第三十二話「今日も僕らは平常運転」④
この程度でウブな反応ですこと……ちょっと斬新。
「……だって、暑いんだもん! クロイエちゃん、せっかくだから、君も飲め! アージュさんも、良いから飲め! 僕の奢りなんだから、遠慮なんてしなくていい!」
言いながら、目の前にあったりんご酒を注ぐ。
ミミモモが飲んでたんだけど、ぶっちゃけ炭酸りんごジュースみたいなもんだから、まさにお子様向き。
「貴様、意外と酒癖が悪いのだな……。まぁいい。クロイエ、お前は正真正銘お子様だからな……。シードルとは言え、酒は酒だ……一口付き合う程度にしておくのだぞ」
アージュさんが偉そうに説教をたれてるんだけど。
クロイエちゃんは、黙って一気に空けて、くぅーっみたいな顔をしてる。
……グラスを差し出されたので、黙って注ぐ。
注ぎ終わると、クロイエちゃんが瓶を手に取ってくれるので、自分のグラスを差し出す。
お互い無言で、乾杯……。
それだけのことなのに、やたらと嬉しそうにニッコリと微笑まれる。
「よぉっ! サントス、なんか飲み会やってるんだってな! 俺達も仕事終わったから、来てやったぞ!」
ドランさん達ドワーフ軍団が登場。
仕事明けで水でも浴びてたらしく、いつもどおり上半身裸で腰巻きいっちょ、手ぬぐい肩にひっかけたワイルドスタイル。
「やぁ! ドランさん、お疲れ! 宿屋の改装はどう?」
「注文通り、仕上げは終わらせといたぞ! クーラーもちゃんと動いたし、電灯もちゃんと点く! あのやたら、フカフカなベッドも運び込んで置いた。ただ、電気配線とか割と適当だから、後で問題ないか、見てくれよな」
「おお、さすが! まぁ、とりあえずお疲れって事で、駆けつけ一本ッ!」
言いながら、ビール瓶を丸ごと投げ渡す。
「いきなり、一本開けろってか? と言うか、そもそも何の騒ぎなんだ……これは? オーナーもすっかり出来あがってるみたいだが……おっと、アージュさん、ここにいたのか」
「おう、ヒゲモジャ! お疲れじゃな! 我らの宿は出来たのか? と言うか、お前も脱いどるのか……暑いのは解るが、レディの前なんじゃから、服くらい着て欲しいぞ」
「はっはっは! すまねぇな! でも、服なんか着ると暑苦しくてかなわんからなぁ……。まぁ、今夜のあんたらの宿はバッチリだぜ……まったく、クーラーってのはいいな! ああも、涼しいと昼間でも良く寝れそうだ。つか、アージュさん……大丈夫なのか? 昨日から一睡もしてないんじゃないのか?」
「色々おもしろい事になっておるのでな……眠気など覚めたわい。貴様らも座れ、座れ! 今夜は無礼講の宴会じゃ! まぁ、裸なのはさすがに気になるが……お主らドワーフ共は、皆そんな調子じゃから、うるさく言っても詮無きことか……もうええ、楽にせい!」
「つか、お姫様が来るんじゃなかったのか? こんな馬鹿騒ぎしてる場合なのかね……まったく」
「なんじゃ、姫様ならそこにおるじゃろ」
「は、ははは……わ、私がそのクロイエ姫なのだが。別に恐縮などせずとも良いぞ……。と、殿方の裸も……見慣れれば、恥ずかしくもない……うむ」
ドランさんがポカーンと僕に目で訴えてくる。
「ドランさん、気遣い無用とのお達しだ。ちゃんと服着ろとかも言わないから、いつもどおりで構わない……つか、手遅れ……だよね」
イマイチ、状況を把握しきれてないドランさんをよそに、20人ものドワーフの団体さんが続々とやってきては、思い思いにクロイエちゃんや僕らに適当に挨拶しながら、好きなように陣取っていく。
当然、全員半裸なのはいつものこと……汗臭いよりは、全然マシだ。
なんか一気に暑っ苦しくなったし、やかましいことこの上ない。
好き勝手、色々注文し始めて、サントスさんやククリカちゃんがアタフタしてる。
なんかもう、一気に安酒場みたいな雰囲気だ……。
「おい、旦那……いいのかよ。こんな調子で……一言言ってくれれば、あいつらも止めたのに……」
「いいんだよ! ドランさん! つか、このひげオヤジっ! なんで、シラフなんだよ! 飲みが足りねーっての!」
言いながら、手に持ってた暁を瓶ごとドランさんの口に突っ込む。
フガフガ言いながらも、そのまま片手でラッパ飲み。
「おおっ! こいつはうめぇな! はははっ! まぁ、そう言う事なら、今夜はいつもどおり、盛大に騒ぐか! 友よ!」
差し出されたボトルを僕もラッパ飲み! おっしゃ! アルコール分、チャージ入りましたーっ!
ドランさんの大きな手が僕の背中をバンバンと叩いてくるんで、肩組んで、ゲラゲラと笑い合う。
……うん、ドランさんもあの命懸けの修羅場を一緒に乗り切ったんだ……僕らの間には、とっくに種族とか年齢も関係ない熱き男の友情が成立しているのだ。
「うはははーっ! そういや、戦勝祝賀会もまだだった! 互いの無事と勝利に! かんぱーい!」
僕の乾杯の声に合わせて、あちこちから乾杯の声が返ってくる。
うん、まさに勝利の美酒……これはたまらない!
「まったく、なんでウチがこんなカッコせんといかんねん……」
「うにゃにゃーっ! 晩御飯だって聞いたにゃー! すっかり、真っ暗けだけど、皆、おはよーにゃーん!」
「……だから、あなた達は、おもてなし役なんですって! テンチョーさんもキリカさんも、その辺弁えてくださいね。オーナーさんもクロイエ様に失礼がなきゃいいんですが……」
「ラナも心配性やなー! おーい、オーナーはん、うちらも姫さん接待の手伝いに来てやったでー! てか、えらい盛り上がってるなぁ……ちゅうか、お姫様ってのはどこかいな?」
ガヤガヤと、新手三人が入ってこようとしていた。
キリカさんと、テンチョーとラナさん。
なんか三人共揃いのメイド服みたいなのを着てる。
ラナさんは……入り口の暖簾をくぐるなり、なんじゃこりゃーと言いたげな表情のまま、口を開けたまま、固まってる。
まぁ……厳かな感じの晩餐会、どころか、いつもの仕事明けの打ち上げ飲み会と変わんないんだもんな。
「おおおおお、メイドキターッ! やっぱいいね! メイドさん! それも三人も! やっべぇっ!」
僕、ちょっとテンション高めです。
まさに、メイド萌っ! なら、ここは少し、男らしいところでも見せるとしよう。
「クロイエちゃん、ちょっと失礼するよ!」
そう言いながら、クロイエちゃんの腰に手をやって、問答無用でヒョイっと抱え込む。
ふっふっふ……筋肉強化魔法「鋼のごとく我が豪腕」により、常人以上の腕力を手に入れた僕には、この程度のこと、チョロいチョロい!
慌てたように、僕の首に手が回されて、抱きつかれる。
「た、高倉先生……こ、これは……」
「やぁ、三人共! ようこそ……見給え、モノホンのお姫様にお姫様抱っこ! 一度、これ言ってみたかった。つか、君らもメイド服似合ってるねー! もう、超萌っ!」
キリカさんの何言ってんのコイツ的なちょっと引き気味の苦笑い。
テンチョーは安定の笑顔で抱きつきっ! ハッハー! テンチョータックルでも微動だにしない、この安定性っ! 今の僕なら、テンチョーだって片手で持ち上げられるかもしれない。
ラナさんは……引きつった顔でプルプルしてる。
クロイエ様も注目を浴びて、真っ赤な顔で、両手で顔を覆う。
……あれ? 思ったよりウケてないな?
んんー? 間違ったかなぁ……。
「オ、オーナーさんっ!」
「あっ、ハイ。ラナさんも、メイド服姿とってもお似合いで……」
「じゃなくってーっ! 貴方って人は……貴方って人はーっ! な・に・を・やってくれてんで・す・かーっ!!」
……普段物静かな人が怒ると、凄く怖いんだね。
ラナさんの怒り顔は、まるで般若みたいだった。
かくして、クロイエちゃんの歓待セレモニーは、こんな調子である意味、いつも通りの馬鹿騒ぎ飲み会と相成って、割とグダグダな感じとなり、夜も更けていくのだった……。




