第三十一話「僕と、そして君の名は」①
「ご、ごめん……なんだか、すっかり説教臭くなってしまった。年をとるとどうも、若い子に説教しがちでね。店の皆からも、お説教が長いとかよく言われるんだ」
けど、クロコちゃん……何やら考え中の様子。
じっと僕の目を見ながら、ふっと微笑む。
「そう言えば、この席の上座はどこになるのだろうか? ここは私が知るお座敷とは少々違うようだ」
唐突な質問……ああ、そう言うマナーも教えられてるのか。
王都の方じゃ、リョウスケさんの影響で、貴族とかに日本のマナーとか習慣が浸透してるって話だもんな。
そんなのまで、伝わってるってのは驚いた……意外と礼儀作法とかに厳しい人だったのかな?
まず、入り口の近くが下座……一番奥が上座ってことになるから、このテーブルの場合、入り口の反対の通路側が上座か?
三島並んで、一番手前のテーブル列の三つのうち真ん中に座り込んでて、クロコちゃんは上座側のすぐ隣。
まぁ、厳密には一番奥の島のお誕生日席が上座なんだけど……わざわざ、奥に行くのもなぁ……。
ここでいいか。
「そうだね……入り口から見て一番遠い場所が上座だから、反対側の隅っこが上座だね。……ちなみに、テーブルの短い側が本来、一番の上座なんだけど、この机のレイアウトだと、そこに座ると通路にはみ出すような感じになるから、このテーブル一番端っこの向かい側が上座扱いって事になるのかな」
「であれば、高倉オーナーがそこに座ると良い。私はその向かいに座るとしよう。今は、私のほうが上座になってしまっている。これは貴殿への敬意をないがしろにしているようなものだろう。良く解っていなかったとは言え、失礼した」
マナーへのこだわり。
この場では、僕のほうが立場は上だと、そう言いたいらしい。
まぁ、お仕事終わった以上、オーナーとバイトって関係じゃなくなってるんだけど……まぁ、付き合うとしよう。
「……これでいいかな? ククリカちゃん、お冷でももらえる?」
とりあえず、座る場所を変えて、どっかりとあぐらを組むと、通りがかったククリカちゃんにお冷を頼む。
長々と話し込んじゃったから、喉乾いた。
クロコちゃんも座る場所を変えて、僕の真向かいに座って、相変わらずお上品に正座。
……楽にしていいって言ったのになぁ……良く足痺れないよな。
和歌子さんもさっきまで、奥の方でククリカちゃんと、テーブルのレイアウトを変えたり色々やってたけど、満足行ったらしく、当然といった様子で、僕の隣にあぐらをかいて座り込んむと、クロコちゃんへニコリと優しく微笑んで、軽く頭を下げる。
……和歌子さんのこんな優しい顔なんて、ちょっとレア。
まぁ、一仕事終えて、一杯飲むつもりらしく一升瓶なんか手に持ってて、まるっきり、おっさんみたいだけど……和歌子さんは、これが平常運転。
タバコ吸いださないだけ、まだマシ……さすがに、こんな小さな子の前でタバコ吹かしたりはしないみたいだけどね。
その辺、ちゃんと弁えてるんだよなぁ……。
「すみません、ちょっと色々立て込んでて、お水……お待たせです!」
言いながら、ククリカちゃんがワタワタと駆け寄ってくると、グラスと2Lペットボトルの水を持ってくる。
危なっかしい足取り……と思ってたら、畳の縁に足を引っ掛けて、思い切りバランスを崩す。
あっと思う暇もなく、いつの間にか立ち上がっていた和歌子さんがお盆を受け止めて、ククリカちゃんも抱きとめてくれる。
すっげー! 動きが全然見えなかったし、ククリカちゃんがコケる前に動き始めてなかった?
そして、何事もなかったかのように、流れるような仕草で、グラスを並べて、慣れた手付きで水を注いで回る。
「わ、和歌子さん、すみません! た、助かりました!」
「あははっ、気をつけなよ。お客さんに水ぶっかけるとこだったよ?」
「ご、ごめんなさーい!」
「ククリカちゃん、相変わらずドジっ子だねぇ……。クロコちゃんも驚かせてゴメンね」
「あ、ああ……。凄いな……ワカコとやら、只者ではないと思ってはいたが……。今の動き……見えなかった」
「あはは……けど、お嬢さんほどじゃないと思うよ。というか、オーナー君さぁ……。あんた、それいつまで続ける気なの?」
和歌子さんが苦笑しながら、そんな事を言って、ちらりとクロコちゃんへ視線を送る。
なんのこっちゃ? そう思いながら、クロコちゃんを見ると、和歌子さんを見つめながら、ニコリと微笑んで、いたずらっぽく片目を瞑る。
和歌子さんも、その仕草を目にしただけで、やれやれと言った感じで両手を上げる。
……なんか、無言で通じ合ってる感でいっぱいの二人。
そんな話し込んだりしてる様子もなかったし、和歌子さんも近くで聞き耳を立ててる様子だったんだけど……。
クロコちゃんと、知り合いとかそんなんでもないはず……。
思いっきり初対面にも関わらず、この二人、言わずとも、何やら通じ合ったみたいで、まるで共通の秘密でもあるかのような……そんな様子だった。
……なんだか、すっごい仲間はずれにされた気分。
今日、これで何回目? なんすか、これ? ラナさんと言い、和歌子さんと言い……なんなんだよ。
「クロコちゃん……だっけ? もうそろそろ、ぶっちゃけて良いんじゃないの? お姉さん、そこで話聞いてただけで、なんとなーく、色々解っちゃったんだけど」
「ワカコは、なかなか勘が鋭いのだな。けど、すまないが……無粋な真似はしないで欲しい。私はこの者の本音と、その本質を知りたいのだ」
「……そうね、解った。確かにオーナー君って意外とチキンだから、ここは黙ってたほうが良さそうだよね。もう、あたしは何も言わないで、このまま成り行きを見守るとするわ。まぁ、オーナー君も解ってないなら、そのまま続けなさいな」
それだけ言いながら、軽く肩をぽんと叩かれる。
なんか、色々悟ったような顔してるけど……これ絶対、教える気ないな……。
なんなんだよっ! くっそーっ!
「うむ、では今更のようなのだが……高倉オーナー殿、そなたの名を聞かせて欲しいのだが……」
「い、今更? あ、そっかフルネームか。僕は、高倉健太郎……アージュさんは、健太郎がケントゥリって聞こえるらしくて、すっかりそんな感じで呼んでるんだけど……君はどうだい?」
「ふむ、ケンタロウか? どうやったら、そんな風に聞こえるのだろうな」
「さぁ? どうも、僕は日本語を話してるつもりなんだけど、実際はこっちの世界の言葉で話してるらしいからね。その辺の関係で、たまにおかしな言葉になって聞こえるみたいなんだ」
「なるほど……至って、流暢な人族共用語にしか聞こえないのだが……。なんとも、興味深い話ではあるな。そう言えば、父上もそんな話をしていたな。しかし、タカクラ=ケンタロウ殿か……とても、懐かしい響きの良い名だな」
「そ、そうかい? けど、僕、最初に名乗らなかったっけ? もしかして、聞き流しちゃってた?」
「そう言えば、そうだったな……。あの時は、頭に血が上っていたので、聞き流してしまった。まったくいかんな……あの程度のつまらん事で、騒ぎ立てるなど……」
「けど、君もエライよ。ちゃんと自分の非を認めて、こうしてスジを通して見せてくれた。子供だと思ってたけど、なかなかのもんだ……。君みたいなのが自分の娘だったら、こりゃ親ばか街道まっしぐらだったね!」
「ははっ! 私が娘……となると、私は高倉オーナー殿をお父様と呼ぶのか……それは、それで悪くないな」
「な、何言ってんだか……。そんなの君の本物のお父様に叱られちゃうよ!」
「すまんな……。敢えて黙っていたのだが、私の母上は物心付く前に病に倒れ……。父上も何処かへと旅立ってしまい戻ってこないまま……もう生きてはおるまいと解っているのだがな……。いつかひょっこり戻ってくるのではないかと……ついそんな事を、思ってしまってな。未練がましい話だと解ってはいるのだが……たまにどうしょうもなく、恋しくなる」
グラスの水を見つめながら、寂しそうに呟くクロコちゃん。
「ク、クロコちゃん……そうか、そうだったんだ……」
それっきり、どう返していいか、二の句が告げられなくなる。
「そんな顔をしないでくれ……。とにかく、私にはもう親と呼べるような者はいなくなって久しい。この私に非常識などと説教をしたものなど、随分と久しぶりだった。懐かしくも嬉しくもあった……。すまない、私の両親の事を気にしていたようだが、そう言う事なので、挨拶は不要だ。機会があれば、母上の墓参りでもしてくれればそれでいい」
……どおりで、親がいつまで経っても出てこない訳だ。
この子は天涯孤独の身の上って事か……それを僕ってやつは無神経に……。
そうなると……この歳で、自分の領地を経営して……見識が深いわけだ。
領民や家臣、周囲の貴族たちに当主として認められるためにも、年相応の子供として生きる訳には行かなかった……そう言うことか。
でも、同情とか慰め……そんなのは、彼女にとってきっと失礼にあたる。
だから、僕はその事には触れない……たぶん、それが正解だろう。
けど、なんかが引っかかる。
どこかで、似たような話を聞いたような……。
「う、うん……別に説教したつもりはなかったんだけどなぁ……。ごめんね、気が利かなくて! 確かにそんな大貴族のご当主様相手に……ちょっと調子に乗りすぎてたね」
「気にするな……。権威や名声と言ったものをこれっぽちも気にしない。多分、それは高倉オーナーの美徳だと思う」
……まぁ、こちとら会社経営者やヤクザの親分さんやら、政治家なんかの相手もしてたから、誰が相手だろうが、怯まないって自信はあるんだけどさ。
交渉において、相手の肩書とか、気にしちゃいけない……肩書は肩書……要するに、それはハッタリでその人の本質じゃない。
だからこそ、敬意を払いこそすれ、卑下する必要なんて無い。
実際、その方がすんなり話もまとまるんだよなぁ……変な弱みを見せるとふっかけられる。
商売の世界ってのは、そんなもんだ。
でも、確かに、少しくらい畏まるべきだったか……なんせ、正真正銘大貴族のご当主様。
けど、本人が気にしないって言ってるんだし、ここで変に畏まるほうが失礼だろ! うん!
ただやっぱり、なんか引っかかってるんだよなぁ。
……すっごい危ない橋を渡ってる時の感じだぞ、コレ。




