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28 魔女と断罪者

私達がイージオ様の傍に着く頃には、魔女は大勢の騎士と魔術師に囲まれていた。


何も知らされていなかった参列者は戸惑いの表情を浮かべているけれど、同伴者が落ち着かせて事情を説明している為、大きな混乱は起こっていないようだった。


「スノウフィア、これはどういう事なの?……貴方、私に何か恨みでもあるの?」


魔法陣で拘束された上に大勢の武装した人間に囲まれ、己の劣勢を感じ取ったのか少し冷静さを取り戻した魔女は、瞳を怒りで燃やしつつも感情で叫ぶ事を止め、自分の無実を訴えるように哀れっぽく振る舞っている。


そんな彼女を見つめる周囲の目は当然の如く冷ややかなものだった。


「恨み……。お義母様はないとお思いですか?」


着ていたドレスのスカートをギュッと両手を握り締め、瞳に涙を溜めつつスノウフィア王女が魔女を睨む。


その背後ではイージオ様と国王陛下が彼女を支えるように立っていた。


「あら、何か誤解があるようね……?」

「まだ白を切るのですか!?」


コテリッと首を傾げて戸惑うような演技を見せる魔女にスノウフィア王女がその可愛らしい声を荒げる。


そのスカートを握り締めている手は微かに震えており、それに気付いた国王陛下がソッと慰めるように自分の手をその手に重ねた。


スノウフィア王女は、その感触にハッとして自分の父親に視線を向ける。


国王陛下はそんな彼女に気遣うような微笑みを向け、彼女もそれに応えるように僅かに笑みを返した後、小さく頷いて魔女をしっかりと見据えた。


その間、イージオ様は父子の様子を目の端で確認しつつも魔女から視線を外す事なく、その一挙一動を警戒している。



「誤解じゃありません。私の本当のお母様が残して下さった本に、貴方が私達親子にした事が書かれていました」


スノウフィア王女は自分が寝ていた棺に近付き、中から白銀の本を1冊取り出した。


おそらくあれが前王妃様がスノウフィア王女の為に残した本なのだろう。


ギュッとそれを胸に抱いて、目に涙を溜めつつも魔女を睨むスノウフィア王女。


国王陛下は彼女の抱く本の縁を軽く撫で、「ウィンターナ……」と辛そうに顔をクシャリッと歪めて呟いた。


それは、元王妃であるスノウフィア王女の母の名前。


国王陛下が怒りに任せて魔女を攻撃し身を危険に晒すことのないように、ずっと存在を知らされずにいた全ての真実が記された亡き最愛の妻の形見を前に、国王陛下は今一体何を思っているのだろうか?


その複雑な心情は私にはわからないけれど、でも国王陛下の瞳には今も薄れる事のない亡き妻に対する愛情がある事だけは伝わってきた。


……そして、それと同じだけ妻を殺し、最愛の娘すら奪おうとした魔女への憎しみがある事も。


国王陛下を1度ゆっくりと目蓋を閉じた後、スノウフィア王女や前王妃陛下の形見の本に向けるのとは正反対の憎しみの籠った強い視線を、現妻である魔女へと向ける。



「全ての事実は聞かせてもらった。お前はウィンターナを失って悲しみのどん底にいた私に寄り添い励まし、心穏やかに過ごせる所まで引き上げてくれた恩人だと思っていたが、よもやお前が全ての元凶だったとはな……」


激情に任せて怒鳴り付けたいのを噛み殺して堪えているかのような、唸り声にも似た低い声が神殿内に響く。


その声に呼応するように、周囲からより強い憎しみや怒り、疑心、嫌悪等の負の感情が魔女へと向けられていく。


葬儀だと思って突入した会場で突然始まった断罪に呆然としていたヤミアス王太子も、国王の発言と周囲の雰囲気から何となく状況を察したのか、魔女へと強い視線を向けた。


そして、ムキーマン将軍に守られるだけの立ち位置から、何かあった時にすぐにスノウフィア王女を守れる立ち位置へと移動する。



「陛下、何かの間違いですわ。私を信じてくださいませ!その本だって本物かどうかなどわかりませんでしょう?誰かが私をはめる為に作った偽物の可能性だってありますわ!!」


多くの人の怒りに晒されながらも、まるで自分は悲劇のヒロインであるかのように涙を溜めて切々と訴える魔女。


認めたくないが、一般的な感覚から言って魔女は容姿だけ綺麗だから、憐れっぽく振る舞うととても絵になる。


そして、悪い事をした事に罪悪感を感じるような神経を持ち合わせていない分躊躇いがなく、その演技はより完璧に見えた。


綺麗な女優さんによる迫真の演技。


まさにそんな感じだ。


事前に事情を知らされている人や魔女に何らかの被害を受けた経験のある人以外の中には、魔女の完璧な演技を目にして戸惑っている人も若干いるようだった。



「あぁ、一体、誰がこんな酷い事を企んだの?私が何をしたと……うぅ……」


大勢の敵意の中で、泣き崩れるように床に顔を伏せる魔女。


事情を知らなければ、確かに駆け寄って庇いたくなるような光景だ。


けれど、国王陛下やスノウフィア王女、イージオ様の厳しい視線に揺らぎはない。


確信があり、証拠もあるからこそのこの断罪なのだから当然だ。



「ひ、酷いのはどっちですか!?貴方のせいで、私はお母様の温もりを知らない。この本以外にお母様を感じれる思い出もない。肖像画以外にお母様の顔を見た事もない。私は私は……!!」


今まで生きていた年月の分、溜まりに溜まった母親への思いを吐き出すかのようにスノウフィア王女の大きくて美しい瞳から綺麗な滴が溢れ出す。


「スノウフィア……」


「スノウフィア王女……」


全身でその苦しみと悲しみを表現するスノウフィア王女に、国王陛下と……ヤミアス王太子がソッと傍に寄り慰めるように寄り添う。


ヤミアス王太子の立ち位置は本来イージオ様のものなんじゃないかと思うのだが……肝心のイージオ様はそんな事は気にしていない様子で、今にも泣き崩れそうなスノウフィア王女に意識を向ける事なく魔女をキツく睨み付けている。


そして、閉ざしていた唇をゆっくりと動かした。


「マージア王妃……否。黒の魔女、マージア。貴方が犯した罪はそれだけではありませんよね?」


凛とした声が神殿に響く。


国王陛下のような重みはないけれど、無視できないだけの威厳を帯びた冷たく澄んだ声だった。


周囲から「ヒッ」という押し殺した小さな悲鳴が上がる。


それはイージオ様が纏う冷たく怒りを帯びた威圧感に反応しただけではなく、『黒の魔女』という言葉に反応したものだった。


その場の空気を壊さないように小声で囁き合う参列者ののざわめきの中に「黒の魔女ってあの?」「王妃様がまさか……」という驚きと畏怖の籠った声が入り交じる。


スノウフィア王女の魔法を補助するように囲んでいたホワイティス王国きっての魔術師達の中にもピリッとした緊張感が走った。




白の魔女は国の為に魔女になった良き魔女。


黒の魔女は己の願望の為に人を犠牲にする事すら厭わない悪しき魔女。



この世界では常識とも言える知識。


故に当然、魔女も自分が黒の魔女である事は隠していた。


それが自分の願望を叶えるのに不必要な情報である事を理解していたから、自分はただの魔術師であると嘘をついていたのだ。


だからこそ、その事実をこの場で知らされた人々の動揺は大きい。


黒の魔女がどれだけ自分本意の邪悪な存在であるかを知っている一方で、その力の強大さもわかっているからこそ余計に。


ちなみに、今回の作戦への協力者達にはその事は既に知らされている。


恐慌状態に陥ったり、その存在の大きさに断罪に及び腰にならないように、同じく強大な力を持ち黒の魔女にも対抗出来る白の魔女の力をスノウフィア王女が引き継いでいる事をセットにして伝えたのだとイージオ様たちが言っていた。


だから、イージオ様が『黒の魔女』の名を出しても、神殿内いる多くの人は不安や緊張の色を濃くする事はあっても、落ち着いてその場に留まり、黒の魔女という存在と向き合っている。


知らされていなかった人達の中に広がっていた動揺も、状況を把握しているパートナーの声掛けで次第に収まっていく。



その空気を感じ取りつつ、魔女はゆっくりと涙に濡れた顔を上げた。


「黒の魔女?私がそうだと言うの?確かに私は美しいかもしれないけれど、これは私の努力の結果であって……」


魔女が怯えたように自分の体を抱き締め、涙に濡れた顔をフルフルと振る。


……自分の事を美しいとか言っちゃっている辺りに、ツッコミを入れたいところだけれど、今はそんな事が出来る雰囲気ではない。


「貴方が黒の魔女である証拠も証人も既に抑えてあります」


ハッキリとした口調で宣言したイージオ様がリヤルテさんを……性格にはリヤルテさんに持っている私を見た。


その視線には私を心配する思いと共に、強い意志が込められており、「あぁ、この人なら必ず私を守ってくれる」という安心感を与えてくれた。



これから魔女と対峙する。


今まで私を捕らえ苦しめてきた、この世界にいる間の私にとってどんなに不本意でも絶対的存在と認める他なかった魔女と正面切って戦う。


どんなに決意を固めても怖かった。


他人に任せられるのなら任せて逃げたいと思ってしまう気持ちを消せなかった。


けれど、その断罪の場にイージオ様がいると思えば……この世界で唯一私という存在を……賀上美環という1人の人として見てくれ助けてくれると言った彼がいるのならば怖くないと思った。


緊張で気付かない内に入ってしまっていた全身の力が抜けるのを感じて、私は大きく深呼吸をした。



「……リヤルテさん、行きましょう!!」


激しく脈打っていた心臓が少しずつ落ち着いてくるのを感じつつ、リヤルテさんに声を掛ける。


「残業は嫌いなんで、バッサリとお願いしますね」


「……はい」


折角気合いを入れたのに、いつも通りの何ともやる気のないリヤルテさんの返答に思わず苦笑が浮かぶ。


本当にこの人は何処までいっても自分本意でマイペースだ。


でも、こんな状況でも変わらない彼のその様子に、今は反対に救われるような気持ちがした。


リヤルテさんが小さくされたままの私入りの魔女の鏡をしっかりとその手に持ち、前へと進み出る。


その動きに合わせて、魔女を警戒するように取り囲んでいた人の輪が開く。


皆の視線がリヤルテさんへと集まる中、スノウフィア王女の元を離れてイージオ様が私達の傍へとゆっくりと歩いてくる。


そして、私の頭上でリヤルテさんと視線を交わし合うと、丁寧な手付きで私入りの魔女の鏡を受け取った。



「……ミラ、一緒に頑張ろう」


「はい!」


チラッと視線を下げて鏡の中の私を確認し、優しい笑みを浮かべた彼にしっかりと頷き返す。


イージオ様がボソボソと何か呟いた。恐らく鏡のサイズを元に戻す為の詠唱だろう。


彼の小さな呟きが止まると同時に、鏡が淡く綺麗な緑色の光を発した。


鏡面を覆うその光に目を瞑り再び開いた瞬間、今まで制限されていた視界が開け、巨人の世界のように見えていた周囲がいつも通りのサイズに戻る。


そこには、私を勇気付けるように微笑むイージオ様と……驚きに目を見開く魔女の姿が映っていた。



「……ミ……ラ……?」


誰も存在する事すら知らないはずの鏡と……その中に閉じ込められている私。


それがこの場に証拠として持ち出された事に、魔女は心底驚いたのだろう。


その唇は無意識の内に私の名前を呼んでいた。



「御機嫌よう、王妃様。貴方に鏡の栄養源として閉じ込められた『ミラ』です。こんな所でお会いするとは奇遇ですね?」


嫌味をたっぷりと込めてニッコリと微笑むと、呆然としていた魔女の顔が怒りにクシャリと歪む。


「私の鏡が何でこんな所に?……お前、私を裏切ったのかい?」


イレギュラーな展開に、スノウフィア王女復活の時以上に余裕がなくなったのか、怒りで周りが見えなくなった魔女が私に詰め寄ろうとする。


けれど、その体は彼女を戒めているスノウフィア王女の魔法の鎖によりほとんど進む事が出来ない。


「おかしな事を仰いますね。私は貴方の魔法で一方的にこの世界に呼び寄せられ、鏡に閉じ込められ無理矢理いう事を聞かされている存在です。裏切ったも何も、元々私は貴方の味方じゃないでしょう?」


まるで仲間だったかのように言われる事が不快で、眉間に皺を寄せながら魔女を睨みつける。


本当は私の事を自分の所有物かのようにいう魔女に対して、ずっとそう言いたかった。


でも、救いのない世界に絶対君主として立つ魔女にそんな事は言えなかった。


言えば、苦痛を与えられる事は、鏡に閉じ込められてすぐにわかったから。


我慢して、我慢して、表面上は媚び諂って、只管その場を治める為に受け流してきた。



……でも今はそれじゃあいけない。


例え苦痛を与えられてとして、立ち向かわないと。


じゃないと、私に手を差し伸べてくれた人に申し訳ない。


それに何より、この千載一遇のチャンスに怖気づいて何も言えず、いつも通り辛さから逃げる為に適当に振る舞ってたら、今度こそ私は私ではいられなくなってしまうと思う。


ただ他者の力に怯えて何も言えずに言いなりになるだけの人形になってしまう。


そんなのは嫌だ。


それ位なら、全力で戦ってここで砕け散った方が何倍もましだ。


……まぁ、もちろん砕け散る気は更々ないいけれど。



「お前のご主人様は誰だい?私に逆らうとどうなるかわからないわけじゃないだろう?」


その言葉が魔女自身を追い詰める言葉になっているなんて気付かず、魔女がいつも通りの高圧的な態度で訊ね掛ける。


周囲の人達は、私の言葉と魔女の言葉で、魔女が自分の欲求の為に人を犠牲にして魔法を行使する本物の『黒の魔女』だという事を確信したのだろう。その瞳に映る嫌悪の色が増した。



「非常に不服な事に私のご主人様は、マージア王妃様、貴方ですよ。逆らうとどうなるか……制約の事ですよね?でも、お忘れですか?私は同じ制約の下に、嘘を吐く事も知っている事を黙っている事も出来ないんです」


魔女の言葉に咄嗟に何度も痛みを与えられてきた手首をギュッと握り締めながらも、しっかりと魔女を見据えた。


「ミラ、お前一体何を……」


魔女が怪訝そうに眉を顰めた。


魔女は魔法を使えないよう魔方陣に閉じ込められ、魔法の鎖に繋がれている。


大丈夫だろうと思ってはいても、長年与えられ続けてきた苦痛の記憶は消せず、体が竦みそうになる。


けれども、それにも負けず魔女に言い返す事が出来たのは、私を支え、守るようにイージオ様がソッとご自分の魔力で鏡ごと私を包んでくれたのを感じたからだ。



「だから、ここで証言します。私は王妃マージアによって魔法の材料として不当にここに閉じ込められました。そして、先日、王妃マージアは私に対して部下を使いスノウフィア王女を殺害したと言っていました」


姿勢を正し、大勢の人が見守る中、私はしっかりと魔女の悪事について宣言時、それが嘘でない事を示すように握り締めていた左手首を掲げて見せた。


何の反応も示さない手首。


それは嘘を吐いてないから制約が発動していないのか、それとも魔女の力が封じ込められているからか?


その判断は難しい所だが、イージオ様の話によると私のいる鏡と魔女が私の体に刻んだ制約の印にはマージア王女の魔力がしっかり込められている為、見る人が見れば一目で誰による魔法なのか、それがどんな効力や制約を与えるものなのかは簡単に読み取れるらしい。


魔女を囲んでいた魔術師達の視線が私の手首に向く。


そして、互いに視線を合わせ小さく頷き合った。


「間違いないようです」


魔術師の中でも、特に質の良さそうな黒のローブを身に纏っていた壮年の男性が、他の魔術師の頷きを確認した後、国王陛下に向って重々しい声で伝える。


スノウフィア王女の証言や前王妃の本による告発に対しては、まだ言い逃れが出来たかもしれない。


けれど、今も魔女の力で捕らえられ続けている私の存在に対しては、魔女も言い逃れする事は出来ない。


魔女も、これでもう終わりだ。


「チェックメイトです」


「ミィィィラァァァァァァァ!!」


私の宣言を聞いてから更に私に対する怒りを溜めていた魔女が、魔術師の言葉を聞いた途端、その怒りを爆発させた。


魔女も私という存在がここにある事で逃げ道が全て塞がれた事を察したのだろう。


魔女の体から黒い靄……魔女の魔力がブワッと吹き出し、一気にスノウフィア王女の魔方陣の中に充満する。



「っ!!」


ピキッと魔女を縛る魔法の鎖に罅が入る音を聞いて、慌ててスノウフィア王女が魔方陣のすぐ傍にしゃがみ込み、床に手をついて魔力を送り魔女を捕らえている魔法を強化する。


それを擁護するように国王陛下とヤミアス王太子もスノウフィア王女の傍らに膝をつき、彼女の背に触れ自分の魔力をスノウフィア王女に分け与え始めた。


ムキーマン将軍はそんな3人の傍で剣を構え、魔女を牽制するように睨みつけている。



「ミラ!」


ほとんどの人がスノウフィア王女を守るように動いている中、イージオ様だけは私の傍から離れず、私を守るように鏡の前に立ちはだかってくれた。


「おのれ、小娘が!!たいして美しくもないくせに、この私の邪魔をするだなんて!!」


スノウフィア王女達が拘束する為の魔力を強めたせいで、罅が消えより太く頑丈になった魔法の鎖を体に巻き付けたまま、魔女が私の方に向ってズリズリと進もうとする。


この場面に美しさは関係ないんじゃないかというツッコミが一瞬脳裏を過ぎったけれど、魔女の瞳に単純な怒りだけではなく、美しいイージオ様に守られる私に対しての嫉妬も感じとり、口を噤んだ。


魔女の行動原理の多くは「美しさ」だ。


美しさが全てあり、美しい者は何をしても許されるとすら思っているふしがある。


もちろん、所有物だと思っていた者に手を噛まれた事への怒りも当然あるだろうが、それだけではなく、自分より美しくない私の言葉が自分の主張より認められている事にも腹を立てているんだと思う。



「は、離せ!スノウフィア!!……うっ……ぐぅぅ……」


暴れようとする魔女を押さえつけるように、魔女を取り囲んでいる魔方陣がより強く光を放つ。


魔女はまるで見えない手に押さえ付けられるかのように床に上体を伏せた。


次第に魔方陣内に広がっていた黒い靄も消えていき、魔女の体を縛っていた呪文の鎖が魔女の体へと食い込んでいく。


燃えるような瞳がスノウフィア王女を睨み、そして再び私に戻される。



「ミラ。お……お前は私の鏡……。こん……な事をしても……そこから出る事は……出来ない……わよ?」


スノウフィア王女の魔法が効いているのだろう。


魔女が苦痛に耐えるように、途切れ途切れの声で私に言う。


「お……前を……解放でき……るのは、私……だけ……」


怒りに瞳を燃やしながらも、魔女が不敵に笑った。


まるで「こんな事をして良いの?」「一生そのままになるわよ?」と私を脅すかのように。


「御心配なく。白の魔女は貴方の鏡に囚われた人間を解放する魔法についても、白の魔女がスノウフィア王女の為に残した本に記してくれてあるそうですから」


覚悟は決めていても一瞬魔女の主張に怯みそうになった私の代わりに、イージオ様ははっきりとした口調で断言する。


そして、それを確認するようにスノウフィア王女を見ると、魔女を拘束する魔法を安定させ一息ついたスノウフィア王女が、母親である白の魔女の遺産をギュッと抱きしめ、しっかりと頷いてくれた。


「いい加減諦めろ。もうお前は終わりだ、マージア」


自分の妻を見るものとは到底思えない冷たく怒りに満ちた目で国王陛下が魔女を見つめる。


「な……何でですか……陛下?私は……貴方をこ……んなに愛してきたのに……。貴方だって……私の事を……」


今まで周囲に怒りを振りまくだけだった魔女が、国王陛下の言葉を聞いて急にうろたえ始める。


「1度はお前を愛そうと思った時もあったが……それが間違いだった。我が最愛の妻を殺めた女に気を許すなど、屈辱以外の何ものでもない」


低く唸るような声で魔女に告げる国王陛下の声には、怒りを超えた憎しみや殺意のようなものが入り混じっている。


「な……んで?だって……あんな女……より、私の方が……うつ……しい……」


「お前は醜い。見た目以上にその性根がな。私の最愛の妻と比べる事自体がおこがましいというものだ」


国王陛下に蔑むような視線を向けられた魔女の目がひと際大きく見開かれる。



「お前の罪は既に暴かれた。……終わりにしよう」


国王陛下がスノウフィア王女に「頼めるか?」と魔女に向けたのとは比べ物にならない程穏やかな口調で訊ね掛ける。


小さな笑みを浮かべ頷いたスノウフィア王女が新たな詠唱を始めた。


それに合わせて、魔女を取り囲む魔術師たちも同じ詠唱をし始める。



第一段階の魔法は魔女を捕らえて尋問する為のもの。


でも魔女の罪が多くの人々の前で認められたからには、今度は永続的に魔女の力を封じ込め、拘束し、罪を償わせる事が出来る状態にしなくてはいけない。


その為の魔法をスノウフィア王女達は実行しようとしているのだ。


「うっ……ぐっ……あぁぁぁ!!」


僅かに残っていた黒の靄が更に白い光に押し込められていく。


魔方陣の放つ光の中で、魔女は自分の魔力が完璧に封じられる際に生じる苦痛に悶えていた。


私はその光景を複雑な思いで見つめる。


人が苦痛に悶える様子を見る事は気持ちの良いものではないけれど、相手が私にいつも苦痛を与えてきた魔女だと思うと同情する気にはなれなかった。


これで全て終わる。


後は、イージオ様の話によれば、スノウフィア王女が私をここから出す方法を知っているはずだから、頼んで出してもらえばいいだけだ。


元の世界にはもう戻れないかもしれないけれど、鏡の外に出れさえすれば、新しい生き方の1つも見つけられるかもしれない。


これで全てが終わり、新しい未来が始まる。


そう、魔女のいない新しい人生が……



「……おのれ……おのれ……」


この世界に来てからずっと絶望の中にいたのに、そこを出る為の試練はあまりにもあっさりと終わってしまい、何処か拍子抜けしていた私の耳に、魔女の怨嗟の籠った声が流れ込む。



「このまま……じゃ、終わらせない。……せめて……お前だけでも……ミラだけでも……道連れに……」


『道連れ』という言葉に「え?」と反応した時にはもう遅かった。


魔女は何処かに隠し持っていたらしい小さなナイフを取り出し、自分の手を切り裂いて流れ出る血を魔方陣に向って投げ付けた。


魔方陣に描かれた文字の一部に血が付着して、僅かに魔方陣の効力が揺らぐ。


もちろん、その程度で魔方陣自体が打ち消されるような事はなかったから、特に問題はなかった。


問題はない……はずだった。


既に魔女の魔力によって捕らえられ済みで、新たに魔力を注ぎこまなくても既存の魔法に簡単な上書きの言葉を告げるだけで、容易に攻撃を出来る私の存在がなければ。



「ミラ……賀上ミラ……お前は……私の鏡。ただの鏡……。鏡に存在する……者ではなく……賀上ミラは……鏡そのもの……。全く同一のもの……。もう……逃れられない……」


魔法の詠唱というよりは、呪いの言葉のような黒い言葉が私へと注がれる。


「な、何?いや……やっ……!!あぁぁぁぁぁ!!」


魔女から発せられた魔力ではなく、元々私の閉じ込められている鏡に込められていた魔女の魔力が反応して、鏡を……『私』を包みこむ。


魔女の魔力が皮膚から私の体の中に刺すようにして侵入してくる。


その痛みに、私は絶叫した。




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