紅い花
引き続きアシュリー視点です。
氷漬けになっていない薄汚い男から視線を自分に向けさせるように僕の前にグラーシアは体を滑り込ませると、そこらの女よりは美しい顔で僕を見つめてる。そんな彼に僕は"わざと"突き放すように冷たく話す。--本音が八割を占めているのはいやめないが--
「待て、だって? 僕は十分待ったさ。それに弁解の余地も与えた。これ以上僕を待たせてくれるな」
「で、ですがそのものを殺めてはレイミア様の為になりません!」
「なぜ? この者が人さらいであり、竜族の、それも族長の娘であるレイミアを自分本位な理由の下薬の原料にしようとしていたのだよ? ーー僕の、かわいいレイミアを、角を折る? 腕を捥ぐ?......こいつらは余程死にたいとみた」
話しているうちに少しずつまた内に秘め、抑えていた憎悪が顔を出す。本来ならばこの男どもをこの国に引き渡すのではなく、自らの手で始末したかったところだ。けれどそれがレイミアの為にならないのならば、僕の感情なんてごみ以下なものだ。きちんと自制ぐらいできるよ。
......しかし、この男も相当怒りを覚えては居るように見えるのに、よくこの男を成り行きとはいえ庇おうと思ったものだと思う。僕ならば殺したいほど憎い相手が目の前で殺されようとしているならば、殺そうとしている奴にすべてを擦り付けて殺させるというのに。その瞳には男への憎悪はあれど僕をはめようとなど考えているようには見えなかった。
僕はグラーシアを慎重に探るように見つめていると、少しの間を開けて話し始めた。
「私だって...いや、俺だって今すぐにでも消し去ってしまいたい。けれど、こいつらを今すぐ殺めれば体を張ってここに来たレイミア様の努力は無に帰る。レイミア様はこいつらに攫われた他の者の行方を探るためではないのか? 俺には聡明なレイミア様がそのことに気が付かないとは到底思いませんが」
「......そんなもの、僕たちの力で見つけ出せるよ。履歴をあさり、死体の記憶を除けば済むことだ」
「貴女は、その禁忌の闇魔法を引っ張りだしてきてまで、どうしてもこの者たちを殺めたいのですね。--では、単刀直入に言わせていただきます。その者たちを殺すな、これはこの国の意志です。」
「王ではない君が何を言っているんだい? 君は王候補ではあるが自身で嫌だと拒絶したそうではないか」
「ええ、ですからこの件がかたずき次第上に掛け合います」
「--なぜ?」
「え......」
「君はなぜそこまでしてこの者たちを助けようとする? 先ほど意味が言っていた様に、君のこの者たちを映す瞳は憎悪で塗れている」
なぜわざわざその思いにふたをする? そう、彼に問いかけた時の僕の声は存外に好奇心が滲んでいた。そんな僕を少し離れたところに居るノアが怪しげに見ていたが、僕がその視線をあえて無視すると小さな舌打ちの音が聞こえてきた。そんな些細な音は聞こえなかったのか、グラーシアは考えがいまだに上手くまとまっていないのか、少しの戸惑いを含んだ声色で話し始める。
「--こいつらを......こいつらを殺せば、レイミア様の経歴を傷つけます......俺は、この国での思い出を少しでも良くして帰ってほしかった。そしてまたここに来たいと思って欲しかった......けれど、このような事件が起こり、そうも言ってられないでしょう。なら、それなら俺は、この国の者からのレイミア様への印象だけでも良いものにしたいのです。その者たちをを今この場に殺せばレイミア様はご自身に仇名すものは直ちに殺める残虐の姫君として広まってしまうかもしれません--お願いしますから、その者たちの身柄をこの国に渡してはくれませんか」
彼はそういうと地面に頭をこすりつけるようにして頭を下げた。
......ふーん...当たり前だけどきちんとレイミアのことを考え、感情に任せてこいつらを今ここで殺してしまった時のデメリットなどを考える頭はあるみたいだね。うん、そこは素直に褒めておくね。
「この男たちをこの国に引き渡すとして、君たちこの国のお偉いさん型はこの者たちを一体どうするんだい? すぐにさらし首にするわけではないんだろう? それではここで殺すのとそう変わらない」
「......確定ではありませんが--」
彼は前提を付けてから説明を始める。
この男たちはこの後、尋問にかけられ、この国でして来た、または他国で行ってきた悪事を吐かせ、もし、レイミアのように声をかけられ連れていかれたものがいるようならばすぐさま助けだすためにしばらくは確実に生きているだろうとのこと。その後のことは王に直接判断を仰がねばならないのではっきりとは言えないというが、表ざたになるかはさておき、これは確実に紅の花が銀の剣を飾ることになるだろう。
僕はそのことを悟りうっそりと目を細めた。
昔紅い花の下には獣人間とわず何らかの死体が埋まっているっていうのを聞いた覚えがあります。
小学生のころはこういったものはすぐにはやりますよね。