第三十二話「今日も僕らは平常運転」②
「はっはっは! それでこそ高倉オーナーだ! 誰かに土下座したり、かしこまったりとか、らしくねぇよ! そら、お姫様だかなんだか知らねぇが、高倉オーナーがあんたに食わせたいって言って、わざわざ俺に作らせたお子様ランチってヤツだ! どうよ、オーナー! いい感じに出来ただろ? プリンも俺のオリジナルだ」
言いながら、サントスさんが旗の立ったお子様ランチを持ってきてくれる。
まぁ、お皿は適当なヤツみたいだけど、そこは妥協だな。
らしくない……か。
確かに、そうかもしれないな……うん。
「こ、これは……私も覚えているぞ! お父様と日本のレストランで食べたものだ……。高倉先生……これが私のお父様との思い出の品だって知っていたのか?」
「ああ、アージュさんから話を聞いてたからね。まぁ、コンビニ弁当から見繕った有り合わせなんだけどね。宮廷料理とかには敵わないだろうけど、美味いって事は保証するさ」
うんうん、プリンはちゃんとプッツンプリン風になってる。
あれってお安いんだけど、定番だし……そもそも、本人も色々あるのに、わざわざそれを買おうとしてたしね。
けど、このサントスさんオリジナルプリンは、見た目は同じだけど、別格なくらい美味い!
「ふん! 俺がそんな有り合わせで妥協するものかよ! 見た目も損なわず、俺独自の工夫が凝らしてある。王宮の料理人共にだって、負けない自信があるぜ!」
「サントスさんらしいね。アージュさんもお子様ランチが欲しかった?」
なんか、アージュさん……指でも咥えんばかりの勢いでお子様ランチをガン見中。
気付いたクロイエちゃんが、ジト目で睨みながら、お子様ランチを遠ざけてる。
……この二人って、臣下と主君と言うよりも、姉妹みたいだよなぁ……。
「ふわっ! わ、我は大人の淑女であるからな。そのようなお子様と付くような物など……物など」
言いながら、目線はクロイエちゃんのお子様ランチに釘付け。
大人の淑女(笑)である。
「あー、サントスさん。悪いけど、もう一個用意して……」
「ああ、構わんぞ。なんなら、オーナーも食うか? 言われたように美味いもんしか入れてないからな! つか、飲むんだろ? まったく、あとで代わりを取り寄せといてくれよな。色々試したが、コイツが一番ウメェな」
言いながら、ロックアイス入りのグラスと、国産ウイスキーの最高峰、暁のボトルがドーン!
手酌でワンフィンガーでチビチビやる……その程度のつもりだったんだけど、隣りにいた和歌子さんが鼻歌交じりでグラスを取ると、なみなみと……。
「わ、和歌子さん? さすがにウイスキーなみなみとってのは……」
表面張力ギリッギリまで、注がれたウイスキー……ちょっと、これはヤバイぞ。
「あら? 良いじゃない……飲みたかったんでしょ? はい、一気! 一気! アージュちゃんもクロイエちゃんも、ご一緒に! それ一気! 一気!」
なんか、皆して手拍子なんて始めて、一気コールが始まった。
良く解らないなりに、クロイエちゃんとアージュさんも手拍子してる。
隅っこで寝てたミミモモも起きて、訳が解らないなりに合わせてるし、サントスさんもフライパン片手に、合間、合間に一気コールしてる。
やるしか……ないよな。
「よっしゃ! 行くぜーッ! 男、高倉健太郎! 初っ端からオンザロック、一気やりまーす!」
アルコール度数43%……キンキンに冷やしてたみたいで、オンザロックでもほとんど薄まってない。
口の中が焼けるように熱くなって、胃が燃えるよう……間違ってもこんなウイスキーなんて、一気飲みするような代物じゃない。
だが、ここでチビチビ、ケチな飲み方するほど、僕だって雑魚くない!
むせ返りそうになりながら、キューッとグラスを空にすると、立ち上がって空のグラスを全員に見せつけつつ、ドヤ顔をキメる! 美味いはずなんだが、味がよく判らん!
「おおっ! ケントゥリ殿、見事な飲みっぷりじゃな!」
「へぇ……オーナー君って滅多に飲まないのに、意外とイケるクチなんだ」
「フハハハハ……こう見えても、昔はキャバクラで接待飲みとかよくやってたからね。コンビニオーナーになってからは、しょっちゅう夜勤だったから、自重してただけなんだよ。なに? 和歌子さん、人に飲ませて、自分はシラフとかなにそれー?」
「あれー? 健太郎君、このあたしに喧嘩売ってるー?」
まぁ、飲めと言わんばかりに、お替り追加……たぱたぱたぱー。
お子様共がキャバクラって、なんだろーとかやってるのが聞こえるけど、子供は知らなくて良いのさ。
「滅相もございませーん。おっと、お替り入りましたー! まぁ、和歌子パイセンもどーぞ、どーぞ!」
和歌子さんのグラスにもなみなみと注いでやる。
「いいわよぉ……こうなったら、飲み比べ行くわよ!」
「ふはーはははっ! 日頃から、偉そうな和歌子さんが涙目でもう飲めない……好きにしてとか言い出した所で、放置プレイにして、ドヤ顔キメて! 指差して笑ってやるぜ! プギャーっつってな!」
グラスをぶつけ合って、一口……一気直後だから、これだけでもう、身体が拒否してるのが解る。
対する和歌子さん……キューっと、一息。
な……なん……だと?
強いと思ってはいたけれど、ここまでとは……。
つか、こっちはロック……あっちは完全に原液そのままのどストレート。
質、量ともにこちらを軽く上回っている……。
負けじとこちらも、一気飲み……ぬぉおおおお……アルコールが全身を駆け巡っているぅッ!
一気に足元が怪しくなる……なんか、床がスポンジになったみたーい。
「あらー? まさか、いきなり千鳥足? 雑魚い! 雑魚すぎるわよ! おーほほほっ!」
「……ごめん。ククリカちゃん、烏龍茶ちょうだい! ごめんね……僕、雑魚でいいや……。クロイエちゃん、これが引き際を弁えるって奴だ。勝てない相手と判断したら、迷わず引く……これぞ戦略的撤退って奴……」
言いながら、何かがこみ上げてきて、慌てて口を抑える。
見ると、和歌子さんが手酌で、並々とストレートウィスキー湛えたグラスから、更に一息で飲み干すのが見えた。
こんなモンをビールでも飲むような勢いで空けるウワバミ相手に勝てるか!
「あらーん? なんか、すっごい雑魚っぽいセリフが聞こえたんだけどー。空耳よねー」
がっつりと、和歌子さんの腕が肩に回されて、グラスを握らされると、グラスに更に並々と。
「和歌子さん、ごめんね。僕、雑魚でいいわ……」
「あーん? あたしの酒が飲めねぇってのか?」
和歌子さんの腕が頸動脈を巧みに締め付ける……これはヤバイ。
慌てて、腕をタップすると、少しだけ和らぐ……けど、腕のロックを外す気はないらしい。
僕は……早まったかも知れない。
世の中、喧嘩を売ってはいけない人ってのがいるんだ。
「これは、美味いな……蒸留酒のようだが。こんなもの一気飲みするようなものではなかろう……。まぁ、自分で売った喧嘩じゃ……ケントゥリ殿、頑張るが良い」
「と、止めなくてよいのか? 高倉先生、顔色ヤバそうだぞ……」
「倒れたら、介抱でもしてやればいいではないか……むしろ、取り入るチャンスなのではないか? クークック!」
「そ、そうか! そうだな! うん、高倉先生……倒れても、私が介抱してやるから、安心して散るといい!」
何故か、満面の笑顔で、自分の膝をパンパンと叩くクロイエちゃん……。
……おぅふ……なぜ、そうなる。
「あはは、いいね……それ。おらおら……飲まないなら、口移しでいっちゃうわよ? ごめんね……二人共、ちょっと大人な感じになるかもだけど、そこはそれよねー」
はい? 口移しアルコールって、どんなキャバクラのサービスだよ!
何より、お相手はドSモード入った和歌子さん……あー、これアカンヤツや。
冗談ではない! 和歌子さんの手から、グラスを引ったくると、ウイスキーを一気に口に含む。
「うひょーっ! こらアカンね! つか、暑いっ! 和歌子さん、もう放しなさい!」
和歌子さんを振り払うと、シャツをバサッと脱ぐ。
クロイエちゃんが思わず、目を見開くのだけど、隣のアージュさんが慌てたように、クロイエちゃんの目を手で覆う。
「ちょっ! オーナー君、女の子の前で、何脱いでんのよ!」
「うるさいね……。飲んだら脱ぐ! そんなんねー、僕ら獣人の基本なのよ! なぜかと聞かれたら……だって、けだものだものとそう答えよう! って言うか、どう? ここに来て、僕もちょっとは鍛えたからね! ちょっとは筋肉ついて、逞しくなっただろ?」
「そ、そうね……。前は生っ白くて、ポチャってたのに……。え? こんなだっけ?」
「ふふふ……もっと近くで見ても構わぬぞ? 見給え、この大胸筋、そして上腕二頭筋! 我ながら惚れ惚れするほどだ」
「つか、それおかしい! 見る間にムキムキになってるんだけど!」
「和歌子……こりゃ、多分筋肉増強魔法を使っとるな……。日本人なのに魔猫族のような姿、誰からも何も教わらず、独自の魔術を自在に使いこなす……お主、一体何者なのだ?」
そう言えば、僕の腕って、ここまでムキムキじゃなかったような。
おお、確かに尻尾もピンピンで何かの魔術が発動してる……。
どうも、こんなしょうもない所で、僕は新たなる力に目覚めてしまったらしい。
うん、筋肉増強魔法「鋼のごとく我が豪腕」とかどうだろう? 今なら、ポージングでシャツ大破とか、りんごを素手で握りつぶせそうだ。
手絞り生ジュース……まさに、宴会芸以外の何物でもないな。




