第三話「ファーストコンタクトなんやでー」②
「商売人か……そう言う事なら、君は僕と同業って事だな。実はこんな有様だけど、ここはコンビニ……商店なんだ。せっかくだから、お客さん……何か買っていないかい?」
言ってみたかった、商人定番のセリフ。
とにかく、相手が商売人なら、まず商売を持ちかける……お互い、売れるもの、買えるものが無いか?
どちらかがあるようなら、その時点で商売相手と言う関係が成り立つ……商売の基本……取引って奴だ。
異世界でも、貨幣経済が成立してるなら、これは共通のルールのはずだった。
とは言え、今の僕には、この世界のお金なんて持って無いから、売る専門なんだけどな。
売り物なら、ある! まずはこの犬娘との交渉が、この世界での第一歩となるのだ!
「ほぉー、ここは商店かなんかだったんか? 確かに、見慣れんもんがいっぱい転がっとるなぁ……。つか、なんやねん……この有様は……。どこぞの盗賊団にでも襲撃でもされたんか? まったく、何処のどいつの仕業なんや? 言うてみ、なんならうちが話しつけて来てやってもええで!」
「いや、襲撃とかじゃないけど……ちょっと、色々あってな……。これから片付けるところだったんだよ。散らかってて、すまんね」
「ほな、ならず者共に襲われたって訳じゃないんやな。まぁ、ここらにいるミャウ族は、頭数ばっかで、アホで弱っちいので有名な弱小種族やからな。そんな略奪するような度胸あらへんとは、思っとったけどな」
なるほど、そこら中にいるちっこいのはミャウ族って言うのか。
弱小だけど、頭数は多いと……なるほど、なるほど。
「……そうなると、これも売りもんって事なんか? これは……一体なんなんや?」
そう言いながら、犬耳さんは転がってたペットボトルを手にとってマジマジと見てる。
500mlのコーラ……なんだけど、天井のモルタルの下敷きにでもなっていたのか、容器が変形してるし、パッケージも傷が入って、破れてる。
本来なら廃棄か、自家消費に回すってとこかな。
ヘコんだ缶ジュースなんかと一緒で、さすがにこんなのは、とても売り物には回せない。
「売り物だったってとこかな。見ての通り、傷物だからなぁ……」
「なんやこれ? 中身は飲みもんか? えろう変わった容器やなぁ……ガラスにしては柔いし、何で出来とるんや?」
犬耳さんは、何やら好奇心全開の様子……傾けたり、逆さにしたり、観察に余念がない。
と言うか、そのペットボトル……今開けたら、絶対コーラの噴水になるぞ。
うっかり開けたりしませんよーに。
「それに興味あるのかい? でも、それはさすがに売り物には出来ないよ。ああ……飲みかけで良ければ、試しに一口飲んでみるかい?」
そう言って、犬耳娘に飲みかけのコーラを差し出してみる。
ちょっと逡巡した様子ながら、そろそろと受け取って、一口。
犬耳さんの顔がぱっと輝く!
「あっまーっ! なんやこれっ! 超うまいんやけどっ! 舌と喉がピリピリするけど、この刺激……癖になりそうや! せやっ! この感じ、エールかシードル……やな? その辺に砂糖しこたま入れ込んだんやろ!」
犬耳さんの味覚とかって、どうなんだろって思ったけど。
味覚に関しては、同じような感じらしい。
エール? 確か、ビールの原型みたいなヤツだ。
シードルはりんご酒……サイダーの語源になってる発泡酒だ。
どっちも発酵醸造の過程で、微炭酸風になるし、割と昔からある酒だって話だった。
となると……異世界にあっても不思議じゃないか。
ちなみに、酒もやっぱり、何処の文明でも自然発生する共通物のひとつなんだよな。
「うーん、ちょっと違うかな。それはコーラっていう異世界の飲み物だ……。僕達は君から見たら異世界人ってとこだな」
もうこのコンビニの床に転がってる商品の時点で、この世界由来のものとは明らかに違うなんて解るだろう。
とりあえず、異世界人だと明かしてみて、この犬耳さんがどんな反応をするか……?
……これはちょっとした賭けだった。
「異世界人? ……つまり流れモンなんか、お前ら」
……意外と驚いた様子が無い。
珍しくないのかな……異世界人って……?
「流れモンがなんなんだか知らないけど、この世界の人間じゃないのは確かだね……。なんだ、こう言うのって珍しくないのかい?」
「せやな……たまにどっからか、そう言う輩が流れてくるって話は聞いとるよ。ここらを統治してる国の王様も異世界人やったって話やしなぁ……。けど、実物に会ったのはさすがに初めてや。そっかそっか……流れモンか……そりゃ良いこと聞いたなぁ」
ニカッと、嬉しそうに笑う犬娘。
うーん、異世界人は珍しくないみたいだけど、この様子からして、何か利益になるような事を思いついたとか、そんな感じに見える。
こりゃ、なかなか油断ならない交渉相手だな。
「なるほど……なら、この世界のことを教えて欲しいんだけど……」
「うん、解るで……この世界のことも、何も知らんって事なんやな! そう言う事なら、うちから色々聞きたいって事やろ! うちはこう見えても人族の街で、ちゃんとした教育を受けとるから、人族の言葉も解るし、字の読み書き、計算だって出来るんや! Cクラスやけど、ちゃんと商人ライセンスも持っとるんよ。どや? 異世界で初めて会ったんが、うちみたいな知識人で良かったなぁ!」
なるほど、読み書き計算が出来るってだけで、人材として売りになるって訳だ。
まぁ、商売やるのに計算が出来なきゃ話にならないだろうし、言わば必須スキルだよな。
そうなると……文明レベルは江戸時代とか中世ヨーロッパとか、それくらいかな?
今の日本じゃ、そんなもん常識レベルなんだけど……現代でも、外国行くと読み書き計算も出来ないような人達なんて、別に珍しくない。
もしかしたら、彼女は、こっちの世界でも知的エリート層って事になるのだろうか。
人族なんて表現をしてる様子から、彼女のようなケモミミばかりと言う訳ではなく、普通の人間もいるってことだな。
商人ライセンスってのは、なんだろ? 商売免許ってとこか?
となると、商売を仕切ってるようなギルドみたいな組織があるんだろうな。
どこへ行って、どうやったら加入出来るんだろ? さすがにこれは興味深い。
うーん、このまま普通に会話してるだけでも、値千金の情報がボロボロ手に入るなぁ……。
これは、むしろ代価を支払わないとバチが当たるかもしれん。
「そっか、そりゃいいな。確かに僕はツイてるな……そうなると、君は国家公認の旅商人ってとこかい? それか商売人向けの互助組織でもあるのかい?」
「まぁ、そんなところやな……残念ながら、自分の店は持っとらんけどな。でも、なんや? 商人ギルドを知らんのか? ほんま、この世界のことは全然解らんのやなぁ……」
「……まぁね。だからこそ、色々教えてくれると助かる……」
「ええでっ! でも……うちも商売人やから、タダでモノを教えてやる訳にはいかんでっ! 当然ながら、代価を要求させてもらうでっ! その辺は商売人なら解るやろ?」
……ごもっともっ!
そこは、がめついとは思わない。
相手にとって、価値があるものを自分が持っていて、相手がそれを欲しがっているのであれば、そこには商売ってもんが成立する余地がある。
タダより高いものはないって、よく言うじゃない?
あれって、タダで何かをもらうってのは、一見お得に思えるけど……それは借りと言う精神的な代価を支払うことになる……そう言う意味なんだよ。
きっちり代価を請求するってのは、そう言う余計な貸し借りなしで、五分の付き合いをしたいって意思表示な訳で、むしろそれは信頼に値すると言える。
「……そうだね。価値のあるものを頂いたら、代価を支払う……当然の話だよね」
「せやろ? なんや、アンタ解っとるなぁ……さすが、同業者言うだけはあるなぁ」
「まぁね。でも、僕達はこっちの世界の通貨とか持ってないんだが……。情報料ってことなら、そのコーラ3本でどうよ?」
そう言って、転がってたコーラを三つばかり拾って、差し出す。
500mlコーラ一本、仕入原価は120円……実はスーパーやドラッグストアに卸してる問屋で仕入れれば、その半額位で卸してもらえるんだがね。
本部から直接仕入れようが、問屋卸だろうがモノは一緒。
だから、知り合いの問屋から、たまに横流してもらったり、ドラッグストアの特売品を仕入れて、差益を得ていたりもする……。
安く仕入れて高く売る……商売の基本だよ?
SVなんかにバレたら、いい顔はされないけど、それくらい当たり前にやるのが、商売人という人種なのだ。
綺麗事だけじゃ、やっていけないんだよな……商売ってもんは。
それにしても情報料の対価で180円相当とか……なかなかにケチくさい話だけど。
相手も商売人、最初はふっかけてくるのが基本だろう。
だから、こっちもまずはケチって見せる……そして、双方歩み寄って、お互い妥協した価格が最終取引価格となる。
売買交渉ってのは、そんなもんだ。
けど、犬耳娘さんは、むしろ露骨に狼狽えてる。
「え、ええんか? 異世界の飲み物なんて……王都に持っていって競りにかけたら、金貨10枚位で売れるでっ! それを三本もくれるなんて、さすがにそれは申し訳ないわっ!」
……相手がビビるほどってどんなだよ。
と言うか、通貨の価値がわからないから、金貨10枚がどれほどの価値なのか解らない。
そいや、日本でも10万円金貨ってのがあったなぁ……確か。
有名なメイプルリーフ金貨なんかだと、一番でかいヤツで14-5万くらいだったかな?
となると、安く見積もってもコーラ一本100万円相当?
この犬娘……実は結構アホじゃないのか? 見積もり間違えてないか……?
仕入れの一万倍で売るとか、どこのジンバブエだよっ!
「おいおい、こんなの……そこまでしないぞ? 僕の世界の金貨一枚でもあれば、これが1000本くらい買えるぞ?」
「あんさんの世界じゃそうかもしれんけど、うちらの世界じゃ、異世界の物品って時点で、希少価値が付くんやで? 前に似たようなもんが競りにかけられた事があってな。どこぞの貴族様がそれくらいの値を付けとったんや……せやから、これ一本で金貨10枚が、うちの見立てでの適正価格や……だから、それは貰いすぎや。一本でも、こっちがお釣り出さんとあかんわ!」
「……そ、そんなかよ。と言うか、金貨10枚あれば、何が買えるんだ?」
「せ、せやな……金貨1枚あれば、一、二ヶ月は余裕で生活できる……これで伝わるかなぁ……。一応言っとくけど、うちそんなに手持ちないから、金貨でお釣りなんて、よう出せんでっ!」
文明格差とか、食料価格の相場とかもあるだろうけど、食費だけって考えると、一ヶ月の生活費が7-8万くらいって想定でいいような気がするな。
日本円に換算すると、やっぱり金貨一枚10から15万円相当くらいってとこか? 地球での金相場や、通貨としての実用性を考慮すると、その辺が妥当だとは思うけど……。
そうなると、安く見積もっても、やっぱりコーラ3本で300万円相当……?
……な、なんだそりゃっ! もしかして、このコンビニって宝の山なんでは?
「おいおい、さすがにコーラ一本でそれは、ボッタクリもいいところだよ……」
「そう言われてもなぁ……所変われば、物の価値も変わるんやで……? せやっ! なんなら、うちが適正価格であるだけ全部買い取ってもええで! 全財産ブチ込んで、借金背負っても、十分割に合うわっ!」
犬耳さんの鼻息が荒くなってきた。
この犬耳さん……まさに商売人の鏡。
でも、そんな価値があるものなら、力づくで奪い取るとかなりそうなもんだけど。
まっとうな交渉と代価を支払って、手に入れようとなる彼女の感覚は、少なくとも野蛮人の発想じゃなかった。
コーラの在庫なら2ダース箱で20箱位は倉庫にあったはず……。
あれ、普通にほっといても売れるような売れ筋商品だし、例の格安問屋でまとめ買いしたばかりなんだよな。
「ありったけってなると……480本くらい?」
そう言うと、犬耳娘がピキッと固まる。
「な、なんやそれ……うちの全財産使っても、そんなに買えんわ……。も、ものは相談なんやけど、分割とか後払いってのは……やっぱ、アカンよなぁ?」
……分割って……異世界でローンとか、さすがにお断りだな。
「うーん、さすがに現金一括以外は認めたくないなぁ……」
「そりゃそうやな……。儲け話やと思ったんやけどなぁ……残念やなぁ」
そう言って、シュンとなる犬耳さん。
耳も尻尾もしなだれて、なんだか可哀想になってくる。