第二十七話「温泉に行こう!」③
「なんじゃ、ええではないか……ランシア、取り押さえるのじゃ……。どれ、最後の一枚は、我がゆっくりと脱がせてやるとするかのう……」
アージュさんが手をワキワキさせながら、一糸まとわぬ姿でジリジリと迫る。
いや、そこはもうちょっと奥ゆかしく……だね?
更に、ランシアさんが、背後に回り込むとガッツリ羽交い締めにする。
背中に柔らかいものの感触やら、足に絡めた生足の感触がダイレクトに伝わってくるのだけど……それどころじゃないっ!
「さ、最後の一枚だけはやめて! お願いしますっ! ランシアさんも放してっ! 僕もう泣くよッ! 咽び泣くよ! いいのかそれでも!」
……どんな脅迫? と思うのだけど、さすがにガチで涙目状態の僕を見て、アージュさんも正気になったらしく、慌てて恥ずかしそうにしゃがみ込む。
今更、何やってるんだろうね……この人も。
ランシアさんも、自分が全裸抱きつき状態だった事に気付くと、ゆるゆると開放してくれる。
何やら、姿勢を正すとちょっとだけ恥ずかしそうに胸を隠す。
あなたも今更、何やってんです?
……だが、勝った! 人の振り見て我が振り直せって奴だ!
残念過ぎる脅迫も、結果オーライだっ!
「……で、何してたんです? オーナーさんが入ってるなんて、珍しいですよね」
ランシアさん。
どうも、軽く汗を流しに露天風呂にやってきたとかそんな感じらしかった。
まぁ、愛用者の一人じゃあるからね……今日みたいに、クソ熱い日は、皆、何度も水浴びして涼を取るってのが、習慣化してるんだよねぇ……。
ちなみに、服を岩の上で乾かしながら、僕も温泉に付き合ってる。
なお、パンイチで勘弁してもらった……男として、人として、これだけは死守の構えだ。
ふふっ……森を抜けるそよ風が濡れた素肌に吹き付けて心地よいぜ!
「君が突き落としたんでしょ……というか、ランシアさんもそんな気軽に人前で脱いじゃだめだよ。アージュさんもいい年なんだから、もうちょっと慎みを持つべきだね!」
「慎みに年は関係ないじゃろ。まぁ、我もお主には色々見られたようじゃからな……。今更、気にせんだけの事じゃ! と言うか、我の裸体を見て、少しくらい思う所があるのではないか? 正直に言うてみい」
なんかシナとか作ってお色気アピールみたいなことやってるけど……。
見事なまでの絶壁つるぺたズン胴ボディでしたが、それについて、何を思えと?
「ええっ! アージュ様……オーナーさんとそう言う関係なんですか? まったく、手が早いですね!」
「だーかーら! そう言うんじゃないよ……まったく! と言うか、アージュさん! 君、本題忘れてないっ? この露天風呂……このままにする? それとも目隠しとか作る? お姫様にご利用いただくに当たって、なんか問題ありそう? くつろぎに来たんじゃないだろっ!」
半ば半ギレである。
だって、この人達、人の話聞かなさすぎだし、超身勝手なんですけど。
「そ、そうじゃな……夜になれば、月明かり程度じゃろうしな。男どもと一緒に入るとかでなければ、これでもいいんじゃないかのう……。少なくとも我は気に入ったぞ! これなら毎日だって入りたいくらいじゃ!」
そうか、アージュさん、気に入っちゃったのか。
って言うか、今、僕と一緒に入ってるのは、いいのかよ? それとも僕は男扱いされてない?
まぁ……このままでも良いなら、手間が省けるっちゃ、省けるんだけど……。
けど、アージュさんもランシアさんも、エルフだから人間の感覚とちょっとズレてるのは解る……。
むしろ、服着ない方が身軽で涼しいし、その開放感が堪らないって人達なんだよね……この人達って。
アージュさんとか、あまり肌見せたくないとか言ってたのに、その本性はランシアさん達と一緒!
つまり、全然、参考になりません!
……クロイエ様に関しては、もうご本人様次第かな。
実物を見せて、嫌がるようなら、配慮する……。
お気に召す用であれば、このままゴーッ!
ここは、どちらも選べるようにするのが、ベターな対応だろう。
目隠しは、ブルーシートとかで十分だろうから、あとはそれをいつでも展開できるように、支柱でも立てておけば、済む話だろう。
ブルーシートで囲むなんて、風情が無くなるけど、その辺はトレードオフの関係って奴だ。
開放感を取るか、フルオープン環境での羞恥心を取るか……それだけのこと。
選択の余地を作っておけば、どっちに転んでも大丈夫だろう。
とりあえず、そう言う事なら一回、水を落として、掃除でもして綺麗にしなくちゃな。
風呂掃除については、ミャウ族の子達が割と自主的にやってくれるから、頼んどこう。
うん、段取りは決まった!
となれば、ここでの用事はこれで終了。
ひとまず、さっさとあがって、まだ湿ってるシャツとズボンを着る。
どうせ、昼間なら30分もしないで乾いちゃうから、気にしないっ!
ランシアさんも、アージュさんも楽しそうに寛いでるし……君ら、気楽でいいな、オイッ!
「おう、なんじゃ……もう少しゆっくりしていけばいい。やはり、水に浸かっとると、涼しくてよいのう……。おまけに酒も美味いっ!」
「ですよねー! オーナーさんも一緒に一杯やっていけば、いいじゃないですか!」
ランシアさんも缶ビール片手に早速ほろ酔い風。
仕事は? と言いたいところだけど、ランシアさん昨夜休日出勤だったから、本日は振替休日……なんだよな。
僕がそう言うルールを作ったんだから、文句は言えない。
「駄目です。僕は、これからクロイエ様のおもてなしの準備なの! アージュさんも何、寛いでるのさ! 僕に付き合ってくれるんじゃなかったの?」
「なんじゃ……事前に我にもてなしくて、意見を聞くという話じゃなかったのか? 我もクロイエに勝るとも劣らぬ大切な客人だと思うのだがなぁ。……もてなして、損はさせんぞ? ケントゥリ殿、隣で酌でもせい!」
「おー、いーですね。オーナーさんのお酌で一杯! あ、日本酒とかもどうですか? アージュ様、あれも美味しいですよ!」
「ほぅ、日本酒もあるのか……我も知っとるぞ。あれを温めた熱燗と言うのが、また美味いのじゃ! この暑さなら岩の上に置いておくだけで、勝手にそれくらいになるじゃろう」
「ほほぅ、そんな飲み方があるんですね! そうなると是非、一杯ご相伴いただきたいものですねー」
なんか、どっと疲れてきたよ。
僕ってなんなんだろう? 皆の下僕?
いや、それも言いすぎじゃないだろう……皆のオーナー、実は皆にとっての便利屋さん。
薄々そんな気もしてたんだけど、ほんとにそんな気もしてきた。
と言うか……そもそも、王様とか独裁者って、ピラミッドの頂点で偉そうにして贅沢三昧ってイメージがあるけど、ピラミッドを逆さにしたら、たった一人で国民を支える全体への奉仕者って位置づけでもあるんだよな。
権力ってのは、本来そう言うもんで、僕に相応の権限が集まるということは……僕は皆に相応の奉仕をせねばならない立場でもあるのだ……。
うん、辛い立場だ……ちょっとクロイエ様にも同情するな……案外、話も合うかも知れないな。
「なんじゃ、ビールがもうなくなってしもうた……。ケントゥリ殿、金は払うから、お主のとこのコンビニでこのビールと日本酒を追加で買ってきてくれんか? 考えてみれば、戦勝の祝杯をあげとらなんだ。クロイエが来るまで、我はここで酒盛りでもさせてもらうとするかのう。ここの暑さもこの程よく温い湯に漬かっておれば、忘れられるしのう……」
はい! アージュさん、戦力外通知のお知らせ。
実はなにげに、この暑さに参ってたらしい……この様子じゃ、もはや、テコでも動きそうもない。
……さすがに、ため息しか出ない。
この後、クロイエ様の来訪とかあるんじゃないの? サボる気満々だったんなら、せめて、明日とか明後日にして欲しかった……。
かくして、僕は使いっ走りとなった……サービス精神旺盛すぎるだろう……僕も。
とぼとぼと、熱風が吹く中、コンビニに向かうと無言のまま、缶ビールと日本酒をどかどかとカゴに投げ込んで、レジへ向かう。
今の店番は、ラナさん。
榛色の姫カットとひよこマークのエプロンが似合ってて、物静かな家庭的な女の子。
「いらっしゃいませー! って、オーナーさんじゃないですか。なんですか、こんな昼間っからこんなお酒なんか買って……良いご身分ですねー」
ラナさん、笑顔素敵で気のいい優しい子なんだけど、たまにこんな風に毒吐くんだよね。
本人、全然悪気ないみたいで、満面の笑みと共に、毒気のある言葉が出てくると、たまに刺さる。
今、まさにその瞬間! クリティカルヒーットッ!
榛色って何? って人はググるといいと思うよ。




