第二十九話「プリンちゃんとWith ME!!」①
「これが労働の対価をもらうと言う事か……。なんとも感慨深いものだな! オーナー殿、これでプリンが何個買えるのだ?」
自らの労働で得た銀貨を、嬉しそうに見つめながらそんな事を言う。
昔、ものを買う時とかに、これで10円チョコなら何個分……とかやってたけど、彼女にとってはプリンが基準になってしまったらしい……。
天才の片鱗を見せつけてくれた割には、発想は案外お子様らしかった。
「そうだねぇ……それだけあれば、50個は買えるかな? 一応、まだレジは開けてるから、その銀貨で好きなだけ買い物していってくれると嬉しいね」
プッツンプリンは、三個入りと単品があるけど。
保存もまぁまぁ効くほうだから、店頭からは無くなってしまったけど、倉庫に行けば、在庫が残ってるし、サントス食堂に設置した冷蔵庫にも、プリンだったら一通り置いてあるはずだった。
「おお、それもそうだな! 実は恥ずかしながら、少し空腹を覚えてしまってな。……しかし、お弁当もあまり売れ残ってないようだな……。お客が買っていったのは、どれも美味しそうだったのだがなぁ……」
ちょっと残念そうな様子。
ポーカーフェイスを気取ってたつもりみたいだけど、時々お弁当やスイーツを見ては目を輝かせてたもんなぁ。
……確かに、お弁当コーナーもスッカスカ。
いつもなら少しは残るんだけど、今日はほんとに売り切れに近い。
フォーキャストが外れたと言うよりも、お客が想定外に多かったせい。
明日の分も多めに発注しないとまた、お弁当コーナーが空っぽになりかねない。
二割……いや、三割増でも良いかも知れないな。
カップラーメンやドリンクも倉庫在庫補填で多目に発注……うーむ、こりゃ日付変わるまで寝れそうにないな。
もう三時間位もすれば、夜便の配送も来るんだけど……今日は、例のお姫様が来たり、色々あるからね。
さすがに、そこまで付き合いきれない。
と言うか、来たらアージュさんあたりが知らせに来ると思ってたのに、結局ナシのつぶて……。
そういや、酒買ってこいって言われてたのに、放ったらかしにしてしまった。
文句の一つくらい言ってくるかと思ったのに、一向に姿を見せない……何かトラブルでもあったのだろうか?
けど、酒盛りしてるうちに盛り上がって、色々忘れてるって可能性もある。
ああ見えて、アージュさんって結構いい加減なんだよな……。
1000年も生きてると、細かいことを気にしなくなるのかも知れないけど、伊達に昼行灯なんて、異名を持っちゃいない。
まぁ、アージュさんが何も言ってこないって事は、なんだかんだで到着が遅れてるとかそんななんだろう。
そう言う事なら、ここはひとつ、もうちょっとこの子に付き合って、お子様ランチの試食って事で、この子にご馳走するってのもありだな。
実は、一緒に仕事しているうちに、僕自身この子に好感を抱くようになってしまった。
こんな子が自分の娘とかだったら、親として誇らしいだろうなぁ……なんて事を思ってしまったほどだ。
「そうだね……なら、隣のサントス食堂で、晩御飯でもどう? ちょうど君くらいの子に向けた新商品を作ってるところでさ。出来れば同年代の子の意見を聞きたいから、試食して欲しいんだけど……どうかな?」
「ほほぅ……それは、どんなものなのだ? 美味いのか?」
「お子様ランチって言う、子供向けの料理なんだけど……。要するに、色んな美味しいものを取り混ぜた感じかな。これは、実物を見てもらった方が多分早いね」
「ただで、食事を恵んでもらうと言うのも、それはそれで気がひけるのだが……。新メニューを作るための試食が必要と言うのも解るな。つまり、それも仕事のようなもの……と考えて良いのだろうか?」
「そうそう、むしろ、こっちがお金払って試食してもらって、意見を聞きたいってところだからさ。遠慮なんて要らないよ。どう?」
「そう言う事なら、喜んで引き受けよう! うん、契約成立だな!」
……うーん、ちょっと頭が固いところもあるけど、この歳で契約とか解ってるとは、なかなか大したもんだ。
ひとまず、食堂へ向かうと真新しい畳の匂いになんとも懐かしい気分になる。
一時間くらい前に、鹿島さんにメールで頼んどいた物を積んだ臨時配送トラックが来てたから、搬入とかは、サントス食堂で飲んだくれてた和歌子さんにお任せしたんだけど、ちゃんと設置までやってくれたらしい。
ダンボールを敷き詰めて、テーブル代わりの木箱を並べた貧相な食堂が、畳敷きで黒檀の座卓が並べられた座敷食堂みたいな感じになっていた。
どう見ても、立てかけただけなんだろうけど、壁もふすまが並んでて、宴会場みたいな雰囲気になってる。
外見は、あんまり変わってないけど、内装はやっつけ仕事ながら、ずいぶんと立派になったもんだ。
こんな短時間で、こうも化けるとは……いい仕事してくれたなぁ……さすが、和歌子さんだ。
「お、高倉オーナー、やっと来たね! まったく、アルコール抜けるまで休憩してたのに、このあたしまで、こき使うとはなかなかやってくれるじゃん」
「せっせとアルコール追加してたくせに、何が抜けるまで休憩だよ。けど、和歌子さんお休みのところ悪かったね。ちょっと店が忙しくて、全然手が回らなくてさ……おかげで、助かったよ」
「まぁ、さすがに、独楽鼠みたいに駆け回ってるオーナーを見てるだけってのも忍びなかったしね。ところで、そっちのちびっこいのは、新人さんかい? うんうん、可愛い子だねぇ! あたし、和歌子! 一応、コンビニの関係者だけど、本来異世界急便のドライバーなのよね! 今日はオフだから配送ついでに一杯やって、オーナーのとこでお泊りしていくつもりだったの」
「なるほど、日本の商品が何処から来るのか不思議だったのだが、そのようなものがあったのか……。ワカコか、そちがその担当であるという事か。こちらこそ、よしなにである」
そう言って、貴族様は黒いドレスのスカートの両端をつまみ上げると、優雅に頭をペコリと下げる。
……なんと言うか、堂に入った仕草で思わず見惚れてしまう。
「ふっふっふ、そのようなものがあるのですよ。こちらこそ、よろしく! ところで、お名前は? なんか、すっごいイイトコのお嬢様って雰囲気だけど! あたし、そう言うのって超萌えるんだよね! ねぇねぇ、お近づきの印に抱っこしちゃ駄目?」
そういや、今の今まで名前聞きそびれてたな……。
つか、萌えんなって言いたいけど、リアルでこんなお嬢様、お嬢様してるのってレアだから、気持ちは解る。
許されるなら、僕だって抱きしめたいっ! 許されないんだけど……常識的に。
「そ、そうか……そう言えば、私も名乗りがまだだったな。私はクロイ……そ、そうっ! クロ……クロ……クロコと言う名だ。考えてみれば、オーナーにも名乗ってなかったな! なにやらチビ子とか妙な呼び方をしていなかったか?」
……クロコ? なんか日本人みたいな名前だな。
確かに、名前解んなかったから、チビ子呼ばわりしてました……大変失礼しました!
「そんな名前だったんだ……クロコちゃん。可愛い名前だね」
まぁ、その場で怒られなかったし、貴族様よりはマシだと思う……。
「そ、そうであろう? 可愛いか……正直、複雑ではあるのだが……って、ふわああああっ!」
和歌子さんが、クロコちゃんのところまで、音もなく駆け寄ると、後ろから脇の下に手をやって、ひょいと持ち上げてしまう。
もう、軽々って感じなんだけど、クロコちゃん為す術無く一本吊り状態。
「うひょー! めっちゃかるっ! やっぱちっちゃい子っていいよねーっ! あ、このお尻のハートマークのアップリケ可愛いっ! うりゃうりゃうりゃーっ!」
そのまま、ギューっと抱きしめながら、クロコちゃんのお尻に頬ずりする和歌子さん。
同じことを僕がやってたら、ギルティなんだけど……和歌子さんだと、不思議と許される。
けど、言ってることもやってることも、ただの変態ロリコン……いや、やっぱ和歌子さんギルティです!
憲兵サーン!! コイツです!




