第2話 神、めんどくせえ。
この老人は自分が熊に襲われて死んだと言っているが、それは事実。
しかし、気がついた時には、この奇妙な場所に来ていて、熊に美味しくいただかれたはずの頭には傷ひとつない。
なんだ、どういうことだ。
これは夢か。
太が頭をガシガシ掻いていると、老人はわざとらしく咳払いをしてから口を開く。
「それでは、今からおぬしを天国へ導くか、それとも異世界に転生させるか決めなければならんのじゃ」
「おいおい何言ってんだ。天国へ導くか異世界に転生……異世界、転生?!」
太はそう言って驚き、目をまん丸くさせる。
これが、あの、うわさの、いや、小説やアニメの中だけだけど、どっちにしても、うわさの異世界転生とやらか!
そう考えると、太の体が小刻みに震えた。
うれしいのだ。
ファンタジー世界で一度、魔法とかぶっぱなしてみたかった!
「――というわけで、若くして亡くなった者は、天国へ行くかそれとも、異世界で生まれ変わるか。選べるんじゃ」
「絶対、異世界!」
「おお、即決じゃな。それでは異世界へ転生させよう」
「お願いします!」
太が頭を下げると、神は驚いたように言う。
「なんじゃ、急に丁寧になったのう」
「ちゃっちゃとお願いします!」
「なんじゃ……。失礼だか丁寧だかわからん若者じゃのお」
太が頭を下げたままでいると、ふと脳裏をよぎる二文字。
異能。
「そうだ! 異のっ!」「ぶほっ!」
太が頭を上げた瞬間、脳天に強い衝撃が走る。
目の前でチカチカと星が瞬いていた。
「いってえ……」
太が頭をさすりつつ、目の前を見ると、神はいなかった。
いや、正確にはしゃがんで顎を抑えて「いたいのいたいの、米田太にとんでけー」などと言っている。
「なんで俺?! ってゆーか、俺が頭上げてなんで、あんた……じゃないや、神の顎とぶつかるんだよ!」
「君の着てるTシャツもなかなかダサかわいいなあ。背中のプリントも見たいなあと思って覗きこんだんじゃ」
「かあちゃんが買ってプリン柄のTシャツだよ?! ってゆーか、それくらい透視とか使え!」
「こんな近距離で透視なんかつかったら、半日寝込むんじゃ!」
「つかえねーな! 本当に神かよ!」
「本当に神じゃ! お前なんぞ地獄行きにさせるぞ!」
その言葉に太は黙りこむ。
言い過ぎたかもしれない。
神はニヤリと笑い、ズボンのポケットからスマホを取り出す。
「あ、もしもし神じゃが。あーちゃん? いま暇じゃった? ああ、将棋中かー。いや、急用じゃないんじゃ」
「地獄行きにせさる方法って電話かよ」
「ああ、そうそう。いつもの。姿だけでも見せてくれんかのう。一瞬でいいって!」
太は手持ち無沙汰になり、自分の持ち物を確認。
スマホもなにもない。
しかたがないので、周囲を観察してみる。
壁も、床もおまけに天井も、ピンクの空間。
チープなラブホのようなこの空間には、なにもなく、向こうのほうに赤色の扉と白色の扉があるだけ。
「ねえ、この空間ってなんでピンクなの?」
「わしの趣味じゃ」
神が短く答えると、電話を続ける。
「違う違う。あーちゃんを呼び出すのはわしの趣味じゃない! 三秒でいいから姿見せてこの若者びびらせて……。わかった。わかった。はい。待ってます」
神妙な面持ちで神は電話を終え、スマホをポケットにしまう。
「あーちゃ……。悪魔が来てくれるそうじゃ」
「神と悪魔って、やりとりあっていいのかよ」
「わしとあー……悪魔は、幼なじみで友人じゃ。そういう関係も稀にある」
「いや、神の奴は俺のパシリだ」
低い声と共に姿を見せたのは、全身真っ黒で黒い翼の生えた人間だった。
いや、人間じゃない、悪魔だ。
太は直感でそう感じた。
「あ、まあ、そうかもしれんな。ほら、悪魔じゃー!」
神がにこにこしながら言うので、太は黙って頷く。
この悪魔とやらには絶対に連れて行かれたくない、と本能が警笛を鳴らしている。
「じゃ、流星堂のあんぱんと二千本林牧場のソフトクリーム、今日中に頼むわ」
悪魔は神にそう言うと、煙のように姿を消した。
マジでパシリかよ。
太はそう言いたいのをぐっとこらえた。
なぜなら、目の前の神が「あー! あいつ腹立つ!」と言いながら地団太を踏んでいるからだ。
話をこじらせる前に、さっさと自分を異世界に飛ばしてほしい。