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24 魔女と戸惑う私


「ミ~ラ~、良い事教えてあげるわ」


魔女が鼻歌代わりに呪いの詠唱でもし始めそうな程ご機嫌な様子で私の所に訪れる。


その様子に陰鬱な気分で、私は魔女に視線を向けた。


一時期私の所に来る事がなくなっていた魔女は、イージオ様の来訪以来、ちょくちょく私の許を訪れるようになっていた。


目的は主に惚気を言う事。


イージオ様と魔女との距離が近い事に気付いた国王陛下が、ヤキモチを焼いてイージオ様といると魔女を引き離そうとするとか、イージオ様の魔女への視線が熱くて火傷しそうだとか、そんな感じの内容を延々と聞かされる。


その話を聞く限り、国王陛下の妨害もあり、イージオ様はあれ以来あまり魔女と接触していないようだ。熱い視線だなんだというのは、恐らく魔女の勘違いだろうから、その点は少しホッとしている。


ただ、それがわかっていてもやはり自分が嫌いな女が自分にとってとても大切な男性に口説かれているという話を聞かされるのは気分が悪い。


少しだけ、自分が狙ってた新人のイケメンくんが、入社2年目の男性社員に人気の女子社員を口説いている事に気付いて、その女子社員を苛めていたお局様の気持ちがわかってしまった。


もちろん、わかったからといって、自分が同じ立場に立った時にそれを実行するかどうかという事は話しが別だけど。


イージオ様に口説かれているからといって、魔女を苛めようとは思いわない。


まぁでも、魔女に対してはその他の要因や本人の行いの悪さの問題もあるから、口説かれてる云々とは関係なく、心から処罰されて欲しいと思ってるけど。


世界平和……主に女性の平和の為には必要な事だ。


「特に聞きたくないですけど一応聞いておきます。良い事って何ですか?」


どうせ私が訊かなくても魔女は勝手に喋るに違いない。


それならさっさと用件を聞いてお帰り願った方が良いだろうと思い、面倒くさそうな様子を隠しもしないまま尋ねる。


「フフフ、可愛げのない鏡ね。外の様子が見れなくてつまらないだろう貴方の為に、こうしてお話してあげているのに」


心底余計な御世話だ……と言いたいところだけど、言いきれないのが辛い。


今の私にとっては、この不快な魔女の囀りですら貴重な情報源なのだ。


魔女の顔なんてみたくないし、声だって聞きたくない。


でも、それに耐えなければ外の様子を探る機会を失ってしまう。


感謝はもちろんの事、頷く事もしたくなかった私は、やや目に込める力を強めて無言で魔女を見据えた。



「あら、愛想のない事。ミラ、貴方は私のように美しくはないのだから、愛想位はないと誰にも相手にしてもらえないわよ?……まぁ、そこから出られない以上、そこには醜男すらいないからどちらにしても結果は同じなのだけどね」


コロコロと鈴を転がすように軽やかに笑う魔女を見て、「今に見てろ!」「絶対にここから出てやる!」という気持ちが一層強まる。


……そう思ったとしても、誰かに助けてもらわない限り、私にはどうする事もの出来ないのが現状ではあるけれどね。


「そんなに怖い顔しないで頂戴。うつったら困るでしょう?」


大丈夫。癇癪を起した時の魔女程ではないはずだ。


ってか、貴方、怖い顔をしている人を見たら楽しそうに笑うタイプでしょ?


現に今だった睨む私を見て凄く楽しそうにしている。どうみても私の不快感がうつったようには見えないから。


「……さっさと本題に入って頂けますか?」


余計な会話を叩き切ってブスッとした声で先を促すと、魔女は軽く肩をすくめてから特に気分を害した様子もなく笑顔で私に告げた。


「貴方の大好きなスノウフィアが帰ってきたわよ?冷たい体で、棺桶に入って……だけどね」


「……え?」


人の死について語っているとは到底思えない満面の笑みで魔女は私にスノウフィア王女の訃報を告げた。


私は一瞬、魔女が何を言っているのかよくわからなかった。


いや、わかりたくないが故に、頭がその言葉を受けれるのを拒否したのだと思う。


「な、何を言って……」


僅かな間の後、ゆっくりと脳に沁み込んでくるその事実に全身の血が引いていくのを感じながら、カラカラに乾いた喉から声を絞り出した。



「だ・か・ら~、スノウフィアの遺体が見付かって城に戻されたと言ったのよ」


……遺体?遺体って何を言っているの、この魔女は?


だって、スノウフィア王女が……ヒロインである白雪姫が本当に死ぬなんてあり得ない。


そんな事はあっては絶対にいけないのに!!


耳の奥がキーンと鳴り響く。


ドクドクと全身が脈打ち、冷たい汗が滲み出る。


まるで氷河の中に放り込まれたかの様に、体中から体温が奪われガタガタと小刻みに震える。


「ねぇ、鏡。教えて?『この世で』1番美しいのはだぁれ?」


「それは……」


あまりに衝撃的な知らせを聞いて、頭が真っ白だ。それなのに、今まで何度も何度も繰り返しされてきた質問には咄嗟に口を開いていた。


……けれど、それ以上の答えを私は口に出来なかった。


私の中の「この世で1番美しい」のはスノウフィア王女の存在があろうとなかろうと、常にイージオ様だ。


そこに変わりはない。


けれど、「この世で1番美しい『女性』は?」と尋ねられると、その結果は変わってくる。


スノウフィア王女を見たのは今までにたった1度きりだ。


子どもの可愛さと大人の美しさが同居したかのような、とても愛らしくも美しい姫だった。


顔は作り物のように整っているのに、無邪気にはしゃぐその様子には人間らしい温かみが存在した。


思わず困っていたら手を差し伸べたくなるようなそんな女の子。


まさにヒロインといったオーラを兼ね備えた少女を、私は確かに美しいと思った。


……この世界で見てきた女性の中では1番美しいと。



頭の中に浮かんできたスノウフィア王女の笑顔にパリンッとひびが入る。


そして、それが脆くも崩れ去っていくのを感じた。



「っ……」


声にならない悲鳴が漏れた。


心なしか息が苦しい。


気付けば自然と頬に涙が伝っていた。


ヒロインが死んだ事で今後の行く末が見えなくなった不安以上に、スノウフィア王女という1人の少女の死が悲しかった。


「スノウフィア王女の顔を見ない」という方法でしか守る事が出来なかったのに、それすら成せず、彼女を死なせてしまった事が辛かったし恐ろしかった。


「あら、大変。私の可愛い鏡は言葉を忘れてしまったみたいね」


クスクスと笑う魔女の瞳には、一欠片の罪悪感すら浮かんでいない。


心の底から喜び、楽しんでいる。


「……う……嘘……ですよね?」


魔女の全身からにじみ出ている喜びの色を目の当たりにすれば、それが事実である事はわかっていても、そう訊ねずにはいられなかった。


本当は胸倉を掴んで問い詰めたいのに、伸ばした私の手は冷たく平らな鏡面しか捉える事が出来ない。


「あぁ、良かった。喋れたみたいね。でも、嘘って何の事かしら?」


私が何を確かめたいのかなんてわかっているくせに、魔女はわざと私をいたぶるようにその言葉で言わせようとする。


私が認めたくない、その言葉を。


「……っ」


言葉で言わないと答えてもらえない。


短くない魔女との付き合いでそれはわかっているのに、喉が渇いてくっついてしまい、上手く声が出ない。


頭では嫌でもきちんと確認しないといけないってわかっているのに、心が拒絶している。


私は自分の中にある様々な感情を飲み込み、声を出す為に開いた口を一度閉じて、唾液を喉へと無理矢理押し込んで湿らせてからゆっくりと声を絞り出した。


「……スノウフィア……王女が……死……んだなんて……嘘……ですよね?」


途切れ途切れではあるものの、何とか言うべき言葉を口に出来た。


魔女は「死」という単語を口にする時、声を震わせずにはいられなかった私に満足そうな笑みを浮かべてから、演技だと一目でわかる程表情を急激に変えて、憐れむかのように眉尻を下げる。


「可哀想だけれど、事実よ。さっき私も会ってきたけれど、心臓が止まっていたもの」


……心臓が止まっていた。


その状態で森からお城まで棺に入れられて連れて来られたというのなら、確かにそれは死んでいるという事だろう。


それとも、お伽話の世界なら、そんなに長時間心臓が止まっていてもキスをすれば全てが元通りになるというのだろうか?


少なくとも、今まで魔女と雑談しつつ仕入れた情報では、死者蘇らせる魔法は存在しないはずだ。



という事は、本当にスノウフィア王女は……白雪姫は、死んでしまったという事?


魔女の林檎を食べてそのまま王子様の助けも来ず?




……嘘だ。嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ!!


心の中で全力で叫ぶ。


でも言葉にはならなかった。


それがもう事実である事は痛い程わかってしまったから。



「今は建国記念の式典を控えていて、もう既に各国のお客様に集まってもらってしまっていて式典を中止する事は出来ないから、スノウフィアが死んだ事を公にするのは式典が終わってからみたいよ。ただ、遺体を教会に安置したまま腐らせるわけにはいかないから、明日一部の人間を集めて小さな葬儀を行い、先に王家の墓に埋葬してしまう事になったけど」


そういえば、王族が死んだというのに、国に関わる慶事や弔事があった際には鳴らされるはずの鐘が鳴らされていない。


窓はなくても、城の一室であるここからならば、国中に響き渡るあの鐘の音は聞こえるはずなのに。


……そっか。スノウフィア王女はまだ捜索中で死んでいない事にされて、内々に小さな葬儀をあげて公然の秘密として先に埋葬されるんだ。


式典が終わった後に改めて亡くなったと発表され大々的に葬儀をしてもらう事になるとはいえ、その際に皆の前に出されるのは空の棺。


彼女はもう既にそこにいないんだ。



「私としては、その醜く腐り果てた姿を国中に見てもらえば良いんじゃないかと思うのだけれど、お優しい陛下がそれは気の毒だと仰るから、そういう形になったのよ」


死者に……しかも自分が殺した相手に更に唾を吐きかけるような事をいう魔女をギッと睨みつける。


この女は本当に美しいのは見た目だけ。


中身は腐り果てている。



「……貴方はこの世で1番醜いですね」


「は?今、何て?」


首を傾げて私に尋ね返す魔女に、私は小さく「何でもありません」と答えた。


小さく掠れた声で唸るように呟いた言葉は私の本心からの言葉だった。


その証拠に、魔女が付けた制約の印は一切痛まない。


ただ、幸か不幸か私のその言葉は魔女の耳には届いていなかったようだったけど。



「さて、私は明日の衣装を選ばないと。陛下とイージオ王子も出席するのだもの。慎み深くそれでいてストイックな色気を出せる美しい黒のドレスを探さないとね」


まるで舞踏会の衣装を選ぶような口調で魔女が語る。


途中で、娘や婚約者を亡くして悲しみに暮れている陛下やイージオ様をどのように慰めるかについても語っていたけれど、私はそのほとんどを聞き流していた。


もう心も頭も許容量をオーバーしてしまっており、何も考えられなかった。


ただ茫然と涙を流しながら座り込むだけの私に飽きたのか、魔女は暫くするとさっさと部屋を去って明日の葬儀の準備をしに行った。




「……イージオ様、本当に大丈夫なんですか?」


ここを訪れた際に向けられたイージオ様の言葉や表情が頭に浮かぶ。


彼が何かをしようとしてくれているのはわかっているし、彼の事も信じているつもりだ。


けれど、私の所に入って来るのは悪いニュースばかり。


特に今日のニュースは最悪だった。



何と言っても、ハッピーエンドの絶対条件であるはずの主人公が死んでしまったのだから。


後はもう、どのレベルのバッドエンドに止める事が出来るかという勝負しか残っていないような気がしてしょうがない。



「もう、希望のある未来が見えないよ……」


ギュッと身を守るように足を抱え込み、膝頭に涙に濡れた目を押し付ける。


ジワリと膝を覆う布に涙が滲むと共に、私の心にも不安と絶望と悲しみが滲んでいく。



イージオ様は今は不安でも耐えて欲しいと言っていた。


もう既に全てが失敗に終わってしまっているようなこの状態でもその言葉は有効なのだろうか?


まだ、その言葉に縋れる余地はあるのだろうか?


「昔々ある所に……」から始まるお伽話の多くは、困難はあっても最終的にお姫様は幸せになれるもののはずなのに、私が引っ張り込まれたこの話は幸せには終わらせてもらえないのだろうか?



「何で私は鏡の精なんだろう?もっと別の役どころだったら、やれる事も守れるものももっとあったかもしれないのに。白雪姫にだった救う事までは出来なくてももうちょっと何かしてあげられる事があったかもしれないのに……」


物語の最初から最後まで鏡1枚隔てた別の空間からただ周りが動いてくれるのを待ち続ける事しか出来ない役どころなんて、最悪だ。


自分の人生――物語にすら、決定権を与えられず蚊帳の外にされる事の辛さが身に沁みる。


「物語の場合、自分が勇気を持って一歩踏み出せば変わるってのが王道なんじゃないの?何で私には踏み出す道の1本すら与えられないのよ……」


自分の境遇を呪った。


自分の不運を嘆いた。


そんな事をしていても何も変わらないのはわかっているけれど、鏡に囲まれたこの檻の中では他に何かしようとしてもやれる事がない。


……いや、1つだけ今の私にも出来る事があるか。



「せめて、イージオ様だけでも無事に幸せになれますように」


スノウフィア王女との幸せな結婚生活という形ではなくても、イージオ様には何とか幸せになって欲しい。


私にとってとても大切な人だから。


あの人がこの世に存在してくれているというだけで、私の心は癒されるのだから。



私は、自分に今できる唯一の事――イージオ様の無事と幸せをスノウフィア王女の死を悼みつつも祈った。

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