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Dusk Determination  作者: ハル
プロローグ:黄昏色の少女
3/6

第3話 プロローグ:黄昏色の少女(3)


ショッピングビルの出口、時計の針は午後5時を指していた。



夕暮れが近くなったせいか、帰路に着くサラリーマンや学生たちで街はさらにごった返している。


瑠璃(るり)も足早に歩く人たちの流れに乗り、駅の方面へと向かって行く。

5分程歩いていくと数十メートル先に都会の象徴でもある、大きなスクランブル交差点が見えてきた。




(確かあの交差点を渡った所が駅だったな。)




スクランブル交差点は歩行者信号が赤になったばかりにも関わらず、すでに多くの歩行者が並び、歩道の手前から人ごみができ始めていた。


瑠璃はその人ごみの後方に並び、雑音の鳴り止まない街にふと目をやった。




その瞬間―。





「…―は?」





唖然として立ち尽くす瑠璃の瞳が、あまりに異様な光景をとらえて大きく見開かれた。



右斜め前方、歩道の最前列。

決して弱くはない雨の中、傘も持たない一人の少女が立っている。




暗みがかったきれいな夕方色の髪は雨でしなり、腰まで伸びた毛先からは雫がポタポタ滴っている。だが、少女の横顔はまったく動ずる様子も無く、髪の色とよく似たオレンジ色の大きな瞳はまっすぐに前を見据えていた。





しかし、瑠璃が異様だと感じた最大の理由はそこではなかった。





ブーツとスカートの間から見える足は包帯だらけ、

肩にかけられたケープから出ている左腕からは、わずかにだが血液が滴り落ちていた。


それでも少女は一切顔を歪めることなく、まるで雲を散らしに来た夕日のようにそこにじっと立っていた。





そして、何よりイレギュラーなことは―





(どうしてこの状況に誰も違和感を感じていないんだ…?)





まるで他の誰の目にも写っていないかのように、その少女に目をやる者は誰一人としていなかったのだ。



だが、初めての場所にたった一人きりの瑠璃には、それが見て見ぬフリなのか、まさか本当に自分だけが幻でも見ているのか、という判断がつけられる状況に無い。




「……すみません通ります、すみません。」




さすがにけが人を放っておくことはできなかった。


瑠璃は人混みを縫ってその少女の元へ向かう。





近くまで来ると、不思議なことにその少女の周りだけがぽっかりと穴が開いているかのように人が集まっていない。そして、遠くからでもはっきりとわかるその存在感とは対照的に、少女の背中はずっと細く、小さなものだった。


瑠璃は意を決して差していた傘を少女の方に傾ける。




「腕…血が出てるけど。」




瑠璃が言葉を発すると少女の頭はピクリと小さく反応し、頭上の傘を見上げた。

そしてゆっくりと瑠璃の方に振り返る。


その拍子に、肩にかけていたずぶ濡れのケープが地面にびしゃりと音を立てて落ち、瑠璃は目を疑った。




朱色が基調の鮮やかなワンピースはボロボロに破け、ケープで隠れていた腕にもたくさんの包帯が巻かれている。

その包帯から、まだ新しいであろう赤い血が痛々しく滲んでいた。




「は…?何、これ…なんでこんな……」




瑠璃は少女に問いかけた。

横顔からでもわかるほど光を宿したその瞳は、正面から向き合うと飲み込まれてしまいそうだ。




二人の間に数秒の沈黙が流れた。


すると少女は目を大きく見開いて、その瞳に驚きの色を宿す。




そしてその色はすぐに悲しみの色に変わり、人形のように小さく綺麗な唇をゆっくりと動かした。





「君が逃げてる、景色は何色?」





思考が真っ白になった。


傘を叩いていた雨の音も、

水しぶきをあげるタイヤの音も、

ビルのビジョンから流れる広告の声も、何一つ聞こえない。


少女の、意味の分からないその一言がなぜか瑠璃の心を強く強く締め付けた。




「―っ!別に俺は!何からも逃げてなんか―」




自分でも驚くほどに瑠璃の声は震えていた。

しかしその言葉は、ふいに頬に添えられた冷たく冷え切った掌で遮られてしまう。





「そんなに怖がらなくたって大丈夫。だってこの世界では、」





表情があまり変わらなかった少女が、ほんの少しだけ柔らかく微笑む。





「夜は、明けるんでしょう?」





瑠璃の頬に添えられた少女の掌を伝って、その腕に水滴が流れた。


それを見つけて、初めて瑠璃は自分が涙を流しているのだと知った。

わけもわからないままどうしようもなく溢れ出してくるものを止められなかった。




そして傘を支えていた手からふっと重さが消えると、少女が傘を下ろした。


さっきまで降っていた雨はすっかり止み、割れた雲間から眩しいほどのオレンジ色の夕日が光をこぼしている。




「…ありがとう。」




少女は少し俯いてから、とても大切にするように言葉を紡いだ。


そしてまた前を向き、雨の降っていない空に透明なビニール傘を差すと、まだ信号の変わっていない交差点の方に向かって歩き出した。




「っ、危ない!!」




引き留めようとした瑠璃の手はほんの少し届かず、少女は行ってしまった。






高校二年生、6月。


夕方よりも深い、黄昏色をした不思議な少女の体は少年の目の前で夕日に溶ける様に消えてしまった。










「さて、ようやく動き出したね。」




二人のいた場所から一番近いビルの屋上。

手すりごしにそのやり取りを眺めていた男は、余裕のある笑顔で呟く。




「ここからが本番。頑張ってもらうよ―…瑠璃。」




男はにっこりと笑って数十メートル下の瑠璃に言うと、(きびす)を返して階段の方へ去って行った。







見られていることなど知る由もない瑠璃は、突然目の前から少女が消えたことに呆然と立ち尽くしていた。しかし、目線を落とすとハッとしてしゃがみこむ。




「確かに、ここにいたんだ…。」




指を伸ばした先のコンクリートには、少女の腕から流れていた血がいくつも落ちている。

瑠璃はそれを指先に取ってみせた。



まるで自分の傷口から血が出ているかのように、その場に残されていた血液が指先の傷口にしみこんでいくのを瑠璃は静かに見ていた。





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