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13 ご機嫌な王子と私


「ミラ、聞いてくれ!」


最近、夜の日課となりつつある、イージオ様との晩酌タイム。


初めはお茶会だったんだけど、私がお風呂上がりに缶ビールを1本飲みつつのんびりするのが、疲れて仕事から帰ってきた日の1番の楽しみだったという話をしたら、こういう事になった。


ちなみに、この世界にも麦酒はあるみたいだけど庶民が飲むもので、お貴族様や王族が嗜むのは大概ワインかウィスキーに似たちょっとお高めのお酒らしい。


ただ、庶民のお酒とはいえ美味しいものは美味しい為、表立って「好き」と言わないだけで、親しい友人との飲み会なんかでは、貴族達の間でも飲まれたりする事があるようだ。


そして、当然ながら王子であり、周りから崇められてしまっているイージオ様は、そんな軽い雰囲気の飲み会に誘ってもらえる機会なんてないわけで……ビールの存在を私が話すまで知らなかった。


反対にリヤルテさんは貴族だけどその辺は上手くやるタイプだから、交遊関係も広く、ビールの美味しさも、気心の知れた仲間と騒ぎながら飲む楽しさも知っていた。


その事実を知ってイージオ様が「なんで私だけ誰も誘ってくれない!」といじけたのは言うまでもない。


以後、リヤルテさんに用意させた麦酒をチビチビやりつつ、私やリヤルテさんと晩酌をするのがイージオ様のMyブームとなっている。


ちなみに、ビールの定番「ゴクゴクゴク……プハァァ!!」はイージオ様には難易度が高過ぎて出来なかった。


元々高貴な生まれの彼は、飲み方や食べ方も常に上品に振る舞うよう教育されており、私がビールを呷るのを真似しようとしたら、慣れない事をしたせいで見事に噎せていた。


……涙目になって口元を押さえ、小さくケホケホやっていた美貌の王子には大変萌えた。



「はいはい、聞いてますよ~」


今日の私はレモンチューハイの気分だったから、ビールではなくそっちをチビチビやりながら柿の種を食べて話を聞いている。


今日はリヤルテさんは来なかったから、2人だけの晩酌タイムだ。


ちなみに、見目麗しい王子様の前だから畏まって……っていうのは、この晩酌タイムが始まった頃にはなくなった。


そりゃあ、最低限の女性としての身嗜みや振る舞いは保っているけれど、私にはイージオ様と違って、ビールを上品に飲むなんて芸当は出来ない。


その時点で、お上品な女の子路線は早々に諦め、飲み友達的な感じで振る舞うようにしている。


イージオ様自身も、そんな風にフランクに話せる友達を欲してたみたいで、今のところ文句は言われていないから、よしとしようと思う。



「私は遂にやった!」


嬉しそうに、手に持っていたグラスを掲げて笑うイージオ様。


慣れはしたけど、今日もキラキラしていて眩しい。


「何をですか?」


お酒も入っているせいか、少しテンション高めのイージオ様に柿の種を口に放り込みつつ首を傾げる。



「遂に……遂に……臣下と雑談をしたのだ!!」


「……そ、それは良かったですね」



イージオ様の口から神様と対面した神官のような感激具合で語られた内容に、私はどんな顔をして良いかわからず、思わず歪な笑みを浮かべるはめになった。


……イージオ様、喜んでいる内容が小さ過ぎます。


確かに、イージオ様にとっては高いハードルだったのかもしれませんが、職場での適度な雑談なんて普通にしてた私としては、反応に困りますから!!


「今日、ハンゲル子爵が私のところに書類を届けに来たんだ。だから、ミラの助言を通り、思い切って言ってみたんだ!素敵な髪型ですねって!!」


「敢えて、ハンゲル子爵からいったんですか!?」


「いや、先に言ったのは私だよ。そうしないと、話し掛けてもらえないって教えてくれたのはミラじゃないか」


……私が言いたかったのは「言った」の方ではありません。「敢えてそこから手を付けたんですか!?」という意味の方です。


「それで、どうなったんですか?」


目をキラキラさせて嬉しそうな表情をしてる時点で、上手くいったのは確実だと思うけど詳細が気になる。


「ハンゲル子爵が嬉しそうに笑って、被っていた鬘の良さを語ってくれたよ。私も今度、鬘を作ってみようかと思ってしまった」


「……止めてください。イージオ様の髪を神聖視しているメイドさんに泣かれますよ?」


「え?なんで?」


「何ででもです」


私が言い切ると、首を傾げて納得はいっていない様子ではあったけれど、「わかった」と頷いてくれた。


御忍びに行く時の変装用鬘ならまだしも、この美しい髪の毛をそれより質の悪い髪質の鬘で覆い隠す意味がわからない。


きっと、イージオ様の髪を切る事に全力の拒否を見せてくれたメイドさんならこの思いに共感してくれるに違いないだろう。



「それにしても、鬘とは面白いものだね。ハンゲル子爵が被っていたのを取って、よく見せてくれたんだけど、あんな構造になってるなんて知らなかったよ」


「ブフッ」


ヤバい、思わずチューハイ吹き出しそうになった。


ハンゲル子爵、捨て身過ぎ。


あ~きっと、イージオ様に褒められてテンション上がって暴走しちゃったんだろうな。


うん、わからなくもない。



「でも、ミラの言っていた事には1つ間違いがあったよ」


「間違い?」


ティッシュを出して口許を拭っていると、イージオ様がドヤ顔で私を見てきた。


「ハンゲル子爵が銀髪の鬘を被っていたのは私に憧れてではなく、単純に流行っているからのようだ」


「流行ってる?それは何処情報ですか?」


少なくとも、グリーンディオ王国にそんな流行りはなかったと思うけど……。


まぁ、私も鏡の中から見た限りって感じだから、知らないうちにってのは否定できない。


「誰かの噂とかじゃなくて、私がこの目で確認したから間違いない」


「え?」


「今日の午後に謁見した者や廊下ですれ違った者の多くが銀髪の鬘を被っていたんだ。夕方会った者など、銀髪の鬘が欲しくて買いに行ったのに売り切れていたと涙していたぞ!!」


……それって、あれですよね?イージオ様がハンゲル子爵の鬘を褒めた事を、ハンゲル子爵が自慢して、皆挙って買いに行ったってパターンですよね?


そうじゃなきゃ、今日の午後から急にとか、絶対におかしいから!!



「……それ、多分、皆さんイージオ様に話し掛けてもらいたいからですよ?」


「いや、さすがにそんな事はないだろう」


「鬘付けた方々、皆さん何か言いたげに、イージオ様の方を見ていませんでしたか?」


「いや、私は王太子だから常に視線を向けられる事が多い立場だからな」


「その視線に何かを期待するような雰囲気は?」


「立場上、何かを求められる事が多い立場だし……」


「こういう格好でイージオ様をキラキラした目で凝視してくるご令嬢は?」


胸の前で両手の指を組み、祈るようなポーズを取って分かりやすく期待を込めた視線をイージオ様に向けた。


「……いたな。それに、言われてみればやたらと鬘を触りながらこちらに視線を向けるご令嬢も……」


あ、本当にそんなわかりやすいポーズをとるご令嬢いるんだ。


ってか、イージオ様、そのわかりやすいアピールに何故気付かないんですか!!



「……イージオ様、何でそんなにご自身に対する好意的な言動に後ろ向きな解釈ばかりするんですか?」


「いや、だって……」


半眼で尋ねると、イージオ様がもじもじとしながら口籠る。


所々口を開いてボソボソと口にする言い訳をまとめると、要するに「自分に自信がない」という事のようだ。


……これだけ優秀で、見目も麗しく、カリスマ性も持ち合わせた人が「自信ない」なら、私は一体何に自信を持てばいいのだろうか?


神経の図太さか?


うん、それだけは確実にイージオ様に勝てる気がする。



「だって、私にもそれなりに親しい友達はいるけど、皆何処か私とは一線を引くんだ。他の友達とは殴り合いの喧嘩したりする事もあったのに、私とはそれがないし……」


普通に考えて、王太子様殴っちゃうのはいくら親友ポジションでも駄目だと思いますよ?


「意見をぶつけ合って言い合うって事がしてみたくて、学生時代にわざと相手と反対の事を言ってみたりもしたけど納得されちゃうし」


「何について討論しようとしたんですか?」


「彼が嫌いだと言っていた教授の授業を『とても素晴らしい』と言って彼の言葉を全面否定したんだ!……それなのに、『あの教授にそんな一面が!』とか『あの授業を受ける事にそんな意義があったなんて』とすぐに肯定されてしまった」


……果てしなくどうでもいい議題ですね。


そして、それは単純にイージオ様のプレゼンテーション能力が高過ぎて、相手を納得させてしまっただけなんじゃ?


そう考えると、意見をぶつけ合ったり、親しいからこその忠言ってやつも貰うのが難しいのか?


優秀すぎる故に、意見をぶつけたり、忠言する必要性なんてほとんどないだろうし。


あ、でも、この天然っぷり爆発な勘違いは誰か注意してあげて欲しかった。


まぁ、おそらくそれをする立ち位置だったリヤルテさんが、職務には困らないからと鑑賞目的に放置してたから、他の友人達も敢えて触れなかったって感じなんだろうけど。



「年頃になって、皆が好きなご令嬢や婚約者の話をし始める頃になった時、時々私を仲間外れにして、学校の寮に住んでいる友人の部屋でコソコソと何か話したりもしてた。何を話しているのか気になって聞いてみても『殿下には早過ぎます』『殿下と一緒にあの話をするのはちょっと……』と、顔を真っ赤にしてそわそわとするだけで、決して私にだけは教えてくれなかったんだ」


……それってあれですよね。


思春期の男の子が集まってこそこそ話すやつ。


クラスで話してて、女子が何かの拍子にそれを聞いてしまったりしたら「ヤダも~!!」「変態!!」「ちょっと、そういう話はこういうとこでしないでよね!!」って言われる種類のお話。


うん。私がイージオ様の友達だったとしても、丁重にお断りしますね!!


王太子相手にそんな話できない!


王太子である事を差し引いても、この綺麗過ぎて神聖な雰囲気すら醸し出している人相手に、そんなお話振れない。



「私は何でも話せる親友だと思っていたのに、もしかしたら彼等はそれほど私の事を友人と思ってくれていなかったのではと心配になって……」


「いや、そこで判断しないであげて下さい。イージオ様だって人に知られたくない秘密の1つや2つあるでしょう?」


なんとなく、イージオ様にはあまりそういうのなさそうなイメージなんだけど、見た目や地位はともかく、彼だって人との関わり方で1人でグルグルと悩み込んじゃうようなただの人間だ。


きっと、そう見えないだけで、言えない事だってたくさんあるだろう。



「それはその……」


何故そこで真っ赤になって、こっちを窺うようにチラチラ見てくる?


いいよ?別に言いたくない事を無理矢理聞き出そうとなんてしないから。



「で、でも!私以外の友人達とは話せてるんだよ?私だけ仲間はずれなんだ……」


話の矛先を変えようとして自分で言った言葉に落ち込んだのが、イージオ様がしょんぼりと項垂れる。


「そんなに落ち込まないで下さいよ!普段は仲良いんでしょ?ただちょっとあんな話をイージオ様にするのが恥ずかしかっただけですよ」


「……ミラは彼等が話していた内容がわかるのかい?」



慰めようとして言った言葉に反応して、イージオ様が顔をガバッと上げる。


その瞳がキラキラと期待に満ち溢れているのは私の気のせい……ではありませんよね!!


しまった。墓穴掘った。



「いえ、あの……」


「彼等は何の話をしてたんだい?」


「もう、何年の前の話でしょう?気にする必要は……」


「彼等が私抜きで楽しそうに話していたのを今でも思い出すんだ。ずっとずっと気になっていたんだが、何度彼等に聞いても教えてもらえなくて。もう過ぎた事でもわかるなら知りたい!!」


「ちょっ!え!?私が説明するんですか!?」


お酒が入っている事もあって、いつもより少し強引な感じのイージオ様が鏡に向かって身を乗り出してくる。


この状況、どうしろと!?


いくら図太い私でも、女を捨て気味な生活を送っていた私でも、無理ぃぃぃ!!



「そ、そういうのは、リヤルテさんに聞いて下さい!!男性特有のちょっと恥ずかしい話なんで、聞くなら彼が適役です!!」


追い詰められた私は、今、ここにはいないリヤルテさんに丸投げする事にした。


女だってそういう話することもあるけど、そこは敢えて触れない。


あれは女同士の秘密の話なんだ。男子禁制なんだ!同列に扱っちゃいけないんだ!!



「でも、リヤルテはいつも興味なさそうに私と一緒にいたよ?内容わからないと思うけど?」


あ~、リヤルテさん、早熟そうですもんね。


きっと、思春期男子がギャイギャイ話すレベルのお話じゃ、刺激がたりな……ゲホッゴホッ……イージオ様の側にいる事をきっと優先させたんですね!!


ってか、リヤルテさんとイージオ様って、学生時代からの付き合いだったんだ。



「大丈夫です!リヤルテさんは内容をわかってるはずです。是非、彼に聞いてみて下さい!!きっと、面白がって上級者向けの話までしてくれますから!!なんなら今からでもどうぞ!!」


「じょ、上級者向け?え?ランクがあるの?き、気になるけど……今日は無理だなぁ」


パチパチと瞬いたイージオ様が、残念そうに肩を落とす。


「あれ?そういえば、リヤルテさん、最近参加率低い気がしますけど、忙しいんですか?」


晩酌タイムには、リヤルテさんも時々参加していた。


ただ、いたりいなかったりだったから特に気にしてなかったんだけど……よく考えてみるとここ暫く来ない日が続いている気がする。


もしかして、仕事が立て込んでいるのだろうか?



「どうも、最近狩りに嵌まっているみたいでね。仕事を早く終わらせて、狩りにいってしまうんだ」


「狩り?」


いくら頑張って早めに仕事を終わらせたとしても、イージオ様の仕事量は膨大だ。


彼付きの執務補佐官であるリヤルテさんもそれに比例して仕事は多いはず。


最近は日中は鏡が寝室置き去り状態だから、執務室の様子がわからないけど、私が観察していた頃は早くて夕方、遅いと夜中まで2人で仕事をしていた。


そんな時間帯から狩りって、危なくないんだろうか?



「あぁ、どうも狙ってる獲物がいるみたいでね。日中はブリザードを振り撒いているらしいんだけど、夜になるとキャンキャン吠えて可愛くなるらしくて、愛でるように狩りたいと罠を張ったり待ち伏せしたりして、頑張ってるみたいだよ?」


ん?日中ブリザードで夜キャンキャン?それどんな動物……動物……ですよね?


「最近は捕獲しては膝に乗せてみたりして毛並みや涙?を楽しんでるって言ってたけど、どんな動物かわからなくて気になってるんだ。たまに王宮内でも見掛けるらしいけど、捕まえては逃げられてるみたいだから、きっと魔獣の類いではないと思う。もし魔獣が王宮内うろうろしてて、しかも捕獲も出来てなかったら騒ぎになってるだろうからね。でも、ブリザードを出せるからにはそれなりに魔力はあるはずだし……謎だよね。ミラは何をリヤルテが狩ろうとしてるかわかる?」


すみません。今の情報で唯一ヒットしたものが人間なんですけど、どうすれば良いですか?


いや、まさかね。そんなわけは……



「アスリヤさん逃げてぇぇぇぇ!!ってか、ごめんなさいぃぃぃ!!」


「え!?」


他の人なら「いやまさかねぇ」ですませられるかもしれないけど、相手はあのリヤルテさんだ。


いくら現実逃避しても、これだけ符合が重なってしまったら、私にはもう否とは言えない。


あの人、森じゃなくて王宮で狩りしてるよ!!


しかも、動物相手じゃなくて、愛でる目的で女性を狩ろうとしてるよ!!


そして、私には自信がある。


リヤルテさんは、絶対わざとアスリアさんを逃がして徐々に追い詰めていくのを楽しんでる。


大型の肉食獣が捕まえた獲物をいたぶって遊ぶかのようにね!



「イージオ様、その狩りは駄目なやつです!狩る対象、女性です!!」


いきなり叫び出した私に困惑しておろおろするイージオ様に必死に訴える。


彼を止められる……かもしれないのは、イージオ様くらいだから。



「そんな馬鹿な。いくらリヤルテだって女性を網に掛けたり、傷つけたりするわけないよ」


「本来の意味の『狩り』からは離れて下さい!比喩です、比喩!!本当に狩るのではなく、狙った女性を自分のものにする為に捕まえる……射止めるって事です!!」


「え?あっ!」


イージオ様の顔が一瞬で真っ赤に染まる。


相変わらず初心ですね。その純真さの半分くらいを是非リヤルテさんに分けてあげて下さい。



「そうか。リヤルテにも遂にいい人が見つかったんだね。それで一生懸命口説こうと……」


「いえ、そこはリヤルテさんの事ですから、正攻法で口説くのではなく、あの手この手で自分の元に落とそうと罠を張ったり追い詰めたりしてると思います」


真顔で宣言した私に、イージオ様の顔がひきつる。


「……有り得るね」


「イージオ様に狩りと宣言している時点で、確実だと思います」


「「……」」


私達の間に妙な沈黙が走る。


私の頭の中に涙目で逃げるアスリアさんと、それを満面の笑顔でゆっくりと歩きながら追い掛けるリヤルテさんの映像が流れる。


凄く微妙な顔をしている辺り、イージオ様も似たようなものを想像しているのだろう。



「狩りは程々にするように明日注意しておく」


「お願いします」


残ったお酒を飲み干し、私達は無言で今日の晩酌タイムをお開きにした。


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