第4話 1/365。
目を開けると、そこは一面の夕暮れだった。
異国情緒の漂う街並みを、夕日がぼんやりと照らしている。
照らされる家々、
街の中央にそびえ立つ長い屋根の城、
一つ一つが重なり、見るものを圧倒する見事な風景を作り出している。
そして瞬きをする。今度は森の中だ。
山頂の方を見上げると、ごつごつした岩場の中に教会のような建物がある。
そしてその建物には見たこともないような巨大な大樹が絡まり、枝は森を覆い尽くす勢いで四方に伸びている。風が吹くたびに大樹は不気味な音で枝葉を揺らす。
また瞬きをする。今度は森の湖のほとりだ。
遠くに三つの影が見える。
一つは「オレンジ色」、もう二つの「黒色」はオレンジ色を挟むようにそこにいる。
突然、オレンジ色の影が一筋の閃光のように駆けると、片方の黒い影を貫いた。すると貫かれた影はまるでヘドロのようにドロドロと溶け始め、地面に黒いシミを作って消えてしまった。
よく見ると、辺りには所々で同じような黒いシミがいくつも地面についている。
「あと一体…、」
いつの間にか影がはっきりと見えるほど近くに来ていた。
そこにはオレンジ色の髪をした傷だらけの少女と、人の形をした黒い影のようなものが対峙している。
少女は、鋭く光る刀をその影に向けて小さな肩を上下させている。
だいぶ息が上がっているようだ。
ヘドロの影には顔が無かった。
しかし、少女の疲労した様子に気付いたその影の口元に突然ナイフを入れたような切れ目が入り、何もなかった顔に気味の悪い唇を作り出した。そしてその表情は嘲笑うように少女の方に向く。
影は両腕を開くと、その指先から鋭利な刃物のような爪を伸ばし、勢いよく少女のいる方向に走り出した。それとほぼ同時に少女も強く地面を蹴って駆け出し、影を両断しようと腹部に刃を滑らせる。
だが、刃は紙一重のところで影の鋭い指先に挟まれてしまい、相手の振り上げたもう一方の爪が少女の細い右腕を貫いた。
「ぅっ、」
「きゃははははははははははははっ!」
少女は痛みに一瞬顔を歪めたが、すぐに貫かれた腕でそのまま影の左手を封じ、ゆるんだ右指の隙間から刀を抜いて左手で持ち直すと、その剣先で影の腹部を強く突き刺した。
「あ゛あ゛あ゛アアアアアアッ!!」
影は自ら作り出したその気味の悪い唇から悲痛な叫び声をあげると、刀の放つオレンジ色の光に飲み込まれるようにその場から姿を消した。
と同時に少女が崩れるように地面に膝をつく。
腕を貫いていた爪は跡形もなく消えていたが、その傷跡からは絶え間なく血が流れている。
しかし少女は落ち着いた様子で、自らの左手と口を使って器用にその腕に包帯を巻き始めたのだった。
争った形跡を残したままの森の中、その少女は再び静まり返った湖のほとりで一人佇む。
その姿は、枯れた戦場に咲く一輪の彼岸花のようにも見えた。
そして再び場面が変わる。
先ほどの少女が岩場に立ち、こちらを向いている。
表情は見えない。だが、人形のような小さく整った唇がゆっくりと開かれる。
「君が逃げてる、景色は何色?」
「っ!!」
勢い良く瞼を開くと、そこには見慣れた景色があった。
白い天井にカーテンの隙間からこぼれる光が射している。
目覚まし時計の針が時を刻む音、
柔らかい布団の感触、
窓の外でスズメが鳴く声―
少しずつ現実味を帯びていく。
空気は冷たいのに自分がひどく汗をかいていることに気付いた瑠璃は、額に手を当て、大きく深呼吸した。
「……また…あの夢―」
そう溢すと右掌をじっと見つめた。
東京で少女が消えた後に残っていたあの"血"に触れた時の感覚が蘇る。
「一体誰なんだよ、あんた―。」
そう溢してしまったものの、自分の言葉に馬鹿馬鹿しさを覚えていた。
こんな夢を見てしまうのは、自分の中であの日東京で出会った黄昏色の少女の言葉がわからないままでいるせいに決まっているからだ。
瑠璃はもどかしさから眉間に小さくシワをよせる。
「いいかげんに忘れろ」
自分に言い聞かせるように言うとベッドを降りて立ち上がった。
朝日を遮断しているカーテンに手をかける。
「あれから―もう半年になるんだぞ…?」
少女の言葉が瑠璃の頭の中で鮮明に再生される。
「 "この世界では" 夜は明けるんでしょう?」