27 眠れる姫と王子と……?
「これより我が最愛の娘、スノウフィア・ホワイティス王女の葬儀を執り行う」
ホワイティス国王陛下の重々しい声が神殿内に響き渡る。
この宣言を合図に、スノウフィア王女の偽葬儀が遂に始められた。
参列者は全員、黒の衣服を身に纏い、険しい表情をしていたり泣いていたりと、その場を覆う空気は暗く重苦しい。
私はその様子をリヤルテさんが隠しながら持ってくれている、魔法で小型化された鏡の中からこっそりと窺っていた。
「ああ、スノウフィア。私の可愛い子。何で貴方がこんな事に……うぅ……」
パイプオルガンの低く切なげな音楽が流れる中、国王陛下と並んで、一段高くなっている祭壇の上にある棺に白い花を献花しながら泣き崩れる魔女を見て、私は思わず「お前がやったんだろうが!!」と怒鳴りたい気持ちでいっぱいになった。
……まぁ、実際は魔女を嵌める為に行っている偽の葬儀だから、魔女は殺せてすらいないんだけどね。
「マージア……」
棺にしがみ付くように泣く魔女の肩を、国王陛下が慰めるように抱き、棺に1番近い位置に用意された自分達の席へと促す。
魔女はきっと「娘を思って泣く私、素敵でしょ?」というアピールに忙しくて気付いていないだろうけど、魔女を見る国王陛下の視線は触れたら切れた上に凍傷にまでなりそうな程鋭く冷ややかだ。
2人が用意された席にそれぞれ座るのを確認した後、国内の重鎮達から順番に棺の置かれている祭壇の方へと歩いて行き献花していく。
ちなみに、魔女を捕らえる為の魔方陣は魔女の座っている席の真下に設置されており、今は絨毯に覆われて見えなくなっている。
後は、国内の参列者の献花が終わり、ホワイティスを訪れていた国外の参列者――イージオ様へと献花の順番が回ったところで、イージオ様がスノウフィア王女をキスで目覚めさせ、スノウフィア王女の力で魔方陣を発動させればいいだけ。
それだけで、あの忌々しい魔女を捕まえる事が出来るはずだ。
刻々と迫る断罪の時に、私は心臓をドクドクと脈打たせながら粛々と進められていく葬儀を見守っていた。
「この内の何人が今回の作戦を知っているんでしょうか?」
イージオ様は他国の王族とはいえ、葬儀では亡くなった者との関係が遠いという理由で、席が後の方になっている。
これは慣例に則った席の位置であり、他国とは言え王族であるイージオ様の座る椅子やスペースは礼儀に適った立派な作りになっていた。
そして、その従者として付き従っているリヤルテさんも、立ち位置はイージオ様のいる場所に近くなるよう設定されている為、後の方の隅の目立たない場所を陣取っている。私はそれを良い事にこっそりとリヤルテさんに話し掛けた。
「……男性の方は、皆様今回の作戦をご存じですよ。女性の方は……作戦にご助力頂ける方のみにしか伝えられていないそうです」
一瞬、面倒くさそうにチラリッと私を見てから、リヤルテさんが小声で教えてくれる。
なるほど。言われてみれば、女性の中には涙を流して本当に悲しんでいる人が多いけれど、男性はどちらかというと緊張していたり表情が険しい人が多い気がする。
もちろん、国の重鎮なだけあって、皆表面上は隠しているから、真実を知らない人が見れば気付かない程度の事なんだろうけど。
ちなみに、参列している女性の多くは重鎮の夫の妻として参加している人ばかりで、1人で参列している人はごく僅か。
そして、そのごく僅かな女性のほとんどはその人自身が国の重要な立ち位置にいたり、魔術師として確固たる地位を築いている人達だ。
更に言えば、男女問わず魔術師の参列がやや多めな気がする。でもこれはきっとこれは、この後の断罪に彼等の力が必要で、その為になるべく違和感がないよう会場に潜り込ませた結果だろう。
これも、裏事情を知らなければ気付けない程度の差でしかない。
やがて国内の参列者の献花が終わり、今度は国外の参列者の番になる。
国外の参列者と言っても、今回は内々で密かに行われる葬儀……というのを表の理由として、本当は王妃を捕まえる為の偽葬儀なのである。話を大事にしない為にも他国からの参列者はイージオ様位のはずだ。
この後、イージオ様はスノウフィア王女にキスをして、彼女を目覚めさせるのだ。
その事を思うと胸がズキッと痛み、自然と視線が下がりそうになる。
けれども、この物語のクライマックスは王子様のキスでは終わらないのだ。
その後すぐに魔女の断罪が待っている。
視線を逸らしている暇なんてない。
私は爪が掌に食い込む程強くギュッと手を握り、真っ直ぐイージオ様へと視線を向け続ける。
そんな中、イージオ様は徐に立ち上がり、周囲を1度ゆっくりと見渡した後、堂々とした立ち居振る舞いでまっすぐにスノウフィア王女の方へと歩いて行った。
参列者の目が、凛とした雰囲気を身に纏うグリーンディオ王国の王子へと吸い寄せられるように集まっていく。
それに合わせるように、参列者の内の何人かが密かに動き始める。
聞こえないように小さく詠唱を始める者。
国王を王女を守る為に、気配を消して静かに移動する者。
さり気ない風を装い、同伴した妻の肩を抱き寄せ、守る体勢を取る者。
言い知れない緊張感がその場に漂う。
もしかしたら、今中央の通路をスノウフィア王女の方に向かって歩いてるのがイージオ様以外の人物であったのならば、魔女もその場に漂う空気の異様さに気付いたかもしれない。
けれども、そこに存在するのがイージオ様であった事で、その場に流れる異様な緊張感は彼の持つ美しさや神々しさに皆が気圧された事によるものだと魔女に誤認させた。
イージオ様に惚れられていると勘違いしている魔女は、人々の視線を一身に受けつつも視線を逸らす事なく、自分の方……正確にはスノウフィア王女の方に向かって歩いて来るイージオ様の姿を見て、泣いている演技を続けつつも、満足そうに口元にこっそりと弧を描いていた。
そんな中、イージオ様は綺麗な所作でスノウフィア王女に献花すると、その棺桶の傍らに膝をついて彼女の顔を覗き込み、ソッとそのすべらかな頬に手を添えた。
愛おしそうに美しいお姫様の頬を撫でるその姿は、まるで美しくも儚い1枚の絵画のようで、私の心をギュッと締め付ける。
「スノウフィア王女。貴方とお会い出来る日を私は心待ちにしていました」
切なげに眉根を寄せるイージオ様は、演技ではなく本当に愛しい姫君を失った王子のようにすら見える。
……当たり前か。これが本来のあるべき姿なのだから。
例えここが七人の小人が見守る森の中じゃなかったとしても、今目の前にある光景が本来のあるべき姿。
王子様は鏡の精とではなく、お姫様と結ばれる。
当然の事じゃないか。
「こんな形での顔合わせになるなんて残念で仕方ありません」
ギュッと棺の縁を握り締め、辛そうに俯くイージオ様の様子を見て、国王陛下が静かに立ち上がる。
魔女もそれに合わせて立ち上がろうとしたけれど、国王様は魔女の耳元で一言二言呟き、その肩に手を乗せる事でその行動を制止した。
魔女は一瞬不満そうな表情を浮かべたけれど、すぐにそれを引っ込めて力ない笑みを国王陛下に向けて頷き、再び座り直した。
国王陛下がイージオ様に歩み寄りその傍らに膝をつき、彼の両肩にソッと手を乗せる。
互いを慰め合うように視線を合わせた2人は何かを確かめ合うようにゆっくりと頷きあった。
国王陛下が魔女から離れた事で……遂に準備は整った。
後はイージオ様がスノウフィア王女に口付ければ、魔女の断罪が始まる。
イージオ様がスノウフィア王女に口付ければ……
一瞬、眉間に皺を寄せて躊躇う様子を見せたイージオ様だったけれど、すぐに決意を固めたのかゆっくりと腰を浮かせて前のめりになる。
徐々にイージオ様の顔がスノウフィア王女の顔に近づくのを見て、何をしようとしているのか気付いたのか、魔女が驚きに目を見開き嫉妬で瞳を染める。
けれど、王妃という立場でその席に座っている以上、その感情を露わにしてイージオ様の行動を妨げる事は出来ない。
ギリッと音がする程椅子の肘置きを掴み唇を噛みしめている。
そうしている間にも、イージオ様の顔はスノウフィア王女へと近付いていき、あと数㎝で……。
ゴクリッと神殿内に誰のものともわからない唾を飲み込む音が響いた、その時だった。
バンッ!!
「スノウフィア王女!!」
神殿内に乱暴に扉を開く音が木霊するのと同時に、まだ幼さの残る少年の声が響き渡った。
「え?何?何!?」
慌てて視線を扉の方向へと向けようとしたけれど、鏡の中からでは丁度死角になってしまっていてよく見えない。
そうしている間にも、参列者の中に騒めきが広がる。
「リヤルテさん、何があったの?」
直接見る事を諦めてリヤルテさんに小さな声で尋ねかけると、リヤルテさんはチッと小さく舌打ちしてから、「少々余計な者が入り込みました」と小声で答えてくれる。
「余計な者?」
首を傾げていると、周囲が戸惑っている今なら多少鏡を私が見やすい位置に移動させてもバレないだろうと判断したのか、私にも見えるように騒ぎの中心となる人物の方へと鏡を向けてくれた。
そこには……
「ムキーマン将軍と……いつかの黒頭巾少年!?」
思わぬ人物の出現に思わず叫んでしまってから慌てて口を押えて、鏡を覗いて周囲の様子を窺う。けれど、周囲の意識は突然の乱入者に奪われていて、私の声に気付く人はいなかった。
「……何であの人達がここに!?」
入口の扉からスノウフィア王女の眠る棺まで真っすぐ伸びる中央の通路を、悲愴な面持ちで走り抜けるいつぞやの謎の少年。
そして、その後を眉間に皺を寄せて負うムキーマン将軍。
「……彼――クロウェルの王太子であるヤミアス・クロウェル様は先日とある事件が切っ掛けでスノウフィア王女と親交を深めていたようです。ただ、今回の件には直接的な関わりはなく、まだお若いので、ホワイティス国王のご判断で今回の作戦については伝えられなかったはずなんですが……何処からかスノウフィア王女の葬儀が行われている事を嗅ぎつけて押しかけて来たようですね」
視線を少年――ヤミアス王太子とムキーマン将軍に定めたまま、苦虫を噛み潰したような表情でリヤルテさんが教えてくれる。
リヤルテさんが今話してくれた『とある事件』というのは、おそらく……というかほぼ確実に、先日のスノウフィア王女がピンチの時に私が偶々通りかかったムキーマン将軍達に助けを求めた時の事だろう。
……あの黒頭巾少年、クロウェルの王太子様だったんだ。
如何にも良いとこの坊ちゃんって雰囲気ではあったけど、まさか王子様だったとはね。
でも、言われて見れば確かに納得がいくかも。
だって、ムキーマン将軍程の地位にある人がお忍びの護衛をするなんて、相当身分の高い相手だとしか考えられない。
もちろん、「何で他国の王太子が市街を御供1人だけで出歩いてるんだ!!」っていうツッコミは入れたい所ではあるけどね。
……もしかしてこの世界の王族っていうのは、全体的に危機管理が苦手なんだろうか?
「そこは御伽の世界だし」と言ってしまえばそれまでなのかもしれないけれど、今の私にとってはここはまさに現実。ついつい余計な心配をしてしまう。
「あぁ、スノウフィア王女。何故貴方がこんな事に……」
やや現実逃避しつつ、色々な事をごちゃごちゃ考えていると、中央の通路を走り切ったヤミアス王太子がイージオ様を押しのけて、スノーフィア王女の眠る棺に取り縋る。
この様子からして、ヤミアス王太子はきっとこれがスノウフィア王女の葬儀である事はわかっていても、魔女を捉える為の作戦である事は知らないのだろう。
突然、呼んでもいないのに内々で行う葬儀に勝手に飛び入り参加してきた他国の王族に、どのような対応をすべきか、皆戸惑っている。
「ヤミアス殿……?」
その場にいる多くの人間が茫然として動けない中、いち早く我に返ったイージオ様が自分を押しのけスノウフィア王女の棺の前で目に涙を溜めているヤミアス王太子に声を掛ける。
けれど、今のヤミアス王太子にはスノウフィア王女しか目に入っておらず、その声掛けに対する反応はない。
代わりに、彼の後ろについてきたムキーマン将軍が申し訳なさそうに頭を下げていた。
「死してもこんなに美しい貴方が亡くなっただなんて信じられません。どうか目を覚まして下さい」
誰もが「ここは一旦仕切り直すしかないか」と思っていたその時、事件は起こった。
何を思ったのか、ヤミアス王太子がスノウフィアの赤く可愛らしい唇にキスをしたのだ。
そう、『キス』をしたのだ!!
「……チッ。あのクソガキ」
リヤルテさんの低く苛立ちの籠った呟きが上から聞こえた。
そして、彼はすぐに周囲を見回し、大勢いる参列者の内の誰かに目で合図を送った。
それに気付いたイージオ様もすぐに国王陛下と視線で何かのやり取りを行い、ヤミアス王太子を抱えるように半ば力技で棺から離す。
それとほぼ同時に、スノウフィア王女の眠っていた棺と魔女の周囲が白い光に包まれた。
「な、何なのこれは!?」
慌ててその場を離れようとした魔女だったけれど、時既に遅し。
彼女の足元には事前に仕込まれていた直径5メートル位の魔方陣が浮かび上がっており、そこから出る事は叶わない。
慌てて何か呪文を唱えているけれど、それが発動する事もない。代わりに魔方陣の中に帯状に円を描くように文字のようなものが浮かび上がり、次第にその円を縮めて魔女を拘束する。
イージオ様は目の前の光景に驚いて固まっているヤミアス王太子を、眉間に皺を寄せて仁王立ちしているムキーマン将軍に託し、再び棺に近付いてその中へと手を差し伸べる。
中から白魚のような手がスッと伸びてきて、死んだはずのスノウフィア王女が起き上がる光景を、その場にいた人の半分は驚愕の目で、残りの半分は緊張を含んだ目で見つめていた。
「……そ、そういう事か。スノウフィア、貴様ぁぁぁぁ!!」
その様子を見て、やっと自分が嵌められたのだと気付いた魔女の目が怒りに赤く染まり、呪いのような叫びが神殿内の空気をまるで切り裂くかのように響き渡る。
けれど、スノウフィア王女の放った拘束と魔法封じの魔法のせいで魔女は身動きすら取る事が出来ず、床に膝を付いて、イージオ様のエスコートで優雅に棺から出るスノウフィア王女を睨みつけていた。
「……何とか間に合いましたか」
リアルテさんの何処かホッとしたような声が聞こえた。
その様子から、最後の最後でイレギュラーはあったものの、何とか無事に予定通り魔女を拘束出来たのだとわかり私もホッとする。
本当はイージオ様がスノウフィア王女に口付けする所を見ずに済んだ事にもホッとしている自分がいたんだけど、その思いには今は静かに蓋をして見なかった事にした。
だって、そんな事を思って良い状況でも相手でもない事は自分が1番よくわかっているから。
「さて、舞台は整ったようです。私達も行くとしましょうか」
リヤルテさんが私の閉じ込められている鏡を抱き込み、守るようにしながら歩き始める。
遂に魔女との決戦かと思うを、ブルリッと武者震いした。
そう、この体の震えは武者震いだ。
決して、さっきの恐ろしい程に怒りを含んだ魔女の目を見たからではない。
「……大丈夫。私なら出来る」
私は胸の前で両手を組んで立ち上がり、この鏡の中でのみ使える魔法を行使してこの鏡に捕らえられた時に来ていた服へと着替えた。
魔女を断罪すべく立ち向かうのならば、今の私にこれ以上の戦闘服はない。
一目で私が異界から来たのだとわかる格好だし、何より自分の全てが自分だけの物だった時に身に付けていたものだ。
まさに、私にとっては自由の象徴でもある。
「覚悟しなさい、魔女!絶対にこの物語はハッピーエンドにしてみせるんだから!!」
誰に向ってい言うのでもなく、私は一人呟き自分の中での決意を固めた。




