第三十二話「今日も僕らは平常運転」③
「何者って言われてもなぁ……。気がつけば、こんなカッコになってたからなぁ……。魔術については、モモちゃんから尻尾が魔法使いの魔法の杖みたいなもんだって聞いて、ちょっとしたコツだけ聞いたら、普通に使えた。イメージを具現化するって、それで合ってるんでしょ?」
筋肉増強魔法については、なんで使えたのかすら、解らない。
ちょっとこの腕もっとムキムキにならないかなーって、思ったのも事実なんだけど……それ以外、何もしてない。
ランシアさんも、僕の魔術は少し皆のと毛色が違うとは言われてたけど……。
まぁ、よく判らん。
「なんじゃそりゃ? まぁ、確かに魔術とは意思の力により、限定的に物理法則を書き換える……そう言うものだ。それ故、個人個人のもつ特性に大きく左右されるのじゃよ。お主の場合、水を際限なく生み出し、操ると言うもののようだが……肉体強化となると、まるっきり方向性が違うであろう」
「そ、そうかなぁ……ははは」
おおお、魔力を身体に循環させると、見る見るうちに腹筋も太もももムッキムキ!
思わず、フロント・ダブル・バイセップスをキメる!! おおお、心なしか割れた程度だった腹筋が見事なまでのシックスパックにっ!
やべぇ……これ取り返しのつかない力……とかじゃないよな?
「もっとも、異世界から女神絡みで転移してきた者は、使徒と呼ばれ、その尽くがなんらかの異能を持つ……その異能はまさに理不尽。その程度のものではない……。お主のその力は、ちょっと変わっているとは言え、そこまでのものではないだろ?」
「あれ? そんな事言っていいの? みよ! これが我が新たなる力の片鱗よっ!」
そう言って、ミミちゃんが齧りつこうとしていたリンゴを受け取ると、それを両手で握りつぶす!
おっと、果汁はちゃんと下にグラスを用意したし、手もちゃんと綺麗にしてますから、あとで美味しく頂く予定です。
「す、すごい力じゃな……じゃが、その程度の芸当、ウルスラあたりならやってのけるであろうな。つまり、理不尽には程遠い……あの、テンチョーに比べたら可愛いもんではないか」
「な、なるほど……」
ちなみに、なんだかミミちゃん、この宴会芸すっかり気に入ったようで、果物の入ったカゴを持ってきてくれた。
更に片手でレモンとオレンジを握りつぶして、ミックスジュースを作成中。
女の子たちから、わーすごい! とか歓声を浴びている。
和歌子さん……なんで、ズボンの裾に1000円札を挟み込むの?
「まったく……貴様も仮に使徒ではないのか? 我も相応に警戒しておったのが馬鹿らしくなってくるわい」
「ああ? 女神様とか知らねーっす! 使徒? なっにそれー? 僕には、何の説明もなかったからね。テンチョーは女神様とのホットラインみたいなのがあるみたいだけど、僕は魔法も筋肉も、全部自分の努力で身に付けたんだ……そんな誰かに授かりしチートなんかじゃないね」
うん、これは断言してもいいだろう。
チートってのは、テンチョーみたいなのを言うんであって、僕程度の能力。
ちょっと便利程度だろう……まぁ、この筋肉増強魔法はちょっと嬉しい誤算だったけど。
なんか、自分が元々貧弱だったせいか、この逞しい肉体が嬉しくてしょうがない。
ああ、ボディービルダーの気持ちが解るなぁ……むしろ、もっと見てくれって思うよ。
「うーむ、そのぶんだと、本気で自分でも解っていない……そう言うことか。まったく、どうなっているのだか……イレギュラーなのは、間違いないのだが……ワカコは何か知らんか?」
「さぁ? あたしもオーナー君達が、何がどうなって、異世界に飛ばされたのかとか、詳しくは知らない。なんか、オーナー君や皆の話だと、テンチョーちゃんがその使徒ってのに命じられたんじゃないかって、そんな話をしてたけど。テンチョーちゃん本人は、とりあえず、好きにしていいよ! とか言われたとか、そんな話をしてたわ。つか、テンチョーもホントは、ちっちゃな猫ちゃんだったんだけどねー。なにがどうなって、ああなったんだか」
「ふむ……。我が思うに、テンチョーとやらは本来、女神の依り代になるはずだったのではなかったのだろうか。あれはどう見ても、規格外どころか色々おかしい。300年前にこの世界に現れた魔王にも匹敵するような……こう言ってはなんだが、化物じゃよ。もっとも、女神の企み自体は色々問題があって、失敗したようではあるのだが……。ケントゥリ殿、どうなんじゃ? その辺は」
「ああ? まぁ、僕なんてどうせ、おまけのモブ扱いの雑魚キャラっすから。つか、テンチョーを世界を救う使徒に……って女神様も何やってんだかって感じだよ。テンチョーって、難しいこと言っても、多分解んないんだと思うんだよね。テンチョーの頭の中なんて、お店のこと、ご飯の事。それと僕のこと……この三つと、後は快適な寝床の事……それくらいだと思うよ。昼間様子見に行った時なんか、水をゼリーみたいに固めて、ウォーターベッドみたいなの作って、その上で丸まって寝てるんだもん……オリジナルの魔法っぽかったけど、お昼寝用魔法を自前で作っちゃうとか、なにそれ?」
「……し、使徒とはとても思えん奴だのう……。我もいい加減とか怠け者だのよく言われるが、そこまで酷くないぞ」
「んーまぁ、本人には使徒とやらの自覚もないんだから、しょうがないよ。つかさ、なんかもう、僕の好きにやっていいみたいな感じなんだよね。使命とかそんなもん何も聞いてないしさ。日本の人達は、帝国に報復を……とか言ってるけど、何やったか知らないけど、世界の壁を超えて、あんな無人兵器送り込んでくるとか、ちょっと無茶が過ぎるよね。せんそーはんたーい!」
「な、なるほど……お主は、あのゼロワン達を使って、暴れまわったりする気はないと? 帝国も、攻め込んできたら応戦するが、基本まともに相手するつもりがないと?」
「まぁ、基本はその方針……積極的に攻め込む理由がないし、それこそ、そんなの君らロメオ王国関係なく、勝手に出来るような事じゃないだろう。そりゃ、鹿島さん達に帝国相手に戦うつもりだとか言えば、戦力なんていくらでも送り込んでくると思うけどさ。どうも、あのゼロワンの爆撃仕様みたいなのがいるらしいからね。この世界って、空飛ぶ相手には誰も手出しも出来ないみたいだから、それこそワンサイドゲームになるだろうさ。けど、そんなんまで出てきたら、もう滅茶苦茶だろ……」
「そうだな……帝国もやられっぱなしでいるはずもない。対抗手段として、もっと恐るべき怪物を作り出したり、後先考えないような外道な手段に走るかも知れない……。我も伊達に千年以上生きてはおらん。戦争の……争いの虚しさなんぞ、それこそうんざりするほど見てきたわい」
「そう言うことだよ。戦争始めるのはいいけど、終わらせ方くらい考えとかないと、泥沼だっての。そんなことより、もっと別のこと考えたほうが建設的でしょ? ……いっそ、サントスカレーを世界中に流行らせたりとかさー。カレーは世界を救う! なんてね!」
「お主は道理というものを弁えている……そう言うことか。だが、お主自身の目的は何なんじゃ? いったい何がしたいのじゃ? まぁ、カレーを流行らせるのは悪くないかもしれんがな……まったく、面白いことを考える」
「……僕の目的か……何したいの? って聞かれたら、出会った人達と片っ端から仲良くなって、皆でこんな風に騒いで、飲んで、楽しくやろうって……そんな感じ? 僕ももうこんな姿になっちゃったからね。もう日本に戻っても居場所なんて無い。こっちの世界を救ってやろうとかおこがましい事は思わないし、世界征服とか馬鹿らしいことやってらんない。僕の手はそんなに長くないし、出来ることなんて限られてる。こうやって、たまたま知り合った人や縁があった人達と楽しくやって、不幸な人がいたら、手を差し伸べる……その程度でいいと思う。テンチョーじゃないけどのんびりゆるーく商売でもやって、毎日昼寝三昧……ある意味、理想的だよね」
もう、アルコールのせいでぐっだぐだになった頭で、思いつくがままにそんな感じのことを呟いてる。
と言うか、ホント……それでいいんだよなぁ。
分不相応な事したって、疲れるだけ……のんびり、まったりやればいいんだ。
テンチョーみたいな規格外の超常の力ってのも憧れなくもないけど、テンチョーみたいに凄いんだけど、お昼寝が大好き……なんて、怠け者のチート英雄みたいなのだって、別にいいじゃんって思う。
「ふふ……いいな、それは……。クロイエ、貴様、何を一心不乱に飯なんぞ食っとるんだ。せっかくだ、隣へ行って酌でもしてやれ」
アージュさんにそう言われると、クロイエちゃん……お子様ランチを幸せそうに食べてたんだけど、慌てたように顔を上げる。
むぅ、君、話聞いてなかったね?
「はい? ご、ごめんなさいっ! お子様ランチが美味しすぎて、話聞いてませんでした! もしかして、大事なお話してましたか?」
思わず、苦笑。
でも、子供なんだから、それ位でちょうどいいんじゃないかな?
ヨタヨタした足取りで、クロイエちゃんと、アージュさんの間に無理やり割り込むと二人の頭をナデナデする。
どっちもちっちゃいから、可愛いもんだよなぁ……。
「わっ、こりゃ……いきなり何をするんじゃ! と言うか、貴様、服くらい着るのじゃ!」
どっちもなんか知らんけど、顔真っ赤。
そう言えば、上半身裸だった……まぁ、僕的には問題ないな。




