第三十話「灰色の正義と悪」③
「こ、ここだけの話だけどね……。ロメオ王国を仕切ってるお姫様とその付き人が来るって話になってるんだよ。そのうちの一人はもう先に着いてるんだけど。それがもうやりたい放題で、お姫様のお出迎えの準備もそっちのけで、自分が温泉だのお酒だの色々堪能し始めちゃって……困った話だよ」
「……そ、それは……なんともはや……。まさか、そ、その者のせいで、悪く思ったりはしていないだろうな?」
「それはないかな。そもそも、僕自身お姫様への印象はそんな悪くないからね。どうも、武闘派の親衛隊を送り込んで、僕らと一戦交えるつもりだったみたいだけど。真っ先に出食わしたのが、割と話の解るその酔っぱらい……ならぬ、アージュさんって人でね。それがさ……その人、森のなかで思いっきり遭難した挙げ句に、行き倒れててさ……。偶然見かけて、捨て置くわけにもいかず、助けてあげたんだよ」
「……行き倒れって……。何をやって、そんな事になったのだ……それに、昼間から酒盛りなど……まったく……」
なんか、良く解らないけど、ふくれっ面でブツブツと独り言みたいなのを言ってる。
アージュさんのこと知ってるのだろうか? まぁ、あの人有名人らしいし……。
昼行灯なんて、あだ名が付いちゃうくらいだから、案外、ポンコツっぷりで有名なのかも知れないな。
「普通、そう思うよね。本人によると、誰も通らない古いジャングルの道を歩き回った挙げ句に、道に迷ってさ! その上暑さで思った以上に消耗して、魔法も使えないくらいヨレヨレになって、ぶっ倒れちゃったんだって。けど、ちょっと洒落にならない状態だったからね。僕が通りがからなかったら、あの人多分死んでたよ」
「……そ、そうか……。けれど、それを高倉オーナーは、助けたのだろう? そんなどこの誰かも解らぬものを迷わず助けるとはな……。その者の関係者もきっと感謝しているに違いない! 絶対そうだ!」
言いながら、腕を組んでうんうんと頷くクロコちゃん。
やけに感情こもってるなぁ……。
「いや、普通……行き倒れなんて見つけちゃったら、助けるでしょ? けど、その後帝国軍相手に一緒に戦って、共に死線を乗り越えたような……戦友って感じになっちゃったんだけどね。正直、敵に回りかねないとも思ってたんだけど……。もうお互いそんな感じじゃないからねぇ……なんとも、平和的な話だろ?」
「我が生涯、残りすべてをお主に捧げよう」……なんて、愛の告白じみたのまでされた……ってのは、さすがに言えないけど。
さすがに、子供には少々刺激が強すぎるだろ。
「共に戦い戦場の絆で結ばれた戦友か……。私は戦場に立った事なぞ、一度もないのだけど、そう言う話にはやはり憧れるな。羨ましいとすら思うな……」
「ははっ、君みたいな子供が戦争に巻き込まれるなんて、それこそ世も末だよ。でも、君達もオルメキアへ向かうつもりだったのだとすれば、ちょっと危なかったよ。ほんの数日、予定が早かったら、帝国のスライム共に、殺されてた可能性だってある」
……ゼロワンには、かなり奥の領域まで進出して、誰か生存者が居ないか捜索してもらっているんだけど、精々武器防具や背嚢とか遺留品が見つかる程度だった。
オルメキア方面の森の街道付近を根城にしていたと思わしき、盗賊団ですら、アジトの痕跡だけで、誰一人生き残って無かったとのことだった。
50人近くいたはずの商人ギルドの巡察隊も、僕らがスライムの群れと交戦した野営地からそう遠くない場所で、戦いが起きた痕跡が見つかってはいるのだけど、生存者は確認されていない。
パーラムさんの話だと、オルメキア側の商人ギルドの支部とも連絡を取っているようなのだけど、相当数の隊商や旅行者、冒険者が行方不明となっており、被害の全容すら知れていないような状況だった。
商人ギルドは、もはや怒り心頭と言った様子で、帝国への賠償請求や抗議のみならず、経済制裁などの報復措置を取るという事で足並みを揃えているらしい。
おまけに、帝国各地で暴動が発生したり、給料の不払いなどが原因で、兵士の反乱も起きたりと、帝国も絶賛炎上中……。
ともかく、一歩間違えたら、このクロコちゃんだって危なかった……そう考えると、被害を最小限に抑えた……そう思いたかった。
「そ、そうか……確かにそれは、危うかったな……。まったくここにいると最前線だとはとても思えんから、忘れそうになるが、ここはすでに帝国軍と向き合う……そう言う場所なのだな」
「そう言うことだよ。一応、もう少し行ったところに少し大きめの川があるから、そこにここの警備の人達や、異世界日本の無人兵器が防衛線を作ってるから、ここらは一応、安全なんだけどね。いざって時は、僕らから避難指示とかも出すから、ちゃんと言うことを聞いてくれると助かるよ」
「そ、そうか……そんな事までしているのか。だが、そう言うのは、本来ロメオ王国の正規軍がすべき事だな……まったく、不甲斐ない話だ」
「まぁ、しょうがないよ。帝国軍も完全にだまし討してきたようなもんだし。それに元々この辺りは自分達の安全は自分達で守る……そんな土地柄だからね。何より、正規の軍隊なんて出てきても、あのスライム軍団相手だと、ちょっと厳しいだろうさ」
「そ、そうだな……私も実物は見たこと無いが、その脅威は聞いたことがある。音も気配もなく忍び寄り、屈強な兵士が為す術無く殺される……恐ろしい魔物だと。それが群れをなしてくると、頑強な砦や城、万の軍勢ですら容易く壊滅すると。高倉オーナー達はそんなものと戦い、打ち破ったというのか?」
「まぁ、そんなところかな。その辺は日本側の後援者みたいな人達が、色々とアドバイスしてくれたり、対抗兵器を送りつけてくれたからね。だから、ここまで侵入されるような可能性は低いから、安心していいよ」
なんか、クロコちゃんはポカーンとしている。
……帝国が異世界日本に喧嘩売ってて、日本側が介入する気満々だとか、ややこしい話は伏せとくべきかな。
それに実際は、スライム共の半分近くをアージュさんとテンチョーが撃破したんだしね。
日本の無人兵器が無双してって訳じゃない……あの戦いは、色んな人達の頑張りがあっての勝利だと言っていいだろう。
ただ、その決定打になったのは、ゼロワンやブンちゃんの索敵システムなのは間違いないんだけどね。
こんな深い森の中を光学ステルスで動き回るバケモノ……それを上空からあっさり識別する時点で、もう反則だろう。
戦いにおいて、モノを言うのは情報……そんな話を聞いてはいたけど、まさにあれは、情報戦で向こうを圧倒したってのが勝因だろう。
まぁ、その辺の難しい話……戦争の事なんて、この娘は知らなくていいと思う。
戦争なんて、大人同士がやってるべきで、子供が戦争に巻き込まれる……そんな事にならず、本当に良かった。
オーナー、もはやボケボケに思えるでしょうけど。
こうなってるのも、それなりの理由があります。




