第二十五話「凱旋、戦いのあとで」①
「と、統合情報指揮システムって?」
さすがに、聞き返さずには居られなかった。
『本国オペレーター経由で、歩兵一人一人に個別指揮を行い組織戦闘を円滑に行う戦闘情報支援システムです。Advanced Combat Information Equipment System、略してACIESとも呼ばれています。半透過HMDゴーグルへの行動ガイドライン、ターゲットサイト表示、ヘッドセットからの音声指示により、個別に後方より行動指示を行うシステムで、現場の戦闘員の練度が低くとも、組織的な戦闘を行えるシステムと言えます』
ああ、自衛隊やらアメリカ軍が歩兵の情報支援システムの研究とか言って、そんな感じのを開発してるんだよな。
一応、聞いたことくらいはある……まぁ、例によっての軍事マニアの友人の入れ知恵なんだがね。
アイツも、こう言うのに無駄に詳しくて、何かと言うとそんな話をしてくれて、こっちも自然に詳しくなっちまったんだよな。
HMDにFPSみたいな感じのターゲットサイトを表示させたり、前進とか止まれとか、指示が表示されるとかそんな感じらしい。
そんな研究開発中の代物を惜しみなく投入……それも、ろくに訓練もしてないラドクリフさん達に持たせてって、無茶するなぁ……。
けど、銃火器組織戦闘のド素人に近いラドクリフさん達が、ぶっつけ本番で整然とした銃火器戦闘をこなせているのは、その情報支援システムのおかげなんだろう。
……まったく、僕の預かり知らないところで、そんな準備までしてたとはねぇ……。
いずれにせよ、あっちは心配は要らない様子だった。
僕が心配するのは、この場の仲間たちのことだろう。
「……ああ、そうだ! それよりも怪我人が出てるんだ! テンチョー、治癒魔法頼めない?」
「うにゃっ! それは大変だにゃ……っとと」
隣で正座待機してたテンチョーが立ち上がって、駆け出そうとするなり、足をもつれさせたようにたたらを踏んでいる。
慌てて、腕を掴んだおかげで、転ぶまではならなかったみたいだけど、ちょっと様子がおかしかった。
「テンチョー、どうかした?」
「あはは……変だにゃぁ……立ち上がったら、なんかクラクラしたにゃ……」
ダメージなんて、一切受けてないはずなんだけど、様子がおかしかった。
もしかして、これ……魔力枯渇ギリギリなんでは?
と言うか、ここに来るまでにクラスター爆撃魔法もバカスカ撃ってたみたいだし……。
考えてみれば、前の雷撃儀式魔法も一発でガス欠になってた……。
テンチョー自体の魔力容量も相当なものだと思うけど、アージュさんも儀式魔法一発で魔力枯渇になってたし……。
儀式魔術って、絶対燃費クッソ悪いだろうからなぁ……。
本来多人数で分担して、やるようなのを一人でやるとなると、魔力の消費だって、尋常じゃないはずだ。
テンチョーがさっき使った猫ファイヤー鎧も本来、儀式魔法とかそう言うレベルの召喚魔法の一種なのだとすれば、すでに限界なんではなかろうか?
でも、僕には他人の魔力残量がどの程度なのかは、よく解らない。
自分の場合は、枯渇が近づくと妙にダルくなってきたり、尻尾に力が入らなくなるから解るんだけど……。
「どれ、猫娘……我が診てやろうか?」
そこには、やっぱり、よれよれな感じのアージュさんが立っていた。
でも、ちゃんと立って歩いてて、疲れてはいるみたいだけど、足取りも全然しっかりしてる。
「アージュさん、もう動けるんだ」
「我は身体にいくつか、魔石を仕込んでおるのでな。魔力枯渇を起こして行動不能になっても、魔石を使い潰せば即座に復活できるのじゃ。なにせ、戦の最中に魔力枯渇を起こしても、戦はお構いなしに続くからのう。我もいくつもの奥の手を隠し持っとるんじゃよ。もっとも、肝心な時に動けんのでは、世話ないがのう……。ケントゥリ殿、危ない所を手助け出来んで、誠にすまんかった」
……魔石のことは知ってたけど、あれってそう言う使い方なのか。
確かに、魔力枯渇後って最低10分位はまとも動けないし……実戦でそんなになったら、普通に命取り。
身体に魔石を埋め込むのって、ちょっと抵抗あるのは確かだけど、実戦を想定すると、それくらいの備えがあってもいいのか……。
今度、ランシアさんとかに聞いてみよう……痛くないなら、僕も考えないとな。
何より、魔法や剣も……結局、今回も逃げ回ってるだけで、結局時間稼ぎってもゼロワンの銃撃任せ。
相変わらず、僕自身はいざ戦いになると全然使えない……情けないけれど、それが事実だ。
アージュさん、氷雪系魔術師の最高峰みたいな感じだし、色々教えてくれたりしないかな?
なんて事も考えたりもする……。
「よし、まずはネコ娘、そこに座れ……これを見るが良い」
アージュさんもテンチョーを座らせて、目の前に指を立てて、右へ左へ動かしたりしてる。
その後、頭をポムポム叩いたり、胸の辺りをさすったりしつつ、尻尾を手にとってしげしげと眺めたりしてる。
「……えっと、テンチョーは大丈夫なのかな?」
「そうじゃな……魔力枯渇ギリギリみたいじゃが。この猫娘……おっそろしい程の魔力保持者のようじゃな。何より、白炎の魔装とか言っておったが……。確かあれは、神代の頃の神々の戦士……天使が使っておったとか言う代物じゃぞ。そんなもん使ったら、いくら魔力があっても湯水の如く浪費して、本来一分と持たぬと思うのじゃが……。それをあれだけ持たせるだけでも、十分凄まじい話であるのう……」
おおぅ……あのファイヤー猫鎧って、何気に長期戦に使えない装備だったのか。
割と考えなしに使ってたみたいだけど、長引いてたら、怪しかったんじゃ……これ。
「うにゃ……。なんか、めちゃくちゃ疲れたにゃあ……。新しい魔法を覚えると、いつもこれなんだにゃ……」
「ほほぅ……お主、今の白炎の鎧の召喚術……覚えたてじゃったのか? しかし、そんなもんどうやって……」
「テンチョーにしか見えてないみたいなんだけど。ナビさんってのに、こんな感じの魔法寄越せって言うと、新しい魔法が追加されるんだにゃ……。でも、それやるととっても疲れるのだにゃ……」
テンチョーの魔法習得システムって……そんなだったのかよ。
相変わらず、ぶっ飛んだチートっぷりだなぁ……。
「……恐るべき話であるのう……。じゃが……これで話が繋がったわい。お主、女神の使徒であるな? 答えろ……一体どんな使命を与えられたのじゃ? 如何にケントゥリ殿の腹心と言えど、目的次第では、我もこの国の守護者としての任を全うせねばいかんのでな……」
……アージュさんの纏う気配が変わる。
そして、その目つきがギンッと鋭くなる……。
まさか、アージュさん……テンチョーと戦う気なんじゃ!
「アージュさん! 待ってくれ……別にテンチョーは、君達の敵なんかじゃない!」
「ケントゥリ殿! すまぬが……コヤツの目的が解らぬ以上、信用なぞ出来ん! ラーテルムは、この世界を司る神のくせに、その浅はかさには定評があってな……。想像を絶するほどの馬鹿げた使命を帯びていたりもするのじゃ! とにかく、目的を言えっ!」
仮にも、世界神を浅はか呼ばわりって……。
アージュさんも色々苦労してきた事を伺わせる……そんな言葉でもあった。
「うにゃ? 使命? 目的……? うーん、白いのは……確か、現世への顕現に失敗したとかなんとかで……。ご主人様とテンチョーを巻き込んじゃったから、お詫びに要らなくなった依り代として作った身体をやるから、好きにしろって言ってたにゃ……。けど、そのおかげでテンチョーは、ただの猫だったのに人間になれたんだにゃー!」
ラーテルムとか言う女神様の事は知ってたけど……。
僕の知らないところで、そんな取引があったのかよ!
もしかして、今のテンチョーの身体は、女神様がこの世界に顕現するための身体だったって事なのか?
どおりで、デタラメなくらいハイスペックな訳だよ!
……テンチョーの言葉に、今度はアージュさんが口をあんぐりと開けて、呆然としている。
けれども、それも一瞬だけ……すぐにお腹を抱えて笑い出す。
「うにゃっ! なんなんだにゃっ! いきなり、笑うとかしつれーだにゃー!」
「あっはっは! すまんすまん……しかし、あの女神……どう言うつもりで、ここまでの肩入れをしとったのかと思ったら……。そんな阿呆な真似をしでかしとったのかっ! じゃが、依り代を作ったところで、女神がこの世界に直接降り立つとか、そんなマネが出来るわけがないであろうに……つくづく、浅はかなヤツじゃのう……度し難いとは、まさにこのことっ!」
そう言って、再び心底おかしそうに笑い転げる。
……何がどう、ツボなのか僕にも解らないけれど……いずれにせよ、先程までの殺気は何処かへ消えてしまったようだった。
「はぁ……まったく、久しぶりに笑かせてもらったぞ。して、お主はどうしたいんじゃ? いっそ、軽く世界でも救ってみるか? 或いは滅ぼすのも、その気になれば可能であろうな。いずれにせよ、そう言うことであれば、貴様と争っても、我如きでは止められんな……」
神にも悪魔にもなれる……要するに、アージュさんはそう言いたいらしい。
確かにそれはそうかも知れない……。
けど……僕には確信があった。
「……テンチョーは、ご主人様と一緒なら、それでいいんだにゃ! 一緒にコンビニでお仕事してー、いらっしゃいませーってやるのが、長年の夢だったのにゃー! と言うか、早く帰りたいにゃあ……帰って、美味しいご飯食べてー……ご主人様と一緒に、暖かいお布団でぬくぬくするにゃ!」
そんなテンチョーの言葉にアージュさんも、毒気を抜かれたように、苦笑しながらため息を吐く。
「我も久方ぶりに本気出したもんで、もうクタクタなのじゃよ。確かにこんな日は、風呂でも入って、旨い酒でも飲んで、ふかふかの布団に包まって寝るに限る……そんなもんじゃな……。なんじゃ、意外と気が合うではないか」
「そうだにゃーっ! テンチョー、お腹ペコペコだにゃっ! ご主人様も早く帰るにゃーっ!」
一触触発みたいになりかけたんだけど……そんな空気はすっかり霧散してしまって、二人揃って、なんとものんきな事言い始めている。
厳密には、まだ戦いも終わってないんだけどなぁ……。
でも、この様子だとアージュさんもテンチョーが、無害だって事は解ってくれたようだった。
実際、万能に近い力を持ってるのに、テンチョーはそれを僕や仲間を守るためにしか、その力を使おうとしないからなぁ……。
争い事が嫌いとかそんなんじゃなくて、争い自体に興味が無いんだよ。
テンチョーの頭の中は、たぶんコンビニのことと、ご飯のことと、僕のことくらいしか詰まってない。
根本的に、お気楽、極楽なのだよ……。
案外、その女神様もそんなテンチョーの本質を解った上で、その強大な力を託したのかも知れないな……。
アージュさんは、アホ女神とか浅はかとか連呼してるけど。
単に思慮が足りないだけで、そんなに、悪いやつじゃないって気もする……。
……もっとも、地獄への道をせっせと善意で舗装するとか、そう言う類なのかもしれないけれどね。
「そうだね。でも、遠足は家に帰るまでって言うからね。もうちょっとくらいは、緊張感を保とうか」
「まぁ、ごもっともじゃが。流石にこの場の敵もこれで打ち止めじゃろ。……ひとまず、テンチョーだったか? お主にはコイツをくれてやる……小粒ながら魔石の一種じゃ。手にでも握っておけば、少しは魔力も回復するはずじゃから、多少は気分も良くなるであろう……お主の本質を見抜けんで、要らぬ猜疑をかけた詫びじゃ」
アージュさんがテンチョーの手に、ルビーのような宝石を握らせると、テンチョーも少しは顔色が良くなる。
「うにゃっ! なんか力が湧いてきたにゃ!」
「そうじゃろ、そうじゃろう? まったく、今後は魔石の一つや二つくらい仕込んでおくようにしておくのじゃぞ。じゃが、あの難敵相手に大儀であったな。見事な戦いぶりだったと褒めてやろう」
そう言って、アージュさんはニコリと優しく微笑むと、テンチョーの頭を撫でる。
テンチョーも嬉しそうに為すがままになってる。
良かった、良かった……ホントに。




