第三十三話「誠、正しき義によって」①
……明けて翌日。
サントス食堂に、急ごしらえのVIP席を作ってもらって、そこにクロイエ様とアージュさんをお招きした。
商人ギルドからもパーラムさんと、ラナさんが代表として。
キリカさんとテンチョーと僕。
和歌子さんもこう言う場では頼りになりそうなんで、同席してもらってる。
けど、カメラにも映らないような場所に座ってもらい、口も開かないように言ってある。
とにかく、そんなメンツで、色々打ち合わせの上で、本番の会議に臨むところだった。
交渉相手は……ノートPCとインターネット回線を使った遠隔TV会議システムによるもので、日本側の毎度おなじみ鹿島さんと、笹崎事務官と言う外務省のお役人。
オブザーバーとして、防衛省の戸塚一等陸佐と言う人も参加している。
他にも何人も、様々な関係部署の方々が、この会議をモニタリングしているらしいのだけど、基本的に鹿島さんと笹崎氏がお相手だ。
まぁ、建前上は、これまで状況や一連の帝国の侵略行動での被害集計、帝国との交渉内容などの日本側への報告。
別にそんな義務はないのだけど、その手の被害の数字なども、他部署との交渉材料になるとかで、まとめて欲しいと予め言われており、今後の対応方針についても話がしたいとの事だった。
それに何より、日本側がクロイエちゃんに、是非お目通りをと言うので、お互いの顔合わせも兼ねた、異世界国家間会議と相成った。
なにげに、日本側もこちらの世界の国家レベルでの交渉は、始めての試みという事で、閣僚レベルの話し合いではなく、まずは鹿島さんと、外務省の対外折衝担当の人による事前交渉と言う位置づけで、今回の会議が行われる事になった。
向こうは、顔合わせ程度だから、気楽に……とか言ってたけど、こちらは、ロメオ王国の国家元首たるクロイエちゃんがいきなり出て来るという事で、事実上の本番交渉に近い。
僕らはあくまで、クロイエちゃんのオブザーバーと言う位置づけで、必要に応じて、助言などを行う立場だ。
パーラムさん達同様、あくまで、脇役と言う立場なんだけど……出来るだけ、援護射撃はしないとな。
「……そんな訳で、ロメオ王国の国家元首クロイエ様と、その筆頭補佐官にして、エルフ族の代表でもあるアージュ・フロレンシア卿。それに、この世界の商売人を取り仕切る商人ギルド、ロメオ支部の副長パーラムさんと、ギルドマスターヨーム氏の妹君のラナさん。この方々がこちらの世界の代表と言う事で。まぁ、商人ギルドのお二人は商談で何度か話してるから、鹿島さんならご存知かと。あとはオブザーバー参加として、僕と僕の側近の二人……キリカさんは有力氏族ウォルフ族の族長の娘さんで、権威的にも、この場に居る資格はあると思うし、テンチョーは帝国の最強戦力を打ち破った程だし、重要人物なのは間違いないでしょ」
アージュさんがエルフ族の代表ってのは、まぁ……ハッタリなんだけど。
実際、エルフ族に対しての権限は、相応に高いので、そう言うことにしても問題ないと言う話を、森エルフの族長さんにも確認済みなので、ここはハッタリを効かせるために、そう言うことにした。
ラナさんも、ヨーム氏の身内って話は聞いてたけど、実は身内も身内、姉妹だったと言う……そんな人を僕の配下として、送り込む辺り、ヨーム氏の僕への肩入れも半端ない。
「はい、高倉オーナー様、ご丁寧なご紹介ありがとうございます。オーナー様やパーラムさん達とこうやって、ちゃんと顔を見せて、話し合うのは始めてですが、いつもお世話になっております。ロメオ王国のお二方については、お初にお目にかかります。私、日本国異世界案件担当局の担当鹿島でございます。大変、申し訳ありませんが、フルネーム、役職名は諸事情により控えさせていただきます」
「鹿島とやら、よしなに。私がロメオ王国の代表を務めるロメオ・クラン・ヴェラン・クロイエだ。お見知りおきを願いたい。もうひとりの方の紹介はなしか? 一応、話は伺ってはいるが、お互い初対面故、名乗りのひとつくらい礼儀ではないのか?」
「おお、失礼した。挨拶が遅れて申し訳ない。私は日本国外務省……国外折衝を専門とする公的機関の事務官、笹崎と言う。本来なら、名刺のひとつくらい渡すべきだが、代わりにいくつかの資料と我が国の首相からの挨拶状をメールで送ってある。高倉君、確認してもらって良いかな?」
パソコンを操作して、事前に送られていたメールに添付されていたPDF形式の資料を開く。
さっきまでロックが掛かってだんだけど、すでに解除されてて、普通に開けた……時限式だったみたい。
おおぅ、いきなり総理大臣からの挨拶状かよ……こう言うのって、普通書状にするんだと思うけど。
間に合わなかったらしい……本物はお昼便と一緒に届けるそうな。
本来は、書状一式が届いてからと言う話だったのだけど「そんな紙切れの到着を待つなど、本末転倒」のクロイエ様の一言で、午前中の開催となった。
ああ言うのって、儀礼的な意味もあって、そう言う問題じゃないんだけどね。
僕は僕で、慣れない政府仕様の電子会議システムの設定だの、大忙しだったんだから、お昼まで待って欲しかった……クロイエちゃん、リーダーは急がないって話したの忘れてんだろ?
ちなみに、ふすま一枚挟んで向こう側には、ゼロワンが無線LANの中継ポイント代わり兼、周辺警戒の為に、ホットアイドル待機中。
まぁ、番犬代わりにはなるわな。
挨拶状の内容自体は要約すると「始めまして、クロイエ様、今後ともよろしく」って感じの言葉が、長ったらしい修辞と小難しい表現でズラズラと……本当にただの挨拶状。
笹崎氏のプロフィールも色々資料に書いてある……軽く二桁超えの有名無名の国々の名と、その大使を務めていた事が記載されている。
うーむ、外交一筋ウン十年のベテラン外交官ってとこか。
「ふむ、そちらの国々のことまでは、詳しくはないが。他国に駐在した上での外交官を長年勤めていたと言う事か。この手の対外折衝は手慣れているのだろうな。日本国首相とやらからの挨拶状も拝見させていただいた。ご丁寧な挨拶痛みいるとお伝えいただければ幸いだ」
思いっきり、日本語の資料なんだけど、クロイエ様。
一瞥しただけで、内容を読み取ったらしい……さすがだな。
向こうも現地語の書状くらい用意したかったみたいなんだけど、日本語普通に読めるんで、手間かけ無くていいよって言ったら、普通に驚かれた。
「お褒めに預かり恐縮です。鹿島さんも本日は、このような重要な会議にお招きいただき、誠に感謝いたします。これが双方の良き関係の第一歩とならんことを」
表情をまったく変えずに、ペコリとお辞儀。
うーむ、まさに鉄面皮……こりゃ、手強そうだ。
「こちらこそ。これが良き出会いであることを心から祈ろう。まずは、今回の帝国の侵略行動に対しての、我が国の立場と現在の状況を説明する……それでよかったかな?」
「はい、是非ともお願いしますね」
鹿島さんがにこやかな笑みを浮かべながら、そう応える。
まぁ、いつもながら丁寧でかつ柔らかい口調……けど、この手合って、何言っても動じないから、厄介なんだよな。
「まず……本件の被害状況について、商人ギルドからの情報と、そちらのゼロワンとやら言う飛行機械の調査結果で、暫定的ながら、どの程度ものだったか、我々もようやっとその全貌が見えてきた所だ。そちらにも知っていて欲しい情報ではあるから、共有させてもらいたいと思う。パーラム卿お願いする」
うん、クロイエ様だって、今の所負けてないな。
相応の高官ってことも解ってるだろうに、いたって平静な様子。
「はい、ではひとまず、オルメキア側の商人ギルドとの合同調査の結果を報告いたします。現状、まだ一日経ったばかりなので、あくまで暫定値となりますが、犠牲者数は我々の想定していた最悪の数値すら超えるほどだと、確実視されています。まず、我が商人ギルドの派遣した巡察隊50名については全滅……現時点では、ただの一人も生存者は確認できていません。いくつかあったオルメキア側の森林地帯外縁部の集落も全て壊滅……。まぁ、帝国の擬獣……生物兵器は無差別に動くものを全て捕食すると言う話ですので、運悪く通り道にされてしまったようで……」
「……民間人にも相当な被害が出ているようだと言うのは、こちらもゼロワンからの情報で予想していましたが。そこまで酷いとは……」
「そうですね。隊商も当時30組……推定100人以上が入り込んでいたようですが、それも全滅したと考えられています。また高倉オーナーの私設警備隊からも10名ほどの犠牲者が出ております。森の東側にあった反帝国軍ゲリラの拠点も壊滅したようで、それも合わせれば、500人から1000人……その程度の人命が失われたのではないかと推測されています」
パーラムさんが淡々と告げていく数字。
そこまでの被害が出ていたとは……改めて、知らされると、惨憺たる気持ちになってくる。
500人が少ないか、多いかはなんとも言えない……災害の犠牲者数として考えるとかなり大きい。
戦争と考えると、まだ軽微なものだけど……この数字は多分、氷山の一角。
隊商にせよ、集落にせよ、あくまで商人ギルドが把握していた数字に過ぎない。
オルメキア側も慌てて、調査隊を派遣したらしいので、調査が進むほどに、この数字も具体化していくことだろう。
何より、パーラムさん達が出した数字に出て来ていない、勝手に住み着いてた難民やら、勝手に移住していた獣人の部族もいくつかあると言う話で……。
盗賊団やら、商売関係ない旅人や旅行者なんかも、この数字には計上されていないはずだった。
この辺を入れたら、数字はもっともっと膨れ上がる。
ゼロワンの偵察報告でも、スライム軍団が活動していたと思わしき地域では、生存者もみつからないどころか、動物も激減しているようで、文字通り、森の半分が壊滅したのではないかと思えるような状況だった。
この広大な森が一瞬で、その有様……大量殺戮兵器以外の何物でもない。
そんなものを人知れず、何の躊躇いもなく送り込んで、民間人も平然と巻き込む……許しがたい暴挙と言えた。
「……ご報告、ありがとうございます……。数字で聞くと、我々の想像以上の被害だったと改めて実感できますね。まったく慚愧に堪えません。我々も想定はしていたのですが、状況把握が遅れてしまい対応が後手に回ってしまった事を改めてお詫びいたします。……誠に申し訳ありませんでした」
「いえいえ、あなた方は悪くありません。我々に関しては、予想すらしておりませんでしたから……。もっとも、擬獣が相手となると、どれほどの備えがあっても、我々だけでは、厳しかったであろうと思いますね……。実際、壊滅した反帝国ゲリラの拠点も相当な戦力が集結していたはずなのに、ほとんど為す術無く全滅してしまったようで……。我々もそれなりの支援をしていただけに、残念な結果です」
反帝国ゲリラの人達って、帝国に対して嫌がらせを実施するって事で、数百人規模で兵力を集めて、商人ギルドからも資金援助を受けて、出撃準備体制を整えてる真っ最中だったんだよなぁ……。
実は、何気に間接的ながら、僕らも物資の援助くらいは行っていた。
寄せ集めとは言え、結構な人数も居たんだけど……あんな初見殺し相手で、あの数……対応も出来なかったんだろう。
せめて、警告の一つも出来れば、まだ違っただろうけど……。
「我々も、今回の件はまったくの想定外だった。元々我が国は軍備も最低限なのだが、それ故に諜報はかなり重視していて、帝国の監視は厳重に行っていたのだ。だが、我々が監視していたのは、あくまで正規軍の動向。擬獣……あんなものを千匹単位で送り込まれると言うのは、完全に想定外だった……。偶然、我が補佐官たるアージュ卿が現場にいて、高倉卿と貴国の軍勢共々、奮戦してくれたから、森ごと全て飲み込まれると言う最悪の事態は防げた。未曾有の国難において、危うく保護すべき者達を、見殺しにするところであったのは恥辱の極みだ。先の戦いでは貴国の助勢が、勝利への大いなる一助となったと聞き及んでいる……誠に感謝に尽きぬ」
うん、事前に相談したとおりの説明だね。
アージュさんが文字通り命懸けで、奮戦してくれたから、ロメオ王国としてはなんとか体裁を保てた感じだからね。
そこはむしろ強調していいところだと、事前に言い含めといたのだ。
それに、実際に戦って、一番スコアを稼いだのは、先遣隊を一撃で壊滅させたアージュさんなのは、事実だろう。
ラドクリフさんやキリカさん、プラドさん達やリードウェイさん達も頑張った……。
ゼロワン達やテンチョーだけじゃなく、この世界の人達の力もあったってのは、やっぱり大きいだろう。
ちなみに、筆頭補佐官ってのは、急遽でっち上げた役職なのだけど、クロイエ様が一筆したためてくれたので、実は公式な役職として、すでに公認されたようなものだ。
本国で、公式通達まではされていないのだけど、本国の事務方とも連絡をとって、後日就任式を開くとか。
なお、その権限は、親衛隊をも上回ると明記されている。
……アージュさんを引き留めるためにクロイエ様も、誠意ってもんを見せてくれた訳だ。
もっとも、僕の宰相就任は……相変わらずの猛プッシュを受けてるのだけど、現時点では敢えて保留としている。
……僕にもそれなりの考えってもんがあるのだ。




