としても、とても魅力的ではあるのですが、あまり強硬な介入を行うようだと……我々にも考えがありますよ?」
出たよ……パーラムさんお得意の、怖い笑顔。
うーん、こう言うときは、やっぱ頼もしいなぁ……念のためにって事で呼んどいたんだけど、正解だったね。
「パーラムさん、もちろん、それは解っております。なので、まずは我々としてはスジを通すべきと考えています。我々とあなた方ロメオ王国とは、現状まったく交流がありませんが。情報によると、我が国からの転移者、坂崎涼介さん……彼が先代の国王だったと聞いております。ですから、まったくの無縁という訳ではありませんよね? なので、友好的な信頼関係を作る。まずはそこからと考えております」
「ち、父上について、何か知っているのか?」
あちゃ、クロイエちゃん……そこに食いついちゃうか。
けど、しょうがない……彼女にとっては、涼介さんの生死がはっきりしてないって言うのが、重しになっているのだ。
そこがはっきりしてからでないと、この子は前に進めないんだよな……。
けど、それを見抜いて、交渉材料に使う辺り、やっぱり鹿島さんは侮れない。
それに……外務省の人……これ、多分当て馬だ。
双方、バラバラの思惑で話をしてるように見せかけてるけど、グルなのは間違いない。
強気のタカ派の人物に好きなように言わせて、高圧的な印象を与えといて、自分達は柔軟路線での対応をアピール。
それでいて、こっちのウィークポイントを的確に突いてくる。
涼介さんの情報っていう撒き餌を撒いて、仲良くしましょうってやってきてるけど……。
信頼を得た上で、友好関係、じゃあ次は軍事同盟もって話に持っていくつもりなんだろう。
ホント、ヤバイな……この人。
交渉の達人って、印象だったけど……こりゃ、パーラムさんと互角か、それ以上だ。
硬軟自在に使い分けて、絡み手で着々と包囲陣を組み上げつつある。
クロイエちゃんでは……多分、相手にならない。
それに、こりゃ完全に侮られてる。
もうそれはしょうがない……誰がどう見てもお子様なんだから。
おそらく、帝国や諸外国も同様なんだろう。
子供だから、強気に出れないだろうからって、いつも適当な回答でお茶を濁す。
帝国が最初でっち上げだの言い出したのも、当然だろう……互角の相手だと見ていない証拠。
恫喝やハッタリで、押し通せる程度の格下の相手だと思ってるからこそ、そんな杜撰な対応にもなる。
まぁ、帝国の場合……実際にトップの独断専行だったようなので、下っ端には同情を禁じえないのだけど……。
「はい、涼介氏が異世界転移能力者だったということも存じておりますよ。そちらのアージュ様もクロイエ陛下も日本にお来しいただいた事がありますよね? 涼介さんの行動も、我々は随時把握しておりましたが、敢えて干渉は致しませんでした。ですが、その行方について、我々はほぼ正確に把握しております……」
「教えてくれっ! 父上は……生きているのか! 父上は……日本へ旅立ったきりずっと戻ってこないのだ。病が悪化していたのは知っていたが……。お前達はその様子だと、その後、どうなったのか知っているのだろう! 後生だ……頼む! 教えてくれ!」
クロイエちゃんが、叫ぶようにマイクに向かって、頭を下げようとする。
けれど、僕は無言でマイクのミュートボタンを押した。
「ストップ……クロイエちゃん、これはロメオ王国の日本側との公式な交渉の場なんだよ。そんな個人的な感情で、前のめりになってはいけない。まずは冷静になろう……向こうの術中にハマってどうする」
……一民間人に過ぎないこの僕に、こんな真似をする権利なんてない。
だけど……僕はもう、この時点で決めていた。
誠、正しき義の為に……どうやら、その時が来たようだった。




