第三話「ファーストコンタクトなんやでー」③
いっそ、代わりに売ってきてもらうって事で、後払いと言うのもアリだと思うんだけど……。
万が一、そのままドロンされたら、どうしょうもない。
でも、僕もこの世界の通貨は欲しい。
通貨があれば、このコンビニの商品で売れるものを売り切ったって、この世界の物を仕入れて売ることで、何とでもなる。
需要と供給を見極めて、安く買って高く売る。
商売の基本……これさえ出来れば、異世界だろうが、何の問題もない。
ここが人里離れた場所となると、輸送手段の確立とか色々あるけど……。
その辺もなんとでもなる……馬車とか荷車とか、それなりの大量輸送の手段くらいあるだろう。
兎にも角にも、何をするにもまずはお金……世知辛いけど、これは異世界だって同じだと思う。
と言うか、商談以前にこの世界の情報を教えて欲しいんだけど……。
「なぁ、とりあえず、この世界のことを教えて欲しい。情報料はそのコーラで良いんだろ?」
「いや、情報料でそれは、さすがに釣り合わん……。うちの手持ちの現金だって、たかが知れとるんや……大金持ち歩いて、無法地帯をうろうろするほど、うちもアホやないわ。せやっ! なら、いっそうちの身柄ごと買わんか? 奴隷契約ってヤツやっ! あんさんも、右も左も解らん世界で、信頼できる現地人欲しかないか? どや?」
唐突に斜め上なことを言い出す犬耳さん。
「ど、奴隷? 君、何言ってんだよ……奴隷って要するに、自由と引き換えにってことだろ! そ、そこまですることはないって……」
「いやいや、うちの商売人としての勘が言うとるんや……。あんさんには、何が何でも食らいついとけと! うちはロメオ王国の商人ギルドのライセンス持ちなんやで? 一緒に連れとるだけで、街に入るのも、国境越えるのもフリーパスなんやで! 超お買得物件やと思うでっ! どやっ!」
文字通り、自分を売り込む犬耳さん。
ずずいっと胸を張って、一歩前に出てくる……ち、近いっ!
よく見れば、この犬耳さん、すごい立派なお胸さんをお持ちだった。
なお、テンチョーは、犬耳さんと比較すると割と控えめ。
それはさておき、重要だけど、それは拘る所違うから。
現地の商売人……確かに、非常に魅力的な人材じゃある。
彼女がいれば、この世界で商売をするに当たって、様々なハードルがクリアされるのは事実なんだけど……。
「奴隷って、要は人をお金で買うってことだろ……そんなの気がすすまないよ」
一回、相応の金を払って、後は衣食住の保証と最低限の給金を支払うだけで、絶対辞めない絶対服従の従業員が手に入る。
ブラック経営者にとっては、夢のような人材じゃあるんだけどね……奴隷って。
けど、日本生まれ、日本育ちの文明人として……すんなりと受け入れちゃ駄目な気がする。
「なんや、あんさんの世界でも、労働の対価に金もらったりとかするんやないのか?」
「まぁ、確かにそりゃ基本だよ……世の中のね。でも、奴隷制度なんて、そんなの非人道的だってとっくに廃止されてるんだ……僕のいた世界じゃ」
人が人を買う……人の道に外れた行い。
僕の感覚は間違ってないと思う。
「奴隷契約のどこが非人道的なんや? 奴隷は奴隷で、永続雇用を約束されたようなもんなんやで! 主人も奴隷は、絶対裏切らんから、安心して使える……ぶっちゃけ、奴隷契約も労働契約も大差ないと思うで? 違いとしちゃ労働契約はいつでも切れるし、辞められるけど、奴隷契約は簡単にはお互い切れんって事やな。なぁに、うちも奴隷なんて、別に初めてやないから、遠慮は要らんで! あんさん見るからにお人好しっぽいしなっ! 主人にするには、悪かない話なんやでー!」
まぁ……社畜なんて言葉もあるくらいだし、終身雇用なんて、ある意味奴隷みたいなもんかもしれない……。
奴隷って言うと、ムチで強制労働っ! 要らなくなったら、ハイ、サヨウナラ! ……なんてイメージが湧くけど、それは使う側次第だからな。
古のローマ帝国なんかじゃ、衣食住の面倒もきっちり見なきゃいけなかったし、人によっては家族同然に扱ってたって話も聞く。
要するにペットなんかと一緒……なのかな。
と言うか、奴隷だった経験があるのかな……この娘。
なかなかに、壮絶な人生送ってそうだな……。
でも、見るからにお人好しって……これは褒められてるのかなぁ……。
「テ、テンチョー! 君はどう思う? この娘、奴隷志願なんてしてるんだけど……」
とりあえず、困ったら人に相談。
テンチョーは猫だったけど、今の僕にとってはもっとも頼りになる存在だった。
「良く解んないけど、奴隷ってのになると、何か困るの? お腹空いたりとかするの?」
……割と斜め上な答えが返ってきた。
考えてみれば、テンチョーは元々僕の飼い猫……奴隷の概念なんて解ってるはずもなかった。
「お腹は空かないだろうなぁ。……飢えさせて、困るのは結局、ご主人様だしな。でも、奴隷になんかなったら、自由が奪われて何処にもいけなくなるし、ご主人様の言うことを何でも聞かないといけなくなるんだ」
……とりあえず、思い浮かんだことを説明してみたものの……テンチョーは小首をかしげて、目にクエスチョンマークが浮かんでいる。
どうも、全然解ってない様子。
でも、確かに考えてみれば、奴隷のメリット、デメリットとかどうなんだ?
ご主人様がまともで、奴隷のこともちゃんと考えて、無茶やらせなきゃ、そんなに悪くないんじゃないのか?
そもそも、考えてみればペットとかってどうなんだ?
室内飼いとか言って、家に閉じ込めて、食べて遊んで、暖かな寝床で安心して眠れる毎日……。
それで、ペットたちは不幸だとか、不自由だと嘆くのだろうか?
「にゃははー、それじゃ、テンチョーとあんまり変わんないね。テンチョーはご主人様といつでも一緒ならそれでいいにゃ! 一人で好きにしろとか言われたら、かえって困っちゃうにゃーっ!」
「なんや? お前、兄さんの奴隷かなんかなんか?」
「違うにゃー! 私とご主人様は、ペットと飼い主様の関係だにゃー」
「ペ、ペット? ……そりゃまた、ゴツい関係やな……。なんや、奴隷は悪とか言っときながら、しっかり一人奴隷がおるやんけ……なんちゅうか、隅に置けんやっちゃなぁ……」
なんか絶対違うことを想像したらしく、犬耳さんは頬を赤らめながら、目線を逸らす。
でも、言い返せない……。
多分、テンチョーは絶対に僕を裏切らないだろうし、僕の命令だって、何だって聞いてくれそうな気がする。
そう、文字通り何でも……だ。
それが、奴隷とどう違うのかと聞かれたら、正直返答に迷う。
そもそも、本人が志願してるんだから、何か問題があるのか?
いいや! ないねっ!
結論、悩む必要なんて何一つ無かった!
「解った解った! 奴隷でも何でもいいから、好きにしてくれ! って言うか、奴隷とか口約束で済むようなもんじゃないだろ……契約書でも交わすのかい? 言っとくが、僕はこの世界のルールとか何も解らないからね」
「せやな……隷属契約の儀……となると、魔術師がおるような街にでも行かんと出来へんしな。あんさんも口約束だけで、こんな初対面の獣人を信用しろっても無理やろしなぁ……。本来は、拘束の首輪ってのがあるんよ」
うん、なんだろ。
この犬娘は……多分、信頼に値する人物だと言うのが、この言葉からも解る。
……そんな馬鹿正直に言う必要なんて、ないだろう。
適当な紙切れにサインして、これで契約成立と言われたら、多分僕も信じただろう。
奴隷契約とか抜きにして、僕は彼女を信頼したくなってきた。
「……奴隷契約って、この従業員雇用契約ってヤツかな?」
僕がそんな風に考えていたら、テンチョーがそんな事を言いながら、何もない空間を指差す。
「……ごめん、何か僕に見えないものが見えてる?」
「あ、ごめんっ! テンチョーにしか見えないのかな? あ、なぁに? ここ押せば、他の人にも見えるの? ありがとー」
途中から、僕に見えない誰かと会話し始めたテンチョー。
けど、タッチパネルでも操作するような感じで、その指を踊らせると、空中にゲームかなんかのウィンドウみたいなのが浮かび上がる。
『イレブンマート 異世界ジャングル店(仮称) ストア管理メニュー』
味気ないデザインのどこかで見たことのある画面が表示される。
「……あれー? これ、ストコンの管理メニューじゃね?」
うん、フォントとかも一緒……ストアコンピューター。
略して、ストコン。
商品発注なんかに使うフランチャイズ共用ネットワークに接続されたパソコンの画面……っぽかった。
でも、横から僕が触ってもメニューは反応しない……。
なんか、赤文字で店舗復旧とかボタン見えてるけど……。
「うーん、まずはお店の復旧をしないと何も出来ないんだって……。んと……時空転移って奴の衝撃で、建物の破損率が想定以上に高くて、このままじゃ危ないんだって……」
テンチョーは、メニューに触れるみたいなんだけど、復旧ボタンが邪魔してて、操作を受け付けないっぽい。
「なにそれ? お店の復旧って……お金でもいるの?」
「……なんか、機能の完全復旧には、500万マナが必要なんだけど、こっちの不手際だから、相応分をボーナスポイントとして、振り込んだとか何とか言ってるよ」
なに? そのソシャゲの詫び石みたいなの。
なるほど……上の方に、マナポイントとか書いてあるな。
600万マナって書いてある。
500万マナ使うとなると、残り100万マナか……多いのか少ないのか、サッパリ解らんけど。
それが本来の元出とかそんなんなのだろうか。
「よく解んないけど、復旧すれば色々出来ることが増えるとか?」
「たぶんね……やっちゃう? テンチョーやってみたいにゃーっ!」
……良く解らないけど、主人公枠のテンチョーがやりたいってのなら、僕には止める理由もない。
とりあえず、このマナとか言うポイントを使って、何か色々出来る……そう思って良さそうだった。
ひょっとして、商品の仕入れとか出来たりするのかな?
だとすれば……ゴクリ、チートの予感。
でも、このマナを増やすにはどうするんだろ? むぅ……良く解らんぞ!
ヘルプはないのか! ヘルプは!
と言うか、そもそも、なんなんだこれ?
ストコンで出来ることなんて、商品発注や帳簿付けたり、本部への売上データ送信とか、そんな程度。
壊れた建物を復旧とか、そんなの土建業者の仕事だろ。
良く解らないけど、テンチョーの言う白いヤツの仕業?
今もテンチョーに、僕には聞こえないアドバイスとかしてるっぽいな……。
ホント、テンチョーマジチートです!