第三十二話「今日も僕らは平常運転」①
でも、帝国の侵攻は……あれを予見しろとか、そこまで求めるのは酷じゃないかな?
とも思う……それに、アージュさんも思いっきり自分のこと棚上げしてるんじゃないかなー。
「まぁまぁ……。こんな小さい子に、そんな多くを求めちゃ駄目だろ……。それこそ、そんな国一つを取り仕切るなんて、大人のフォローが必要。アージュさんだって、色々憂いてたみたいだけど、だったら、進言したり、苦言を呈する義務があったんじゃないの? なんかもう言いたい放題言ってるけど、それだけ解ってて、これまで何も言わずに黙って見てたとか、それも問題じゃないの?」
「その通り……我にも大いに責任がある。本来は、誰か大人が支えてやるべき……ごもっともな話じゃ。我もコヤツが赤子の頃から知っておる故、何とか支えてやりたかったのじゃがな。我は長生きしているだけの古エルフ故、どうしても他者とは価値観が違う。人の政や経済などと言う話となると、我は門外漢……故に余計な口を挟むべきではないと考え、実際、さしたる力になってやれなかった……。ウルスラ達も似たようなものだ。奴らは戦の事しか考えておらんからな……師とするには、話にもならん。我らは、リョウスケ殿と言う偉大な指導者がいて、始めて一つにまとまり、各々の才覚を発揮するそう言う集まりに過ぎん。リョウスケ殿に後を託されたものの、我らはその不甲斐なさを晒すだけであったのだ……無能と笑うがよい」
アージュさんの苦悩……。
まったく、世の中ってのはままならない……誰もが上手くやろうとして、それが上手くいかない。
良くある話だけど……それで済ませていい訳がないよな。
「まったく、宮仕えってのは大変よね……。生まれながらの王様ってのも。けど、アージュちゃんって、長いお耳の通りエルフって訳なのね。ランシアちゃんとか同じって訳か……。それで人間の国の王様に、あれこれ口出しってのも難しいでしょう」
俯くアージュさんの隣に和歌子さんが座り込むと、優しくその背中に手を置く。
「いえいえ、アージュ様は私達と違って、古エルフと呼ばれる特別な種族です。不老不死とも言われています……かれこれ、1200年前の神の時代から現存している数少ないお方です。その権威は相当なものなのです。もっとも、指導者的な役割とか、のらりくらりと逃げちゃって、皆がっかりしてるんですけどね。もっとも、古エルフの方々って皆、そんなのばっかり……。無駄に、長生きしてると、その辺どうでも良くなっちゃうんでしょうね……」
「ラ、ランシア……貴様も、容赦ないのう……。む、無駄とか酷いんと違う? のう、ちょ、ちょっとくらい誉めてくれてもいいのだぞ?」
「まぁまぁ、でもそうなると、あたしなんて若造もいいとこよね! なんか、ちっこくて可愛いから思わず、ちゃん付けで呼んじゃったけどさ」
「ん? ああ、ワカコになら別に構わんかな……そもそも、お主も只者ではあるまい? 先程は、忙しいところに酒を寄越せなど、わがままを言ってすまんかったな……っとと、悪いな」
和歌子さんがアージュさんの髪の毛をタオルでゴシゴシと拭きながら、櫛で髪を梳いてくれている。
……つか、何なの? 和歌子さんって、こんな一面もあったのか……まるで、いいお母さんみたいだ。
「あとで、お着替えもしようね。これじゃ、風邪引いちゃうでしょ」
「重ね重ねすまんな……。まったく、日本の酒という物は美味すぎる。ついつい飲みすぎてしまって、醜態を晒してしまった」
「あははっ! あたしもお酒大好きだからさ! まぁ、1200歳なんて言うんなら、色々おもしろい話とか知ってそうだよね。あとで一緒に飲もうか! アージュちゃんとなら美味いお酒が飲めそうだわ! クロイエちゃんはお子様だから、一杯って訳にもいかないけどね……あとで色々話くらい聞かせてね」
「そうだな……ワカコは話がわかるヤツよのう……」
和歌子さんって凄いよなぁ……一瞬で誰とでも打ち解けちゃうし、クロイエ様も普通に子供扱い。
てか、アージュさんって、1200歳かよ……1000歳どころじゃなかったのね。
でも……考えてみれば、僕にとってはクロイエ様は、所属する国のお姫様って訳じゃないのか。
もちろん、敬意は払うべきかもしれないけど、本人が気にしないでいいって言ってるなら、別にそこまで畏まったりする必要もない。
さっきまでみたいな、いいトコの世間知らずのお嬢様でも相手するような気分で、接したって別に気分を害したって感じでもない……なら、それでいいんじゃないか?
多分、和歌子さんみたいに、年上ぶって、思いっきり子供扱いしたって問題ないんだろう……。
実際、そうなんだからさ……僕が色々、ややこしく考えすぎなんだ。
子供には、無条件で頼れる大人ってのが必要……。
クロイエ様も両親も居ない中、必死に良き君主であろうと……リョウスケさんって言う偉大な父親の背中を追って、頑張ってたんだからな。
支えてくれる大人も……アージュさんの話だと、ほとんど居なかったみたいだしなぁ。
けど、ロメオ王国の宰相とか……事実上の最高権力者じゃん。
日本で言えば、総理大臣みたいなもん……それをいきなりやってくれなんて……ムチャだろ。
そんなパッと出のヤツ……国内から、それなりの反発だってありそうだし……その辺は、織り込み済みなのだろうか……?
そもそも、そんなの責任重大もいいところ……さすがに……ねぇ。
チラッとクロイエ様を見ると、すっごい期待に満ちたような感じで目線を返される。
思わずじっと見つめ合う。
「……よし、とりあえずご飯でも食べようか! サントスさん、ごめんね! もう準備できてるんだよね」
ああ、もう難しく考えるのは止め止め!!
もう、適当にご飯でも食べながら、ゆるーく今後の話でもすりゃいいんだ!
先送りです! 先送りー!
「……何やら立て込んでた様子だったから、一応空気読んだんだが、出来れば冷める前に食って欲しいとは思ってた。つか、話は俺もここで聞いてたんだが、これは試食じゃなくて、むしろ、本番って事でいいんだよな?」
厨房から、生真面目な顔でこっちの様子を伺ってたサントスさんが、苦笑しながらそんな事を言う。
「そ、そうだね! あははははっ! うん、本番、本番……違いないっ! あと、酒頼むよ! 酒っ! もうシラフじゃやってらんない! ウイスキー、暁ってのがあったでしょ! 知ってるよ? 料理しながら、時々カパカパ開けてるの! まったく、ドワーフってのは呑んべぇばっかりで困るね!」
「ん、ああ……暁か? あるぞ。珍しいなオーナーがこんな強い酒なんて……つか、意外と目ざといんだな。こっそり食材の発注表に混ぜて、日本から取り寄せて、一人でチビチビやってたんだが……バレてたのか。はははっ! すまんな……面目ない」
言いながら、頭をかいてるサントスさん。
「僕が気づかないとでも思った? まぁ、別に気にしないけどね! ああ、クロイエちゃん、いいかい? これから始まるのは、駄目な大人の見本市だ! そこの三人、こうなったら酒盛りに付き合ってくれるよな?」
言いながら、早速、どうぞどうぞ一杯……なんて、お互い始めてたアージュさんと和歌子さんを指差す。
離れたところで、座ってたランシアさんが私も? と言いたげに自分を指差す。
「あら、暁なんていいのあるじゃん……。何よ、あたしを酔い潰そうとか考えてる?」
「いーえ! 僕は自分の命を惜しむタイプでーす! クロイエちゃん、君はオレンジジュースでいいかな?」
「あ、ああ……それでいいが。い、今、私のこと……」
「ああ、もういいよ! 僕にとっては、君は世間知らずのバイトお嬢様のクロイエちゃん! ちょっと呼び方が変わっただけ! 君も僕に言っただろ? 何があっても態度を変えるなって! だから、悪いけど今日の君の歓迎会は、国賓待遇とかよく解んないのじゃなくて、いつもの僕らの平常運転でやる! ランシアさんも、暇そうなヤツに声かけてきてよ! 食堂で飲み会やってるぞーって! サントスさん、今日はもう僕の奢りだ! まずは、クロイエちゃんにお子様ランチとバリヤースオレンジ! 僕はいつものサントスカレー! おつまみもジャンジャン作ってくれ! 酒が足りなきゃ、コンビニ行ってツケにしとけばいいよ」
もう、堅苦しいことはやめやめ!!
ヤケになったんじゃないぞ……! これが平常運転なんだよっ!




