30 私と身代わりの貴方
「……み……身代わり?」
スノウフィア王女に言われた言葉を、震える声でそのまま繰り返す。
……繰り返す事しか出来なかった。
鏡の中から出たい。
でも、だからと言って誰かを犠牲に……身代わりにするなんて判断、私には出来ない。
否。正確には出来ないのではなくする勇気がないのだ。
身代わりを望む言葉も退ける言葉も、どちらかを口にする事も出来ずに何度も口を開けては締め、最後には唇を噛んで俯いた。
今までも何度も「助けて」という言葉を口にする事を躊躇った。
でも、今はそれの比ではない。
「理不尽に閉じ込められた場所から出たい」と、そう願う事が誰かの不幸を願う言葉に直結する。
被害者だった自分が加害者へと転じる可能性すらある。
それがとてつもなく恐ろしい。
「……スノウフィア王女、もう少し詳しく教えてくれないかい?」
何も言葉にする事が出来ない私に代わり、イージオ様がスノウフィア王女に尋ねる。
それに小さく頷いて、スノウフィア王女はその愛らしい唇をゆっくりと開いた。
「この鏡には、『鏡の精』が代わる度に契約を1度全てリセットして新しく結び直すというシステムが組み込まれています。また、動力源である『鏡の精』の定員は1人で必要に応じて消耗品のように挿げ替えられていくように作られているようです。これは今回弄られた契約部分ではなく、鏡のみが持つ『性質』なので、契約がいくら絡み合って解けなくなったとしても、変わる事はありません」
スノウフィア王女がゆっくりと私達の方へと歩み寄る。
その後ろに国王陛下とヤミアス王太子が続き、私がいる鏡を挟んでイージオ様の反対側に立つ。
その間、魔女はまるで面白い観劇を見るかのようにクスクスと笑いながら無言で私達を見つめていた。
「……要するに、鏡に閉じ込められる対象が代われば、契約自体もリセットされて元の方法でも閉じ込められた相手を外に出せると?」
え?それなら私と誰かが交代して、その後すぐに正規の方法で鏡から出せば一件落着って事?
私の胸に再度浮かんだ微かな希望。
けれど、それはすぐに再びスノウフィア王女の言葉によって打ち砕かれた。
「それは……半分正解で半分不正解です」
スノウフィア王女は眉尻を下げて、少し申し訳なさそうな表情になりながらも小さく首を振った。
上がり掛けた顔を再び俯け、スノウフィア王女の話に耳を傾ける。
その何処かに救いが潜んでいないかを必死で探しながら。
「黒の魔女は、魔力を抑制された状態で無理矢理ミラさんの人格を鏡と完全に融合させようとしました。その際に、鏡自体に蓄えられていた魔力を外部から強引に使用して契約を変容させたみたいです。さっき調べてみたら、そのせいで鏡が正常に機能する為に必要な魔力を溜めておく場所に大きな亀裂のようなものが生じているみたいです」
きっと彼女もこんな嫌なお知らせはしたくないのだろう。
鏡の傍らに立ったスノウフィア王女は着ていたドレスのスカートをギュッと強く握り締め、何処か申し訳なさそうな表情でゆっくりと語った。
「この鏡はエネルギー源である魔力さえ与え続けていけば、自己修復能力で徐々に元の状態に戻っていくみたいなんですけど。……肝心のエネルギーを溜める場所に亀裂があるせいで、少しずつしかエネルギーが溜まらず、しかもそのほとんどが修復にあてられるので、正常に鏡が機能して本来の方法で鏡の精を解放できるようになるには最低でも2、30年は掛かると思います」
「2、30年……」
クラッと軽く眩暈を覚えた。
私がここに捕らえられてまだ1年半弱。
それでも正直とても辛い。
これからは鏡の所有者はイージオ様に代わった為、待遇は改善されるだろうけれど、それでも外界から切り離された環境で何十年もいるなんて事は並大抵の事ではない。
自分が助かりたいが為にそんな事を誰かに強いるなんて事を本当に出来るのだろうか?
その罪悪感に……自分の醜さに……私は耐えられるのだろうか?
鏡面に触れる自分の手がその恐ろしさにガタガタと震え始める。
そんな私を見て、イージオ様がフッと優しげな笑みを浮かべた。
「……わかった。なら、私がミラの身代わりになるよ」
何の躊躇いもなく唐突に告げられたイージオ様の言葉。
「な、何を言って……」
目を見開いてイージオ様の顔を見上げると、彼は鏡に映る私の頬のラインあたりをソッと撫でながら、とても穏やかで、それでいて強い決意を込めた瞳で私を見詰めた。
周囲の人がイージオ様の発言にざわめいている。
一国の王子がただの……それもとびきり平凡な女の為に何十年という時を鏡の中に閉じ込められる。
それは決して許される事ではないし、それを口にする事すらあってはならない事だ。
「ミラは私の閉ざされた世界をその元気な笑顔と前向きが言葉で開いてくれた。周囲に人は大勢いるのにいつも何処か寂しさを感じていた私に、温かい人との繋がりを教えてくれた。今度は、私が君を救う番だよ」
ニッコリと微笑むイージオ様の笑顔はいつも通りとても綺麗で……綺麗で……絶対に失ってはいけないって思った。
この笑顔が鏡に閉じ込められる事で曇る様子は見たくない。
この少し不器用で、自分に向けられる感情に鈍感で、でも多くの人に愛される人を……私の大切な人を、この世界から奪うなんて事は絶対に絶対にしてはいけない。
彼の優しさや純粋さに付け込んで、自分の身代わりにするなんて事は出来ない。
そんな罪を犯したら、それこそ私は生きていけない。
「駄目です!そんな事は絶対にしてはいけません!!それ位なら……イージオ様を犠牲にする位なら……私はこのままでいいです」
やっと口にする事が出来た、身代わりを拒否する言葉。
言ってしまったら後には引けなくなり、私の生涯が鏡の中で終わる事が確定するその言葉。
言わないといけないと思いつつも怖くて怖くて言えなかったそれが言えた事に、私は何処かでホッとしていた。
……これで私は被害者でいられる。加害者にならずにいられる。
それはある意味とても偽善的な思いだけど、いくら辛くても自分が誰かを傷つける存在に……自分が1番嫌いな存在にならずに済んだ事に安堵した。
これで少なくとも私は自分を嫌いにならずに済む。
これから先、何度も何度も後悔はするだろうけど、今はそれを「良かった」と思える。
「ミラ、君はもう十分苦しんだから。私はそんな君を……私が初めて愛しいと思えた君を、このまま鏡の中で過ごさせるなんて事はしたくない。もちろん、罪のない第三者を身代わりにして君が苦しむ所も見たくない。私は……時々鏡越しにでも君に会えればそれだけで幸せだから」
何処か諭すような口調で告げられて、私は必死で首を振る。
「駄目です。駄目です。ぜっっっったいに駄目です!!貴方が鏡から出られなくなったらグリーンディオ王国はどうなるんですか!!」
「国には弟がいるから……」
「あの馬鹿王子に国を任せたら大変な事になりますよ!あっという間に国が腐敗しまくりです!!心有る臣下が……貴方を支えてきてくれた臣下が苦しめられる様を鏡の中から見ているつもりですか!?」
何故か未だに自分の弟王子は優秀で、自分より弟が国を継いだ方が国は豊かになると思っているふしがあるイージオ様の言葉を遮って詰め寄る。
イージオ様はとても素敵な人だとは思うけれど、こういうちゃんと自分の価値を理解していないところは困ったものだと思う。
「良いですか?私はただの一般市民。いなくても誰も困らない。でも貴方は国民が愛する第一王子。いなくなったら国中の多くの人が困る。特に善良な市民や貴族が困る。どっちを優先されるべきかわかりますよね!?ね!?」
「う……うん?いや、でも、私はミラを……助けたくて……」
私のあまりの勢いに気圧されて、しどろもどろになりながらも私を助けたいと言ってくれるイージオ様に、私はまた少し勇気を貰う。
「……大丈夫です。鏡の中の生活は慣れていますし、また今まで通りイージオ様と楽しい時間を過ごせれば、それなりに幸せですから。それにいつか……今度はもっと別の……誰も傷つかずにここから出る方法が見付かるかもしれないですし。そうしたら……そうしたら……今度は私を助けて下さい」
やっと笑みを浮かべられた。
本当は凄く怖くて、手だって震えっぱなしだけど、ちゃんと笑って「大丈夫」って言う事が出来た。
そんな自分が少しだけ誇らしい。
「……感動のシーンに水を差すようで悪いが、発言しても良いだろうか?」
いつの間にか完璧に2人だけの世界に入っていた私達に、国王陛下かおずおずと躊躇いがちに声を掛けてくる。
私達はお互いのみに向けていた視線をパッと外して国王陛下へと向ける。
「すまんな。だが、君達が自分達の中だけで答えを出そうとしているのがちょっと気になってな」
ここまでスノウフィア王国の人と共に魔女断罪を行ってきたのに、最後の最後で自分達だけで話を進めていた事実に、少しの気まずさと恥しさを感じ、頬が赤らむ。
「いえ、こちらこそすみません」
イージオ様と2人で国王陛下に頭を下げる。
「大体、何故ミラ嬢かイージオ殿のどちらかが……という事で話が進んでいるんだ?鏡の中に閉じ込められるのであれば、ここにもっと適任者がいるであろう?」
国王陛下が絶対零度の瞳に笑みを浮かべ、ゆっくりと視線を魔女へと向ける。
愛していた男の冷たい視線に晒されて、今まで成り行きを楽しげに見ていた魔女の体がビクッと震え、笑みが引っ込む。
「……へ、陛下?」
「罪のない第三者を身代わりにすると言い出さなかった事は偉かったが、すぐに自分を犠牲にする方向に考えが向くのは褒められることではないと思うぞ?特にイージオ殿は一国の第一王子。世継ぎ最有力な上に、話を聞けば第二王子は国を継げるだけの器がないという。そんな人間が簡単に自分を身代わりにするなどと、口に出してはならん」
魔女の怯えを含んだ呼び掛けは綺麗に無視して、国王陛下が私とイージオ様の2人に苦笑を浮かべながらゆっくりと諭す。
「……まぁ、私も最愛の妻を失っている身だ。気持ちはわからないでもないがな」
まるで独り言のようにボソリッと呟かれた一言は、何処か哀愁が漂っており、全ての悲しみと怒りを抱えつつも王として立ち続けたお方だからこその重みを伴っていた。
「さて、まぁ、第三者を身代わりに……というのは確かにどうかと思うが、当事者しかも加害者が己の罪を償う為に鏡に閉じ込められるというのは、悪くない案だとは思わないか?」
国王陛下の言葉に、その場にいた全員の視線が魔女へと向けられる。
「な、な、何を仰っているのですか!?私は貴方の妻。王妃なのですよ!?」
こんな状況で自分の今までの地位を持ち出す魔女に、周囲の何人かは怒りを通り越して呆れの溜息を吐く。
「お前は最早私の妻でも王妃でもなく、ただの重罪人だ。この先に待っているのは償いしかない」
キッパリと言い切った国王陛下の声にはほんの僅かの慈悲すら存在していない。
魔女が今までしてきた事、自分の最愛の妻を殺し、娘まで奪おうとした事を考えれば当然の事だ。
私とて魔女が身代わりになるのであれば、罪悪感なんてほとんど感じない。
だって、それは魔女が今まで私を含めて多くの鏡の精にされた人達にしてきた事なんだから。
むしろ、多くの人を無慈悲に幽閉し、更に王妃を殺し王女の命まで奪おうとした彼女にしては罪が軽いとすら言えると思う。
「わ、私は今まで国の為に、そして貴方の為に尽くしてきましたわ!それなのに、こんなのはあんまりです」
「ならば、この場にいる者全てに問おう。マージアの犯した罪と功績を天秤に掛けて考えた上で、意義がある者はこの場で手を挙げろ」
魔女の必死の訴えに、国王陛下が公平を期すために周囲の重臣達に尋ねる。
けれど、その場にいた誰一人として手を上げる者はいなかった。
むしろ、手を上げぬまま囁き合う声の中には「マージア王妃に功績なんてあったか?」「刑が軽過ぎるのでは?」「極刑にしてもあまりある」と言う声すら聞こえてくる。
魔女は憎しみの籠った視線で周囲を睨め付けた後、ふと何かを思い出したように口元に弧を描く。
「あぁ、でも、いくら陛下が私をミラの身代わりにしたくても、私の真名を知らなければそれは出来ぬ事。どうなさいます?」
ニタリッと勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる魔女に、国王陛下は残念なものを見るような目を向けた。
「……お前は忘れたのか?国王に嫁ぐ者は必ず婚姻の儀の際に夫となる王に真名を捧げる事になっていた事を」
国王陛下の言葉に余裕を笑みを浮かべていた魔女がハッとしてその笑みを凍らせ、顔を青褪めさせる。
きっと欲しかった美形の夫を手に入れて浮かれていたせいで、その時の事をコロッと忘れていたんだろうな。
「け、けれど、私を鏡に閉じ込めるという事は『人を犠牲にした禁忌の魔術』を使うという事。強いては魔女もしくは魔男に身を落とすという事。こんなブスの為にそんな役を誰がやりがたると……」
「それなら、私がやります」
魔女の言葉に、イージオ様が一瞬考えてから立ち上がろうとしたその時、すぐ傍らから凛とした少女の声が響いた。
「ス、スノウフィア!」
魔女がスノーフィアへと視線を向け瞳に浮かぶ憎しみを更に強める。
その魔女の視線を受けてもスノウフィア王女はひるむ事なく背筋を伸ばして向き合った。
「……私はお母様の白の魔女の知識と力を受け継ぎ、お母様の命を糧とした魔法で生きながらえた者。既に魔女の地位にある者です。お母様の無念を晴らし、私を陰ながら守ってくれた優しい女性を守る為に力を使う事になんの躊躇いもありません」
ハッキリとした口調で宣言するスノウフィア王女。
その姿は今まで感じていた少女可愛さが一皮剥けて、凛とした大人の……王族であり国を守る白の魔女としての美しさに溢れていた。
この時、私は改めて思った。
白雪姫に出てくる魔女は、やっぱり白雪姫の美しさには決して敵わないのだと。
このお姫様は見た目以上に、自分の思いを貫くその強さが美しいのだ。
「……本当によろしいのですか、スノウフィア王女?」
恐らく、自分が魔男になろうと考えていいたのであろうイージオ様だけれど、スノウフィア王女の言葉に込められた強い意思を前に、その役を譲るべく最後の確認を行った。
「はい、もちろんです。むしろ、やらせて下さい。だって、これは白の魔女の力を継いだ私がやるべきお仕事なんですから」
ニッコリと笑ったスノウフィア王女にイージオ様は頷き、「わかりました」と答えた。
「ミラもそれでいいね?」
話しが付いたところで、目の前のやり取りについていけず、無言で成り行きを見守っていた私のイージオ様が確認の言葉を向ける。
私はキーキー騒いでいる魔女に視線を向けた。
どんな重罪人だとしても、自分の身代わりに何十年も監禁されるとなれば少しばかり思うところがないとは言わない。
でも……これは私だけの問題じゃない。
彼女に鏡の精にされ、何年も鏡の中に閉じ込められて言う事をきかされて、最期をこの中で迎えるはめになった人達の思いを考えれば、変に同情すること自体が間違いなのだと思う。
「……よろしく……お願いします」
私の言葉に、鏡の左右に立つスノウフィア王女とイージオ様がそれぞれ微笑みを浮かべて頷く。
「では、まずは鏡の所有権の移譲を……」
スノウフィア王女の言葉を合図に2人がそれぞれ鏡の鏡面に触れる。
「これから、一旦イージオ殿下から私へと鏡の所有権を移します。鏡の精の交代をする権利は鏡の主にのみ与えられるものですから。もちろん、貴方という存在の定義はあくまでイージオ殿下の管轄なので、私がそれで貴方に危害を及ぼす事はできません。そしてそれからすぐに、鏡の精の役目を貴方から黒の魔女へと移し替えます」
イージオ様とスノウフィア王女が鏡の所有者交代の為に必要な魔力を練り上げている間に、スノウフィア王女がこれから行う魔法について説明してくれる。
私には出来る事は何もなさそうだったから、その話をしっかりと聞き頷いた後はジッと息を詰めて全ての魔法と契約が済むのを待った。
「我、イージオ・グリーンディオは我の所有する鏡の所有権をスノウフィア王女に譲り渡す」
「私、スノウフィア・ホワイティスはイージオ殿下より鏡の所有権を受け取る」
イージオ様とスノウフィア王女の体から、それぞれ緑と白の魔力が靄のように立ち上がる。
そして私のいる鏡の中の空間が緑と白の魔力に包まれ、緑の魔力はイージオ様のいる方へと流れ、彼の体内へと吸い込まれていき、スノウフィア王女から注ぎ込まれる白の魔力が次第に鏡の中を満たしていく。
完璧に白に満たされた段階で、何処か心地よさを感じるひんやりとした気配が私の右手首を一瞬包んで、そして消えた。
「これでこの鏡の主は私になりました。後は……」
第一段階を無事に終えたスノウフィア王女が安堵の息を吐き、そして魔女へと視線を向ける。
魔女を取り押さえ込んでいた魔術師と騎士が、スノウフィア王女の視線に頷き返し、魔女を拘束する鎖の両端を握り締めて拘束したままの状態で魔女から離れる。
「や、止めて!放して頂戴!!」
魔女はこれから起こる事から何とか逃げようと体を揺するけれど、ほとんど動く事が出来ない。
その様子を見ながらスノウフィア王女を小さく呪文を唱えて私のいる鏡を浮かせると、魔女のいる魔法陣の中に移動させた。
「ミラ、貴様のせいで!!」
すぐ目の前に移動した私に魔女がにじり寄ろうとするけれど、鎖だけではない何かに固定されたかのようにほとんど移動が出来ない。
憎しみの目で私を見る魔女を少しの恐怖を感じながらも冷静な目で見つめていた。
今まで私の全てを支配していた存在。
とてもとても大きくて立ち向かうのすら困難だったその人は、今はとても小さくて哀れな存在に見える。
今までとは違った力関係で、今までと同じように向き合う私達。
その傍らでは、国王陛下から魔女の真名を教えてもらったスノウフィア王女が鏡の精の交代を行う為の詠唱を始めている。
「ねぇ王妃様……いえ、今はきっとマージアと呼んだ方が良いんでしょうね」
「止めろ、止めろ!」と叫んでいる魔女に私はゆっくりと語り掛ける。
きっと今の魔女には私の言葉なんて届いてないだろうけど、それでも言っておきたい事がある。
「貴方の容姿は確かに美しいわ。でも、見た目だけの美しさじゃ見た目も中身も美しい人には決して勝てない」
私達を取り巻く魔法陣が白く発光し、模様が変わっていく。
それと同時に、私と魔女の真下にも新たに白く小さな魔法陣が浮かび上がる。
「貴方はこれから誰も貴方の容姿を……貴方の存在を見る事が出来ないその鏡の中で考えるべきよ」
鏡の契約がリセットされるという事は、私が最初にこの鏡の中に閉じ込められた時と同じ状況になるという事だ。
それはつまり、この魔女の鏡を通してしか外界の人と接しられないという事。
鏡からいろんな人を見る事が出来たとしても、自分が相手に認識してもらえないという事。
それは、人から自分の容姿を褒められちやほやされる事を最も好むこの魔女にはとても辛い事だろう。
「そして、自分が犯してきた罪、人に与えた苦痛や悲しみを感じて。鏡って本来自分を見る為のものでしょう?自分自身を見つめ直すにはピッタリの場所だわ」
「煩い煩い煩い!!スノウフィア、白の魔女、ミラ!!私の邪魔をするなぁぁぁぁ!!」
魔女が叫ぶのと同時に魔方陣の光が一層強さを増す。
「『――――――』、貴方はこれからミラに代わりこの鏡の中で新たな鏡の精となる」
スノウフィア王女の魔女を縛る為の契約の言葉が唱えられる。
多分、魔女の真名を告げたのであろう部分はまるでノイズが掛かったかのように上手く聞き取る事が出来なかった。
きっと、契約の為に呼ばれた真名だからだろう。
「嫌よ、嫌!!ああ、陛下、お願いです。助けて下さい」
国王陛下に伸ばされた魔女の右手には白く契約の印が浮かび上がり、魔女は契約の苦痛に顔を歪めている。
「『――――――』の姿は私が所有するこの鏡から以外は見えない。その声も届かない」
「お願いです、陛下。その憎きスノウフィアを止めて。貴方の愛する私を開放して」
スノウフィア王女の言葉の合間に、魔女は苦痛でひび割れた声で必死に国王陛下へと懇願するけれど、国王陛下は無表情でただその光景を眺めていた。
「その魔力の全てを鏡の糧として捧げ、その中以外では一切の力を使う事が出来ない。鏡の外の世界に干渉する事は絶対に出来ない」
「イージオ王子、貴方は私の事が欲しかったのでしょう?貴方が望むなら私に触れさせてあげるわ!だから……だから……」
国王陛下に何を言っても無駄だとやっと察した魔女は今度はイージオ様にターゲットを変える。
「私の言う事に逆らう事は出来ない。私の許可なく鏡の外に出る事は出来ない。誰かを傷つける事も、悪意を持って誰かに接する事も出来ない。貴方に出来る事は鏡の中で1人で生活し、己を見詰め直し続ける事のみ」
「ね?だからお願い、助けて頂戴!そうしたら貴方の国についていってあげるから」
手首の痛みが更に強まり、伸ばしていた手を引き戻し自分で自分の右腕を抱え、冷汗を流しながらそれでもイージオ様に語り掛ける事を止めない。
イージオ様はそんな魔女をチラリッとも見ようとはせず、ただただ私の事を心配そうに見守ってくれている。
「……その鏡の中でお母様や私、ミラさんやその他の多くの人に対して犯した罪を反省し、己の罪深さを後悔して下さい!!」
「嫌!嫌!嫌ぁぁぁぁぁぁ!!!!」
契約の為の言葉をスノウフィア王女が紡ぎ終えると共に、私のいる鏡と魔女、全てを囲むように描かれていた魔法陣が目も開けられない程に強い光を放つ。
魔女の絶叫が響くと同時に、私の右手首からパリィィィンという何かが割れたような、高く澄んだ音が鳴り、フッと右手首が軽くなるような感覚が訪れた。
私が覚えているのはそこまで。
その後はスゥゥっと意識を吸い上げられるように、スノウフィア王女の魔力により白く染められた視界が一層白さを増して……気が付けば私は意識を失っていた。