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8 王子と私と割れた鏡


「ずっとこうしてるわけにはいかないよね……」


砕け散った鏡を前に、どれ位立ち尽くしていただろうか?


見つめていても、イージオ様の無事がわかるわけでも、愛用していた鏡が元通りに戻るわけでもないのはわかっているはずなのに、それでもなかなか動き始める事が出来なかった。


「片付けなきゃね」


自分の中に湧き起こる泣きたいような衝動を抑え込むように苦笑を浮かべ、その場にしゃがみ込んで割れた鏡の破片を1枚1枚手で拾っていく。


「あぁ、他の鏡ならともかく、この鏡だけは割りたくなかったなぁ」


でも、イージオ様の命には代えられない。


仕方ない事だってわかってはいるんだけど、喪失感が尋常じゃない。



「……こんなもんかな?」


1つ欠片を拾う度に彼との……というか、彼の姿を眺めていた時の思い出を思い出しつつ、全ての欠片を集めた。


「捨てる…か……」


でも、集めた欠片を捨てようと思った時、どうしてもそれを願う事が出来なかった。


この鏡の中の世界は願うと魔法で叶う仕組みになってる。


願えないと魔法も発動しない。



「せめて、ただの鏡になったとしても残しておきたいなぁ」


元に戻らない事はわかっていても、思い出の品だけでも手元に残しておきたい。


例え余計に寂しさを思い起こさせる事になるとしても。



「よし!いっちょ頑張りますか!!」


私は腕まくりをして、集めた欠片を1つずつパズルのように鏡にはめていく事にした。


魔法で「元に戻れ~」ってやれば一瞬なんだけど、それをやるとなんだか鏡自体が別物になってしまうような気がして嫌だったから。


だから、自分の手で直して、最後に魔力を接着剤になるように隙間に注いで直す事にしたのだ。


うん、非常に無駄が多い作業だね。


でも、この鏡の世界では嫌になる程、暇な時間があるからいい時間潰しだ。



「う~ん、これはここかな?いや、こっちか?」


破片の形を確認しながら直していく。


魔法の力を帯びた鏡は、その力のせいかなんなのか、勢いよく割ったわりには綺麗に割れてくれてたから比較的修復はしやすそうだ。


「おっ、ここがこうなって……。あ、これをここにあてはめれば……やった!!出来た!!」


床に置いた鏡を見続けて、私の首と肩が悲鳴を上げ始めた頃、遂に全てのピースをはめ込む事が出来た。


「うわぁぁ。我ながらよく頑張ったなぁ」


自画自賛して、笑みを浮かべる。


割れた欠片を並べただけのそれは、ひびだらけだけど、それでも私の姿を映す事が出来る位には本来の姿に戻った。


うん。『私の姿』を映す位……にはね。



「さて、最後の仕上げといきますか」


ひびだらけの鏡に、手を切らないように気を付けつつ両方の手のひらをぺったりと付ける。


鏡生活が長くなり、暇な時間も多かったから、色々な実験を行い続けた結果、私は私の魔力とやらを感じたり意識して出す事が出来るようになった。


やり方は誰も教えちゃくれないから、就職する前によく読んでいたファンタジー系の小説や漫画を参考にしてみた。


そして、実験と練習を繰り返す。


失敗しても、鏡の外には影響しないから、その点は気楽にやってみる事が出来て良かった。



「ふんぬっ!!」


乙女らしさの欠片もない気合いの入った声と共に、自分の中の魔力を割れた鏡に流し込んでいく。


イメージは接着剤……イメージは接着剤……。



この鏡の世界は、勝手に私の持つ魔力を吸収して動力にしてるから、自分の魔力を意識して動かす必要がない。


あくまで私の魔力は仕組みの1つとして組み込まれちゃってるものだから。


だから、こんな風に魔力を細かく操作して使用するなんて事は「試しにやってみた」時以外はなかった。


だって、その必要がないから。


でも、これだけは……この鏡の修復だけは、間違っても「鏡面全部新しい物に交換しましたぁ」なんて事にならないように、細かく魔力操作しながら、より具体的なイメージを込めて『修復』したい。


ひびの部分に魔力が入り、接着剤のようにその僅かな隙間を満たし、くっつくイメージをひたすらし続ける。


すると、ひびの部分だけが私の魔力で淡く発光し始めた。



「おっ、成功じゃない?」


イメージ通りの状況。


光は次第に強くなっていき、これで仕上げとばかりに、パーッと目も開けていられない位に輝いた。


思わず目を瞑りつつも、光が納まった後の鏡の状態を思い浮かべ、口元に僅かに笑みが浮かぶ。


そして、瞼の向こうの光が和らいだのを感じ、ゆっくりと瞼を開いた。



そして、修復されたはずの鏡に視線を落とす。



「っ!?」


そこに映し出されているものを目にして、私は息を呑んだ。


「イ、イージオ様?」


そこには、私がずっと鏡を通して見つめ続けていた彼が、ドアップで映っていた。


「ま、まさか、鏡が本当に直ったの?」


『ただの鏡』ではなく、『魔法の鏡の兄弟鏡』として。


「嘘っ!?よ、良かったぁぁ」


気が抜けた私は、思わず泣き出しそうになってしまった。


良かった。


これで今までと変わらず彼の観察をライフワークに出来……


「……ねぇ、君は……誰?」


「?」


驚いたように目をパチパチとさせ、鏡の前で固まっていたイージオ様がボソリッと呟いた。


誰に話し掛けているんだろう?


彼の背後を見ようと首を伸ばすけれど、僅かに彼の肩ごしに見える執務室には誰かいる気配はない。


「いや、君だよ、君」


イージオ様があまりにも鏡を凝視しながら言うから、思わず自分の後ろを振り返るけれど、当然ここには誰もいない。


というか、彼にこっちの世界が見える事はないはずだ。



「だから、今、後ろを見た君だよ!」


「……?」


再びイージオ様の方を見た時、彼としっかりと視線が合った。



視線が……あった?


恐る恐る自分を指差す。


「そう、私の鏡に映ってる君の事だよ」


「っ!!??」


イージオ様がその麗しい顔でしっかりと頷く。


私は息が……いや、むしろ心臓が止まりそうになった。



「え?え!?み、見えてるの!?」


「見えてるよ」


「私の事わかる?」


「いや、わからないから誰か聞いてるんだ」



驚き過ぎてテンパっている私とは違い冷静そうにそう答えてくれるイージオ様だけど、瞬きの回数が異様に多い。


きっと、いつものように表面上は冷静さを取り繕ってるんだろうけど、ずっと彼を見ていた私にはわかる。彼もまたテンパっている。


って、今はそんな風に彼を冷静に分析してる場合じゃない!!



「あの、私、決して怪しい者じゃ……」


「いや、どうみても怪しいよね?」


「ち、違うの。私は決して貴方の様子をずっと観察してニマニマしてたわけじゃ……」


「え!?見てたの!?ニマニマって何!?」


「あ、いつもの素が出たね!!……って違う!!別に覗き魔なわけじゃ……」


「覗き魔なの!?」


「違うってば!!これは魔女のせいでね!!」


「魔女!?どの魔女!?」


「え?魔女って色々いるの?」


「いるよ。黒の魔女や白の魔女。青の魔女や赤の魔女……他にも何人もね」


「えぇぇ!?う~ん、イメージ的にはいつも黒い服着てるから黒の魔女なんだけど……どうかな?」


「いや、私に訊かれてもわからないから」


「そっかぁ。残念って、そうじゃなくって!!……ひ、ひとまず落ち着こう」


「……そうだね、落ち着こう」



テンパってたせいで、2人して妙に速いテンポで喚き立ててしまった。


これじゃあ、現状把握なんてまともに出来ない。


私の提案でお互い口を閉ざし、静寂がその場に訪れる。



私はその間に大きく深呼吸した。


そして少し落ち着いた所で、ふと気付いた……私、パジャマじゃない?


しかも、寝心地重視の無地のダラダラスウェットタイプ。


お洒落度は0どころかマイナスの代物。


しかも、髪もボサボサ、顔もノーメイク。



とてもじゃないけど、麗しのイージオ様の前に立てる姿じゃない。


「あの……ひとまず、服着替えてもいいですか?」


「この状況で?」


「この状況で。私のなけなしの乙女心が、麗しのイージオ様の前にこの姿で立つ事を拒否してるんで」


「ブッ!『麗し』って何!?」


イージオ様が噴き出して、真っ赤になりながら私に尋ねてきた。


……結構多くの人がそう言ってるんだけど、この人、その事すら気付いてなかったのか。


「え~?お城の人達の共通認識ですよ?まぁ、一部認めるのを拒否してる人もいますけど」


主に王妃派の人とか、王妃派の人とか、王妃派の人。


「とにかく、話は私が身なりを整えてからです!!」


「……そう言って逃げるんじゃ?」


「……私、鏡の中にいるんですけど?逃げようってありますかね?」



逃げられるものなら、是非とも逃げたい。


イージオ様からというよりは、主に魔女から。


「そこから出て、別の所に逃げるとか……」


「私、ここに閉じ込められてるんで無理です。というか、それなら反対に言わせてもらいますけど、ここにいる私を貴方は捕まえられますか?」


「……王国所属の魔術師を集めれば何とかなるかもしれないが、今は無理だな」


私の質問に、イージオ様が眉間に皺を寄せて渋い顔をする。


その表情もまた美しい。


「なら、逃げる気なら私はいつでも逃げられるって事ですよね?逃げるか逃げないかは私の意思次第。着替えようが着替えまいが、そんな事は関係ない。そうでしょう?」


「……確かに」


「と、言う事で、着替えてきます!!」


イージオ様を言い負かしたところで、さっさとその場を離れ……というか、鏡を持ち上げ、裏返しにして壁に立て掛ける。


「ちょっと、君。これはどういう……」


裏返しになった鏡の向こうからイージオ様の戸惑いの声が聞こえる。


きっと、急に鏡の中の景色が変わって何も見えなくなった事に驚いたのだろう。


「ちょっと、繋がってる鏡を裏返しただけです。着替えるんでね。何ですか?私のお着替え見たかったんですか?」


イージオ様の内面を知らなかった頃の私なら、絶対に口に出来なかったような冗談を口にする。


絶対に話せるようになる事はないと思っていた相手と話せる喜びが、徐々に内側から溢れだしてくるのを感じた。


「なっ!?んっ、んっ。……そ、そんなわけはないだろう?」


思わず、素で返しそうになって、慌てて咳払いで誤魔化して落ち着いた声を出すイージオ様。


その強がりが、何だかとても可愛く思えてしまう。



「素のままでいいですよ。もう、知ってるんで。後、見せろと言われても、見せたりしませんよ。……私のたるんたるんな体なんて、麗しのイージオ様に見せられるわけがない」


「ブッ!!……だ、だから、その『麗し』ってのは何なんだ?」


あ、また噴き出した。


そして、その前の言葉を見事にスルーされた。



「そう呼ばれてるの知らないのって、イージオ様位じゃないですかね」


イージオ様「麗しい」。イージオ様「美しい」。イージオ様「綺麗」……はグリーンディオ王国の共通認識だと思う。


もちろん、彼の傍にいつも付き従っているリヤルテさんも承知済み。



そんな雑談をしながら、私はどんな服に着替えようか悩む。


この世界の女性の服装は、上流階級ならドレス。


一般市民なら簡素なロングのワンピースだ。



童話の世界を実写化した映画をイメージした衣装にすれば間違いないだろう。


実際、私が度か魔女に『お褒美』で外に出してもらった時に着ていったのも映画の世界に出てくる町娘風のワンピースだったし、それで特に問題もなかった。


でも、今回会う相手はあのイージオ様だ。


待たせている以上、あーだこーだと試着して選んでる時間はないけど、それなりにお洒落な……ドレスが正解だろう。


「さて、どうしよう……」


暫く悩んだ後、シンプルなブルーグレーのドレスをイメージして出す。


うん。シンプルで上質なのって、無難でいいよね。


色は以前に友達の結婚式に出席する為に買ったドレスをイメージした。



「よし、これでいっか」


素早くドレスを着て、髪の毛を梳かす。


結ってる時間はないから、これでよしとするしかない。



お化粧は顔を手早く洗って、ファンデーションとアイラインを引き、マスカラを付けた程度。


本当は綺麗な人の前に立つなら、もっとしっかりとフルメイクしたいけど、そんな事は言っていられない。


……パジャマにボサボサ頭、ノーメイクよりはましと思わないと。



「お待たせしました~」


「よいしょっ」と声を出しながら、鏡をひっくり返し、また壁に立て掛ける。



「ん?随分早かったな。女性の支度には最低3、4時間は掛かると聞いていたが……」


イージオ様は、鏡の前に簡素なテーブルを置き、そこで紅茶を飲みながら仕事の続きをしていた。


……もちろん、仕事っていうのは『グレル王子の』仕事の事だけどね。



「いや、人待たせてそこまで時間掛けませんよ。というか、そこまで時間を掛けた支度の仕方が私にはわかりません」


深夜……むしろもう少ししたら明け方になろうとしているこの時間に、それだけの時間を待とうと思っていたイージオ様のお人好し加減に苦笑が漏れる。


貴族令嬢だって、きっとパーティーとかそういう特別な時以外はさすがにそんなに時間は掛けないと思う。


いや、思いたい。



「さて、じゃあ、今度こそしっかりと話を聞かせてもらおうか」


書類をまとめて脇に寄せ、イージオさんが椅子に座ったまま私に向き直る。


座ったままという事は、立ち話では済まないという事を示しているのだろう。


私も大きなクッションを出して、鏡の前に座り込む。


「えっと……何からお話したらいいですか?」


「ひとまず、君の事についてから……」


私が支度している間に、何をどう話するか頭の中で既に決めていたのだろう。イージオ様は迷う事なくそう告げた。


「君は一体何者なんだい?」


「私は……」


そこから私と彼の長い尋問(?)が始まった。

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